「だぁぁぁぁあ!」
「うるっさいわね!」
遂にウオッカが耐えきれず噴火した。頭をガシガシと掻きむしりコタツに突っ伏す。
「因数分解ってなんだよ…分解すんなよ……自然のままにしておけよ……」
「公式使いなさいよ…」
「南米三大祭りのひとつで農民の日から教会で始まり神輿を担いで遺跡まで練り歩くクスコのお祭りは?」
「コリカンチャ!サクサイワマン!インティ・ライミ!!!」
「早いわよ…」
「ん~!マーベラス!インカ帝国の太陽祭なのね!」
ワイワイと騒ぎ立てながら勉強を進めていく4人。
ウオッカは頭を抱えて数学にうんうん唸り、ダイワスカーレットは古文をスラスラと訳している。マヤノトップガンは頭の中ですべて終わる天才型、マーベラスサンデーは閃きで終わる天才型だけに、既にもうテスト範囲は敵ではない。
トレセン学園というだけにレースもそうだが、彼女たちは勉強も本分なのだ。よほどのことが無ければ中等部から高等部進学はエスカレーター式。更に上の大学部・専門部に進むかは自由であるし、外部を受験して他の大学や専門学校に進む子もいれば、就職する子もいる。
しかしまぁ、つまるところ考査があるわけで。
秋シーズン、重賞が続く12月上旬であるが、ここで冬休みを勝ち取れるかどうかの期末試験が待ち構えていた。ウオッカは赤点ギリギリ、ダイワスカーレットはコンスタントに成績上位をキープ。マヤノトップガンは回答があっているものの途中式を頭の中で完結させてすっ飛ばすので減点が多く、マーベラスサンデーは得意科目と苦手科目の差が激しい。
「なぁ…なんでウチのトレーナー室で勉強会してんの?」
「「コタツがあるから」」
「アッハイ」
女三人寄れば姦しい。四人寄れば喧しい。
このぎゃーすかコンビと脳内小宇宙天才コンビが揃うと×2ではなく2乗になる。今日はダイワスカーレットのトレーナーである宮下が研修のため預かる予定であったが、トレーニングが休みなマヤノトップガンとマーベラスサンデーもコタツの引力に引き寄せられ、狭いワンルームの我がトレーナー室が驚異の人口密度。
女子校生の中に放り込まれて据わりが悪い。勉強会をするからとコタツからも蹴りだされた。娘に友人を呼ぶから出掛けてて、と言われる全国のパパ上達もこんな気分なんだろうか?
「ちょっと、コーヒーでも買ってくるわ」
「アレあんま飲みすぎんなよな」
ぱたんと扉が閉じられトレーナーが出て行ったと共に左右から視線が突き刺さった。マヤノの目がスッと細まり、マーベラスの目の椎茸がギラリと輝いたような気がする。スカーレットは我関せず勉強を進めている。
「…ほう?」
「…へぇ」
「な、なんだよ…」
ニマァ…と吊り上がっていくマヤノトップガンの口元。普段の天真爛漫さからは想像もつかない様な闇属性の混じった笑みを浮かべる。
「あのトレーナーが何を飲むのか初めから分かってるような言い方だよねぇ…?」
「トレーナー棟裏の自販機にしかない、いっつも飲んでる甘ったるいコーヒーを買いに行くんだぜ?わざわざ。そんなの覚えちゃうだろ」
「え?そんなの覚えてないわよ」
「覚えてないね!」
「普通気にしないよね?」
「…っえ?あーあれだよ。パッケージがすげえ警戒色だから目につくんだよ。千葉のソウルドリンクとか言ってたけど」
もしや普通じゃないのか?と考え始めたところで対面のダイワスカーレットから追撃が入った。
「誤魔化したわね?アンタ言い訳考えるとき右耳が外向くのよ」
「ウソッ!?」
ウオッカは慌てて自分のウマ耳を押さえるが時既に遅し。
「マベちん!!!容疑者確保――――!!!!」
「合点承知の助ィ!!!!」
「グワーーーーーー!!?!?」
気にせず古文の現代語訳を解き進めるダイワスカーレット。
どすんばたん。マーベラスサンデーに捕まり手を後ろに回され、トレーニング用のゴムバンドを巻かれたウオッカ。マヤノトップガンは更に追及の方針を固める。
「この前の日曜日ぃ…いつも着てない服着て朝早く裏門から出て行ったよねぇ??」
「鼻歌まで歌ってたという証言まで上がってるんだぜぃ!」
「ウソだろ!?誰も居ないの確認したはずなのに!??」
「へぇ…?」
