タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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阪神ジュベナイルフィリーズ

 

 

はいお土産なんてシャインマスカットクッキーなんて渡してきやがるから、今日一日泥だらけになってたアタシへの挑発と受け取っていいかしら?

…あら美味しいじゃない

 

 

トレーナーに連れられ出掛けていた同室のウオッカは門限にギリギリに帰ってきた。

ずいぶん遠くまで出かけていたらしい。ご機嫌でフンフン鼻歌なんて歌いながら髪を解いて部屋着に着替えた彼女の右足に見慣れないものが巻き付けられていることに気づいた。

 

アクセサリー類などを普段はつけてない彼女が、珍しくそんなものを巻いていれば気になるのが普通というもの。

 

「アンタそのミサンガどうしたの?」

「これか?トレーナーが前に担当してた先輩ウマ娘さんとたまたま会ってな。余ってるからってもらったんだよ」

「ふーん。それってエスタビオレ先輩よね」

「そうそう。あのトレーナーと組んでたって言うからどんな人かと思ったらスゲーふわっとした優しい人だったぜ」

「というかどこまで行ってたのよ」

「山梨だな。先輩もたまたま友達と遊びに来てたんだってよ」

「山梨ぃ?そんなところで会うなんてすごい確率拾ったのね…」

 

 

ウマホをタップしながら軽く調べてみる。

プロミスリングともいわれるミサンガは自然に切れると願いが叶うなどいろんな意味のおまじない効果があるようだが、右足にミサンガを巻くことの意味は「勝負運の高まり」だそうでずいぶん洒落たことをしてくれる先輩なんだなと思う。

 

ていうかあっさり山梨って言ってるけどやっぱりデートしてるじゃない…。その辺の指摘はするだけ無駄なような気がるので黙っておく。というか趣味が被ってるのか知らないけど無自覚に距離近いのよね。コイツとあの猫背トレーナーは…。

 

門限もギリギリだったので食堂もラストオーダーが近い。トレーニング後の空腹で夜を越すには堪えるので早い所夕飯にありつきたい。ウオッカを誘い連れだって廊下を歩く。

 

「そういえばスカーレットはまだ重賞には出られないのか?」

「悔しいけどまだファン数が確保できてないのよ。今度のオープン勝って来年重賞でアタシが直々に叩き潰してあげるわよ。だからGⅠ獲ってきなさいよ?」

「ハッ、言われなくても。さっさと追いついて来いよな?オマエいねーと張り合いねーんだよ」

 

 

ウマ娘が重賞に挑戦していくにはデビュー戦か未勝利戦に勝利し、規定されているファン数を上回っていなければならない。

URAによってウマ娘のファン数は管理されておりクラス分けされていて、メイクデビューを果たしたウマ娘ならおおむね500人前後、これがGⅠに挑戦するには1500~2000人以上のファン数が必要になってくる。

GⅠを勝ったスターウマ娘ともなれば15~30万人ほどのファン数とされていて、レジェンドとして殿堂入りしている皇帝やシャドーロールの怪物なんかは50万人ほどのファン数だとも、更に上だとも言われていて本当に途方もない数だ。

 

 

スカーレットはウオッカよりもデビューが少し遅く、次のOP戦を調整してるうちに阪神ジュベナイルフィリーズには間に合わなくなってしまった。残念ながら年内の公式戦で初対決とはいかなそうだ。

 

自分だけさっさと食堂に入って行ってしまうアイツ。少し差が開いていってしまったような燻ぶった感覚。

 

 

「アンタを倒すのはアタシなのよ——」

 

 

 

*****

 

 

今日はレースに向けた軽めのトレーニングで調節していた。本番も1週間後に控えだんだんと期待と熱情が渦巻いてくる。

 

軽めのトレーニングだとちょっと持て余し気味な気もするが体の調子はいいところに来ているし、トレーナーとのカートで閃いた前走者を一気に躱す為のサイドステップも密かに練習して実用段階まで持ってこられた。

