タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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白い闇

 

 

 

夕食後、寮の自室に戻っても一向に気分は上向かずどうしてもトレーナーのあの顔がちらつく。どうしてなんだと何度目か分からない思案に耽ってもいい手が浮かぶわけじゃない。ベッドに体を投げ出してただ天井の一点を見つめ続ける。耳も力なく寝たまま、尻尾さえ動く気力が湧かない。

 

 

「ちょっと」

 

おそらく過去、トレーナーに何かがあった。マヤノとテイオーに伝言を依頼したやつはその事を知っているんだろう。それはトレーナーにとって触れられたくない部分で…。 

心がざわついて落ち着かない。何があそこまでトレーナーの琴線に触れたのか、飛び出して行かなければならない程のものか。

 

———オレを跳ねのけなきゃならないぐらいなのか

 

 

「ちょっと!ウオッカ!!」

「なんだよスカーレット……」

 

 

腰に手を当ててこちらを覗き込むスカーレット。シャワーの後なのだろうその長い髪を一房に纏め上げ、いつものティアラもキャストオフ。形の良い額を惜しげもなく晒して化粧水をなじませながら怪訝な顔で覗き込んできた。

 

「何シケた顔してんのよ。シャワー空いたわよ?」

「ん、あぁ…」

「…何かあったの?」

 

こういう時スカーレットは見抜いてくる。人の変化に機敏で、本当に凄い奴だ。…すごい奴だ。このまま一人で悩んでも埒が明きそうにないし、もしかしたら相談することで手掛かりが掴めるかもしれない。

望みをかけて先ほどトレーナー室で起こった次第を話してみると、最初は驚いた顔をしていたスカーレットもだんだんと真剣な表情になり始めた。

 

 

 

「——ってことがあってよ…」

「うー…完全に何かの因縁アリよねそれ」

「それなんだよな」

 

ベッドでに二人並んで腰かけ、胡坐をかいて枕を抱きながら溜息をこぼす。悩んだところで解決しないのは分かり切っているのだが、どうすればいいかも分からない。ただやきもきするだけの時間が過ぎていく。なんだか不安で少しだけ尻尾をスカーレットに重ねてしまう。

 

 

 

「調べてみましょ。情報が足りなすぎるわ」

 

そういってウマホを叩きだすスカーレット。

オンラインやSNSが発達した昨今で、不必要に感じるほどに情報はあふれかえっているし、調べてみれば自分の意図しない情報が浮かび上がってくることもある。

 

「何について調べんだよ」

「『アイデルン』って相手の名前でいきなり様子が変わったんでしょ?」

「そうだな」

「なにか出てくるかもしれないじゃない」

 

 

 

数分か、十数分か、ウマホで調べ始めたスカーレットがポツリと呟いた。

 

「幻の三冠ライダー…?」

「おぉ知ってるぜ?『アイデルン・ラグナ』だろ?WRCCっていう世界最高峰のバイクレースで2連覇したライダーなんだ。3連覇がかかったシーズンの最終レースでクラッシュして亡くなっちまった…ていう」

「名前が一緒よね?」

「まぁ…本国には結構いる名前らしいぜ?」

「そうなの…ん、『ハマサキ重工優勝辞退、日本人ライダー初の優勝は白紙に』」

「それも同じWRCCだな。ラグナと争ってた日本人ライダーが先にゴールしてたんだけどクラッシュしたことを受けてメーカーが優勝辞退したんだよ確か…」

 

ハマサキか…。トレーナーの乗ってるXRZもハマサキ重工のバイクだ。二輪好きなら名前を知らない人がいないくらいメジャーなバイクでもある。

その時ふとした疑問が湧いた。その年の優勝した日本人ライダーはなんという名前だったか?

 

「なあスカーレット?その優勝辞退した方のライダーの名前書いてないか?」

「ちょっと待ちなさいよ…えっと、変ね?日本人ライダーとしか書いてないわ。これだけ記事があればどこかにありそうだけど」

 

いくつか記事を見繕って読んでみたものの、どこにもその日本人ライダーの名前は書かれていない。意図的に削除されたかの如く痕跡が途絶えていた。

 

 

(———ここにトレーナーが関わっているんじゃ?)

