タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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エリザベス女王杯

 

 

 

『京都レース場第11レースは本日のメインレース。エリザベス女王杯GⅠ右回り芝2200mは天候に恵まれ良馬場となりました。スターターが台に上がり淀にファンファーレが鳴り響きます!』

 

 

リズムに乗って上がる手拍子。各々が思うウマ娘に声援や激励が飛ぶ。頑張れよー!だの、やってやれるぞー!だの自分を走る彼女たちに投影して、彼女たちはその影を背負う。

 

いつもは心高ぶらせるはずのファンファーレも今日ばかりは無情に響き渡って聞こえてしまった。スタンドから彼女らを見るのはいつもの事だ。だが今日はその先に、ターフの先に彼女が居ない。

 

 

『大歓声が上がりました京都レース場、日章旗とユニオンジャックがはためく中、ウマ娘たちがゲートインしていきます!ゲートを嫌がっていたスイープトウショウが係員によって真っ先に、タキシングハート、そしてダイワスカーレット、続々と奇数番のウマ娘が入っていきます』

 

 

トレーナーとしての力不足を痛感する。隣に立つ彼女は、ウオッカは何を思っているのだろうか。その目は何を映しているのだろうか。強く握りこまれた指。かたく引き結ばれた口元に、俺のしみったれた物差しじゃ彼女の心情を計れない。

 

ぽん、と彼女の頭に手を置いて目を合わせると、少しだけ彼女は手の力を抜いた。

 

 

「下向かずに見てろョ」

「……おう」

 

 

『最後に14番のキスオンヘヴンがゲートに入って態勢完了!』

 

迸る様な闘気を何とか抑えつけて、ゲートのその先を睨みつけるウマ娘たち。今か今かと構えた足に力が籠れば深くターフへと爪を立てる。蹄鉄がその力を地面へと伝え、13人の優駿たちは横一線に吹き飛んでいった。

 

『エリザベス女王杯!秋の傾きかけた夕陽を背にして今スタート!あぁダイワスカーレットが行った!少し掛かり気味か!?今日もその青い勝負服を揺らしてハナに立ちます、それを追って緑の勝負服ユウヒライトニングに内からパーカーカルスト!スイープトウショウは内へ入れて7、8番手!』

 

 

好スタートからの猛烈な加速で、ハナを奪ったダイワスカーレット。彼女は一瞬スタンドのこちら側に視線を向けると、眉間にしわを寄せたまま他のウマ娘を抑えてコーナーへと差し掛かっていった。その走りは鬼気迫るようで…それでいてどこか入れ込んでいるような、そんな見え方をした。

 

 

「少し気負いすぎじゃないか?」

「…ええ。でもスカーレット君にも思うところはあるのでしょう。トレーニングの段階から人一倍気合いが籠っていましたからね」

 

 

隣に立つ宮下もそれは薄々感じていたようで、トレーニングメニューを軽くしようものなら食って掛かってくるほど。併走相手がヘトヘトにバテるまで付き合わせても、それでも夜に抜け出してロードワークに行こうとするほどで、走りで何かを伝えようとしているのだろうか。

 

————何のために、誰のために?

 

 

『さあ1コーナーから2コーナーへ!懸命に自分のペースを抑えていますダイワスカーレット1バ身のリード!2番手はユウヒライトニングであります、三番手に白いスカーフのタキシングハート、その後ろオークスウマ娘パーカーカルストが追っている!その後ろ赤いマスクは情熱の証アサイチカンテラ、スイープトウショウはここに居ます!向こう正面では折り合いに徹して1200mは1:13!スローペースと言っていいでしょう』

 

 

このままダイワスカーレットは横綱相撲を取るだろう。彼女には2200mを抑え切るだけのスタミナがある。……本当にとんでもない相手になってくれたもんだ。アレを捉えるのは相当なスタミナと瞬発力が要る。もちろんそれを一番わかっているのは誰でもない———

