タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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遭遇

「はっ、はっ…」

 

 

まだ日が昇り始め幾刻も経たない早朝、ロードワークをしている一人の少女。襟足で一本に束ねた髪と白く太いメッシュが一本入った前髪、首筋辺りの長さで外にハネる鹿毛を揺らし体を温めるように一定のリズムを刻んでいく。

 

 

 

「春になったつってもまだ朝は寒ぃよ…」

 

ヒトに似た姿でありながら頭頂には一対の長い耳。腰のあたりから垂れた一房の毛を束ねた尻尾。

彼女はウマ娘と呼ばれる者たちの中の一人であり、ヒトと似た姿でありながら身体能力は比にならないほど高い。ジョギングのような軽い動きでありながらヒトの成人男性が全力で走るようなスピードであった。

 

この地域には『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』、通称『トレセン学園』があり、日本で行われるウマ娘たちの最高峰レースであるG1シリーズやトゥウィンクルシリーズの勝利を目指して、日本全国から多くのウマ娘が集まってその門をたたく。

 

トレセン学園がある地域は、こうして彼女のように早朝や夕方に道路端を走るウマ娘たちの姿は珍しいものではない。競バ場周りや河川敷では走り抜ける彼女たちをよくよく見かける。

こういった地域の歩道と車道の間には、自転車およびウマ娘用レーンが設けられていた。

 

 

 

「んーっ!!やっぱ外を走るなら人の少ない時間だよな!」

 

 

街道に植えられた桜が朝日に照らされ、程なくしてその花弁を散らしていくだろう季節。少女は昨年高い倍率のトレセン学園に晴れて入学し、中等部の共通1学年基礎過程を終えて今年から2学年に進級、ようやく本格化してくるカリキュラムとレースに向けたトレーニングに期待を膨らませていた。

その期待から体のソワソワが収まらず、こうして早朝からロードワークに興じていた次第である。

 

「しっかしどうすっかな…。専属のトレーナーを探すかチーム選考を受けて所属するか…。う~~~ん悩むぜぇ!」

 

ウマ娘としてレースに参加するには、トレーナーと契約するかチームに所属して日本ウマ娘中央競技会(URA)に競走バ登録をする必要がある。

だいたいは中等部2学年のうちに探すか入るかしてジュニア級、クラシック級、シニア級とステップアップしていきトゥウィンクルシリーズを勝ち抜いて、スターウマ娘になればURAファイナルズ出場権を得る。それに優勝すれば、晴れて殿堂入りウマ娘として後世に名を遺すレジェンドウマ娘となれるのだ。

 

しかしながらトレセン学園では、ウマ娘の数に対してトレーナーの数がはるかに少なく、足りていない現状である。

本来であればトレーナー一人が専属でウマ娘一人に付き、トレーニングからレース補助まで行うことが好ましいのだが、無い袖は振れない。

そのため優秀な成績を修めたウマ娘のトレーナーがチームを設立し複数のウマ娘を見る制度があるにはあるのだが、学内選抜レースに勝ち、能力を示して、スカウトを受けてようやくチームに入会、といった手間があるし、そもそもトレーナーのお眼鏡に適わなければスカウトすら来ない無残な場合もある。

高倍率な中央トレセン学園に入学したはいいものの、トレーナーおよびチーム契約ができずレースに出走できぬまま終わっていくウマ娘だって結構な数いるのだ。

 

 

「父ちゃんみたいにバイクの重低音を語れるトレーナーなんか居やしないだろうし…そもそも乗れる人もいねぇよな……」

 

自らの足で、バイク並みの速度が出せてしまうウマ娘たち。

ヒトの乗るものだからと、ほとんどが興味を向けない中で、珍しくバイク好きな彼女。道ですれ違えば目で追ってしまうほどだ。

幼いころから父のバイクの後ろに乗せてもらっていた思い出が強い彼女は、口でバイクの真似をするほど入れ込み、免許が取得できる年齢になれば自分で購入しようと計画するほどのマニアックぶり。

 

 

「この前走っていたウマハのナナハン渋かったな~!かぁ~俺も早く自分のバイクがほしぃぜ!!…っと赤か」

 

タイミング悪く、信号に引っ掛かってしまった。リズムを崩さぬよう足踏みしながら変わるのを待つ。そんな彼女の隣に一台のバイクが並んだ。

 

(おぉぉ~!ハマサキのXRZじゃん!!ネイビーメタリックとか渋っ!いいなぁ…。うしっ、ちっと並んでやるかっ)

 

角目一灯のネイキッドバイクで、重圧なボディ。ハマサキ重工の代表的なマシン

スモークがかったヘルメットで表情は見えないが、おそらく身長からして男だろう。こちらには一瞥もくれず前を見ている。

 

信号が青に変わる。それと同時に少女は足に力を籠め駆け出していた。

 

「瞬発力なら負けねぇよ!」

 

リードを築いて前を走る。ハナを抑えてランデブーだ。

そう思っていた少女の横にバイクがつける。嘲笑うように手を振るとバイクが咆哮を上げ一気に加速していった。

「速ぇえ!!ちくしょー!!」

 

しかし少女は思い出して戦慄する。

「おいおい、この先コーナーだぞ!?ヤバくないか!?」

この先にある線路をよけるために、道は急激なカーブになっているのだ。しかし少女の懸念をよそにバイクは減速しない。

 

「突っ込んじまうぞ!」

 

ゆらり

 

バイクがアウト側に一瞬膨らむラインを描く。かと思えばイン側に倒れるように傾き、膝を地面に擦るようにしてクリアしていく。

 

テールライトが鮮やかな一筋の閃光となる。

 

「マジかよ…なんだよそれ…」

少女がカーブを曲がり切った時には、バイクははるか遠くで残響を奏でていた。

 

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