「────!───!」
「──!……!!」
夏合宿も終わり少しした頃、今日も今日とてトレーニングの時間になったのでこうしてチームルーム(仮)の前まで来たが、なにやら部屋の中からやかましく言い合う声が聞こえてくる。
「ウオッカ、何か知ってるか?」
「いや?何も」
はて、今日は来客もなかったと記憶しているが……何だろうか。隣に立つウオッカも首を捻るばかり。また面倒事が起きるのは勘弁してもらいたい。
……とにかくこのままトレーナー室の前で突っ立っていても現状は変わらない。意を決して扉を開けようと手を掛けた。
「お姉様の声が!!!ウオッカお姉様!!!!」
「ぐぁっ!?」
内側から勢いよく開いた扉が俺を壁にプレスする。スローモーション。ぽかんとしたウオッカと目が合った。
「………お姉様!!!お会いしとうございました!!!!」
そのまま下手人は俺に目もくれず、ウオッカに抱きつきその胸へ頬擦りし始める。その顔は純真無垢でいて、天衣無縫。まさに、至上の喜びを見つけたりという感じである。そろそろ、俺、扉の裏から出ていいだろうか?
「こらぁ!なぁにやってんですか!私だってそんな……そんな羨ま……けしからん!!受け止めてもらった事ないのに!!!」
「……違う。スカイ…そうじゃ、ない………」
あとから飛び出してきたスカイとブルースリはひっつきウマ娘を引き離そうとするも、凄まじい握力でそれを許さない。運動会か。
「お、お姉様ってオレの事か!?」
「他に誰がおりましょうか!!!」
「背中が痒くなるから止めてくれぇ!」
何かと破壊される我がトレーナー室の扉だが、逆パカ2回はあれど正方向で逝きかけたのは初めてである(nヶ月ぶり3度目)
「すみません!あの……大丈夫ですか?」
俺にはただ一人、黒鹿毛のウマ娘が声をかけてきてくれた。アッシュパーマの髪型と快活そうなボーイッシュ感が明るい印象で、こちらを心配してくれたのもポイント高い。
「……大丈夫に見えるか?」
「ギャグ漫画ならペラペラになってるやつですね」
「普通に痛いぞ」
どう収拾をつけたらいいのか、皆目見当もつかない状態に目眩さえ感じ俺はこめかみを押さえた……なぜ……。
「で?何だお前さん達は。今日アポは無いはずなんだが」
場所をトレーナー室へ移し、4対2で向かい合った。闖入者達に向かって、ほんの少しの怒りも込めつつ言葉を投げ掛ける。ことと次第によってはちょーっと教育が必要だろうか。
「イアちゃん」
だがしかし、扉をぶっ放したウマ娘と言えば
「イアちゃん!!」
いい加減痺れを切らしたのか、耳を絞りながらボーイッシュなウマ娘は扉破壊ウマ娘をガクガクと揺する。
「ローくん、私は今ウオッカお姉様の御尊顔を眺めるのに忙しいの。後にしてくださらないかしら?」
「誰がこの状況にしたと思ってるんだい!?名乗りもしないで失礼だよ!」
「なっ……私の名でお姉様の御耳を汚せと!?」
「そこは礼儀の部分じゃないかなぁ!!?」
まーた胃もたれしそうな濃いヤツが現れた……。
「あー……。まぁ、名前を知らなきゃ仲良くすらなれねぇし自己紹介頼むぜ」
「お姉様がそう仰るのでしたら……」
相変わらず視線は尊敬や羨望や憧憬を多分に含んでウオッカを射抜く。コミュニケーションに難の無いウオッカでさえ、さすがに見つめられ過ぎて目を逸らした。あ、耳がペショッと垂れた。犬か。
「おほんっ!お姉様の存在そのものがあまりにブッ刺さり過ぎたため名乗るのを失念しておりました。非礼をお許しください」
「はぁ……そういうのいいから」
「ローくん辛辣……」
まさかの相方からのツッコミにもうメッキの端が剥がれかけてんじゃん……今更チューニングしても遅い。
「私、レッドディザイアと申します。以後お見知り置きを」
「僕はローズキングダムさ!彼女共々、ぜひ覚えてくれると嬉しいね」
レッドディザイアはカーテシーで、ローズキングダムは胸に手を当て歌劇団のようなポーズでそれぞれ名乗りを上げた。性格も違いそうな彼女たちがなぜウマが合うのか少し分かった気がする。
「ねぇトレーナーさん、こんなイロモノどこで拾ってきたの?」
「拾ってない。向こうから突っ込んで来てんだわ……あれだ。夏祭りの時にすっ転んで怪我してたのがレッドディザイアだ」
「あの立入禁止エリアでやらかしたっていう?」
それ以上は本人の名誉の為に言わないでおくが……首肯だけしておく。あと、俺たちでさえこんなはっちゃけウマ娘だとは思ってなかったんだ。
「イアちゃん、その変な喋り方やめたら?」
「ローくん?私を刺し穿つのはやめてくださる?お姉様の御前でしてよ」
だめだ……。レッドディザイアに喋らせたら一向に話が進まない。
「その、ここに来た用を伺いたいんだが」
「それはもちろんお姉様の御姿をぷぎゅっ!?」
「ふんッ!……夏祭りの時に助けてもらったからね。改めてお礼をば。ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
ローズキングダムはそう言って、レッドディザイアをアイアンクローで黙らせながらペコりと腰を折った。なんとまあできてるヤツなんだろうか。
「……それと?」
「やっぱり分かるかい?なら単刀直入に、僕たちをこのチームに所属させてほしいんだ」
……そう来たか。
うすうす予感はしていたが、彼女たちはただお礼だけしに来たわけじゃない。前のチームは……穏便に
「前のチームはどうしたんだ?確か……」
「まぁまぁ、ウオッカ先輩それはいいじゃないですか。ようこそ!我らがトレーナールーム激狭部へ!」
「え?ここそんなチーム名なんですか?」
「大丈、夫……いま3秒、で……思いついた……」
口を開こうとしたウオッカを遮り、ディープスカイが前に出る。彼女はこの二人を抱き込んだ方が面白いと判断したようだ。だがそれを止めるのもトレーナーの役割、か。スカイのやつ、わざとやったな?
