タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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まさかの赤バーになってました。初めてのSSですがこのような評価をいただけて嬉しい限りです。


伊豆・箱根ツーリング①

 

 

 

「ちょっといいかしら?」

 

ノックとともに珍しくトレーナー室に来客が来た。どうぞといってもよくよく見知った相手のダイワスカーレットである。

 

 

「珍しいな。スカーレットがこっち尋ねてくるとは」

「まあちょっとアイツがいない方が都合よかったのよ」

「そうか。ウオッカはどうしたんよ」

「アイツ日直だから今日は少し遅いはずよ。聞いてないの?」

「いや、聞いてないな…マジ?」

「やっぱり相談してなかったのねアイツ……。腑抜けちゃって元気がないのよ。部屋でも教室でもそう。見てられないったらないわよ」

 

先日出走した桜花賞にてウオッカは3人に抑え込まれた不利な状況に陥り、終盤でようやく抜け出しスパートを掛けるたものの、逃げるダイワスカーレットを捉えられず惜しくも2着となってしまった。

そこまでは仕方のないことだ。勝負の世界なんて常に勝ちを拾えるわけじゃないが、しかしウオッカは思うところがあったのだろう。桜花賞が終わった後から意気消沈といった感じでいつもの溌溂な表情が噓のように鳴りを潜めてしまっている。

 

「ここ最近トレーニングも身が入って無くてな。ちょっとどうしようかと思ってたんだけどョ」

「アタシからふっかけても「おう…」とか気のない返事ばっかりでお手上げよ」

「吹っ掛けたんかい」

 

いつも売り言葉に買い言葉のスカーレット相手にそこまで生返事なら結構な重症だ。彼女の目標である日本ダービーまで日付があるわけでもないのだから早いとこ立ち直ってもらいたい。

 

仕方ない。明日をオフにしてちょっと連れ回すか。

 

「明日、オフにしてちょっと様子を見ることにするョ。ちょっと朝からウオッカ借りるぜ?」

「門限に遅れないようにしなさいよ」

「そこはフジにも手を回しておく」

「頼んだわよ。こっちのトレーナーには言っておくわ」

「すまんな。世話を掛ける」

 

 

*****

 

 

 

「よぉ。シケた顔してんな?ちょっと一っ走り付き合えョ」

 

休日の早朝、相変わらずの裏門。ヘルメットとグローブだけ持って壁に寄りかかってるように待っていた相方に声を掛ければ少し苦笑いして後ろに座ってくる。XRZの調子も上々で久々のツーリングに喜んでいるようだ。

 

「…前もその誘い方だったぜ?」

「そいつは悪かったな。どこに行こうか迷ってたら考え付かなくてよ」

 

彼女がしっかり掴まったのを確認してからヘルメットのバイザーを下げて1速に落とし、ゆっくりと愛機を発進させた。

 

 

昨日は日直で遅れてきたウオッカに軽めのトレーニングメニューを渡したが、様子を見ているとやはり淡々とこなしていた。……こなしていただけだった。

 

言い方を変えればただやっているだけという感じで、適切な負荷をかけるだとかそういった事を意識していない動きだし、普段なら軽すぎるだのもっと併走させろだの突っ掛かってくるはずだが、ダイワスカーレットがはっぱをかけてもまだ調子上向きとはいかなかったようだ。

 

 

 

 

トレセン学園のある府中から南下するには橋で多摩川を渡らなければいけない。昼間なら混み合うこの辺りも早朝だからか車もまばらだ。そのまま鎌倉街道に入り更に南に進路を取る。

府中市は東京都だが、南に進むと稲城市、多摩市と続いてこの辺は町田市と神奈川県川崎市が入り乱れている。ネットでは東京と神奈川の領土所有権問題として度々争われていることは皆さんご存知の通り。

 

しばらくは住宅街だから4000回転以上は回さず、少し後ろの様子も気にしながら普段以上にゆっくりとクラッチを繋いでとにかく揺れの少ないように乗っていく。

 

 

「なあ?」

「ん」

「海の方行くのか?」

「まぁ…海の方だな」

「そっか」

「海に落としたりはしないから安心しろョ」

「勘弁してくれよ」

 

 

町田の住宅街を抜けるとようやく広い国道16号に出た。

程なくして横浜町田インターから上がり東名高速を西進。少し車の流れが詰まり始めている悪名高い大渋滞ポイントである大和トンネルを抜けて、いったん海老名サービスエリアに入った。

 

「ほら」

「サンキュ」

 

自販機で飲み物を購入しウオッカに投げ渡す。経由地に着くには少し早すぎるのでここで少し休憩を挟もう。向こうは聞きたいこともあるだろうしな。

 

