ハイ、突然だが関越道を下っている最中です。
後ろにはいつものごとくウオッカを乗せ、車の流れに身を任せながらゆったりと進む。
天気は晴れで雨は降らないらしい。近ごろだんだんと気温も上がってきてそろそろ2輪の気持ちいい季節は終わってしまうだろう。毎年行かないでと春に縋りつくのだが、あっという間に我が物顔で居座る夏に蹂躙され、バイクで走っていればカナブンやハチに体を撃ち抜かれる季節となる。
ホントにマジで痛いからね?高速道路走ってるときにカナブンやら甲虫と衝突すると腕が持っていかれる。マジで。パァン!!って撃たれたみたいになるから。カブトムシとかクワガタは刺さるまである。ちゃんと夏でも長袖長パン着ような。
それはさておきティアラ路線に進んでいたウマ娘としては相当な年数ぶりである日本ダービー制覇を成し遂げた我が担当ウオッカである。
その功績は大変誇らしいのだが、おかげで四六時中マスコミに囲まれ、URAからはイベントに引っ張り出され、学園内では他のトレーナーやウマ娘に囲まれ息をつく暇もない。
おかげでまともなトレーニングもできず休日返上で対応を行っていたため、こっちも相方もフラストレーションが溜まりまくりだ…。諸先輩トレーナー方はこういった時どう対応されてるんでしょうかね?こんど詳しくお聞きしたい。
藤岡ジャンクションを分岐側へ。
ここからは上信越道となり富岡を過ぎた辺りからだんだんとアップダウンとカーブが増えてくる。車もどんどん少なくなってきて自分の愛機の音しかしないような状況になってきた。
そう、今日は平日なのである。
———平日なのである。
自主休日、というやつだ。
普通に労働していたって5日の労働が2日の休みで浄化されるはずがないだろう。魂の洗濯、精神の安寧。走り続けるウマ娘にとってメンタル面は非常に大事で、どんなに強く自分を律することができるウマ娘だってほんの少しの揺らぎが走りに出る。
イラついてる人間がアクセルを強く踏んでしまうように。
負けたことへのメンタルケアは勿論必要だと思う。それと同じくらい勝った後のケアもまた必要なことだと思っている。
ここ最近の囲まれる日常には辟易してきていたから。
だから、———たまには逃げたっていいじゃないか。
松井田妙義インターで上信越道と別れを告げて一般道に降りる。線路沿いの道に突き当たり左へ。そのまま川沿いの国道を線路に沿ってしばし進めば釜めしの目立つ看板が見えてきた。峠の釜めしと有名な〈おじの屋〉である。
駐車場にバイクを止めると平日にも関わらず数台が先に止まっていて、しかし休日に比べればずっと少ない台数でまだまだ余裕があった。
こういったところの駐車場の窮屈感を気にしなくていいのは平日ツーリングの利点であり峠などの山道も空いていてストレスが少ない。まあお目当ての観光地が開いてなかったりということもままあるのだが…。
「おぉトレーナー!あのガソスタ【この先、峠】って書いてあるぜ!」
「この先軽井沢に抜けるまでガソスタないからなぁ」
興奮するところそこかい。せっかく観光店に来たのにおめめの付け所がシャープすぎでしてよ?
