タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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弧線のプロフェッサー①

 

 

 

海外ウマ娘も交えた祭典ジャパンカップも過ぎたる日々、激闘も明けてマスコミの対応やレース後の検診もようやく終わり、ウオッカには禁トレを言い渡しストレッチに専念してもらうことにした。

疲労抜きのために本格的なトレーニングは来週から再開を予定しており、俺は溜まった書類仕事を片付ける晴れた昼下がり。

 

 

ようやく事務仕事も終わり手を組んで背筋を伸ばせば、体中の関節がホネホネロック。もう腕から、肩から、股関節から、至る所から小気味良い音が響き渡り、何とも言えない痛みと気持ちよさが体に走る。

 

 

「うわ…年寄りかよ」

「誰のためだと思ってん…」

 

 

授業の課題から顔を上げて呆れた笑みを浮かべたウオッカに、ジトついた眼差しを向ける。

 

警戒色をしたコーヒーも飲み干してしまい、片手のお供も無くなってしまった。

最近寒くなってきたから引っ張り出した領域展開(コタツ)、足を包むこの温もりから離れがたくはあるが、このまま糖分がないとくたばってしまうので、仕方ないから買いに行くか…。

 

縋りつくコタツに突っ込んでいた足を抜き、立ち上がろうとしたところで通話機能付き文鎮が音を立てて痙攣しだした。

 

スクリーンには『サク』と表示されており、最近頼んだ作業も何もないため、いったい何の用事なのか考え込んでしまった。

 

 

「出なくていいのか?」

「…ん、あぁ出るよ」

 

 

大した用じゃないだろうし、寒々しいリノリウムの床に晒されコタツの温もりを失うのは惜しい。このまますぐすませばいいか…。

 

スクリーンをタップし「もしも…」と言いかけたところで向こうからマシンガンがぶっ放された。

 

 

『あ!?サカキ!!!暇!?暇か!?暇だよな!?ちょっとヘルプに来てほしいじゃんよ!!!』

「うるせぇ!!」

『ごめんて…。そんな怒らんといて……』

「なんで俺が悪いみたいになってんだ」

 

 

構ってほしくて飼い主に飛びついたら怒られた犬か。成人男性のそんなムーブは可愛くもなんともないからやめてもろて…。

 

 

「で?要件を話せ。手短にな」

『うぅ…今週の日曜に他のショップと合同でサーキット走行会をやるんよ。プロのライダーに頼んでサーキットライダースクールをやるんけど、そのうち1人が急遽来られなくなったんよ……』

 

 

サーキットを走る場合、基本的にそれぞれのコースで専用の講習を受け、コースライセンスを取得したのち走ることができる。国内共通ライセンス、国際ライセンスと日本国内や世界で使えるライセンスを持っていればこれが免除される場合もあるが、どっちにしろ“免許制”なのである。

 

これをショップやメーカーなどがコースを貸し切りにし、一般人を募集してライセンスを持たなくともサーキットを走ったりできる催しが“走行会”と呼ばれるものだ。

 

一般人を募集して開催するという性質上、どうしても初走行や経験の浅いビギナーが数多いため今回のようにプロのライダーを招き、後ろに付いて走ったりアドバイスを貰ったりしてテクニックを学ぶアカデミー形式での開催、いろいろなクラスの車両と紛れて一緒に走りこんだりする形式などその種類は様々だが、今回の開催は前者に当たるようだ。

 

 

「走行会か…でもプロは一人じゃないんだろ?振り分ければいいじゃねぇか」

『それがさ、今回そのうちの一人が人気のUtuberらしくてさ。こっちの想定以上の申し込み数になっちゃったんよね…それで振り分けようにも数が多すぎて班を減らすと、1人の見る台数が多くなりすぎて捌けなくなっちゃうじゃんよ…』

「………スタッフが欲しいってことか?」

『いや、講師役をお願いしたいんよ!』

「は?おい、俺はプロでもなんでもねぇぞ」

『大丈夫だって!腕については心配してないっしょ!』

「そうじゃねえ!」

『家まで積車で迎えに行くからさ!マシンもこっちで用意しとくから頼むって!じゃあ!』

「おい!くそっ…切りやがった……」

 

 

