タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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チューリップ賞

 

 

先日のスノープロウ式除雪の報酬として連れて行った焼肉は、宮下とダイワスカーレットも同伴、フェロー225で遊んでいたところを見逃してもらうため、たづなさんもお招きした結果、俺の財布はすさまじい軽量化を達成した。その反面ウオッカとダイワスカーレットのバ体重が増えたため、最近は絞るためにウエイトなどの筋トレメインのメニューをこなしてもらっていた。

スカーレットは嘆いていたが、別にそんな変わっちゃいないだろとウエストをつっついたところ蹴っ飛ばされた。文字通り蹴っ飛ばされた。それはもうリッターSSでハイサイドした時並みに吹っ飛んだ気がする。

 

 

ようやく降り積もった雪が溶け切ったがまだまだ寒さの落ち着かない日々、コタツに足を突っ込みながらウオッカと向き合い今後の詳しいレースプランを練っていた。

 

トレーニングの効果と様子見のために出走したエルフィンステークスを難なく勝利。上がり3ハロンは34.0とこれまでよりも確実に速くなっている。得意距離を考えれば次走はGⅢチューリップ賞がちょうどいいか。

時期的にも1か月スパンとなるし、トライアルレースでもあるチューリップ賞は3着までに入着を果たせばティアラ路線の一冠となるGⅠ桜花賞への優先出走権が与えられるのだ。これを狙ってGⅢではあるがレベルの高いウマ娘が出てくる。

 

そして今後ライバルとなってくるであろうダイワスカーレットだが、彼女が目指しているのはトリプルティアラ、つまり桜花賞への優先出場権を狙ってチューリップ賞へ来るのは確実だろう。昨年12月のOP戦は1着、今年に入ってからのシンザン記念は2着と惜敗しているが実力は申し分ない。

 

 

「さて今後なんだがチューリップ賞→桜花賞かNHKマイルカップ→日本ダービーって路線を考えてる」

 

今後のレース日程も考慮して順にペンで指しながら順を追って説明していく。

 

基本的にはウオッカもダイワスカーレットと同じくティアラ路線でやっていくことになる。しかし彼女と俺が目標とするのは日本ダービー。いままでマイルレースに重点を置いてきたが、日本ダービーは芝2400mの中距離最長レース。正直なところ2000m級のレースは一回体験させておきたい。

 

最近は宝塚記念やエリザベス女王杯と同じ2200mまで距離を延ばして併せウマをしているが、一発模擬レースでもやっておくべきか悩ましい所である。

 

「チューリップ賞は分かったけどNHKマイルカップはなんで選択肢に入ってんだ?」

「変則二冠を狙えるからだな。チューリップ賞を勝てど負けれど日本ダービー狙いなんだからトリプルティアラは取れない。なら桜花賞を蹴って狙いに行くってのもアリじゃないかと思ってんだ。まあNHKマイルからダービーはちょっと日程が近いからあまりお勧めはしないがな」

 

資料を眺めながら思案する彼女。しかしやりたいことはすでに決まっているようで程なくして目線を合わせてきた。

 

「チューリップ賞から桜花賞、日本ダービーを狙う。初めから言ってた通りのプランで行きたい」

「一応、桜花賞に行く理由を聞いてもいいか?」

 

 

「アイツに、スカーレットに勝ちてぇ」

 

 

何の迷いもなく言い放った。こちらを見据える強い光の灯る瞳。

 

「……なるほどね」

 

くくくっと、思わず笑みが零れてしまった。

いいじゃないの。勝ちたい奴がいる、超えたい奴がいる、ライバル関係大いに結構。そういう熱いやり合いは大好きだ。

 

「いや、愚問だったな」

「そーでもないぜ?やっぱり目標はしっかり見据えておきたいしな」

「じゃあ勝ってやろうぜ。アイツにさ———」

 

 

 

*****

 

 

 

控室で担当バの準備を済ませた後、二三言葉を交わして今日の戦乙女たちをコースに送り出した。不安そうな表情をのぞかせる子や緊張で固まっている子など様々だが、我が担当バは気合十分といった感じで笑顔を浮かべていた。これからの事が楽しみで仕方がないといった獰猛な笑顔を。