まあ無理もないか。
このおじの屋のある横川からこの先の軽井沢に抜ける道は、あの有名な碓氷峠。車やバイクの界隈に興味があるのならば、一度は聞きかじったことぐらいあるだろう。それぐらい有名になった峠道だ。ウオッカは釜めしよりも峠の方に気が向いている感がある。
「まあその前に飯でも食おうや。せっかく目の前に普段食えないものがあるんだし。峠は逃げないョ」
「そうだな…。釜めしって食べたことないしちょっと楽しみにしてたんだよ」
釜めしもいいが、俺はチーズおやきの方が好きだったりする。それを話すと尻尾ではたかれた。なぜだ…
*****
釜めしとチーズおやきを腹に収めたあと、ゆっくり外のベンチで茶をシバいていると何やら甲高い警笛のようなものが聞こえた。駅の方に電車は入っていないのでウオッカは疑問に思ったようだ。
「なあさっきの警笛っぽいのってなんなんだ?」
「この先に鉄道文化村っていうのがあってな。そこに機関車とかが展示されてんだわ。それが動いてるんじゃねーかな」
「ふーん」
「腹ごなしも兼ねてちょっと見てみるか?」
入場料を払い鉄道文化村におじゃますると、古臭い電車が出迎えてくれた。床面に線路が敷かれていてそれが車庫のようなものに向かって伸びている。少し奥まったところに電源の入った機関車がおり、汽笛の主はあれだろう。
普段ここまで電車に近づくこともなければ、下から見上げるということもないからなかなか新鮮だ。さらに奥の広場に歩いていけばさらにいろいろな機関車や電車が展示されていてなんだか歴史を感じてしまう。
「電車って下から見ればこんなでっけーんだな」
「そうなあ。線路から見るってこともなかなか無いし」
そこでウオッカが視線を山に向けて、登っていく線路を眺めては何かに気づいたようだ。耳がぴこんと立ち上がりくるんとこっちを向いた。
「ここの信越…線?ってさっきの駅で終点じゃなかったか?」
「横川駅な。昔は在来線が山を登って行って、軽井沢と繋がってたのさ。今は新幹線ができて在来線は廃止。ここにいるのはその時代を走りぬいた老兵たちってわけ」
「へぇ…」
「昔っから碓氷峠は難所って言われててな。いろんな伝承や話に出てきたりするし、さっき動いてた機関車を電車に繋げて走ってたわけよ。だからあの機関車には峠のシェルパなんて別名があったりするぞ」
「別名…なんか浪漫があるなそれ!」
こういった歴史はついつい調べてしまう性質で、今日日使うことのない知識だと思っていたが意外なところで役に立つこともあるもんだ。この先山に続いている線路は遊歩道になっていて山の中腹まで歩いて行けるようだが、そこまで行ってもまたバイクを取りに戻ってこないといけないので仕方なく今回は見送ることにした。
「別名…カッコいい異名とかいいよな…うへっ」
「ニヤケ面もらいっと!」
「あっ!??おいっ!いまの消してくれよぉ!」
後ろをついてくる彼女はなにやら自分の別名を考えることに没頭していたようで、最近めっきり見なかったニヤケ面を浮かべていた。隙だらけなのでスマホで一枚撮ってみるとハッと再起動して赤くなりながらペシペシ叩いてくる。
「おい!トレーナー!」
「ハハッ分かった!分かったから!」
さすがにウマ娘の足から逃げるのは無理がある。削除画面を彼女に見せたら納得して叩くのをやめてくれたがそっぽを向いてむくれてしまった。まあこれ連写モードなんだけどな。
*****
碓氷峠には新道であるバイパスと旧道があり、新道はコーナーや勾配が緩和されて道幅が広く敷設されておりトラックやバスは新道を通る。俺がこれから通るのは旧道だが、どちらも同じ国道18号である。
しかし旧道は道幅が狭くコーナーが連続し大型車では通行困難であるからほとんどが観光に来た一般車や地元車しか通らず交通量が少ない。
国道から細い分岐を下りてちょっとした住宅街を抜ければ道が右へ左へと蛇行し始め木々が生い茂り森の中へと様相が変わり始める。
少しの高揚感を感じながら後ろにしっかり掴まるように伝えると、リズムよくスロットルを開けて、傾けてはコーナーを抜けてはまたスロットルを開け木漏れ日の中を駆け抜けていく。
しばし走ると目の前に背の高いレンガアーチ橋が現れた。碓氷峠の象徴ともいえる〈めがね橋〉だ。路肩のスペースに愛機を止めれば、森の中独特の空気と虫や鳥の鳴き声がそっと身を包んできた。
少し深く息を吸い込んで涼しい空気に肺を浸す。
こう、バイクで走って、森でも高原でも海でもいい。ヘルメットを脱いだ瞬間の、空気を吸い込む瞬間が何とも言えないのだ。
ウオッカもその感覚に浸っていたようで二人して橋を見上げたまま惚けていたがふと思いついた。
「ウオッカ、ここから軽井沢まで一本道だし走るか?」
「へ?」
「ここなら車でもそんなに速度出せないし、ウマ娘の足なら流しても同じくらいで走れんだろ」
「いいのかよ!!?」
「おう。峠くらい自分で風を感じたいだろ?こんな山の中じゃ誰も文句言うやついねぇよ」
「言ってくれんじゃねーか!いい加減うずうずしてたぜ!」
*****
まさか峠を走っていいと言われるとは思ってなかった…!
