よく晴れたある日の昼下がり。秋晴れというのはこんな天気の事を言うのだろうお手本のように雲がない。秋というよりかはもう冬に半身ぐらい突っ込んでいるが。
街路樹は一気に落葉し、黄金色の欠片たちが道路際の溝に層になって溜まっている。景色は寂しくなってしまったが、風に乗って欠片たちが舞うさまはさながら自然のイルミネーションのよう。
こんな日は何処か遠くに出かけたくなるが、この時期の山は雪が怖いしそもそも冬季閉鎖で道自体が通行できない場合がある。海沿いは走れるものの、からっ風で体がギンギンに冷える。それはもうギンギンだ。秋から冬にバイクに乗るためには3枚重ねでも足りない。その上に革を羽織ってようやく緩和されるといったところだ。それでもだんだんと体の熱は奪われていくために、ライダー達はこよなく熱いラーメンと缶コーヒーを好むのである。
缶コーヒーというものは本当に丁度良くて、あのサイズがちょっとした休憩に適しているし、カフェイン効果で頭が冴える。そしてあれ以上のサイズになってしまうと、量が多すぎて体が冷えるしカフェイン効果でトイレが近くなってしまうのだ。
閑話休題。
残った課題。ウオッカの体幹バランスを整え左右のバランス差を少なくし、彼女の言うスパート時の“失速感”を少しでも和らげることができれば…。そしてそのためにトレーニングメニューを組んだのだが、右半身にウエイトを置いてバランスを均一化していくというトレーニングは如何せんケガをしたことがない俺からすれば想像上でしかなく、自身とは別の視点が欲しかったため、協力者に意見を仰ぎに行くところだ。
直近の目標となったGⅠジャパンカップに向けて、短い期間であるが密度の高いトレーニングを予定しているため、ウオッカにはオフを言い渡してある。少しでも体調を回復してもらい調子が上向けば御の字だろう。
情けない事だが、レースに出たとして、頂を獲れるという確証はない。どこまで行けるかというチャレンジ的な側面の方が強いのが確かだ。
————どのウマ娘もトレーナーも本気で獲りに来ているし、獲らせに来ている。頂を。その栄光を。その輝きを信じて。
ファン数や出走条件は楽にクリアできるんだろうが、他と比べて“どこまでやれるか”だなんて、俺はハナから彼女を、今のウオッカの走りを信じ切れていない。
そんな俺の煮え切らない態度を全く面白くないというように、全身で不満を伝えてくる腰下の獣ZR-10X。陽気のせいでたまには走らせてやろうと引っ張り出したのだが、高速を走るわけでもなく遠出をするわけでもない。
今日は、正直VTの方が正解だった。街乗りではこいつの3分の1の力があれば充分で、秘めた力を発揮することなどできずフラストレーションは溜まる一方である。
府中から鎌倉街道を南下して多摩市を抜け町田へ。今日は国道16号には入らず、混雑する町田駅前を躱しながら県道51号町田厚木線を走る。
少しの間併走した線路と別れを告げて、座間市を抜けると、道路は自然と県道46号相模原茅ケ崎線へと変わり、海老名市に入って厚木街道と合流する。信号に止められては発進を繰り返し、アーチの連続した橋を渡ってようやく今日の目的地である厚木市に入った。
神奈川県の中心と問えばもちろん横浜、次点で川崎が上がるだろうが、地理的な中心はこの厚木だろう。神奈川の道は厚木に通ず。大和?東名の汚名を返上してから言うんだな。綾瀬?市内に駅を作ってもらうといい。海老名?ロマンスカーの停車は本厚木の方が遥かに多い。大正義本厚木。
駅前に向かう大通りから一つ入り、少し静かな街角に差し掛かる。騒がしくするわけにはいかないので、アクセルは開けずエンジンの回転に任せて、空いている駐車場に滑り込むとエンジンを止めてスタンドを立てた。相変わらず不満そうな鼓動は一旦鳴りを潜め、大人しくしてくれたが、なかなかニュートラルに入らないというちょっとした反抗に遭ってしまった。
街角にある喫茶店へと足を運ぶ。扉を開けると鈴のような優しい音が鼓膜をくすぐってきて、ふわりとした香しい珈琲豆の匂いと落ち着いた木目調の店内が迎えてくれた。待ち人を捜すために少し店内を見回すと、窓際の奥の席からひらひらと手を振るウマ娘が目に入る。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「いえ、待ち合わせで…あそこの席です」
「かしこまりました。後ほどメニューをお持ちします」
腰を折って厨房に下がっていくウェイトレスを見送ってからその席へ向かう。