こうなればトレーナーとしての仕事はひと段落だ。レースの終わりまでは少しの間余裕ができる。

 

空いているスタンド席に腰かけコーヒーを煽る。煙草も一本ぐらい吹かしたいところだが時間的に微妙だ。

 

「お隣、いいですか?」

「どーぞ」

 

隣に座った優男を一瞥すればただ人のよさそうな微笑みが返ってくるばかり。ちょうど話し相手が欲しかったところだ。しばらく付き合ってもらおうか。

 

「ちょうどよかった。話し相手が欲しかったところなんですョ」

「それはいいタイミングで合流できましたね。私もブリーフィングを終えたら手持無沙汰になってしまって…」

 

隣に腰掛けた宮下も缶コーヒーを開け数口含む。ほうとため息に近い息を吐いて視線を落とした。口から吐かれた息が白く伸び穏やかに溶けてゆく

 

「ついに、本格的に当たることになりましたね」

「まあ…同じような適正距離に同じ世代じゃこうなるでしょうね」

「ええ。スカーレットもウオッカ君とこうして走れることをすごく楽しみにしてたのですが、実際に肩を並べた彼女たちを見てようやく実感がわいてきましたね。GⅠバ相手にどこまでやれるのか胸をお借りしたいと思います」

「よく言いますョ」

 

すこし自嘲気味に笑ってターフの上に出始めた彼女たちを眺める。負けるとは思っていない。だがレースに絶対は無いのだ。もし阪神ジュベナイルフィリーズにダイワスカーレットも出場していたら?果たして勝てていただろうか

 

遠目で見ていても分かるぐらいわちゃわちゃと絡みながらゲートへ向かっていく2人。もうちょい落ち着けんものか…

隣の宮下も二人の絡みには苦笑いを浮かべている。

 

 

「どうなろうとも、恨みっこナシですよ?」

「もちろん。そうなったら指導不足を切り株に叫びに行くだけです。スカーレットはそれに足る走りをお見せできるはずです」

 

たいした自信だ。この優男のそういった姿勢は見習っていきたい。

 

 

『阪神レース場今日のメインレース第11競走は桜花賞トライアルチューリップ賞GⅢ芝外回り1600m16人の競走です』

 

昨年からの成績を加味されてかウオッカは1番人気に推されている。6枠11番で外よりのスタートだ。次いでダイワスカーレットが2番人気、4枠7番でこちらは中心に近い。だが彼女のパワーなら他なぞ蹴散らして上がってくるだろう。

 

「そちらが警戒している子は居ますか?」

「いや、贔屓目なしにしてもあの二人が頭一つ抜けてると思いますョ。しいて言うならレイニーワルツですかね」

「へえ…3番人気のパーカーカルストはどうですかね?」

「掲示板争いぐらい…じゃないですか」

 

『16人がゲートに入りました。態勢完了です』

 

話を切り上げてターフに向き直る。吹き抜けるからっ風が熱気に圧され、今か今かと待ち望む観客と戦乙女たち。

 

一瞬の静寂と、重苦しい音とともに重圧な門が開き一斉にそろって飛び出した。極端に出遅れた子はおらず、先行狙いのウマ娘が火花を飛ばし合っている。

 

『スタートしました!まず先頭争いですアクアローゼス!ジワッと上がっていきましたレイニーワルツ、ロッカエルラン、ダイワスカーレット先団好位を形成、その後ろメローサテライトと内からメルーンです、その外にウオッカが付けています。ここから後方集団となります…』

 

予想通りダイワスカーレットは好スタートを決めると、先団を蹴散らし1000m地点で頭を取った。このまま彼女のペースで進んでいくだろう。ウオッカには先行気味の差しを指示しているが上手くハマったようで、作戦通りに中団に取りつき上手く折り合いをつけられているようだ。

 

 