 

 

「おーいウオッカ、今日は終わりにしよう」

「えー?まだ時間あるじゃねーか?もうちょっと走りたいんだけどよぉ…」

「まあそう言うなって。お前さん宛てに荷物が届くんよ」

 

荷物ぅ?なにかを頼んだ覚えはないが…

先に引き上げ始めたトレーナーを追ってトレーナー室に入ると何やら段ボールが置かれていた。

 

「なんだよコレ」

「お前さんの勝負服よ。この前採寸したろ」

「えぅ!?」

「ちょっと着てみろよ。部屋出てるから終わったら教えてくれ」

「おおおおう!分かったんだぜ!」

「…大丈夫か?手震えてんぞ」

「いいから!早く出てってくれよ!!」

 

この前たづなさんと服飾部の人に採寸してもらい、デザインイメージの原案を伝えてあった。そこから1週間程度待ってついに届いたのだ。

不備がないか確認するためにさっそく袖を通してみろと促される。

 

 

「うぅぅイカすぜ!最高ぉ!」

 

慎重に袖を通してみると今までに着た服にはここまでのモノはないくらいにフィットしている。

黒のレザーを基調としたジャケットにホットパンツ、トモまであるニーハイブーツ。袖口や返し布は好きなバイクのカラーである黄色とグリーンがあしらわれており、耳飾りと同じ色に纏められていた。

 

「おぉーいいじゃないの」

 

素直に賞賛が口を突く。なんというかレースクイーンを思わせる格好で、黒が見た目を引き締め、元の彼女をさらに引き立てている。身長も高めであるウオッカには良く似合っていた。

 

「すげー!トレーナー!これかっけーぜ!!」

 

満面の笑みに目を輝かせ、今にも跳ねていきそうだ。ウマ娘にとって勝負服とは特別なもので何物にも代えがたい一着。トレセンに居る大多数のウマ娘はこれを着ることなく終わっていくのだから、その思いも一入だろう。

 

姿見に向かい前から後ろから身をよじって様々な角度を映す。

 

「あー、サイズ合ってないとか動かしづらい所とかないか?」

「いや、ばっちりだぜ」

「ちょっと腿上げとかやってみ」

 

特に問題なさそうだ。関節の可動が制限されてることもなくばっちり走れている。

 

「これで準備は整ったわけだ」

「おうよ…!楽しみで仕方ないぜ」

 

 

*****

 

 

気合十分で迎えたレース当日の12月3日、天気は晴れだ。

2戦続けて戦った京都ではなく、今日は少し足を伸ばして阪神競バ場を目指す。JRで大阪駅まで移動した後は阪急電車に乗り換え神戸線と今津線を乗り継いで仁川駅で降りれば目と鼻の先である。

 

阪神ジュベナイルフィリーズは午後のスタートであるため少し遅い出発だ。

 

 

「はぁ…」

「おいおい…これからだってのに溜息なんてつくなよな」

「まーたたづなさんにバイクで行っちゃダメだって釘刺されちまったんだよ」

「もう3回目だしそろそろ諦めろよ…申請すれば交通費出るんだからさ」

「交通費ならETC代を請求しても問題ないはず…!」

「そうじゃねぇんだよなぁ…」

「ハッ…車ならいいのか…!」

「バイクよりは可能性あるんじゃねーの」

 

呆れ切ったジト目を向けてくるウオッカ。そんな目線を向けてくるなお前俺は諦めねえぞお前。

 

「それより作戦会議しようぜ」

「そうだな…」

 

阪神競バ場はつい先日芝を敷き直された。今日が芝を新しくしてから初のGⅠレース開催、バ場が荒れていないため走りやすいはずだ。ただそれはウオッカに限らず今日の出場者全員に当てはまる。

 

モバイルノートを引っ張り出し今日の人気順と収集したデータを開示していく

 

「気を付けたいのはこの二人だろうな。どっちもレコード勝ちしてるし実力も十分だろ」

「どれどれ?」

 