「なあ…トレーニング休みにしてまでどこ行こうってんだよ」

「んー……最近ってか桜花賞終わってからちょっと辛そうにしてたからな?」

「…」

「俺のイチオシツーリングルートだョ。箱根から伊豆っていう使い古されたゴールデンルートだな」

 

煙草を咥え火をつけ少し吹かす。空を見上げれば、春のこの時期には珍しい澄んだ晴れ。ここからも富士山の白い頭が見えている。

 

「俺が悩んだときな、気分転換に使うルートなんだ」

「悩んだとき…?」

「あぁ、昔ちょっとあってな。その時も意味もなくふらっと走りに来て、その時だけは何も考えないで良かった」

「それってエスタ先輩の時か?」

「その時もまぁ…そうだな。エスタが大変なのは分かっていたんだ。それでも俺の中で折り合いをつけることができなくてな。信じたくなかったんだ」

 

少し答えに詰まってしまった。担当ウマ娘が大変な時に走りに来ていた無責任なやつと思われるだろうか。弱い所を晒して嬉しい人間など居やしまいが、少しでもウオッカの悩みを晴らす手助けになればいい…そんな思いだ。

 

「さて、行くか。そろそろ向かえばちょうどいい時間になるだろうョ」

 

 

 

海老名サービスエリアを出てからすぐに次の厚木インターで東名を下りる。

厚木料金所を過ぎれば左出口と、右に有料道路である小田原厚木道路に分かれていて、そのまま右の道路を進む。道自体も高度を下げ田園地帯のど真ん中を横切るような形になった。

 

少し速度を落としてゆったりとしたペースに落ち着く。

この小田原厚木道路は制限速度が70㎞/hと控えめ。道が多少狭く合流車線に余裕のない所が多いことが原因で、途中の平塚を過ぎた辺りからアップダウンもキツめになる。

その上この道は神奈川でも特に取締りが厳しい道路のひとつ。うっかりサイン会の主役にならないよう注意が必要である。

 

 

この道をそのまま終点まで走ってちょっとした住宅街を抜ければ、そこにあるのが第一目的の〈箱根ターンピーク〉である。関東におけるツーリング・ドライブといえば?上位に食い込んでくるであろう全長約15.5kmの有料道路だ。

小田原の街から一気に山を駆け上がり標高を1000mほど上がった所にある大観山までのワインディングを楽しめる快走路。

 

実はこの道路、私道であり企業が貸切ってCM撮影をしたりヒルクライム競技をしたりすることも。ホンマが貸切ってグランプリライダーとレース用バイクのプロモーションなんかを撮影していたこともあったりしたな。

 

分かる人なら分かってくれるだろうが、某車の走り屋漫画で死神と赤城の白い彗星がやり合ったステージのモデルがココだ。

 

 

 

「おぉぉ」

 

ちょっと持ち直したウオッカが目に光を灯し、これから登っていく先に目を向け馳せていた。雑誌などでよく見る光景に心が浮足立っているようだ。

 

残念ながらウマ娘といえどこの道を生身で走ることはできない。結構ないい坂路具合でトレーニングになりそうなんだが仕方ない。

 

 

料金所で通行料を支払い、財布をしまってからゆっくりと回転数を上げて道を登っていくがタンデムな分ここの強烈な上り坂に負けてしまっている。車ですらべた踏みでも加速が鈍るぐらいの勾配であるここは、跳ねウマや暴れ牛でもちょっと辛いだろう。

 

「しゃーねえな」

 

腰を掴んでいる手をポンポンと叩きしっかり握るように指示する。腰のベルトが強く握られて、それを確かめてから一気にギアを2つ落とした。

 

きっちりと回転数を合わせクラッチを繋げば普段の街乗りでは使えないような領域へ、後ろの相方には初めて聞かせる咆哮。

 

 

 

————コイツの本気だ

 

 

 

 

 

やっちまった…。

 

 

このターンピークには途中に御所の入という桜で有名な展望台があったのだが、ついつい気持ちいいペースで流していたらブッチしてしまった。次の湘南ビュー展望台という、その名の通り湘南の海岸線が一挙に見渡せる場所も混雑により入るのを断念。

 

この時期、沿道に植えられた桜が咲き誇るこの区間は駐車場待ちが発生してしまうほど混雑することもある。それを見越して早めに来たものの皆考えることは一緒なのだろう。

 

 

あとはXRZの音からしてぶっ飛ばしていると思われたのか、車が軒並み登坂車線に避けてくれてしまった。譲ってくれたのに抜かさないのも忍びなく軽く手でお礼しながら抜かしていく。

 

 