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

狭く鬱屈としたゲートが嫌いで嫌いで、アタシは開いた途端、猛然と駆け出す。

暗い部屋の中に光が差したような気がして、誰も居ない広々としたターフの上を走るのが大好きだ。誰も居ない、誰も視界に入れさせない。先頭は、一番はアタシ。

 

それを壊したアイツ、一房の髪をなびかせていつもニカニカと厭味ったらしい笑顔を浮かべてアタシのモノのはずだった一番を搔っ攫っていったアイツ。

 

 

トレセン学園に入って、寮の同室になって、なんとなく意識し始めた最初の選抜レースで容赦なく後ろから抜き去られた。その背中を今でも覚えている。

 

チューリップ賞で負けて、悔しくて、トレーナーにはずいぶん無茶を言ったメニューを組んでもらって桜花賞ではリベンジを果たした。それでもアイツがスパートを掛けて後ろからカッ飛んでくる足音にはヒヤリとさせられた。

 

それがまた悔しくて悔しくて、秋華賞で完膚なきまでに叩きのめすと意気込んでいたのに、後ろから聞こえた足音はアイツのじゃない。アイツのバカみたいに広いストライドの音じゃない。後ろに居たのはアイツじゃなかった。

 

……いつからか、一番になる以上に負けたくない相手ができた

 

 

 

————何やってんのよ。何してんのよ

 

————一番になっても意味ないじゃない!

 

————“アンタに勝って”一番じゃなきゃ!!!!

 

 

 

 

「そんなところで、何やってんのよ!!!!!」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

『さあ第3コーナーの坂に向かう!先頭はダイワスカーレット1バ身半のリード、ユウヒライトニング二番手!800看板を超えて動いてきた!動いてきたアサイチカンテラ!アサイチカンテラ三番手に上がる!内々を通ってタキシングハート!その後ろから外を通ってパーカーカルスト!内側にキスオンザヘヴン!そしてスイープトウショウがインコース!』

 

 

逆光を浴びながら13人のウマ娘たちが一丸となって向かってきた。

 

秋の柔らかく、それでいて傾いて弱くなった陽光を背に受けて、彼女たちの髪が美しく光り輝いた。それがたまらなく眩しく感じて少し目を細める。

先頭は変わらずダイワスカーレット。強い。本当に強い。あのウマ娘は。

 

横から、後ろから、至る所から応援の声が上がりだし、それが一つの音塊となって彼女たちの体にぶつかり、それに応えるように猛然と加速し始めた。あるものは差し切るために、あるものは逃げ切るために、そしてあるものは“自分を見せつけるために”

 

口の中の渇きがしんどくなって、一口だけ缶コーヒーを呷る。この甘さがカンストした缶コーヒーですら今は全く味を感じない。

 

 

『さあ第4コーナーです!木立ちの陰の中から、逆光に浮かび上がった先頭はダイワスカーレット!!うっすらと靄のかかる第4コーナーを抜けて最終直線に向いた!先頭は青い勝負服ダイワスカーレット!!内に入ったスイープトウショウとタキシングハート!外からユウヒライトニング!!アサイチカンテラ突っ込んでくるが!!?先頭はダイワスカーレット!!アサイチカンテラ追い上げる内からスイープトウショウ!内からスイープトウショウ!!しかし!先頭はダイワスカーレット!!!ダイワスカーレット!!最強ティアラ二冠ウマ娘ダイワスカーレット!!』

 

 

勝負あった。ゴール板を先頭で駆け抜けた紅い女王に続々と突っ込んでくるウマ娘たち。届かなかった者もいる。バ群に呑まれてしまったものもいる。

 

———おかしいのは“皆一様に悔しげな表情”を浮かべていることだ。

 

 

『ウオッカのためにも負けられない!ダイワスカーレット!です!アサイチカンテラを!スイープトウショウを一蹴しました!!見事にシニア級の追い込みをを退けてこれで重賞4連勝であります!!』

 

 

天を仰いで荒くなった呼吸に任せるままに胸を上下させるウマ娘たち。膝に手をつくもの、倒れこむもの、先頭を睨みつけながら汗をぬぐうもの。

 

