タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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幻影

 

 

 

 

「よし!これでオッケーじゃん?」

「すまねぇ…恩に着る」

「いいってことよ!」

 

 

春は過ぎ去り緑が猛々しく萌え盛るようになり始め、革の遮風性に耐えられなくなり通勤用のライダージャケットにメッシュのものを引っ張り出し、川沿いの道を走れば虫柱に突っ込み、信号の待ち時間がエンジンの排熱で拷問になり始めた全く優しくない季節。

 

 

朝の通勤途中でぶちまけられていたらしい釘を踏み、1日が終わって駐輪場へ戻ってみれば無残に殉職したタイヤが………。

 

いつまでもバイクの前で絶望しても仕方ないので、バイク屋のサクにエマージェンシーを出して回収してもらい、在庫のタイヤと交換してもらった次第でございます。

 

 

相変わらず雑多にバイクが並び綺麗な店内とは言えないが、大体のバイク屋はこんな風に鉄とオイルのにおいが漂う硬派な空間だろう。

ふと壁に目を向けてみると、以前ウオッカがサインを書いた色紙がなんと額縁に入れられてど真ん中に祀り上げられていた…。

 

「サク…これ」

「このポスターも色紙もお客さんに好評なんよ!まさかダービーウマ娘のサインをそのままにしとくわけにもいかないっしょ!」

 

俺は普段ダイワスカーレットと面白おかしくシバきあってるウオッカしか見てないが、以前ツーリングに連れて行った際は様々なところで声を掛けられて囲まれかけている。ダービーウマ娘となった今はどうなってしまうのか想像もしたくない。

いやファンサービスは確かに大切なんだけどな。

 

 

「そろそろこいつもエンジン開けてオーバーホールする時期じゃんね」

「そうだなぁ。その辺はまた部品そろえなきゃいけないから時間が取れるときな」

「お待ちしておりやすぜ旦那」

「おう」

 

軽いノリであるがこれでいてサクの腕は信頼に足る。学生の時から親父さんの店を手伝っており、もう弄るのも維持るのもなんでもござれだ。

 

 

 

「——っと、サカキ。一ついいか?」

「あん?真面目な声出すなよ」

「真面目な話じゃんよ」

 

サクが佇まいを直して真剣な表情に変わる。ただならぬ物を感じてこっちも身が引き締まった。

 

「箱根でケンカ売った相手いる?」

「は?」

 

思考が抜け落ちた俺はずいぶんと間抜けな顔をしているだろう。

 

「いやどういうことだよ。峠でケンカ売るなんて。んなことするわけねーだろ」

「……最近夜の箱根でハマサキのバイクばっかり狙って煽ってくる黒いSSがいるらしいんよ」

「そりゃ物騒だな」

「ウチに来てる若い子も何人かやられててさ。ウマハやスザキって分かると消えるんだけど、ハマサキに乗ってると執拗に追いかけ回して寄せてきたりインからわざとぶち抜いたり」

「車種は?」

「黒いSSとしか情報が出てないんよね。やられた奴はたぶんセンターアップマフラーのセンダブって言ってたけどさ」

 

ホンマの誇るリッタースーパースポーツ、GBR1000RR

バイク好きの間では1000㏄のダブルアールを略してセンダブと呼んでいる。日本の4メーカーのみならず海外メーカーも含め威信をかけて開発するカテゴリーだけに、その性能は破格。日本の道路事情で使うならポテンシャルの3割で事足りるだろう。

スロットルを一ひねりすれば3秒で100km/hを超えるスピードが出る正真正銘のモンスター。それこそ公道で本気でやり合う相手じゃない。

 

 

「…目的が分からんな」

「それがさ…。そいつが『サカキという男を捜している』って言いまわってるみたいじゃんね」

「なんで」

 

そもそも俺は一緒に出掛けるようなバイク乗りは居ないし、峠でバトルを吹っ掛けるなんてこともしない……友達が居ないとか言わないでくれ、俺に効く。

 

