タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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夏合宿-②

 

 

 

カランコロンと音を鳴らせば祭囃子に誘われて、会場はどこから来たのかたくさんの人でにぎわいを見せていた。今日この日ばかりはどこのチームもトレーナーも、トレーニングを早めに切り上げているのだろう。

トレセン学園のウマ娘も良く目にするし、どこから持ち込んだのか浴衣のウマ娘もそれなりに居る。

みんな用意周到だなぁと俺の想像力豊かな脳内を覗いたのか「レンタルに決まってるじゃない」とダイワスカーレットにぴしゃりとツッコまれた。

 

 

 

「うぅぅ…歩き辛ぇよぉ…なんか足元がスースーするし…着替えさせてくれぇ……」

「アンタいい加減諦めなさいよ」

 

 

普段からパンツスタイルでガーリーな服装は一切しないし見たこともないウオッカは、慣れない浴衣と下駄に四苦八苦しながらぶつぶつと文句を垂れている。それに合わせて俺も普段よりだいぶゆっくりとしたペースの歩みに合わせて歩く。

 

そんなウオッカと対照的にいつも通りなダイワスカーレットとわたあめを食べ進める宮下。ニッコニコだなオイ女子力高いかよ。

そして先頭を行くのは、マジで下駄を履いているのか疑いたくなる機動力を見せるマヤノトップガンとマーベラサンデー。あいつら片っ端から出店を渡り歩き回ってんな。愛嬌がいいからか出店の大将たちにオマケを貰いまくっている。

 

 

 

「やっぱりお祭りと言えば焼きもろこしだよね!食べて食べてー!」

「唐揚げパーティボックスでマーベラーァス!お祭りと言えば唐揚げ!だよ!」

「「む…」」

「お祭りと言えば焼きもろこしだよマベちん!」

「マヤちゃん!どうして唐揚げの良さを分かってくれないの!?」

「「むむむ…」」

 

マヤノとマーベラス二人が出店を開けそうなレベルのとんでもない量を持ち帰ってきた。いくら食べ盛りウマ娘が4人いるからってその量はなんなの。そして互いに鋭い眼光を飛ばすのはやめなさい。

 

 

「マヤちゃん…分かってもらうしかないようだね…」

「マベちん…マベちんとは一度決着をつけたいと思ってたんだよ…」

 

 

突如始まったお気に入りメニューのオススメし合い。

マヤノはどこかの剣客浪漫譚の悪・即・斬のような構えを、マーベラスは体を大きくひねってどこぞのサイヤの王子のような構えで対峙した…!独特の構えから繰り出される必殺の攻撃が互いの口を狙う!

 

 

「マベちん…!その口もらったぁぁ!!」

「ふぅん!唐揚げマーベラス砲の餌食となれぇー!」

 

 

互いの技が衝突しあわや数多くの焼きもろこしと唐揚げが犠牲になろうとしたが、その間を一陣の風が吹き抜けた…!居合いは終わったとばかりにスカーレットがたこ焼きにプスリと爪楊枝を刺す。

 

 

「こら!食べ物で遊ぶんじゃないの!」

 

叱り方におかんを感じてしまった。

隙を突いたスカーレットがあっつあつのたこ焼きを目にも留まらぬ速さでじゃじゃウマ娘二人の口に放り込んでいた。俺じゃなけりゃ見逃しちゃうね。

何が起こったのか理解できないじゃじゃウマ娘二人と道行く人々。しかし、みるみるうちにマヤノとマーベラスの顔が茹だっていく。

 

 

「あ“ぁ”ーーーーーー!!」

「オッフ‼‼アッッッンブッフ‼」

 

 

じゃじゃウマ娘中等部の二人は顔を真っ赤にして、跳ね回り涙目で悶えている。聞こえはいいが、当人たちはそれどころではないようだ。噛めば灼熱、飲めば煉獄、吐けば散る乙女の矜持。恐るべしスカーレット火焔球……!