相変わらず押しの強いやつ…幸い日曜はたまたまオフだがこっちに予定があったらどうする気だったんだか。深くため息をついてスマホをしまいコーヒーを買いに行こうとコタツから出ようとしたらガシッと腕を掴まれた。

 

なんで俺は腕を掴まれているのだろう。向かいのウオッカを見ると、普段見たことないような輝きを目に宿して鼻息を荒くしていた。なんだろう。おもちゃを前にした幼児のような輝きだ。

 

 

「なぁ!オレ、日曜暇なんだよな~!??」

「だからなんだ」

 

ゲシッ。こら足癖が悪くってよ。腕を掴む力が強まっていてよ。

 

「オレ、日曜、暇、なんだよなァ~!!??」

「……連れてけってか?」

 

 

目のきらめきが強まって尻尾がばっさばさ。どうやら「連れていけ」が正解なようだ。

ジャパンカップに備えてトレーニング漬けにしていたし、どうやら授業の課題も終わって溜まったフラストレーションを解放したいようだ。

 

 

「しゃーねぇな…時間はあとで連絡してやるから、冷えない格好を用意しとけョ」

「よっしゃぁ!」

 

 

そんな遠くへは行かないだろうし、こちらも少し行き詰っていた所もあるからリフレッシュに使わせてもらおう。ウキウキと耳を揺らしながら楽しみで仕方ないような仕草に、少し微笑みつつもコーヒーを買いに歩くのだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

日曜日早朝、自宅でZR-10Xをサクのバンに積み込み、ヘルメットや革ツナギも放り込む。カバーを掛けられたもう一台を詮索するが「着いてからのお楽しみじゃん?」なんてサクにはぐらかされ、ウオッカを拾うために府中駅に立ち寄った。

 

 

「おはよ!ウオッカちゃん久しぶり!」

「おはようございます!サクさん今日はよろしくおなしゃーす!」

 

もうね、朝早い筈なのに目の輝きが凄い。

 

「トレーナー眠そうだな」

「こんな朝早いのにおめめぱっちりな方がどうかしてるだろ……」

 

現在時刻は5時までもう少しと言ったところ。サクは走行会の主催側であるので、少し早く到着している必要があるだろう。横浜町田から高速に乗り、車は西に向かって進み始めた。

 

「で、聞いてなかったけど場所は?西に向かうってことは筑西サーキットじゃないんだろ?」

「富士よ。富士スピ」

「フジスピ!?マジっすか!?」

 

 

富士スピ…〈富士スピリットウェイ〉霊峰富士の麓、静岡県に位置する日本が世界に誇るインターナショナルサーキット。

広大な敷地に本コース、カートコース、ジムカーナ場、協賛している自動車メーカーのショールームなどモータースポーツに関する多彩なコースを取り揃えてある。

 

中でも一周4.5キロの本コースは、その1/3に匹敵する長さである1.4キロのホームストレートと15m~25mの広いコース幅を備え、数々の熱いドラマを生み出してきた伝説の地。

 

現在も2輪4輪問わず、多くのレースやエキシビジョンマッチ、耐久レースが行われるモータースポーツファン憧れの地と言えるだろう。

運転免許さえあれば、自分の愛車で本コース3周の体験走行にも参加することができる。

 

 

「いやぁ、ウオッカちゃんみたいなレースクイーンが居ればサカキも頑張っちゃうじゃん?」

「走行会で何を頑張るんだよ…。ウマ娘にバイクの騒音は辛いもんがあるだろ?ピット上のルームに居た方がいいんじゃないの」

「おいおい除け者かよ?なんかあれば手伝うぜ?」

「いや、危ないから見るだけにしとけな?バイク乗りって他人に触られるのは嫌がる人も多いからさ」

「そりゃあ許可なく触ったりしないだろ。その辺は弁えてるつもりだぜ?」

「なら良いんだけどよ」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

東名高速を降りてしばし下道を走ること20分、林を抜けると巨大なゲートに迎えられた。富士スピリットウェイのメイン東ゲート。大きな看板が鎮座しており、インターナショナルサーキットよろしくその規模に恥じぬ巨大さを誇る。

 

先ほどから目がキラキラしっぱなしのウオッカを横目に、係りのスタッフに入場料を支払い広大な敷地を5分ほど走るとようやくピットレーン裏のパドックに到着した。

 