 

なぜそう思ったのかは全くの勘だ。突然降って湧いたようにその日本人ライダーが気になった。そんなわけがないと思う自分と、なぜか確信を持ったような自分が同居していて気持ちが悪い。

 

 

「分かる人居ないわけ?」

「バイクの事なんてトレセンじゃ誰も分からな……そうだ!」

 

自分のウマホから番号をタップして即座にコールすると、しばしの間呼び出し音がループする。じっとりと手汗をかいてちょっとでも気を抜けば取り落としてしまいそうだ。

 

 

『はいサクライ輪店っす。今日の営業は終了してるんで』

「サクさん!…俺です!ウオッカです!」

『ん?ウオッカちゃんじゃん!どしたんよ』

「こんな時間にすみません…。その…ちょっと聞きたいことがあって」

『おーなになに?ついに免許でも取るん?』

「いや、ちょっと別の事なんです」

『お?』

 

 

口の中が乾く。オレは何を聞こうとしているんだ?知ってどうする?でも飛び出して行ったトレーナーに何かあったら…

 

「変な事聞くんですけど、アイデルン・ラグナがクラッシュで亡くなった年に優勝した日本人ライダーの名前って何ていうんですか?」

『……』

「お願いしますサクさん!実は『アイデルン』って名乗るヤツからウチの生徒伝いに伝言をされて…聞いたトレーナーが飛び出して行っちまったんです」

 

通話の向こうからは一瞬息を吞む音と、そのあとの溜息。それは何かに絶望したようなものではなく、呆れた意味でのもの。それはあのぶっきらぼうで口下手な友人に対するものなのだろう。

 

『その口ぶりだとサカキからは何も聞いてないんかね?』

「そうです。オレには何も言わずに出ていきましたし、昔の事は頑なに教えてはくれませんでした」

 

 

少しの間があって再び溜息が聞こえた。

 

『サカキだよ。アイデルン・ラグナがクラッシュで死んじまった年に優勝した日本人ライダーってのは』

 

やっぱりか…。

専属トレーナー契約を結ぶ前。ロードワークをしていた際に、あのXRZは鮮やかにオレをぶち抜いてった。とても並みのライダーができないような動きでだ。

只者じゃないとは思っていたが、まさか白紙になったとはいえ世界を獲ったライダーだったとは…。

 

「なんでそこまで行ったのにWRCCライダーを辞めちまったんですか…」

『サカキは、自分がラグナを死なせたって思ってるんよ。俺っちはあれは不運なアクシデントだったと思ってるけど、その当時はそりゃもう世界的にバッシングされてね。ラグナが周回遅れの転倒したマシンを避けられなかったのはサカキが無理に逃げ場を塞いだとかいろいろ言われてさ。ハマサキは優勝辞退、サカキ本人にバッシングの被害が及ぶまでなったからどこの記事も名前を公表しなくなったんよ。ウマチューブとかでも動画は全部削除されてね』

 

 

 

言葉が上手く出てこない。その時の人々はアイデルン・ラグナの三連覇を期待し誰もが願っていたんだろう。それを阻止したとなれば…ヒール役もいい所だ。

ハマサキとしても日本人ライダー初となる優勝と、自社の勝利は捨てがたかっただろう。無論、祝ってくれた人もいるはずだ。しかしラグナが亡くなってしまったことで世論はそうは言ってくれなくなった。

 

『それにね、サカキがWRCCを目指し始めたのがラグナに憧れたからなんよ。まさか憧れの人が目の前でクラッシュして亡くなって、しかもそれが自分のせいだと本人も思っちまってるんだから…だから、サカキは降りたんだよ』

 

 

凄惨だと、そう思った。

 

 

『それで、それ以外には?そいつはなんか言ってたの』

「その『アイデルン』が今日の夜ヒイラギで待ってるってことも伝言で」

『おいマジか…』

 

 

 

*****

 

 

 

 

———柊で、待っている

 

 

全くの戯言、ただの不審者の言うことだと笑い飛ばせれば良かった。ちょっとトウカイテイオーとマヤノトップガンに不用心だと雷を落として、シカトをカマしてればそれで終わったことだったろうに。

 

昨日サクに聞いていた“ハマサキ潰し”

箱根の道に出るというヤツが知らないわけがない……その地を伝言で伝えてきた男の名前。その場所を指定してくる意味

 

 

その名を騙ることが何よりも許せなかった。

 

 

 

 

神奈川県の奥座敷である湯河原町。電車であと一駅行けばもう温泉などで有名な熱海であるが、この湯河原もまた相模湾を望み急峻な山間を流れる川に沿って温泉街として発展してきた。