「あっ!??ハメやがったな!!マヤノ!!!」
気にせず辞書で文言を引くダイワスカーレット。
わーきゃー言い合うマヤノトップガンとウオッカ。マーベラスサンデーはさっそく飽きてきてどう擽ってやろうか考え始めた。
「容疑者ウオッカ!日曜日は何してたの!?吐けー!!!」
「だぁぁぁあ!たまたまトレーナーとオフが重なったからサーキットに連れて行ってもらっただけだよ!!これでいいか!?」
「サーキット!?二人で!??」
「ちげーよ!!トレーナーの知り合いも一緒だよ!!」
シャープペンシルに芯を足すダイワスカーレット。
マヤノトップガンの厳しい追及の手は緩まず、マーベラスサンデーから更に爆弾が放り込まれる。
「じゃぁジャパンカップの前の凄い門限ギリギリに帰ってきたときは何してたの?」
「ジャパンカップの前?トレーニン………グしてたに決まってるだろ」
「間あいた」
「間あいたね」
誤字を直すダイワスカーレット。
ウオッカの脳裏を駆け巡ったのはジャパンカップの前、焦ってしまっていた自分をトレーナーがバイクで豊洲の公園まで連れて行ってくれた記憶。その時の煙草を咥えたトレーナーの横顔がチラついて何故かカッと顔が熱くなる。
「えっ…あっ…マジで!マジで!!何もないって!!」
「マベちん…」
「マヤちん…」
教科書を次ページに進めるダイワスカーレット。
ウオッカの表情と、尻尾の暴れっぷりで何かあったのは確実なのだが、頑なに認めようとしない。マヤノトップガンとマーベラスサンデーは互いに目配せすると頷き合うと両方向からウオッカの耳元で囁いた。
「顔、真っ赤だよ…?」
「尻尾、暴れちゃってるね…?」
「うわぁぁぁあああ!!!やめろ!!耳は、耳はやめてくれぇ!!!!」
自己採点を始めるダイワスカーレット。
必死になって首を振り、ささやきから逃れようとするウオッカ、マヤノトップガンとマーベラスサンデーはこのまま突つけば絶対“面白いもの”が出ると確信した。
「その辺にしておきなさい。それ以上やると鼻血が華厳の滝になるわ」
ダイワスカーレットは教科書を閉じて溜息を1つ。
「スカーレット裁判長!みすみす容疑者を逃していいんですか!?」
「被告人疾病で退廷になるわよ」
この恋愛アレルギーに、これ以上そういった類の話をぶち込むとアナフィラキシーショックを起こす。具体的に言えば鼻出血。ダイワスカーレットは無言でウオッカの鼻にティッシュを詰め込んだ。
「んがっ!」
「なんだぁ。マーベラスざんねぇん」
「ね、間接キスとかポロっと出てきたら面白かったのに」
「かかかか間接キス!?するわけな」
そういえば…。トレーナーがいつも飲んでるあの甘いコーヒーを知ったのはメイクデビューのために、京都へ向かう新幹線の中で飲んでいたからだ。
『なあトレーナー、これコーヒーで良いんだよな?』
『おう千葉県民のソウルドリンクだぞ。トレセンの周りには売ってなくてョ…品川駅の売店は神だわ』
『ちょっと飲んでみていいか?』
『おーいいぞ』
こんなやり取りをしたはずだ。そのあと甘すぎるコーヒーの味にピーピーと文句を垂れたのだが、問題はその後だ。“一口飲んだ”コーヒーが甘すぎて飲めなかったから、トレーナーに突き返した。その缶にトレーナーは“口を付けている”
こ、これって間接キ……!??
「ブーーーーーーッ!!」
「きゃぁ!!ちょっとウオッカ!??」
「ティッシュティッシュ!!」
「華厳の滝。栃木県日光市に位置する落差97mに匹敵する大瀑布。日本三大名瀑に数えられ年中を通して涸れることはないその荘厳な佇まいに」
「マーベラス!!解説ガイドしてないでティッシュとって!!!」
ダイワスカーレットがウオッカの鼻に突っ込んだティッシュは、あっという間に紅に染まり意味をなさなくなる。
「おー勉強頑張ってるか?雪見マシュマロ買って……何してんだお前ら?」
「衛生兵――――!!オラにティッシュを分けてくれーーーーーーー!!!」
トレーナー室の扉を開くとそこには阿鼻叫喚の光景が広がっていた。いや、勉強してたんじゃないのかよ…。
ひとまずウオッカの鼻を押さえ溜息を吐く。今日ぐらいは溜息を吐いたって、誰も責めやしないだろう。