まるで砂漠に放り出され必死に水を求める亡者のような二人にラムネを渡してやれば、消失マジックもかくやという勢いで飲み干した。

 

 

「えげつねェな……」

「食べ物で遊ぶのはダメよ。お灸を据えてやったわ。で、アンタ真っ先にこういうのやると思ったんだけど」

「いや…メシの時遊ぶと母ちゃんにアイアンクローされてたからトラウマなんだよ…」

「あら、素敵なお母さまね」

「おう最高の母ちゃんだぞ」

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに群青色の空が完全に墨汁を溶かし終わって、ぼんやりとした提灯の灯りと出店の灯りが爛々と目に映る。ごった返していた出店通りも落ち着きを見せ始めていて、人波も少し捌け始めてきた。

 

「そろそろ花火の時間だよね」

「そうよ!もちろんリサーチも完璧なんだから!」

 

スカーレットが話すにはこの先小高い丘の上に人気のない神社があり、花火の打ちあげるステージをちょうど見渡すことができるんだそう。しかし今いる場所からは混雑した観覧ゾーンを通り、トレーニングでも使えそうな100段ほどある石段を上がり森を少し抜けなければならない。

 

 

「…逸れた時のために集合場所を決めておこう」

「そうですね。でしたら丘の神社の鳥居が最適でしょう。目指すところが明確な方がいいでしょうし」

「アイコピー!」

 

 

どこにスクランブルするか分からないマヤノ、突如目のシイタケが輝くマーベラス、今日ばっかりは先頭をいけそうにもないウオッカ。ちょっと統率も難しいだろう。

 

 

「ウオッカ、階段歩けそうか?」

「そのぐらいは大丈夫だけどよ…」

「ん…なんかあったら言えよ?じゃあお前さん達逸れんな…よ……?」

 

さてじゃあ向かいますか。途中で千葉のソウルドリンクでも探しながら行こう。あの甘さを体が求めている。そう思って前向いたらおらんやん…。

 

 

「ええ…フラグ回収早すぎるだろ…」

「アイツら…。まあでも集合場所決めてんだしその内会えるんじゃねーか?」

 

 

忽然と消えた3ウマ娘と宮下。一応連絡を入れておこうをスマホを取り出すとなにやらメッセージが降ってきた。

『上手くやんなさいよ。貸し1だから ——ダイワスカーレット』

あのクソデカツインテールめ…。

 

 

「はぁ…とりあえず神社に向かうか。連絡も入れておいた」

「…おう」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「大丈夫か?」

「歩きなれない靴で来るもんじゃねーよコレ…」

 

ごった返した花火観覧ゾーンを抜け、無事に石段を登り切った。いくら花火観覧スポットと言ってもこの石段が辛いのだろう。祭りの最中だというのにこの森の中は静まっており、祭り会場からの祭囃子が聞こえるほどだ。

 

 

「くそ…マヤノがみんなで浴衣着ようなんて言い出すから」

「あんまりお前さんのそういう格好見ないからな。新鮮でいい」

「うるせえ」

 

 

黒地に花火の模様をちりばめた彼女の勝負服に似た色合い。すらりとした彼女の体躯には黒が良く似合う。この暗がりに溶け込んでしまいそうだとも思うが、月明りとぼんやりとした提灯の灯りが良くないところまで影を作って引き立てる。そんな彼女に目が向かないよう胡乱気に前だけを見つめる。

 

 

「お、鳥居だ」

「だぁぁ!ようやく着いたか…」

 

鳥居の根元に腰掛けたウオッカは足を投げ出してプラプラと膝を伸ばし始めた。少し浴衣が乱れ、ちらりと太ももが露わになる。見てはいけないような気がして、風下を確認してから少し離れて同じく鳥居に体を預ける。

 

煙草を咥え、手で風を避けながら深めに息を吸い込めば、パキンと蓋をはじいて火を移す。火のついたタバコが紫煙を揺蕩わせその身を灰に変えていった。

 

 