うーん、この……

箱根ターンピークは一方通行なので戻ることもできない。第一目的地からこのグダりようだ。

どうしようもないから一気に駆け上がり頂上の大観山駐車場まで直行するほかない…普段ここまで回して乗ってやれないことに少し気おくれを感じながら、今日は存分に走ってもらおうとより一層スロットル操作する右手を元気よく動かした。

 

 

*****

 

 

頂上の大観山駐車場には〈スカイビューラウンジ〉という展望台を兼ねた建物がある。ここからは箱根芦ノ湖までほど近く、更に雲が無ければ雄大なパノラマの富士山を望むことができる。この景色を拝むためにかなりの数のツーリングライダーやドライブ好きなスポーツカー乗りで賑わっていた。

 

 

駐車場に入った時から、チラチラと視線を感じる。

 

分かるよ。バイク乗りの性で駐車場に入ってきたバイクをついつい目で追っちゃうんだよね。スゲー分かる。

いい音してると「おっなんか来たな」ってワクワクしちゃってさ

 

 

「ふいー」

「トレーナー!!!!」

 

駐車場の空いたスペースに愛機を止め、ヘルメットを脱いだところガッと肩を掴まれガクガクとゆすられる。

 

「な“に“な”に“な“に”」

「こいつあんなスゲーいい音するのかよ!!」

「東京の“住宅街で普段”から“ぶん回す”わけねーだろああああ」

 

おまえこれ1100㏄ぞ。軽自動車約2台分ぞ?やろうと思えば一捻りでそりゃもうウィリーさ。

 

 

エキゾーストにあてられたウオッカがどうやら掛かりまくってる。とりあえずむち打ちになるからやめてくれ。

 

「んだよー。あんなシビレまくる音してるなんて聞いてねえよぉ…」

「普段4千までしか使わないしな。それこそ府中のあの辺なんか3速2千までで事足りるわ」

 

荒療治ではあったがようやく彼女のテンションも上がってきたっぽいので、スカイビューラウンジにて遅めの朝食を取り駐車場と反対にある展望台へ。

 

 

「おわー…富士山すっげえ……」

 

この時期としては珍しく雲もかかっておらず、眼下の芦ノ湖からその先の富士山まですっきりと山体が見渡せた。

 

標高もあるから山麓の街よりこの大観山は気温が数度低い。4月の中旬であるこの時期でもちょっと肌寒いくらいだ。時折雷鳴のような音が聞こえることがあるが、これは富士の裾野で自衛隊が行っている砲撃演習の音だったりする。

 

 

 

駐車場の方に戻ってくると先ほど抜いたツーリング集団が上がってきていた。

俺と同じようなハマサキXRZやウマハXRJなどネイキッドバイクが主だ。やっぱ見ちゃうよね。同じバイクだとなおさら。仲間意識を持つわけじゃないんだがなんか見ちゃう。

 

「こんちは!さっき抜いてった良い音したXRZ乗ってたお兄さんですよね?」

「あーすいません、譲ってもらっちゃって」

「いえ、こっち400ばっかりなんで上り辛いんですよ」

「確かに上りきついっスよね」

 

「なぁトレーナーあっちにホンマの6気筒居たぜ」

「えっ??ウオッカ?」

「え?トレーナー知り合い?」

「いや」

「本物さんです?」

「あ、はい。本物っスけど」

「うわぁ!マジっすか俺ファンなんですよ!握手してもらってもいいすか!!」

「去年の阪神ジュベナイルフィリーズでファンになったんです」

「俺チューリップ賞からです!」

「ダイワスカーレットとの競り合い熱かったよな!!」

 

どうやらこの人達はウオッカのファンをやっていただいてた人のようだ。ワイワイやっていたところでツーリンググループの人たちが集まってきた。話が伝搬し軽くファン交流会みたいな様相になり始めておりちょっとカオスじみている。

デビュー時に受けたインタビューでバイク好きを公言しており、そういったところからも応援してくれているのだろう。

 

「桜花賞は惜しかったですけど…次はてっぺん獲るって応援してるんで!」

「あー、ありがとうございます」

 

これ以上ここに居たらまた囲まれてしまいそうだ。

ウオッカにジェスチャーしてファンサービスもそこそこに切り上げてもらう。愛機に火を入れ跨るとウオッカも後ろに乗ったところで駐車場から発進すると次の目的地に進路を向けた。

 

 

「なあ」

「どうした」

「あのXRZ乗ってるウオッカのトレーナーって言われてた人、俺見たことある気がするんだよな…」

「お前も?俺も見たような気がするんだけどさ…。取材雑誌で見たとかじゃなくてか?」

「いや、もっと前に。どこだっけな…」

 

 

 

 

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