 

「うわぁ…すげぇ……」

「普通は入れないからな。貴重な体験だぞ」

 

 

レースなどが開催される際はピットレーンおよびパドックは関係者以外立ち入り禁止になってしまうため、観客はスタンドか観戦ポイントのみ立ち入りできない。ファン感謝デーで解放される日か、走行目的で訪れた人じゃなければこのエリアには縁がないだろう。

 

 

「んじゃ、ちょっと受付と他に挨拶回りしてくるじゃんよ」

「おう。その間にマシン下ろしとくわ」

 

 

受付時間よりも早めに到着したからか、参加者と思われるライダー達もまばらで静かなもんだ。

まずバンからZR-10Xを下ろしスタンドに立てると、まるで血に飢えた獣のような雰囲気を醸し出し始めた。バイクに意志なんてものはない筈なのだが、何故だかそう感じてしまう。

しかし今日転がすマシンはサクが用意したモノなので、お前の出番はほぼ無いだろう。残念だったな。

 

もう一台のカバーを外しバンから下ろす。

三つの蹄鉄が交差するように形どられたロゴマークはウマハのマシンである証。フルカウルではあるのだが少し意外なマシンに面食らってしまった。

 

 

「トレーナー、こいつって…」

「ウマハのツアラーだな。色々やってあるけど」

 

 

それは赤の〈LZ-1 LAZER〉だった。ウマハのフラッグシップスポーツバイクである〈YZL-R1〉のエンジンをトルク重視に振り直し、4気筒エンジンはそのままに街乗りやワインディングに合わせて中低速を強化。最大出力こそR1に劣るものの、国が国なら300キロ巡行だって可能。軽自動車2台分をも上回るパワーを秘めたなんちゃってスポーツ快速ツアラーマシンである。

 

 

「やっぱウマハのマシンはデザインが秀逸だよな~…この流線形が堪んねぇ!」

「セパレートハンドルに交換してあって、メーターもR1が流用されてる…ここまでくるとR1で良いような気もするな」

「分かってないなサカキ!意外なマシンで速い!それが浪漫じゃんよ!」

 

 

いつの間に戻ってきてやがったサクの野郎。

 

 

「それよりもさ!こう…スペックで劣るマシンでめちゃくちゃ速いってかっこいいじゃん!?」

「分かるっス!それでもう他のマシンを捲りまくったらもうたまんないっスよね!」

「お~!ウオッカちゃん分かってるぅ~!!」

「乗るの俺なんだが」

「その辺もモチ心配ないようにしてあるじゃんよ!」

 

 

ブレーキホースのステンホース化、ブレーキも海外製のお高いキャリパーにサーキット用ブレーキパッド、スリックタイヤ、外装はサイド、アンダーカウル共にカーボン。セパハン化にメーターの流用…。

 

いや、ますますR1で良くない…?安い車体買ってきて弄りだしたら止まらなくなっちゃったパターンじゃん……。

 

セルを回してエンジンをかけてみるとグズることなく、笛のような音の混じったアイドリングを奏で始めた。これはこれでアリかも知れないとちょっと思ってしまった俺がいる。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

積載車から下ろされたSUZAKI GXS-R。それを関係者ピットに突っ込み人心地ついた。

 

そのマシンを操る男、藤堂。

 

日本を代表するレーシングライダーである彼がなぜレースのない富士スピリットウェイに居るのかと言えば、馴染のショップの頼みで今日開催される走行会の講師として参加するからであった。

 

正直言えば、ビギナーに近いライダーたちのスクールなんてかの男にとっては退屈であろうがファンサービスの一環も兼ねているし、自身のチャンネル登録者を増やす為の打算もあった。

 

 

 

受付を終えパドックに並ぶバイクたち。国産車から輸入車まで幅広くスポーツ車種が揃っており、おおむね1000クラスのスーパースポーツが数多い。

 

そろそろ関係者の打ち合わせも始まるためにあるピットレーンに入ると1台のマシンから目が離せなくなった。暗いネイビーの鈍い光。タンクで輝くハマサキのロゴ。旧型の“ZR-10X”忘れもしない、奥多摩周遊で自分をぶっちぎっていったあのマシンに違いない。

