タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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ちょっとだけ怪我の表現があります。苦手な人はご注意を。


後悔

―──トレーナー棟屋上

 

缶コーヒーを片手に持ち、柵に肘をつく。数か月ないしは半年ぶりだったか、ウマ娘たちの朝トレーニングを一人眺める。たった半年でもずいぶん様変わりしてしまったような錯覚を感じる。

 

後ろから足音が一人近づいてくる。緑の制服に身を包み、この学園の頭を補助する影のトップとも言える。

駿川たづなその人。

 

「おはようございます。お早いんですね?」

「これはどーも、たづなさん。」

「お久しぶりです。」

「ご無沙汰してますョ。お早いんですね?」

「質問を質問で返すのは感心しませんよ?……あなたのバイクの音がしたからです。結構響くんですよ?」

 

逃げるように缶コーヒーをあおる。トレセンに入る前にエンジンを切って押してるんだが……。

「相変わらずその警戒色の甘いコーヒー飲んでるんですね…。私には甘すぎて……」

「これトレセンの周りじゃ売ってなくて困ってるんです。自販機に入れてくれませんか?」

「たぶん買うのアナタだけですよ?サカキさん…」

「マジすか…」

 

「そろそろ時間ですよ?理事長のところに行くんでしょう?」

「ええ、ワガママ聞いてもらったんで詫びの一つでもと思いましてね。」

「その……あの子の事は残念でしたけど……」

「分かってますよ。彼女は彼女で、新しく歩みだせたんです。それなのにトレーナーが足踏みしてちゃカッコつきませんよってね」

 

「歓喜ッ!それでこそトレーナーだ!」

「理事長っ!?」

 

「賞賛ッ!貴殿はレースを諦めざるを得なかったウマ娘にレース以外の道を示したのだッ!!」

「彼女が望んだだけですよ。俺自身は何もしていません」

「そう言わないでください…背中を押すことも立派なことだと思いますよ?」

 

 

 

*****

 

 

 

俺の見ていたウマ娘は、エスタビオレは走ることを諦めざるを得なくなった──。

 

 

なんてことのない話だ。

 

中央トレセンの資格を取得したのち、チームのサブトレーナーとしてみっちりサポート経験を積み、独り立ちし晴れて正式トレーナーとしてバッヂを貸与された。

 

選抜レースを見てある一人の少女をスカウトした。黒鹿毛の髪を揺らす、たおやかな性格の”エスタビオレ”とトレーナー契約を結んで初めてトレーナーとパートナーになれた。

お互いが初めてで、サブトレーナーを経験したからと言ってもまだまだ未熟。手探り状態で彼女にもずいぶん迷惑をかけてしまっただろう。

 

 

彼女の努力の甲斐あってか、メイクデビューとオープン戦を勝ち、ずいぶんと喜び合った。

続くGⅢのレースでは惜しくも敗れてしまったが、クラシック3冠を目指してトライアルレースであるGⅡ弥生賞に出場し見事勝利を納めてくれた。

 

 

 

……続いてクラシック一冠目となる皐月賞に。

 

 

 

 

今でも脳裏に焼き付いていて、鮮明に思い出せる。

 

ハナを抑えてコーナーに差し掛かった彼女が突如失速して激しく転倒し、そのままターフの上で微動だにしなくなってしまった。

 

 

スタンドから、制止も振り切って彼女のもとに駆け寄った。幸い転倒した衝撃で気を失ってるだけだったが、右足は酷いものだった。

レースでの踏み込む力に脛骨が耐えられず、折れてしまったようだ。その後右足を地面についてしまったことで、骨が皮膚を破り流血してしまっていた。開放骨折というやつだ。

 

「ふざけんなッ!止まれよ!止まれ!!!」

 

自分の服を引きちぎり無我夢中で止血をして、どうしたかも分からなかった。叫びながら救急車を見送る。

応急処置が早かったためか運よく彼女は足を失くさず済む。

 

しかしもう、彼女は走れなかった。へし折れて足の中で暴れた骨が筋繊維を傷つけ、リハビリをしたところで半分まで機能が回復するかも分からないと診断を受けた。

 

 

ずいぶんと自分を責めたと思う。

 

自身の方が辛いはずなのに、パートナーにはずいぶんと慰められてしまった。まったく男として情けないと思う。彼女の足にある痛々しい手術痕を見て、顔を歪めずにはいられなかった。

 

 

「なんとなく分かってたんです。ワタシの足ってたぶんそこまでもたなかったんじゃないかなって」

「それを見誤ってクラシック路線に進ませようとしたのは俺なんだぞ…もう走れないんだぞ…?よかったのか?」

「それについては仕方ないことですけど、ワタシは後悔してないんですよ?だからトレーナーさんはトレーナーさんの道を歩んでください」

「分かった。ならお前さんのような子を一人でも救えるように、医療の道に進むってのはどうだ―――」

 