「行儀がわりぃぞ」

「少しぐらい許してくれよ。てかトレーナーもタバコ吸ってんじゃねえか」

「大人はいいんだよ。罰は嫌ってほど受けてるからな」

「なんだその謎理論」

 

 

『上手くやんなさいよ』ね…。宝塚記念から、いや、それよりも前か。ウオッカとはギクシャクしてしまっている。今でこそ再び軽口を叩き合うぐらいにはなってきたが、いつも近くで見ているダイワスカーレットや宮下からはまだ関係が完全に元に戻ってないことぐらい分かってしまうのだろう。

 

 

溜息とともに煙とクソったれな感情を吐き出して、どう話し出すものかと悩んでいたら俺たちの座っている鳥居の後ろから軽快な笛の音が響き渡った。

 

 

ウオッカが光華に照らされる。

 

 

俺も照らされているんだろう。

 

 

少し遅れていくつもの夢の音と共に輝きが瞬いては空の闇に吞まれていった。

 

 

「なあトレーナー」

「ん」

「花火ってウマ娘と似てないか?」

「ウマ娘と?」

「ああ」

 

 

ちらりと横目で彼女を見れば色とりどりに浮かび上がるその瞳が憂いを帯びている。

 

「一生に一度のクラシック、一生に一度のレース。その瞬間に強く輝いて、輝いて散っていく。一瞬のヤツも居れば長く輝くヤツも居る。特大のヤツから小さいヤツから輝き方はそれぞれある」

「…」

「オレはどう見えてんのかなってさ…思ったんだ」

「どうだろうな。だけど俺は、お前の輝きが一番かっこいいと思ってる」

「…ッ!」

「そう輝かしてやるのがトレーナーなんだと思うしな」

 

 

もう一本。煙草を咥えて火をつけた。潮時だろう。

 

 

「そのままでいい。ある男の懺悔を聞いてやってくれよ」

「懺悔…」

「そう、懺悔だ。ウマ娘を利用している男のな…」

「…」

 

あの年のこと。

二輪の最高峰と言われるレースでの事故。自分が無理に仕掛けなければ、あの男が三連覇を獲っていただろうこと。今も生きて走っていただろうこと。

 

その事で世界が敵に回ったこと。

 

二輪レースから逃げだして散々周囲に迷惑を掛けただろう。学生の頃から一緒にバカやっていた親友には特に。

 

しかし自分の中にある“走りたい”という欲望を忘れられないから、逃げ出したくせに、それを忘れたいがためにウマ娘のトレーナーをして俺のエゴを押し付けていること。

 

ウマ娘にとっては一生に一度のクラシックの舞台。その責任も自覚しないで、ただトレーナーをやっていた。そして担当のウマ娘がレース中の故障で走ることを諦めるしかなくなってしまった。

 

怖くなってただ自分の保身のためにそのウマ娘をトレセン学園から遠ざけたこと。

 

…繰り返しているんじゃないか、俺は。

 

過去が責任を取れと言ってきた。あの男が現れたからそうなんだろう。そのことに唯々自分を守りたいがために怒り、ウオッカの制止も聞かず飛び出した。

 

 

「…その結果が返り討ちだ。情けねえよな。完膚なきまでにのめされた。手も足も出なかった。一番走り慣れてるはずのコースで、バイクまで壊して」

 

文脈も事の順序もあったもんじゃない、聞いていて全く面白みのない話だ。

 

「…オレは、そうは思わねえよ」

「…」

「オレだけじゃあ、たぶんダービーは勝てなかった。父ちゃん母ちゃんがいて、チビ共が居て、応援してくれる人がいて、スカーレットがいて……トレーナーがいて初めて勝てたんだ」

「俺も、か」

「あぁ。確かに思うところはあるだろうし、オレもこの前の件は言ってやりてぇことはある。でも、オレに一番最初にカッコいいって言ってくれたトレーナーはアンタなんだ」

「…」

「だから、オレは信じるぜ?」

「…そうかい」

 

 