こちらに向かって合図したウマ娘は奥の席からこちらを覗いたまま、ニマニマとした表情を崩さず観察してくる。常日頃から人を試すような言動をする上、ただでさえ彼女はその糸目によって表情が読み辛い。
「や。お久しぶりだね」
「悪かったな。急に話したいなんて連絡して」
「ホントにもー。愛の告白はいくらアタシとキミの仲でも、もうちょっとムードのある場所がいいな?」
「1ミリも思ってないこと言うもんじゃないぞ」
「なはは。バレちったか」
少しウェーブがかったミディアムショートヘア。暗めの栗毛に、前髪にうっすらと白い流星。底の見えない糸目と、その反面人懐っこそうな笑顔を浮かべる薄く整った鼻筋と唇。バ体はスレンダーですらっと足が長く腰の位置もずいぶん高い。170センチ近い身長も相まって白いニットセーターとパンツスタイルが良く似合っていて溜息が漏れそうだ。
飄々としてモデルでもやっていそうな彼女であるが、かつて俺がサブトレーナーとして世話になっていた時、同じくチームプロキオンに所属し、ケガと闘いながらも不屈の闘志で華々しい戦果を打ち立てた。
———その名をサクラローレル
「まずはダービー勝利おめでとうと言っておこうかな?担当2人目でダービーウマ娘トレーナーなんて、なれるものじゃないよ」
「正直なところ、今でも実感ないんでな。俺は調整してたら担当が勝ってたというか」
「ふざけたこと抜かしてると他のウマ娘やトレーナーに蹴り飛ばされるから気をつけなね?」
もうすでにテーブルの下ではローレルの長い足が俺の脛を捉えていた。スッと足を器用に絡めてきたと思えば、ブーツの踵で脛を抉ってくる。
やめろいたいしぬ。
テシテシとタップするとようやく足を開放してくれた。
———彼女は体の本格化が他のウマ娘よりも遅かったこともあり、メイクデビューが1月へとずれ込んでしまった。更にはシーズン一年目の春に球節炎を発症し、ダービーへの挑戦を断たれてしまっている。
復帰後は強いレース運びを何度も見せつけてくれた。オープン戦や条件戦を蹂躙するとGⅡ目黒記念をクビ差の2着。彼女自身もトレーナーも手応えを掴み、天皇賞を目標にトレーニングに明け暮れていた。
…だがトレーニング中の故障で両足共に骨折するという大ケガを負ってしまう。あの時の崩れ落ちた彼女の姿は今でも思い出せるし、涙に濡れトゥインクルシリーズを諦めようとした彼女の顔は忘れようと思ってもこびり付いて剥がせない。
医者すらもこれはダメだろうと匙を投げ、トレセンですら是を突き付けたが、プロキオンのトレーナーが諦めずに説得。不屈の闘志で1年を超えるリハビリとトレーニングを乗り越えて奇跡の復活を遂げ、天皇賞(春)、オールカマー、有馬記念を勝利するに至った。
しかしフランスで開催の凱旋門賞を目指した前戦であるフォア賞。果敢に挑んだ彼女であったがレース中に右足屈腱不全断裂を起こし故障してしまう。ウマ娘としてレースすることは適わない体になってしまった。
常に故障がついて回った彼女のレース人生は、果てしなく困難な道のりであったと言える。しかしそれを乗り越えた先の栄光に人々は感動し、熱狂し、彼女をスターウマ娘たらしめたのだろう。
「まあそれは良いよ。アタシも出てたとして、実際は勝てるかどうか分からなかったし」
「運がよかったよ…俺も」
ちょうど注文したベトナムコーヒーが運ばれてきて、対面のローレルはまるで胸焼けしたとでも言うようにうへぇ…と舌を出した。
「相変わらずあっっっまいコーヒー飲むんだ…黒いジャケットばっかり着てるクセしてエスプレッソじゃないんだね」
「こればっかりは譲れないんでな」
「男の拘りってヤツ?」
「そうだ」
「…そう」
対面の彼女はニマニマとこちらを覗き「んー?」と首をかしげながら、両手でマグカップを持ちススッと音を立てずコーヒーを啄む。
以前から彼女との会話は少し苦手なのだ。その目の奥底では何かを見透かされていそうで据わりが悪い。さてそろそろ本題に入らねばならない。カバンからウオッカの今後のトレーニング計画を取り出しサクラローレルに渡す。彼女は頬杖をつきながらぺらぺらと計画表を捲り始めた。
「……ずいぶん詰め込むね。うぇこれアオバっさん直伝のキツいヤツじゃん」
「ジャパンカップまで残りも少ないし付け焼刃にしかならないが…なんもやらんよりはマシじゃないかと思うんだが」
「2400は担当の子にとって長いの?」
「2200ぐらいまでが距離的にはベストと思っているが行けなくはない」
「ダービー獲るぐらいだもんね。でも2500は辛いかな」
「ちょっと厳しいな」
サラサラと計画表に修正案が書き込まれ足されていく。