1番人気のロールスシーチャンはGⅢを2勝しているピッチ走法のスプリンターで、なおかつ前走のファンタジーSはレコード勝ちと相当な実力を秘めている。

2番人気のノエインルーラーも1600mのジュニア戦をレコードで勝っており、距離感を知ってるだけ有利というやつだ

 

もちろんGⅠに出てくるぐらいなのだから2人の他も実力を持った者たちが参戦している。

対してウオッカは前回の黄菊賞の負けを不利とされたか4番人気に推されていた。今回は18人立てで1枠2番と内側で囲まれるかもしれない。

 

「枠番が内だからな。あんまり後ろに下がると囲まれて出られなくなるから先団に近い位置を取ろう」

「先行気味だな。速い奴らが前に固まりそうなのか」

「そうだョ。スリップストリームをしっかり使って控えて4コーナーから直線を向く少し手前で上がっていけばいい所に行けるはずだ」

「あとはオレの頑張り次第ってな」

「おう、楽しんで来いよ」

 

 

*****

 

 

人が多い…。それもそうか。GⅠレース開催の競バ場だもんな…

 

以前体験した皐月の中山ほどではないが、それでもデビュー戦の比じゃないくらいにスタンドが埋まっていた。

12月ともなれば寒さが体に堪える。周りの観客も温かい飲み物で暖を取っている人が多い。

 

 

ウマ娘たちがサークルから姿を現し、スタンドから歓声が上がる。我が担当のウオッカもずいぶんと声援を受けているようだ。

ちらりと目が合った。親指を立てると、おもむろに黒のレザーグローブを取り出したと思えば、手に着せて同じように親指を立ててきた。

 

俺も一緒に走っているからな…ってことなのだろうか。緊張は…あまりしてないみたいだな。大したやつだ

 

 

 

 

ファンファーレが鳴り響く

 

『阪神競バ場芝外回りコース、第11競走は農林水産省章典グレード1です。芝1600m外回りジュニア級18人による1戦。生まれ変わった阪神競バ場、最初の重賞は新しい外回りコースを使用しますこの阪神ジュベナイルフィリーズとなります』

 

『芝コース良バ場のコンディション、上空には青空が広がっています。さあ12番のグロリアプリンセスがやや枠入りを嫌っていますが…2回目で収まりました』

 

『最後に18番のシンジイズモ…誘導を受けてゲートに収まります。態勢完了』

 

 

頬を撫でる寒風。けれど体の中に渦巻く興奮は身を熱くさせる。G1の舞台に、戻ってこられたのだ。

 

 

『———スタートしました!』

 

『まず好ダッシュを決めたのはロールスシーチャンとノエインルーラーいいスタートを切りました!この二人が引っ張る形か。続いてあいだフォットスタッフ内にウオッカです!』

 

どうやら出遅れもなく作戦通りに先団の後ろ目に付けられたようだ。少し囲まれてしまっているがしっかりと2番手ロールスシーチャンの背後に付き加速していく。そこまで出遅れたウマ娘もおらず、ダンゴになりそうだ。

 

『…先頭に立ったのはノエインルーラーです!ノエインルーラー先頭で3コーナー緩やかなカーブに入っていきます。リードは1馬身で残り1000mの標識を通過』

 

ウオッカはコーナーで内に控えゆったりと下がっていく6番手で先団の後ろといった場所どり、ぴったりとハマった。さぁそこから、お前を見せてくれ———

 

 

『後ろを引き連れてシンジイズモがジワジワと押し上げてきました!先頭は未だノエインルーラー、しかしロールスシーチャンも追走!各バスパート態勢を取りながら、4コーナーから直線の長い474mの争いです!』

 

背後から聞こえる人々の大歓声。各々自分の応援するウマ娘の名前を叫び、声援を飛ばす。激を飛ばすように激しく叫んでいるものもいるようだ。

 

 

 

