二月も半ばに入って寒さが極まったころ、トレセン学園のある府中市でも空から舞い落ちた白い欠片に覆われ始めていた。
北海道や東北に大雪をもたらした寒気がそのまま南下し、めったに降らない関東平野でも膝丈まで埋まるような積雪を記録。隣県の河口湖では観測史上初の積雪量になるなど、交通機関もほとんどがマヒ。
世の社畜たちもこれにはお手上げで、真の猛者たちは前日から勤務先近くのホテルを押さえ、子供たちは普段から触れることのないものにはしゃいでいた。
「すっげえ積もり方だな…」
「昨日から降り続いてるもんね。夜にはやむみたいだけど」
窓の外を見ながら朝食を食べ進めるウオッカとスカーレット。教師陣が出勤できないということで一般授業が休校となってしまったから、彼女らに限らずみな少し遅い起床だがこんな中北海道出身のウマ娘たちははしゃいで外を駆け回りに行った。
「そういえばアンタのトレーナーバイクよね?今日出勤できるの?」
「いやどうだろ…?トレーナーの事だから普通に来そうだし、トレーニングをオフにする連絡は来てねえんだよな」
「この雪の中で?いくら何でもぶっ飛び過ぎよ。アタシのトレーナーに合同トレーニングにするように言ってあげるわよ?」
「ん…?トレーナー来たかも」
「は?何言ってんのアンタ」
ひとまず厚手のパーカーを羽織り二人そろって裏門の駐輪場に向かってみると、そこにはいつものXRZではなく細身の機体を携えたトレーナーが雪を払っていた。
「よぉ。遅くなったな」
「ほんとにバイクで来てる…」
「待ちくたびれたぜ?てかそいつは?」
「雪が降るってんでな。昨日の帰りにサクん所から借りてきたわ」
ウマハ フェロー225
細身で軽く徹底的に扱いやすさ、取り回しのしやすさを突き詰めて開発されたオフロード向けバイク。悪路で転倒することも視野に入れてあり引き起こすための取っ手がついているほどで、幅広い層から人気を博しているロングセラーモデルだ。
「そこまでしてバイクで来るわけ…?」
スカーレットが呆れと驚きをないまぜにしたなんとも微妙な表情でこちらにジトッとした目を向ける。
「いやー家の布団じゃないと眠れないのョ」
「そこじゃないわよ」
「そんなへちゃむくれた顔すんなって」
「へちゃむくれ!?ちょっと誰の事よ!!?」
ピーッと湯気を噴き上げ怒るスカーレット。寒さのせいも相まっていつもより量が多い。お湯の沸いたやかんを彷彿とさせる。
「雪の上を走るのも楽しいんだぜ?東京じゃスタッドレスを履く車少ないからみんなクルックル回っててさ」
「それ楽しいの?」
「見てる分にはな。夏タイヤでチェーンも無しに雪道走るヤツの気が知れん」
今でこそオールシーズンタイヤを履く車も増えたが、滅多に雪の降らない関東では履き替えすらしない人々もいる。そういった車が立ち往生し、加えて雪により首都高が閉鎖されているため一般道は大渋滞していた。関東の道に融雪設備がないことも渋滞に拍車をかける。
そういった状況であらゆる道を走破できるこのフェローは強い。だからこそ選ばれるのだ。災害派遣用に配備されている実力は伊達ではない。
「まあそれ今は置いといて、トレーニングするよ」
「なにすんだよ」
用意されたのは鉄板が「く」の字になった船のバウようなものが台車に取り付けられたシロモノ。3mほどの幅がある。
「なんだこれ?」
「スノープロウっていってな。雪国を走る電車なんかが床下に付けてる線路の雪を跳ね飛ばすためのもんだ」
「それがなんでここに?」
「これを引いて除雪してもらおうと思ってな。ようするにタイヤ引きの冬版って感じか」
「あれかぁ~…」
彼女たちには寒くない格好に着替えてきてもらい、スカーレットのトレーナーである宮下を呼び出しトレーニング内容を説明すると笑顔で承諾。ほんとイケメンスマイルが雪の中で更に光り輝くな。なるほどこれがゲレンデマジック…