 

「まあなんにせよ気を付けるじゃん?そんな付きまとってくるような奴、普通じゃないっしょ」

「そうだな。できる限り関わりたくない」

 

そいつの狙いはなぜ俺なのか。ハマサキ狩りをしているってことは、最低でも俺がハマサキ乗りである情報を持っていることになる。しかしそこまでするなら箱根でわざわざおびき出すような行動を取っているのか不明だ。

 

 

——過去。

 

WRCC最終戦鈴香であの男の三連覇を阻んだ時、彼のファンであるという人たちから心無い言葉を浴びせられたり、しょうもない嫌がらせが続いたことがある。こちらにも生活があり、チームやメーカーにも実害が出始めた事を機に、警察の介入を挟む結果となり非常に面倒な事態になったことをよく覚えている。

今はもうその業界から離れることになったし何年も前の話なのだ。だとしたらなぜこのタイミングで今更…?

 

 

「……もしかしたら、ウオッカちゃんのレースインタビューとかで気づかれたとか」

「ありえない話じゃないか…」

 

トレーナーとしてレースに関わり、ウマ娘を担当することになれば雑誌やテレビといったマスメディアに露出することもある。オープンウマ娘なら取り上げられることも早々無いが、格式高いGⅠレースともなれば当然多くの衆目を集める。日本ダービーなどといった誰もが知るようなレースならなおさらのことだ。

 

 

 

「どうしたもんかな…」

 

このまま放置すると俺だけではなく、ウマ娘に関わる事態に発展してしまうかもしれないな…。

解決の糸口を見つけられないまま、時間だけが無為に過ぎていった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「はちみーはちみーはっちっみー♪」

 

 

前髪の三日月と後ろにくくった一房の髪を揺らしてルンルン跳ねるように歌いながら歩く。長かった前期の期末試験週間もようやく終わり、あとは夏休みを待つだけで学業の方は一旦落ちつきを見せる。今年の春シーズンも締めくくりであるグランプリレース宝塚記念を残すのみ。

 

「テスト終わりの疲れた頭にははちみーしかないよね!」

「もうテイオー速いよ!はちみーは逃げないよ?」

「ダメなのだよマヤノ…体が求めているんだぞよ~!」

「あっ!もうテイオーってば!」

 

 

道行くトウカイテイオーとマヤノトップガンも試験から解放され、今日は授業も早上がり。

宝塚記念に挑むウマ娘は寸暇を惜しんでトレーニングに勤しむが、もう少しすれば夏休みという名の夏合宿が待っているウマ娘たちはこうして束の間の英気を養いに出かけていた。

 

 

「はちみつ硬め濃いめ多めで!」

「マヤは軟め薄め少なめでお願いしまぁす!」

「はい!硬め濃いめ多め一つと軟め薄め少なめ一つですねっ!お待ちくださいっ」

 

 

 

「ん~!!やっぱこれだよね」

「おいしーい!」

 

ベンチに座って二人並んで足をプラプラとさせながら試験で疲れた頭に糖分を補給していく。試験のできや答案の答えをやいのやいのとつつき合いながらはしゃぐ様に道行く人からの視線も微笑ましい。

 

 

 

 

「——失礼、お嬢さん方」

 

ふいに一人の男から話しかけられた。すらりとしていて背が高く、金髪に目が青い日本人ではない顔立ち。途端に固まるテイオーと首をかしげるマヤノ。

 

街中でファンに話しかけられることは多々あるが、単独の外国人からということはあまりない。

 

 

「あ、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ!」

「テイオーこの人日本語でしゃべってたよ?」

 

少々驚いた顔を浮かべた後、人当たりのよさそうに破顔した男は少し整えると再度話しかけてきた。

 

 