4コーナーから直線に入り、ウオッカが犬牙をむき出しにして頬を吊り上げた。

 

————前を見据える視線は鋭く、前の背中を追い、そしてウオッカが一瞬ブレた

 

 

*****

 

ゲートが開き足に力を込め飛ぶ

 

スタートを決め先団の後ろ側に付けた。トレーナーと事前に話し合って決めていたいい位置だ。

 

 

勝負を仕掛けるのは4コーナーから直線に向く一瞬

 

「そこまでは控える…一瞬を狙え…できんだろ、オレ!」

 

前には5人、600m看板を通過してだんだんと先頭が苦しくなってきたのか4コーナーで前との距離が近づく。足の感触はまだある。

 

最終直線に入り周りがスパートし始める。

内側に振ったロールスシーチャン、そしてオレの前にはグロリアプリンセスが上がっている。間のノエインルーラーは息が上がっているようでジワリと後ろに落ちてきた。

 

ゆっくりと体を前に倒し半身を外側に出す。グロリアプリンセスのスリップを使って一気に加速するとみるみる背中が近づいてきた。

 

「————ココだッ!!」

 

右足に力を込め、芝を蹴っ飛ばし横に飛ぶ

 

まるで世界がブレたかのような感覚

 

 

 

前に、誰も居なくなった————

 

 

 

左足を強く突くように踏み込み、勢いを利用してさらに加速

 

「よっしゃあッ!抜けたァ!!」

 

先頭のロールスシーチャンは目と鼻の先

 

「勝ちは渡さねぇ!!」

 

 

 

*****

 

 

『直線を向いて先頭はノエインルーラー!ノエインルーラー!グロリアプリンセス並んでくる!内を突いたロールスシーチャン!』

 

手を強く握りこんで無意識のうちに柵に叩きつけていた。

 

「そこだ!やれ!!ウオッカ!」

 

 

『追い込んでくるグロリアプリンセス!グロリアプリンセスの後ろから…ウオッカだ!ウオッカが追い込んでくる!ノエインルーラーから先頭が変わる!ロールスシーチャンが先頭!しかし外からウオッカが飛んできた!』

 

『ロールスシーチャンが先頭粘る!ウオッカが並んでくる!ノエインルーラーは3番手!ウオッカ先頭になるか!?』

 

『外からウオッカが接近!ロールスシーチャン粘る!並んでくるウオッカ二人の争い!さあロールスシーチャン!ウオッカ!———ウオッカだ!ウオッカが捉えたかゴールイン!!』

 

はじけ飛ぶ歓声。耳がイカれそうなほどの歓声でも、今は全く耳に入ってこなかった。右手を突き上げ、こちらにガッツポーズする彼女に惜しみない賞賛と拍手が送られる。

 

『2番のウオッカ!デビューから3戦目で素晴らしい仕事を成し遂げました!9番ロールスシーチャンをギリギリで捉えました!勝ち時計は1:33:1と上がっています…』

 

 

走り切った体温で湯気が煙り、まるでオーラを纏っているような彼女。

右手の拳を突きだせば、ウオッカも同じように拳を突き出してコツンと合わせてきた。

 

「やったぜ!?トレーナー!」

「やってくれんじゃねーか。その手袋、使ってくれたのな」

「もちろんだぜ!走るのはオレだけじゃねえ…トレーナーあってこそなんだ」

 

朱が差した頬を人差し指で掻きながら照れるウオッカに、なんだか上手く感情を整理できなくて彼女の頭に手を置きグシグシと撫でる

 

「おわぁ!やめろよなにすんだよ!!」

「最高だぜ?お前さん」

 

 

俺の見ていたウマ娘、エスタビオレが怪我で適わなかったGⅠ制覇。

それをウオッカが成し遂げてくれた。俺のやってきたことは無駄ではなかったと言われた気がして胸の奥が熱くなる。

 

 

ここが終わりじゃない。更に上を目指して、追いかけなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

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