タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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奥多摩周遊道路

サクの店がある調布から甲州街道でしばらく下り、府中市と日野市を跨いで八王子市で国道16号へ入り北上。そのまま道なりに進めば新滝山街道に入り、あきる野市に入って国道411号へ合流する。八王子近辺は変則的な交差点があるので少し注意したい。

 

しばし国道411号をそのまま進めば多摩川に沿いだし、青梅を越えた辺りから次第に道は谷間づたいに走る山道へと眺望を変え始める。この辺りから信号も少なくなってきて車の台数もだんだんと減ってきた。

 

都心からも程近いこの奥多摩と呼ばれるエリアは、東京都でありながら所在は奥多摩町と桧原村という人口の少ない山間に位置しており、もう少し山道を抜ければそこはもう山梨県甲州市や大月市といったように県を跨ぐ途中にある。

 

 

そのまま多摩川に沿うようにトンネルを抜け、くねる道を走ると大きなダムと共に湖が見えてきた。この地域に流れる数本の川を小河内ダムで堰き止めた人工の奥多摩湖である。その畔にある駐車場に一旦入りZR-10Xを休ませた。

ここまでの巡行で3000以上も回す必要はなく、まるでつまらんとでも言いたげにそっぽを向く。

 

 

「しっかしいい趣味してるよな…サクのやつも」

 

 

佇むZR-10XはXRZのネイビーにリペイントされており、燃料タンクのハマサキロゴはわざわざ剥がして貼り直したのだろう。鈍く光を反射する車体に、ロゴだけが輝いて見えた。

 

 

「戒めのつもりか、心配してくれてんのか…」

 

 

男という生き物は過去を引き摺るものだ。

過去、失った愛機の鍵を後生大事にし、もう必要ないものだからと捨てられない。バイクに限った話じゃない。他人には理解できないものでも本人にとっては大事なもの。

 

色褪せていく記憶の中にある、“想い”

 

男っていうものはそういったものを捨てられない。

それを煙草の煙で覆い隠して見えていないようにする。目をそらす。この七つ星もかつてその背を追った男に対する手向けで吸い始めたんだったか…。あの男のマシンが七つ星を纏っていたからという単純な理由で。

 

 

平日の昼下がりにこんな顔して煙草を吹かしてたんじゃ、人生に行き詰っていると思われる。間違ってはいないが、合ってもいない。

 

 

新たな愛機になろうとしている獣に鍵を刺し、叩き起こす。

不満を伝えるように低く唸る。もう乗ることもないと思っていたフルカウル。余計なものなど不要と削ぎ落されたボディはヘルメットキャッチなどついていないし、ライディングポジションは長く走るならまるで向かない。

 

先代のC型が色々言われたからか、丸くなったかと思えば決してそんなはずはない。

 

 

「きっと気に入るさ。お前も」

 

 

駐車場をでてまたちょっと、ダムに沿ってうねる道を進む。短いトンネルをいくつかくぐり大きな橋を数えて三本目、渡ればそこはお目当ての道。

 

 

 

 

————奥多摩周遊道路

 

この奥多摩湖に掛かる大きな三頭橋から始まり、九頭竜の滝、その袂に掛かる九頭竜橋までの約20kmが奥多摩周遊道路と言われている。かつて有料道路であったがずいぶん前に無料開放され都道206号と制定された。通行規制時間帯があり夜間はゲートで封鎖されるため通ることはできない。

 

かつて有料道路であったため片側1車線ながら道幅は広く、非常に走りやすいワインディングが続くことからツーリングスポットとして有名である。

 

しかしながら上りだったと思えば下りに転じたり、変則的なコーナーが数多く、気づいたらオーバースピードで曲がり切れずに突っ込んでしまうという事故が多い。県境の山間深くを走っているため怪我でもしようものなら病院に運ばれるまで約2時間かかると看板まで設置されている。

 

この道は鹿もさることながら、野猿が出ることがあり鹿と違って昼間でもお構いなく道路に出てきたりするために注意が必要である。

 