しかし先頭のゴールした紅い女王は一点から視線を逸らさない。観客か、自身のトレーナーに向けてか、仁王立ちしたまま凄まじく鋭い視線と闘争心を隠そうともせず視線を逸らさない。

 

 

———その視線が向けられた先は“常識破りの女帝”

 

誰かじゃない、誰でもない。彼女に向けられた視線は、彼女のために。

 

 

その為なら、俺は喜んで悪役になろう。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

青と赤に染められた、観客たちが待ち望んだ第二のステージ。ターフでもダートでもないそのボーナスステージに観客たちは皆、熱狂する。夜の帳が降りて暗闇が満たされたステージに一筋の光が射した。

 

蒼い勝負服を身にまとって、豊かな髪を二括りに、右手を胸に当てて。

 

 

観客たちの歓声が上がる。耳を破られそうなその熱を含み切れなくなって溢れ出した。視界の一面が青いライトで染め上げられ幾本もの腕が降り上げられる。

光に照らされた彼女が顔を上げ目を開く。するとさざ波のように観客たちが静まり返っていった。

 

「まずエリザベス女王杯にご来場くださった皆様。いつも応援していただいてる方も、今日が初めてという方も、ありがとうございます!」

 

そう言って一礼。彼女があたたかな拍手で迎えられる。

 

「皆様の応援のおかげで、背を押されて今日、アタシは1着になれました!ここでぶつかり合ったウマ娘たちもまだまだレースシーズンは続いていきます!変わらぬ応援をお願いします!」

 

 

 

観客たちが抑えきれなくなったといったように歓声を上げる。手を振って、声を上げて、思い思いの言葉と声援を彼女に向けた。

俺の気のせいだろうか。彼女の紅い瞳に闘志のような炎が灯ったように見えたのは。

 

笑顔だった彼女の表情が熱を帯びて、マイクを通して息を吸い込んだ音が聞こえると再び観客たちは何か言葉があるのだろうと静寂が場を満たしていった。

 

 

「……アタシにはライバルがいます。明確に意識して超えたいって、勝ちたいって思えるライバルがいます。残念ながらアイツは今日、エリザベス女王杯には出走しませんでした。最近は一緒にトレーニングもできていません」

 

 

ざわめきが広がっていく。台本にもないのだろう。スタッフたちが慌てふためいているのが分かる。

隣にいる鹿毛の耳が天を突くように立ち上がったことだけは、横目で見ることができたが、その表情は流星と顔を覆い隠す髪によって窺い知ることができない。

 

 

「この場でいう事ではないかもしれません。けどこれを見ているアイツには一言言ってやらないと気が済まないんです!!」

 

 

熱に当てられた観客たちが歓声を上げる。それはまるで王の凱旋か、それとも勝鬨を上げた兵どもの共鳴か。ともかく俺には耳の痛い歓声だ。

 

 

「…早く、早く!!このステージに上がってきなさい!!アンタを叩きのめして歌うウイニングライブじゃないと張り合いがないのよ!!」

 

 

もう一段、みんなしてどこからそんな声を上げているのか、歓声が爆発した。体の奥深くまで音が響く。サイリウムを振り回して誰も彼も関係なく叫び続ける。もはや言葉をなしていない雄叫びであろうとも、声を上げずには居られない。

 

悪戯が成功したかのようにニヤつくスイープトウショウと、仕方ないなぁと苦笑いしたアサイチカンテラがするりとダイワスカーレットの横に並ぶと、サイドステージにも素早くウマ娘たちが並びついた。

 

……ウマ娘たち全員で仕込みやがったな。こりゃあ明日からマスコミがうるさくなるぞ。

呆れた視線を宮下に向ければ彼もまた、聞いていなかったようで頭を抱えている。頭を抱えながらサイリウム振ってるんだから器用な奴だ。

 

 

 

 

「それじゃあいきます!Special record!!」

 

 

 

 

 

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