二人が準備ができたところで、学園の外周道路を除雪する目的も兼ねてそれぞれスノープロウを引いてもらう。
「うげぇ…これ結構重いし足場が悪い…」
関東の雪は水分量が多くホロホロと崩れるような柔らかさが無い。北国の雪よりもずっと重いのだ。
雪の抵抗により重くなるスノープロウに、自然と引っ張る方は前傾姿勢を取らざるを得ない。要するにスパート時に取る態勢と同じだ。その時に踏み込む筋肉の強化を目的としている。
更に雪で足場が悪いため自然と不良バ場での踏み込みの練習となるはずだ。
「はっ!こんなのワケないわよ!」
「おーおー強がっちゃってまぁ」
「アンタより先に外周回ってきてやるわ」
「オレの方が早いに決まってるだろ!」
ワイワイ言いながらスノープロウを引き出した彼女らは、仲良く1回ずっこけてから駆け出した。まるでラッセル車が走ってるような雪の跳ね飛び方だ。
*****
「あ“ぁ…」
「きっつ…」
3周ほどしてもらったところで外周道路の除雪はほぼ終わり、脇に寄せられた雪に仲良く倒れこむ二人。
このトレーニング、それなりの速度を出してないと雪がスノープロウから飛んでいかず、雪が溜まればどんどん重量が増していってしまうオマケつき。そんな中で二人そろってぶっ飛ばせば即スタミナが食われる。
「おつかれさん。おかげで外周道路は雪かきに駆り出されなくて済むぜ」
「ねぎらいをようきゅうするわ」
「これはわりにあわない」
力を使い果たしなんだか口調がおかしくなる二人。苦笑いの宮下が二人にあたたかいココアを渡す。体を冷やさない配慮もするあたり本当にイケてる。眩しい。
「お二人とも頑張ってくれましたからこんどサカキさんが奢ってくれますよ?」
「え?」
何を言ってるんだい?君は?
とても優し気な微笑みを頬に貼り付けながらこちらに目を向けてくる宮下。放たれた言葉に行き倒れていた少女たちが再起動しぎらついた目を向けてきた。
「しぬほどくってやるわ…」
「やきにくいったくだろ…」
ふざけるな!何で裏切ったんですか!!!
しかしこの後トレーナーやウマ娘が除雪に駆り出されるであろうから、この二人が外周道路を終わらせた功績はデカい。あとは寮周りと学園周りをちょろっとやるだけで終わりだ。それに外周は終わらせましたという言い訳にすることができる。これはデカい。
————彼らをトレーナー室に招きコタツに足を突っ込む
「なんでコタツなんてあるのよ…」
「余りもんをもらってきて再利用してるのョ。使えるもんは使おうってな」
「んーこれは出られなくなりますね」
結局スカーレットもコタツに足を突っ込みぬくもりの悪魔に捕らわれる。こんな雪の降るような気温に加え、その中をアレを引きながら外周3周したのだ。さぞかし悴んだ手足に効くことだろう…
「コレ、ダメよね…」
「ダメだよな…」
グテッと体重を預けとろけるウオッカに、壁に背を預けほうっと息をつくスカーレット。宮下は何やら個人的な調べ物をやりだした。
「そういえばこっちのトレーナー室ってずいぶん狭いのね?」
「え?こんなもんだろ」
「いえ?これの3部屋分ぐらいはありますよ?」
「嘘…だろ……」
衝撃の事実が判明してしまった。なんと宮下とスカーレットのトレーナー室は、1ルームのようなこの部屋の規模ではなくもっと広々としているそうなのだ。あれってチームサイズのトレーナー室じゃなかったの…?
「こりゃトレーナーはマジモンの外れ引いたんだな?」
「いや…そうかもしれんけど…目の当たりにするのは辛いわぁ」
「私には広すぎて落ち着かないんですが…このぐらいの部屋の方が好みではありますね」
他愛のない雑談をしながらまったりとしていたらいつの間にやら雪は止んでいた。明日は晴れるようだし3日あれば溶けてしまうだろうか。そうなる前にちょっと味わっておかきゃな。
この後すこしフェローを振り回して遊んでいたらたづなさんに見つかって、後日の焼肉会に一人メンバーが増えることになってしまった…。