 

 

 

三頭橋を渡りゲートをくぐれば前の車も居なくなった。こういったスポットが空いているのは平日休みの利点と言える。

 

 

「お気に召してくれよ」

 

ギアを下げて、回転を少し上げてみれば、しがみつかなければいけない程の力で加速しだす獣に、感嘆とも畏怖とも思える感情を抱いた。この山ではあまりにも過ぎたる力だ。思わず驚きの声が漏れた。

 

お前にやれるのか?と聞かれている。

軽く走るつもりが、そんなことは許さないとでもいうようにセルフステアで曲がっていく。

体を気持ちを乗せていけばこの獣は凄まじいぐらいの一体感で応えてきた。

 

「上等じゃねーか!最高の味付けだぜ!サク!!」

 

 

山に咆哮を響かせて、その叫びは山々の動物さえも恐怖で伏す。人の手で造られた獣の咆哮。

 

右に左に舞うように駆け抜けていく獣が一台。その舞はかつて七つ星を食わんとした男の演武。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「じゃあ藤堂さん!準備お願いします!」

「はい。もう充分モーターも暖まってる頃ですかね」

 

 

ここ奥多摩周遊道路に併設されている浅間尾根駐車場に男たちの姿があった。バイク雑誌として人気を博している“月刊レジェンドモータース”撮影班の面々である。

 

今日は最近新しくモデルチェンジされ発売開始したSUZAKI<GXS-R1000>のワインディングインプレッションを撮影すべく、この道にやってきていたのである。

 

シルバーのバンとその脇に火を入れられ時を待つ一台のバイク。イエロー地の車体と赤い文字でRを与えられたロゴマーク。各社がこぞってセンターアップマフラーを採用する中でも、こだわりを貫いて左右二本出しのエキゾースト。“どんなライダーの要望にも応えられるSSにする” というSUZAKIのモノ造りが光る一台。

 

 

それを操るのは藤堂と呼ばれた男だった。

日本国内の耐久レースやグランプリの数々を優勝し、今は世界を舞台にレースや雑誌の取材、はたまたネットでも配信チャンネルを持つなどマルチに活躍しているプロライダーであった。

 

 

「はい!みなさんこんにちは!エキパイ山田です!TODO塾のお時間がやってまいりました!いやー先日のレースぶりですね!藤堂さん!」

「いやーほんと久しぶりですね?このワインディングインプレッションも!僕、結構楽しみにしている企画なんですけど最近呼んでくれないから打ち切りされたかな?なんて」

「なに言ってるんですか!?そんなはずないじゃないですか!コーナー名変わっちゃいますよ!」

「確かに(笑)」

 

カウントと共に回されるカメラを前にやり取りをしていく男と藤堂。軽快な掴みと共に撮影を進めていく。

 

 

「今日はですね!ライダーなら知らない人は居ない奥多摩周遊道路にやってまいりました!ここでなんと先日モデルチェンジされてついにベールを脱いだ新型“GXS-R1000”!こちらを藤堂さんに乗っていただきたいと!」

「お、マジですか?いやーまさかWRCCで乗っているものの新型が来るとは!」

「そうです!現在藤堂さんの参戦されているWRCCでも乗っていただいてるマシンなんですけどね?」

「SUZAKIさん新型卸してくださいお願いします(笑)」

「切実ゥ!」

「いやほんとSSのインプレ自体が久々なので緊張してますよ!」

「またまた!優しい顔してとんでもないライディングするんですから!では乗っていただきたいと思います!」

 

 

バンが先行して駐車場を出ると、続いて藤堂も走りだした。走行シーンを撮影するために少々退屈な走りとなる。藤堂は新型のポテンシャルを確かめながらゆったりとした走りで撮影車についてゆく。

 

欧州の排気ガス規制に対応するために、先代GXS-Rより6㎏の車重増加。しかしながらエンジンパワーも7ps拡大され重量と馬力の割合的には前モデルとほぼ同数値に収められている。さらに走行シーンによりエンジン特性を変更できる機能が備えられており、現在は