箱根、伊豆は有料道路なのでどうしても走ることはできなかった。トレーナーのXRZの後ろで揺られてる間もずっと自分の愛機で…否、自分の足で走ってみたいと幾度も思った。
トレーナーの提案を聞いた途端に体の中で熱が渦巻きだし、軽く準備運動をして体を暖めてもなお持て余している。
「へへ…!ずっとタンデムステップに足かけてて膝が鈍っちまうところだったぜ……!
」
念入りに膝と足首を伸ばして、準備完了とばかりに合図を送れば、トレーナーの愛機に火が入る。セルの音とともに炸裂音。それが体の奥底にズンと響き渡る。真後ろから聞くいつもとまた違うエキゾーストに否応なしに頬が吊り上がっていく。
「———ひっでぇよなぁ!こんな音聞かせておきながら流して走れなんてよ!」
ゆっくりと加速していくテールライトを追いかけこっちも走りだす。加速しては右コーナーをいなし、また加速しては左コーナーを抜けていく。とにかくリズムよく、テールライトが光らないことからブレーキを一切かけていない。
ヘアピンカーブほど曲がらないような道ではあるが、右に左にと狭い道幅のコーナーが続く峠で速度を一定に保っている。
呼吸を合わせ、ラインを合わせてついていくが、しかし流す程度のこの速度でもきついコーナーでは曲がりづらくそのあとの脱出速度を上げられない。すると一瞬だが離される。
(加速が追いつかないと離される…どうすりゃいい…?加速を素早くするにはコーナーでの減速を抑えて…でもラインはしっかり後ろからなぞってるのに…!)
ふと思い浮かんだのは以前レースで2回ほど当たった、同じクラスのロールスシーチャンの走り方。彼女は歩幅を細かく刻み、足の回転数で速度を上げるピッチ走法の使い手。それ故スタートからの加速はピカ一でハナを奪って好位に持ち込んでいきコーナーも早めにクルりとまわる…そんな走りをするウマ娘だった。
「もしかして、コーナーは歩幅を短くした方が走りやすい…のか…?」
…正解だ。きつい左がさっきよりよっぽど曲がりやすい…!速度が出てきたらだんだんと歩幅を広くして、コーナーが近づけば徐々にピッチに近づけていく。トレーナーに離されることが無くなり、確かな手ごたえがあった。
(これ…レースでも使えるんじゃねーか……?)
*****
軽井沢町と書かれた看板を通過すると峠道は終わりを告げる。群馬側から延々と上り坂だった道も平坦になりすぐに森も開け一気に住宅街のように変わっていく。ここから中心街に入れば交通量もガンと増えるため、再びウオッカには後ろに乗ってもらう。
めがね橋から登り始めた直後はタイトコーナーなどで走りづらそうにしていたが、途中から少しコーナーでの走り方が変わった。離されることなくくっついてきて、何かを閃いたようだ。
旧軽井沢にある商店街を抜ければ、碓氷よりも狭い山道に入っていく。
実はこっちが昔の中山道で、この道があるからこそ(旧)軽井沢なのである。軽井沢駅付近が新軽井沢らしいが、アウトレットなどが新しくできてるので既に旧旧軽井沢ぐらいになってるよな?
余計な事を考えていればお目当ての店に着いた。〈しげる屋〉と書かれた木製の看板に平屋の家屋。
「ここか?」
「そう。ちからモチっていうスイーツ。甘さ控えめだぞ」
「いいじゃん!嬉しいねぇ」
峠のちからモチって言うのが何時頃からあるのかは分からないが、各地に似たようなものが存在し、特に山越えをする難所の茶屋などで提供されていたものがそのまま残っている。
ゴマ砂糖、きな粉と思い思いの味を注文してからテラス席に入った。森の上に突き出すように作られた席は眺望よく、碓氷峠の向こう側まで見渡せる。
「峠でさ。なんか閃いたのか?」
「ん?」
「いやあ、初め走り辛そうにしてたのに後からついてくるどころか煽ってきたから」
「あぁ…初めは歩幅が合わなくて曲がりづらかったんだけど、同じクラスのヤツの走り方を思い出してやってみたら上手くいってさ!」
「そうか」
何かを掴んだらしいウオッカはきな粉ちからモチに舌鼓を打っている。口に運ぶと耳がピコピコと動いて表情以上の説得力があり見ているこちらとしても微笑ましい。
「なあゴマ一つやるからきな粉一つくれよ」
「んぉ!食べ比べだな!」
こんな逃避行もたまにはいいかもしれない。
そんなことを考えながら過ぎ行く春に思いを馳せて、もう夏がそこまで来ている足音がした。