一際大きい光華が輝いて俺と彼女の目が合う。その光に照らされた顔は、力強い光を灯していたその瞳はひどく綺麗だと思った。俺が近くにいるならば焼き尽くされてしまうだろう。

———彼女が一瞬の光だというのなら、一番強く輝かせてみせよう。

 

消えていく花火に、そう一言だけ誓いを立てて。

 

 

 

 

「終わっちまった…な」

「最後までアイツら来なかったな。何やってんだか」

 

集合場所の鳥居で待っていたのだが、結局じゃじゃウマ娘3人と綿飴男は合流地点に現れず花火は俺の辛気臭い話でいつの間にか湿気ってしまった。

 

 

「お?ウマホに通知来てる…はぁ!?先に戻る?」

「はぁ…」

 

溜息が出た。上手いこと嵌められちまったのかこれは…。あまりにデカすぎる貸し1だ。いったい何をゆすられるのか分かったもんじゃない。

 

「しょうがねえ。宿戻るか」

「そうだな。よいしょ…ッうわ!」

「ウオッカ!」

 

鳥居から立ち上がり踏み出そうとしたウオッカが体勢を崩した。咄嗟に抱きかかえるようにして踏ん張るが勢いは止められず、そのまま石畳に転がるハメになってしまった。

強かに打ち付けた肩に80ダメージ。いたい。こんばんはお月様また会いましたね。いつの間にそんな空高く昇られたんですか。

 

「怪我無いか?」

「お、おう…。トレーナーが庇ってくれたから…って!ななななな!」

「…?」

「は、離してくれ!このシチュ前マヤノに見せられた漫画と一緒…!」

 

 

ウオッカが突如手をワタワタと振りかざして身を引き離す。どうも様子がおかしい。どこか痛むのか?

 

「…大丈夫か?」

「あうあう…浴衣…花火…あう…倒れこんで…唇が…ブーーーッ!」

「おいぃ!?」

「鼻血出た…」

 

そんな漫画みたいに鼻血吹くことある?

 

 

 

「てか鼻緒が切れてるじゃんか…これで躓いたんだな」

 

落ち着けるために再度彼女を鳥居に座らせ、念のために足の状態をチェックさせてほしいと拝み倒して今に至る。彼女の足の先にぶら下がっていた下駄が犯人だった。ヒトではないな。犯靴?

無理な力がかかったのか少し指先が赤くなってしまっている。皮も少しだけ剥けてしまってた。顔も赤く鼻血を吹いたことを考えるとこのまま歩いて帰らせるのは危険だな…。

 

 

「あーそのだなウオッカ、下駄もダメになってるし、ちょっとこのまま歩いて帰らせたくはない」

「…おう」

「だから俺が背負っていきたいんだが…」

「背負…おんぶ!?」

「お、おう」

「ブフッ!」

「オイィ!?まてまてまてこれ以上鼻血はまずいぞ!深呼吸!」

「ほっほっひっふー!」

 

 

おんぶの何にウオッカの鼻血レーダーが反応したのか甚だ謎だが、こうするしかない。ウオッカにはなるべく落ち着いてもらって、ゆっくりかつ迅速に任務を遂行する必要がある。

 

 

「落ち着いてきたか?」

「がんばる…」

 

 

 

頑張ってくれ。俺のシャツをイチゴ味に染め上げないでくれよ。

彼女の前に屈むとゆっくりとぬくもりと重みが背中に乗っかってき…いや軽いな!?細くて心配になる。おずおずと肩に手が載せられてゆっくりと身を預けてきた。

この痩身のどこにあんな力があるんだか…。

 

 

「なあ…俺臭かったりする?」

「今匂いわかんねえ…」

 

 

また鼻血が出そうなのかそこからウオッカはまるっきり静かになってしまった。なるべく揺らさないようにゆっくりと宿屋に向かって歩を進める。背中に感じる彼女の鼓動が早鐘を打っていてじっとりと熱い。

 

 

困ったことにこの熱はしばらく背中に残って消えてくれそうにない。

 

 

 

 

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