「───悪いが、できない相談だナ」
「ッ……!理由を聞いても?」
ウマ娘たちの視線が一斉にこちらを向く。
「……まず一つ、ここが正式なチームではないからだ。そこのディープスカイとオウケンブルースリは他チームからの預かりで、正式なトレーナー契約を結んでいない。つまりここはチームじゃないんだ」
「……いい加減、認めて」
「ブルースリ、ちょっと肩に手置くのやめて?絞まってるから」
……なんかすっげえ圧が背後から。
これは建前。理事長からは早急なチーム設立を突つかれているが、それはそれ。
「二つ、意図的でないにせよ、お前さんたちは問題を起こして前チームを辞した。言わばいわく付きサ。それを
これが本音だ。彼女らはチームに所属していたことから実力は申し分ないことが分かる。
しかし、今回は普通の契約解除ではなく、おそらく罰則的な解除を言い渡された。
ひとえにそれはチームの看板に泥を塗ったも同義。トレーナーも、所属していた他のウマ娘も、夏祭りの立入禁止エリアでやらかした奴らのチームとして見られてしまっている。
だが、当事者がすぐに他のチームに移ってのうのうとしていれば、悪評だけ広まってしまったチームに今残っている者たちからしたら「ふざけんな」と思うわけで。
フリーになった手前、制度的な問題は無いと言えど感情はまた別だ。そのあたりを踏まえて説明すれば、二人はそろって渋い顔をした。
「ローズキングダムは巻き込まれたのかもしれないが、レッドディザイアの提案を聞いた時点で退けるべきだった。後から言ったところで仕方ないがな」
今ここで原因究明と糾弾を行っても仕方がない。それは過ぎたこと……だが、その後を楽観的に考えすぎている節がある。
「……」
重苦しい空気がトレーナールームに流れる。だが、トレーナーとしては強く出なければならない。
「…………どうしても……いけませんか?」
初めに口を開いたのはレッドディザイアだった。先程までの浮かれた雰囲気は鳴りを潜め、意志を秘めた瞳を向けてくる。
「まあ、手はある」
「……!それはどうすれば!?」
「まず一つ。人の噂も七十五日という
メリットは穏便に済む。それだけの期間を空ければさすがに誰も気にしないだろう……しかしこれは、今この秋戦線が始まるタイミングを考えればあまりに痛い。
「それは……」
「いちばん良い方法だが、
ジュニア級の下地を作る大事な期間をまるまる棒に振り、そのうちのレースにも出走できないのだから。
データベースにも情報として登録されてしまうから、トレーナーと契約するのも難航するだろう。経験もトレーニングも積めない彼女らがクラシック三冠やGⅠレースを目標とするなら、他のチームやウマ娘と決して小さくないギャップが開いてしまう。
「二つ、周囲が何も言えなくなるぐらい実力で黙らせるか」
「……!」
「決して楽な道じゃないぞ……その為には最低でもGⅠの冠一つ獲らなきゃ周りは納得しない」
「GⅠの……」
「冠……」
『逆境』といえば聞こえは良いかもしれないが、乗り越えるだけの
「ただ、ウオッカへの憧れだけでここへ来たなら───帰れ」
ここまで厳しい言葉をかけられるとは思っていなかったのか、レッドディザイアもローズキングダムも押し黙る。トレセン学園という環境で「憧れのウマ娘と一緒にいたいから」なんて、そんなものチームに入れる理由にならない。
「俺からは以上だ」
ちょっと楽観的な節のあった二人には、お灸を据える意味でもキツめに話した。
憧れの人に近づきたいという目標へ邁進するのも結構。だが
……俺は他のトレーナーよりも、その世界を分かっているつもりだ。
「教えてもらおうか?お前さんたちの───走る理由を」