『残り1000mを通過しました!ペースを握ったのはダイワスカーレット、ダイワスカーレットです!リードは1バ身です。その後ろにヤガメダイナマイツが追走しています。その2バ身後ろにアクアローゼス、残り800mを通過しました!メローサテライトが4番手その内にパーカーカルスト中団バ郡からウオッカが外目、その後ろから…』

 

 

 

 

———600m看板を過ぎたあたりで、彼女の姿勢が変わった。上体を倒してより長くストライドできるように前傾し、めいっぱい踏み込んでドンッと音が聞こえるような加速をブチかまし始めた。

みるみるうちに速度を上げ、先団を沈めにかかっていく

 

「アイツ、笑ってやがる…」

 

 

 

 

*****

 

 

600m看板を過ぎたことを横目で確認しながら、外側にズラし前を確認して一気に足を踏み込んだ。まだ4コーナーの途中だが体を前傾姿勢に持っていきスパートを仕掛ける。

 

他のやつらは最終直線勝負だろうが、それじゃ先頭のあのツインテールには届かない。ジワリと離れていく背中を捉えるためにはここから上がっていくしかない。

 

「へっ…逃がさねえぜスカーレット!」

 

体が更に前へ突っ込んでいく感覚に任せ、太腿を意識しながら一瞬だけ呼吸を止めてひときわ強く足を踏み込む。

ドンッという炸裂音とともに黒い突風が先団を突き抜けた。

 

「うそっ!?ここからスパート!??」

「なっ!!速っ…!」

 

 

『各ウマ娘4コーナーを曲がって直線へと入ってまいります!さあダイワスカーレット、ダイワスカーレット先頭!間にヤガメダイナマイツですが外からウオッカが伸びてきた!』

 

 

「やっぱり来たわね…!ずいぶん遅いじゃない!」

「わざわざ待っててくれたのかよ!!大した余裕だなスカーレット!」

 

 

二人肩を並べてまるで叩き合うように速度を上げていく。ギアを上げていく。お互いにまだ上のギアが残っていることに驚き、そして得も言われぬ高揚感に体が包まれていく。

隣から感じる息遣い、足音、限界…

 

 

「ふざっけんじゃないわよ!!」

「そっちこそ!なめんじゃねえ!!」

 

『残り200mを通過!すさまじいやり合いの応酬!ウオッカか!!?ダイワスカーレットか!??ウオッカか!!!ダイワスカーレットかこの二人の争い!!!』

 

 

「はぁっ!!くっ…!??」

 

先行から頭を取りペースを引っ張ってきたダイワスカーレット。そのことが裏目に出たのか彼女の足が、体が猛烈に酸素を欲し加速を鈍らせる。最終直線にスパートを始めた彼女よりも、一息入れて4コーナーからスピードを乗せてスパートをし始めたウオッカの方が加速が僅かに速い。

 

残り50mでその差が表れ始めた。

 

(なんで!!どうして!?加速で負けてる!!?!?)

 

並んでいるように見えていた体がジリジリと離れ始める。

 

 

『ウオッカか!?半バ身前に出る!!ウオッカ先頭!先頭!ゴールイン!ダイワスカーレット2着!!3着はレイニーワルツ!』

 

 

*****

 

 

気づけばコーヒー缶を握りつぶしていた。

立ち上がっていた体から力が抜けて椅子に座りこむ。自分が立ち上がっていたことにも驚いたがそんなことはどうでもいい。

3月の寒中だというのに背中にじっとりと汗をかき興奮冷めやらない。

 

「はぁ…」

「負けてしまいましたね…」

「心臓に悪いですな」

「全くです」

 

 

辛くもクビ差でチューリップ賞を制したウオッカ。これで桜花賞の切符を手にすることができた。2着に入り優先出走権が与えられたダイワスカーレットもこれでほぼ出場するとみていいだろう。

 

 

「アンタ…覚えてなさいよ!桜花賞……叩き潰してやるわ」

「いつだっていいぜ?勝つのはオレだ」

 

ターフの上で息を整えながらバチバチと視線をぶつからせる二人。

 

 

————この後のウイニングライブは、レイニーワルツそっちのけで二人のケンカライブとなりトレーナーたちの頭を大いに悩ませるのであった

 

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