大人しいBモードでの走行だ。

 

(いや、数値的には変わらないかもしれないがこれは…ひょっとするかもしれない)

 

 

 

撮影班は月夜見第一駐車場に入り、走行写真の撮れ高を確認していた。慣れたものでもう掲載するための写真も心配ないだろう。特典DVD用の動画も問題ないはずだ。それよりも藤堂はこの新型GXS-Rというマシンが気になって仕方なくなってしまっていた。自分が公式戦で駆るマシンの発展形ともなれば少し引っ張ってみたいというのが正直なところだ。

 

幸い撮影も終わり、今日は平日で車どおりも少なく浅間尾根から月夜見第一に来るまでにも数台しかすれ違わなかった。

 

悪い虫が疼きだす。

 

 

「ごめんエキパイさん。この後は浅間尾根でバンにコレ積んで終わりだよね」

「あーその予定ですけど」

「浅間尾根まででいいからさ!ちょっと引っ張らせてもらえないかな」

「ちょっと藤堂さん(笑)我慢できなくなっちゃいました?」

「いや壊さないからさ!ちょっとだけ!」

「分かりましたよ。浅間尾根までですからね!」

「ありがとう!愛してるぜ!」

 

 

言うが早いか、藤堂はヘルメットを引っ掴んでGXS-Rに跨った。鍵を捻って火を入れれば二回ほど吹かして駐車場から飛び出して行く。遠ざかっていく甲高いエキゾーストにさっきまでの撮影ペースじゃ我慢できなくなるかもなと撮影班も笑いあった。

 

 

「うん…?」

 

その時、藤堂の出て行った方とは反対から低く唸るようなエキゾーストが近づいてきた。撤収準備を行っていた撮影スタッフもエキパイ山田も音のする方に視線を向けた。

…否、向けさせられた。

 

コーナーを立ち上がってきたのは一台のバイク、片側だけライトがついているフルカウル車の特徴だが鈍い色で車種が分からない。なんてことないはずだ。奥多摩を走るバイクなんかごまんといる。だがその一台から目が離せない。

 

スピードが極端に速いわけじゃない。確かに普通よりは速いのだろうが、もっと速いのならザラに居る。

 

その舞うような走り。とにかく綺麗なそれはあっという間に目の前から消え去り、咆哮を響かせて遠ざかっていった。

 

 

「…なんだ、今の」

「あれ、あのまま行けば藤堂さんとカチ当たるんじゃ?」

「いや、あの人のペースなら追いつかれるはずは……」

 

 

鳥肌が収まらない。通り過ぎて行った1台のマシンに、何をそんな怯えているのか。

胸騒ぎが収まらない。藤堂さんが食われるなんてことはない筈だ。そんな世界級の実力を持つライダーがこんなところに居るはずない————

 

 

 

 

 

 

走行モードを切り替えて感触を確かめながら走る藤堂。

左に右にと傾けて、先ほどの撮影ペースとは段違いの速度で流していた。全開には程遠いが、一般車がついてこられるようなペースでもなく、近づくガードレールがただの線に見える。

 

 

「かぁ~~!全然違うじゃん!早く新型卸してほしいな!」

 

軽快にどこまでも回っていきそうなエンジン。スロットルを開ければ開けただけ応えてくれるパワー。これは頂点を獲れるマシンだ。そんな風に誰も聞いていない独白をしながら左コーナーを抜けたときにふと気づいた。

 

 

———後ろに1台来ている

 

 

結構なペースのはずなのに、そのマシンは一定の距離まで詰めると、そこから近づきも離れもしない。まるで自分が品定めされているかのような不快感に藤堂は焦れ始めた。

 

 

「なんだコイツ…地元の走り屋とかにしちゃ突っついてこないし離れもしない……」

 

 

焦れた藤堂はペースを更に上げ始める。とてもじゃないがついてこられるペースじゃないレベルにまで持っていく。完全に千切る気でいた。慣れていないこのマシンで十分マージンを取った上で引き離しにかかる。

 

体が浮遊する加速に、今度は地面に押し付けられるような減速。コーナーでは膝が地面に擦れるレベルにまでペースを上げる、が

 

 

(離れないッ!!???)