「ははは!愉快なお嬢さん方。中央トレセン学園の生徒さんたちだね?」

「そうですけど…マヤたちに御用ですかぁ?」

「実は少し困っていてね…。」

「ボクたちにできることなら手伝えるけど…?」

「ありがとう。優しいお嬢さん方」

 

 

そう言って少し仰々しい仕草で感激すると少しだけスペースを空けて、同じベンチに腰掛ける男。先ほどの笑顔からは一転困ったように眉を下げてテイオーたちを見ながら話し始めた。

 

 

「実は日本の友人が居るんだが、久しく連絡のないヤツでね。最近ようやく中央トレセン学園でトレーナーをやっているって分かったのさ」

「へー!その人もトレーナーなんだね」

「でもトレセンには200人以上のトレーナーさんが居るし…もうちょっと特徴が無いと分からないよ……」

「いや、担当してる子は分かってるんだ。ウオッカという子でね?最近テレビにも出てたはずだ。そのトレーナーのサカキという男さ」

 

 

顔を向き合わせるテイオーとマヤノ。

ウオッカなら同じ栗東寮であり、そのトレーナーであれば顔見知りである。目つきの鋭いあのいつもバイクのジャケットを着てる人だ。

 

「あぁ、その人なら知ってますよ?」

「本当かい?」

 

男が頭を上げ、マヤノとテイオーを驚いた顔で見る。光明を得たといった表情だ。

そのしぐさすら大げさと言えるが余程困っていたんだろうなとテイオーとマヤノはちみーを片付けた。

 

 

「なら伝言をお願いしたいんだ」

「いいよ?むしろそのぐらいでいいの?」

「しつこいと嫌われてしまうからね。…『今日の夜、柊で待っている』とだけ伝えてくれないか?」

「わかった!」

「えっとぉ…あなたのお名前は?誰だか分からないと伝えても仕方ないんじゃない?」

 

 

 

「——アイデルン…そう言えば彼は分かるはずさ」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「あちー…」

 

トレーナー室にてアイスを頬張り、トレーニング後のアイシングをしながらストレッチで念入りに体を伸ばしていく。6月も終わりに近く7月が顔を出し始めているがもう気温は完全に夏。むり。あつい。

 

ようやく終わった試験日程をすぐさま頭の中から消し、ダイワスカーレットのスパルタ補習授業を思い出せばアイスじゃない冷たさがヒヤリと背中を駆け抜ける。もう思い出したくない…。

 

 

「おい、宝塚も近いんだからちゃんとストレッチしとけ」

「わーってるよ!今やってるっての」

 

体をポキポキ言わせながらデスクに座るトレーナー。なにやらカタカタとパソコンに向かい始めたが、オレだけじゃなくアンタもよっぽどストレッチした方がいいんじゃないかと思うが?

 

試験が終わって夏合宿も近いが、こうしてトレーニングを続けているのは宝塚記念出走ファン投票に6位で選ばれたからだ。

グランプリに選出されるなど願ってもないことでシニア級相手にどこまでやれるか分からないが、あまり乗り気じゃなかったトレーナーを説得しチャレンジすることになった。壁が高いほど燃えるってもんだぜ…!

 

 

そんな折、トレーナー室の扉がノックされたと同時にトウカイテイオーとマヤノトップガンが揃ってトコトコと入ってきた。

 

「おっ?マヤノとテイオーじゃん!どうしたんだよこんな辺境に」

「はろーウオッカ!ちょっとサカキトレーナーに用があるんだよ」

 

 

「あの、返事を待たずに入ってきちゃノックの意味なくないお二人さん?」

「え?あーごめんね?ウチのトレーナー室ノックの文化自体なくて」

「それはそれでどうなの?」

 

目を細め抗議の視線を二人に向けるトレーナー。そんなの知ったことかとテイオーがえへんと胸を張る。ちょっとだけマヤノが申し訳なさそうにしてたが、埒が明かないと話題を切り出した。

 