それ故古くは鎌倉時代からの伝承が残っており、その景観から明治の文豪たちも数多く訪れていて、湯河原温泉を舞台にした作品もあるほどだ。

 

 

そんな湯河原の街中を抜け、理想郷と呼ばれる温泉街を川に沿って登上しその最奥。さらに体を蛇のようにくねらせて山を登っていく道がある。

 

 

 

———“柊ライン”

 

湯河原の温泉街を緩やかに上ってきた道路はここで様相を変え、右に左に蛇行を始め急激に上り始める。頂上に至ると大観山とぶつかり、そこからは転じて下り始め芦ノ湖に至る。

 

俺の知る柊とやらはここしかなければ、しかしそれは正解であるらしい。

 

 

 

街を抜けこの道に至る前から一台のバイクが後ろを尾行てきていた。街灯に照らされてもなお色が見えず、フルカウルの特徴である右側の一灯だけが点灯していた。

 

 

回転数を上げず静かに街を抜ける。今ここで全開をくれてやるなど近所迷惑でしかない。暗所では暗所なりのルールがありそれは秩序を守ることになる。

温泉街から最後のT字路を曲がると道は急激に上りを厳しくし、途端に木々が鬱蒼と生い茂るようになった。街灯も無くなって頼りは愛機の一灯のみ。

 

6月のこの時期は草が生い茂って路肩が判別しづらいし、草の下に溜まった露のせいでコーナーの内に寄せ過ぎればずるりと滑っておしまいだ。

 

 

 

 

「そういえば、アイツに何も言わずに飛び出してきちまったな」

 

ここにきて少し冷静さを取り戻した脳裏には、困惑の表情を浮かべ説明してくれよと迫る相棒の顔。最後まで俺を止めようとして、その手を振り払ってここまで来た。

 

……謝って許してくれるだろうか

 

 

宝塚記念はもう明後日だ。だというのにウマ娘の精神にトレーナー自らが波紋を作ってしまっているこの現実。

 

フジキセキにはお小言を言われ、ダイワスカーレットからは尻を蹴とばされるだろう。

 

 

ヘルメットのバイザーを開いて大きく一息吸い込む。梅雨の時期特有の湿気った空気が肺を包み少しだけ頭が冴えた気がする。

 

 

「準備はいいかよ…?」

 

右ウィンカーを焚く。走るものには走りでしか分からない。どちらが速いかなど意味のないその勝敗。

 

ギアを二つ下げ、一気にスロットルを捻った——。

 

 

 

 

息つく暇もなく右と左と身を翻せば、一瞬ガードレールと掠り、茂みに突っ込み。アスファルトのヒビが容赦なく腰を突き上げてきた。ストレートなど無いに等しく二つのコーナーを大きく弧を描いて一つとしてクリアしていく。

 

ちらりとミラーを見れば後ろぴったりと貼りついてきている。まだまだペースは上げられていない。

 

 

柊ライン登り始めれば、しばらくはタイトなコーナーが続いて木に囲まれアスファルトの状況も良くない。ストレート何てものはほぼ無しに等しく仕掛けどころは無い。機体性能に任せて無理にインにねじ込むなんてことをしなければ…だが

 

 

「ぐっ…」

 

こっちだって全開だったのに、ほんの少しのまっすぐで並ばれてしまったが脅すだけで身を引きまた後ろに張り付いてきた、圧倒的な性能差。歯噛みしても埋められない差。相手がどのレベルでやれるのかは知ったこっちゃないが、柊で追い詰められるのだから———かつてのホームコースで追い詰められるのだから相当な手練れだろう。

 

「やろうと思えばどこでもやれるってか…!」

 

 

 

 

 

 

 

霧、というものの発生条件は様々である。

湖や川の近くで発生するもの、山と山の間で発生するもの、標高の高い地表に沿うように発生するものなどままあるが、一つ言えることは霧の発生しやすい地域というものが確かに存在し北海道の釧路や長野の軽井沢、京都の亀岡などが有名である。

 

そしてこの“箱根”という地もまた、その条件に当てはまる。箱根の霧はある一定の標高から上に揺蕩うことが多い。雲といった存在に近いのだ。

 

 

「チッ…!」

 

つまり箱根ではこういうことが起こりうる。

 

 

———コーナーを抜けた先で、突然霧がかかり始めた

 

 

ハイビームを下げ前方の視界が一気に暗くなった。霧の中では水の粒子に光が乱反射し前が見えなくなるからハイビームは危険なのだ。まだ辛うじて先が見える視界ではあるが上がるにつれて濃くなっていくだろう。