数か月付きっきりのリハビリを終えてから、もともと頭の良かった彼女は医療系の学校に編入し、現在では別の道を志している。

それはこの出来事があったからこそだと、微笑みながら俺に告げてくれた。

 

 

*****

 

職場復帰のための書類をたづなに提出し終え、トレーナー室でたまりに溜まった仕事を片っ端から処理していった。エスタビオレのリハビリにつくため、理事長には無理を言って休職扱いにしてもらっていた。そのツケが今彼を蹴り上げている。

 

「半年抜けただけでこの書類の溜まりようかョ…仕事があるだけありがたいとは思うがさ」

 

 

パートナーだった彼女の書類の後始末に、経費申請、報告書、医者の診断書類、新年度中等部2学年のウマ娘たちのデータチェック、出張書類

 

復帰したことによる他トレーナーたちへのあいさつ回り。

特にサブトレーナーとして世話になったチームプロキオンの青葉トレーナーにはもみくちゃにされた。ガイ先生がそのまま出てきたように情熱的な彼はスキンシップが激しく、梅雨でもないのに髪の毛が盛大にハネ回るハメになった。勘弁してくれ。

 

 

―――気づけば書類整理を始めてから結構な時間が経過していた。

固まった関節を伸ばしていく。パキリと小気味いい音が響き体をそらして息を吐いた。ちょうど書類も一段落ついたし、少し動こう。じゃないと漬物石になってしまう。

 

 

少し中等部2年の様子も見たい。まだトレーナー契約をしていないウマ娘のリストを眺めた。

歩きながら自分と気の合いそうな子をピックアップしていく。

 

「中距離差し型のスプリングウィロー、ステイヤー脚質のギルクレイブ、マイル中距離のオレノクレスタ…」

 

 

俺は勝ちにこだわるつもりはない。

もちろん指導するからには、パートナーとなるウマ娘には勝ってほしいし最大限サポートもトレーニングメニュー考案もする。しかし「無事之名バ」という言葉があるように怪我のリスクマネジメントに、特に重点を置くつもりだ。

 

 

―――トレーニングジム室の前に差し掛かる。今は共通トレーニングも使用しない時間で、他の学年は授業のはずだから、使用者は居ないはずだが…

 

外にはねた髪に一房の髪、鹿毛。今日の朝に絡んできたウマ娘、ウオッカが一人で自主トレーニングに勤しんでいた。

 

 

「一人で何やってんだ…?」

たしかあのウオッカもまだトレーナーがおらず、共通トレーニング課程のリストに入っていたはずだ。

 

しばし彼女を観察してみる。現在はレッグプレスを行っているようだが、ただ重い負荷をかけるだけのがむしゃらなトレーニングだった。足のつき方も姿勢も悪く、一点に負荷が集中してしまうような危ないやり方だ。とても目に余る。

 

「おい」

 

「ぴゃあ“あ”!!!!」

彼女の尻尾と耳がピーンと伸びる。何時間か前に見たなコレ。

 

彼女がぐりんと首をこちらに向けた

「あっ!?朝のXRZの人じゃないスか!!」

 

「やり方が悪いョ。それじゃ効果的にならんぞ」

「えっマジすか!?」

重りを釣り上げてロックし、ウオッカに正しい姿勢を取らせる。

 

「しっかりと背面板に腰がまっすぐになるようにつけろ。体が曲がってると余計なところに力が入るからな」

「えっと…こう、すか?」

「そうだ。続いて足が並行になるように肩幅に開いて、前後にズレないように気をつけろョ」

天板に足をセットし重りのロックを解除する。

 

「そこから息を吸いながらゆっくりと足を曲げにかかってくれ。ゆっくり10秒数えながらだ。かかとを上げるなョ」

「くぅっ…すぅ」

 

「今度は息を吐きながらゆっくりと足を上げていく。両足均等に足を伸ばしていくように意識」

「はぁぁ…!」

 

先ほどよりも太ももにずっと強い負荷が来る。しかし軋むような嫌な感覚がなく、腿全体に圧が掛かるような感覚。

 

「これを20回3セット、やってみ?じゃーな。邪魔したわ」

 

 

ひらひらと手を振りながらジムトレーニング室を後にする彼。ウオッカは足のトレーニングに夢中になっていたがふと我に返った。

「あっ…ちょ!ま!」

 

すでに彼の姿はそこになくチャンスを逃してしまったウオッカが頭を抱えていた。

「いま名前聞けたじゃんかぁ~~~!!!!!」

 

 

「あの指導、やっぱりトレーナーなんだよな……。よし、今度の選抜レースに勝って目立てばスカウト来るかもだよな!!!」

 

 

一人静かに企みながら、気合いを高めていったウオッカだった。

 

 

 

 

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