回数を削ったり、別のものは増やしたり。動かせなかったときに衰えがちになる箇所へのトレーニングを足して行ったりと、メニューを削って易しくなったと見せかけて先鋭化されていき、トレーニングは苛烈なものへと磨き上げられていく。
「けっこうキツいメニューだけど本人は大丈夫なの?」
「根性あるヤツだからな」
「ところで、エリ女を蹴ったのはなんで?表向きはケガって言ってるけど治ったんでしょ?」
「スランプってところかな。秋華賞の最終直線で足を捻っちまったんだが、その時の失速感が離れないんだそうだ。差しスタイルだからそこでの失速はとにかく痛い」
「スランプかぁ…走れなかった期間はどのくらい?」
「1週間って言ったところか…。ベストから1秒落ちまでは回復してきたが、まだトレーニングが足りねーのか分からん」
「ホントにそこかなぁ?」
人差し指を頬に当てて首を傾げるサクラローレル。眉間に皺を寄せ何か考え込むようなそぶりを見せる。
「まぁ…身体的なものもあると思うけど、精神的にちょっとあるんじゃない?なにかこの子を縛ってるものが」
「縛ってるもの…」
ウオッカを縛り付けているもの…。
おそらくダイワスカーレットの存在だろう。同室であり、同期であり、同じくティアラを目指したもの。距離適性も似たようなもの。多少ではあるがダイワスカーレットの方が長距離向きで、ウオッカの方がマイルに強い。
そのダイワスカーレットは連対…つまり1着か2着を外したことがない驚異の戦績を誇っている。ダイワスカーレットはエリザベス女王杯に出たことで、ジャパンカップは回避し、冬のグランプリ有馬記念へ向かうだろう。
それに比べウオッカに関しては秋華賞からじゃなくもっと前、宝塚記念に敗れてから勝ちから遠ざかっている。
……勝たせてやれないのはトレーナーの責任だ。彼女自身が焦ることではないのだが、俺自身も有効な手を見つけられていない。
「勝ちを焦っているところはあるだろうな…何しろ同室で同期でライバルが連対を外してないわけだから」
「連対100%とかエッグ…ライバルがそれなら焦りもするかな」
「お前さんは全然焦る顔が浮かばないがな」
「うわひっど!もう焦りまくりで乙女の心グッチャグチャだったんだよ?それなのにターフに戻れるよう踏ん張ってくれちゃったのはどこのサブトレさんだったかな~?」
コーヒーを啜って誤魔化す。
どこかの未熟なサブトレーナーが無謀を冒したに過ぎないのだが、そのおかげで今こうしてサクラローレルと親交があるのも僥倖というものだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと…ちゃんと、トレーナーさんが見てくれてるのはウマ娘も分かってるはずだから。ウマ娘って背中を押してくれる人がいれば頑張れちゃうものなの。だからこそ、焦っちゃうところもあるのかな」
「そういうもんかね」
「そういうもんだよ」
再び両手でカップを抱いてコーヒーを啜る彼女は、晴れやかとも穏やかともとれる微笑みを浮かべて窓の外に視線を向けた。その頬がほんのりと桜色に染まっているのを見ると、彼女は今充実できているんだなと妙な安堵感が胸に訪れる。
「だから、トレーナーさんは構えて受け止めてあげること。それがどんな結果でも」
「……」
「トレーナーさんが何とかしてやりたいって言うのも分かるし、勝ちたいって焦っちゃうウマ娘の気持ちも分かるよ。だけど、それはウマ娘の中にしかないものだから。それに気付けるかどうかかな」
「だから受け止めるしかないってか」
「そう。もちろんレースやトレーニング面の管理はトレーナーさんのお仕事だけどね。結局、走るも走らないも、頑張れるかもウマ娘次第」
それは彼女が自身で克服するしかなくて。俺が原因を見つけても、見つかっただけで解決にならない。そこが、悩ましい所なのだ。
「———大丈夫だよ。トレーナーさんはちゃんと担当を見てあげられる人だから」
頬杖をついて外を見る柔らかに微笑む彼女の表情に少しの力を貰いながら、飲み干す珈琲は相変わらず甘かった。散っていく街路樹に思いを馳せて、ここに信じ切れない思いは置いていこう。置いて行かれる店は傍迷惑だろうが、今日ばかりは許してほしい。
出るといいなぁ...と思ってあえて名前を使わせていただいたサクラローレルですが、マジでウマ娘化してしまいました。外見などでパラドックスが発生してしまってますが、この世界のローレルという事で納得してください(懇願)
プレイアブル来たら出るまで回しますので...というか出しますので...何卒...