 

こうなると前に居るということは足枷にしかならないが、機体性能も技術も劣っているだろう相手には、道を知っているというアドヴァンテージを活かすほかない。霧はその優位性を高めてくれるはずだ。

 

 

 

…先ほどよりもコーナリングライトに神経を向けながら、展望台のある左ヘアピンを立ち上がる。ここからは道が多少広くなり、ストレートも長くなればコーナーも緩やかなものになり一気にスピードレンジがハネ上がってくる。

 

ガードレールの反射板や、特徴のあるねじれた木、落石防止の金網など、狭まる視界の中にほんの一瞬の手がかりを見つけながら愛機を傾ければつま先が地面と当たって火花を散らした。アホほど走りこんだ道だからこそできる綱渡りをし続ける。

 

 

 

だからこそ、後ろにまで気を回す余裕がなかった。

 

気づいた時には右コーナーで、真横にヤツがいた。後ろにいるはずのヤツが隣にいる…!

冷汗が噴き出て一瞬呼吸を忘れた。そのせいで傾けが甘くなってしまった。

 

ラインを塞がれ押し出された先で、ガードレールを蹴っ飛ばし一つの弧としてもうひとつ右コーナーをクリアする

 

 

「ちくしょうが…!!」

 

前に出られた…!

憎たらしいセンターアップマフラーが4気筒を伝えてくるそのエキゾーストは、全く持って余裕綽々———。貴様など相手にもならないと言いたげで胡乱気な音をまき散らしながらひらりひらりとコーナーを抜けていく。その太いタイヤはまだまだ余力を残しているようで、怪しくなってきたこっちのタイヤはズリズリと滑り始めた。

 

 

もう頂上も近い!いい線行っていたと思ったが、全く持って相手になっていなかったのだろう。それでも離れないのは霧で道が分からないせいか。ならばまだ抜き返せる…!

 

 

頂上の直前、柊ライン唯一の長いストレートがある。霧で覆われ道が見えなければフルスロットルは相当な恐怖だろう。並ぶぐらいは行けるだろうか。その先の左コーナーだけが3車線分の幅がありハナをねじ込めれば…いけるはずだ!

 

この先の、路面を横切る溝の蓋を過ぎたら……行く!……3,2,1,GO!!

 

 

一瞬フロントが浮き上がったのを感じたがねじ伏せる!

直線一気!確実に差す!センターラインを超えて反対車線へ、大博打だ。普通に走っていれば絶対に入ってはいけないデッドゾーンに踏み込んだ。ここだ…全力で吼えろXRZ!

 

遅れて隣から炸裂音がした。向こうもフルスロットルをくれやがり、すぐさま横並びになってきた。それほどまでに加速性能に差があるともはや笑うしかない。

 

 

 

 

刹那の一瞬だけ霧が晴れる。前につんのめるほどブレーキをかけ、2台並んで左コーナーに飛び込んだ。アウトから前に被せ強引に抜きにかかる。あとコーナー2つ抑えきれば…俺が勝つ!

 

 

 

何かが折れるような音がした。

 

次いでカラ回るような金属音に、突然強い失速感が体を襲う。とっさにクラッチを切り、ブレーキを握るが姿勢を崩した愛機はそのまま倒れこんで滑っていく。

 

宙に舞い、時間の流れが止まったような感覚。足と手を立てないようにして路面に転がり、白と黒が何回も目の前で混じり合った。

ガサリと茂みに突っ込んで、木に体を強打してようやく勢いがなくなった。震える手でヘルメットを脱ぐ。

 

上手く呼吸ができない。浅い呼吸を繰り返し何が起こったのか分からない頭を必死に回す。

 

 

 

「は…はは…負けだ、俺の負けだ」

 

 

幸いにして手は動く、痛む体を引き起こしてみれば足も無事だ。強打したであろう肩と、木に打ち付けたであろう脇腹が特に痛む体を引き摺って茂みを出れば、無残にも傷だらけの愛機がガラガラと異音をあげて横たわっていた。

 

キルスイッチで無理やりに眠らせて、痛む体で抱き起す。

 

 

「こりゃもう無理か…」

 