 

 

「なぜこいつが関係者ピットに……?もしや今日の参加者の中に居るのか?」

 

 

どこかのショップのスタッフだったとしても不思議ではないが、あのレベルでリッターSSを操れる者がいるなら少しは名が知れている筈。しかし全く情報がないことに藤堂は首を傾げるばかり。

 

 

「…そのバイクに何か用スか?」

「え?あぁいや…何でもないよ」

 

 

背後から掛けられた声にハッとなり振り向いてみれば怪訝そうな目を向けるウマ娘が一人。

 

サーキットにウマ娘がいることは非常に稀で、聴覚がヒトよりも鋭敏なウマ娘は車やバイクのエキゾースト、スキール音を苦手にする子が多いのだが、こうして目の前にいることに藤堂は目を白黒させるばかり。その証拠に目の前の彼女もイヤーカバーをしている。が、問題はそこじゃない。

目の前にいるウマ娘が今年のダービーを獲った優駿ともなれば、更に混乱が脳内を支配する。

 

 

「え?ん?キ、キミ…ダービーウマ娘のウオッカさん…だよね?」

「そうですけど…というかそういうあなたもTODO塾の藤堂さんじゃないスか!?」

「お?ご存知?嬉しいね!まさかダービーウマ娘がボクのチャンネルを知ってくれてるなんて」

「いやぁオレ、父ちゃんの影響でバイク好きで、たまにウマチューブ見てたんスよ…!」

「リスナーさんだったのね!今日は楽しんでいってくれると嬉しいな」

 

まさかこのZR-10Xはこの子の…?いやそれこそまさかだよな?そんな考えを巡らす藤堂はその疑問を少女に向けてみる。

 

「ひょっとしてこのバイクのオーナーの関係者さんだったりするのかな?」

「まぁ…そんな感じですけど。えっとそれオレのトレーナーが乗ってる奴で、今日は講師役やるから一応持ってきたみたいなんですけど…」

「講師役?あれ?今日は全日本ライダーのヨシさんとモリさんが講師だったような…?」

「いや、その辺は良く分からないんスけど、急遽一人来られなくなったから代役でオレのトレーナーが講師の一人として走るっていうんで、ちょうどヒマしてたオレも付いてきたんですよ」

「そ、そうなんだ…?」

 

 

ウマ娘のトレーナーに全日本レベルの人がいる…?

ますます分からなくなってきた。そんな数奇な道を歩んでる人に全く心当たりがない。

 

「藤堂さん!スタッフミーティングやりますんで集合お願いします!」

「あ、了解…今行くよ。じゃあねウオッカさん」

「はい!サインありがとうございました!」

 

 

関係者ミーティングに集合すると、馴染のショップの社長と合流し二三言葉を交わすとミーティングが始まった。

 

参加者をA、B、C班と3班に分け、各班15人に対して1名の講師役が付く。

 

まず一班30分の枠を走り、追い越し禁止でコースに慣れてもらう。

他の二班は講師役がアドバイスをしたり質問を受けたりしてテクニックの理解を深めてもらう。それを2ローテ行い、午後からはタイム順に分けたAとB班でそれぞれフリー走行という流れだ。

ヨシさんはいるから、モリさんの代わりに来た人がいるはずだが…。

 

「では今日の講師役の方々を先に紹介しておきます。前にお願いします」

 

 

紹介を受け前に立つと、続いてヨシさんも前に出てきた。そしてもう一人、黒いツナギに身を包み、気だるそうに前に出てきた男……。

 

「あー、サカキです。今日は急遽来られなくなったモリ氏の代役で呼ばれました。よろしくお願いします」

 

 

“サカキ”と名乗った男。よもやこの男だったとは。

 

 

ボクらの世代で知らないバイク乗りは居ないだろうエピソード。

三連覇の掛かったアイデルン・ラグナと覇を争い、ハマサキ重工どころか日本人として初めてWRCC優勝に手を掛けた男。

結果としてそれは塵となって消えてしまい、本人も二輪の世界から姿を消した———最強のハマサキ乗り。

 

 

…退屈だと思っていた走行会が、途端に面白くなってきやがった。社長には悪いけど、今日はまるで集中できないかもしれない。

 

 

 

 

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