「えっと、マヤとテイオーではちみードリンク飲みに行ったんだけどサカキトレーナーの友達って人から伝言を頼まれたの」

「そうそう!今日の夜ヒイラギ?で待っているだって!だめだよぉ?ちゃんと友達とは連絡取らなきゃ」

「俺の友達…?」

「うん」

 

 

途端にトレーナーの顔が疑問の色に染まる。何かを警戒しているような、目つきがいつもに増して鋭くなった。雰囲気が変わったのを敏感に感じ取ったマヤノに対しテイオーはまだ気づいていないようだ。オレもトレーナーのあんな顔は初めて見る。

 

「本当にそいつが俺の友達だって言ったのか?」

「うん…マヤノも聞いたよね?」

「え、うん。確かに言ってたよ」

「どんな奴だ」

「えっと、外国人だったよね?背が高くて金髪で目が青かったよ?」

「あっ!『アイデルン』って言えば分かるって」

 

まるで弾かれ椅子を蹴飛ばすかのようにトレーナーが立ち上がり、『アイデルン』といったテイオーの方に掴みかかった。三人とも事態が飲み込めず驚くことしかできない。いつもいつも、柳のように飄々といった態度を崩さないトレーナーの初めて見る激しい怒気。

 

 

「…本当に、そいつは『アイデルン』って言ったのか!?なぁ!」

「た、た、確かに言ったよ……?」

 

あまりの剣幕にテイオーが怯え切った表情で油の切れた機械のような動きになり、耳は横に垂れ、尻尾が内巻きになっている。マヤノも同じように怯えてしまっておりこれじゃあ話のするような状況じゃなくなっちまう。

 

 

「落ち着けってトレーナー!マヤノもテイオーも伝言だって来てくれただけだろ!?」

「…すまない」

 

テイオーの方から手を放しても暗い怒気を纏ったままのトレーナーに、なんと言えばいいのか?そもそも伝言の何がそこまで気に障ったのか?

 

 

「『今日の夜、柊で待っている』ってそいつは言ったんだな?」

「うん…」

「悪かった、テイオーにマヤノ。今度埋め合わせにはちみー奢るわ。ウオッカ、お前さんは今日のトレーニング終了、明日はオフ。宝塚に向けてストレッチだけはやっておいてくれ。俺はやることができた」

 

今にも風で吹かれて消えてしまいそうな声で返事をしたテイオーの頭に、ポンと手を置いたトレーナーがそのまま椅子に掛けていたライダージャケットを羽織るとそのままトレーナー室を飛び出していった。

 

 

 

 

 

「いきなりどうしたんだよトレーナー!?伝言が何かあるのかよ!!?」

 

そのまま駐輪場まで無言で歩いてきたトレーナーに質問をぶつけているが、一向に答えようとしない。こちらと視線を合わせようともせずXRZのセルを回してエンジンをかけた。

 

「ウオッカ、寮に戻れ。門限過ぎるぞ」

「ちょっと待てよ!何に怒ってるんだよ!?」

 

「もう一度だけ言うぞ。寮に戻れウオッカ」

「そんなヤバい目してるヤツを放っておけるかよ!何があったのか話だけでも聞くぜ!?」

 

 

 

 

 

「———俺の問題だ。お前には関係ない」

「ッ…!」

 

明確な拒絶。体が石を詰められたように重くなって、息まで詰まって苦しくなった。そこまでオレの事、信用してくれてなかったのかよ…。そんな悲しい顔してんのに、オレじゃ力になれないって言うのかよ……!

 

 

裏門から飛び出したトレーナーのXRZは、まるで聞いたことないような全開のエキゾーストを響かせて遠のいていった。

その怒りをぶつけるかのような、全てを壊しても止まらないような、おぞましい悲哀を感じた音だった…。

 




お読みいただきありがとうございます。


先日ご指摘いただいた誤字報告を拝見し、文章を直しました。ありがとうございます。

励みになりますので誤字報告、感想などお気軽にどうぞ!お待ちしています!

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