ハンドルも、フォークも歪んでる。アスファルトにすり下ろされたカウルは粉砕といっていい。フレームも無事か分からない。それ以上にエンジンはもっとだめだ。

ガラガラと崩れた音がしていたから、ブローしたのだろう。骨が折れた後も走ったのだから、壊れた部品が暴れ回り中がズタズタになっているはずだ。

 

 

 

 

頂上の大観山駐車場まで体と愛機を、引き摺って這う這うの体で倒れこんだ。縁石に身を投げ出して腰掛ける。ここだけは街灯があり、先ほどまで揺蕩っていた霧が少しずつはれ始めると目の前に一台のバイクが止まった。

 

 

 

フルカウル。流線形と呼ぶだろう形をした漆黒のバイク。特徴的なセンターアップマフラー、ホンマGBR1000RR。

 

「死ななかったんですね」

「悪運は強いんだ…お前がハマサキ潰しか?」

「どう呼ばれてるかは分からないけど、ハマサキばかりに吹っ掛けてたことは確かだよ」

 

 

ヘルメットを脱いでこちらを見下ろす金髪の男。

あの日、目の前からいなくなってしまった男の面影があった。

 

 

「初めまして…と言ったらいいかな?サカキ」

「アイデルン…アイデルンなのか……」

「兄が世話になったね。僕はリゲル・アイデルン……ラグナの弟さ」

「兄貴には世話になってる。今も夢に見るよ」

 

 

何より、その名を騙られることが許せなかったが、まさかご家族に出てこられたのなら仕方ない。なぜ自分がここまで怒り任せだったのかも分からず佇むしかない。

 

「分からない…。まさかGBRにその重たいXRZで挑んできたことが…それほどの技術がありながら、なぜWRCCから離れたのか…」

「兄の仇に何を期待してんだよ」

「あの朝、鈴香の朝、兄は言っていたんだ。『三連覇できなくていい。俺を超えるかもしれない男が現れた。』って」

「そうかい…」

「その君が!兄が認めるほどの君が!なぜWRCCから離れウマ娘のトレーナーなんてやっているんだ!」

「俺が世間で何て言われてたのか知らないわけじゃないだろう?三冠王を殺した…とまで書かれてんだぞ」

「それならば僕だって一緒さ…。あの時R130で転倒した周回遅れは僕なんだから」

 

 

煙草を咥えて火をつけた。俺だけだと思っていた咎を背負っていたのはこいつも同じだったのか。霧が晴れたと言えども湿気が強く、煙草は一向に美味しくない。走った後に、ここまで煙草が不味いことも珍しいだろう。

 

「僕はヘカティからホンマに移った。兄の代わりに三冠を果たす」

「そうかい。応援しているよ」

「いいことを教えてやろう。君が抜けた後の低迷が続いているハマサキはチームを解体しWRCCから撤退する」

「そんな話は……」

「まだ発表前だから世間は知らないだろうが、業界じゃ確実視されている」

 

古巣が、ハマサキがWRCCから撤退してチームがなくなる。縛り付けられたように動けず、煙草の灰が地面に落ちるのを見ているしかない。

 

 

「ハマサキに戻れ。僕が三連覇するときに、相手が君じゃなきゃ意味がないんだ」

 

 

返事はいらないとばかりにリゲルはヘルメットをかぶりGBRを吹かして駐車場を出て行った。

 

 

 

溜息をついた。煙草を消して痛む肩をさする。どのくらいそうしていただろうか。もう一本煙草を吸おうとしたとき駐車場に軽トラが1台入ってきた。

 

「サカキ!お前!」

「…サク」

「ウオッカちゃんから電話が来たよ…サカキが柊に行ったって…」

「余計な事しやがって」

「余計なもんかよ!現にそんなXRZでどう帰るつもりだったんだ」

「どう…か。明日の朝までこうしてたかもしれないな」

 

傷だらけに佇むXRZを見て、何とも言えない感情に覆われていた。それは愛機を潰したからなのか、それともあの野郎の話を聞いたからなのかそれは分からない。

 

 

「サク、探してほしいバイクがある」

「聞くだけ聞いてやるじゃん…」

「—ハマサキZR-10X」

「はぁ!?リッターSS!?」

「逆車であれば色は問わない」

「サカキお前…死ぬつもりじゃねえんだよな?」

 

 

まだ何も終わってない。やることばかりが積み重なって壁になってしまった。

軽トラの助手席で流れていく景色を眺めながら、ウオッカへの謝罪をどうするかとか、どうやって説明しようかと浮かんでは消えていく言葉に思考を散らされるばかりだった。

 

 

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