 

ミラーに映りこむ濃紺の獣は付かず離れずに藤堂を追い詰めていた。

 

「ここまでコケにされて黙ってられるかよ!!」

 

 

まもなくこの道路の最高地点碑に差し掛かろうということで、ウインカーを焚き少しマシンを左に寄せる。ここを境に登ってきた道路は下りに転じ、気を付けなければ一発で終了の戦いは第二ラウンドに移る。

 

 

「ZR-10X…!?」

 

 

そのテールランプには見覚えがある。同じカテゴリーで戦っているマシンを覚えていないわけがない。

近年WRCCでは成績の振るわないハマサキ。ZR-10Xの短いホイールベースのためかピーキーな動きをするとして扱いづらいとの噂が絶えない。藤堂も正直な所、このGXS-Rの敵ではないと見ていた。

 

そのZR-10XにやられたままではWRCCライダーとしてのプライドが許さなかった。ついてくる濃紺の獣を前に出し、今度はこの黄色い雷神が追い詰める。下りじゃこっちの方が速いはずだ。バチバチに張り付いてやろうと目論んだ。

 

 

———しかし

 

 

「離される…!?」

 

 

紅いテールランプの流星を描いて右に左にと舞い踊る獣の様は、まるで突き詰められた演武の如し。そんな動きをするマシンなのか…!そんな動きができるマシンなのか…!?

おかしいだろう!??こっちが格上のはずなのに…!

 

舞うように傾いたかと思えばフッとコーナーで姿が消える。こっちがコーナーを抜ければあの獣はもう次のコーナーにアプローチを掛けていく。

 

……あんなハマサキ乗りが居るのか。こんな奴がなぜ

 

 

藤堂はスロットルを動かす右手からゆっくりと力を抜いていった。ゆっくりと力を失くしていくGXS-R。

 

……死んだ走り屋の幽霊でも見たのか。

 

もう追えない。これ以上追うわけにはいかない。これ以上は崖下に飛んでいく未来が見え隠れする。借り物のマシンを壊すわけにもいかない。

 

…なにより、あの獣にモチベーションを食われてしまった。あれだけ手ごたえを感じていたGXS-Rが力を失っていくような気さえした。

 

 

 

 

浅間尾根駐車場で、マシンをバンに積み込む。撮影終わりにあれだけ笑顔を見せていた藤堂が浮かない表情で無言。陽気なキャラクターのエキパイ山田も困惑していた。

 

「藤堂さん。何があったんですか」

「…エキパイさんも、見ただろう?あのZR-10Xを」

「ZR-10X!?あの紺色のヤツですか!??」

「あぁ…」

「いやぁアレが走っていったときに鳥肌が立ちましたね。なんか雰囲気が禍々しいというか…」

「あれにやられた」

「は!?藤堂さんが!?!?」

 

 

峠には、その道に特化したスペシャリストが居たりする。地元で走りこんで道を知っている、峠を走る分には道を知っていることが何よりのアドバンテージだ。

 

ここには収録でも、プライベートでも何度も訪れていて完全に頭に入っていた。そこをGXS-Rという最高のマシンで、持てる力を出した。なのにその上を行くあの濃紺の獣。

 

たしかに借りものだし壊してはいけないというリミッターもあった。まだ完全に乗りなれていないというハンデもあった。だがアレは…アレはここだけで収まっているとは到底思えない。

 

 

「マシンじゃない…負けたのは僕なのか……」

 

 

 

 

 

 

 




このお話はフィクションです。

なお奥多摩周遊道路は本当に事故が多いので、この小説で興味を持って頂いて訪れてみたいと思われた方。安全運転でお願いします。
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