タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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待ち人

 

 

 

 

年を越したらまた自分の年輪が一本増えちまうな、なんてことを思いながらトレーナー棟の屋上で煙草を吹かしていた。このトレセン学園でウマ娘が近寄らず、というか人が寄り付かない数少ない喫煙スポットがこのトレーナー棟屋上だ。

 

府中の街を見下ろして景色がいいし、学園を見渡すことができる。冬の澄んだ空気の下なら星だって見渡せる。

 

まだ日も変わる前。さっきまでコタツに半身を突っ込んでいた身としては、この寒さはだいぶ堪える。

 

 

———暮れの中山、今年の総締め、有記念

 

ウオッカは4着で終わった。グランプリレースで掲示板に載ったんだ。十分な戦果と言えるだろう。

中央に居る約2000人のウマ娘の中から、あの場に立てるウマ娘は16人。そこに外国のウマ娘や地方から果敢に挑戦しに来るウマ娘だっている。その中から更に掲示板に載れるのは5人。

 

単純計算でも途方のない確率。

 

 

「ダイワスカーレットに届かず、ダイワメジャーに捕まり、オマツリホクサイに捲られた……」

 

 

言葉にすれば簡単なこと。

 

 

……だが、どうだ?

 

5月に日本ダービーを制して、続く宝塚記念は8着、秋華賞3着、ジャパンカップ2着、そして有記念4着。

この敗北には、有だけではなく、()()()()()()()が圧し掛かった。

 

 

俺にも、———彼女にも。

 

 

 

穢れた燻ぶりを肺に通して、夜空に輝く光共に吐きかける。なんとなく、見たくない気分になってきた。

 

ポケットのスマホが震える。取り出して画面を確認すると普段無い人物からの電話。…いや、可能性はなくはないんだけど。

 

 

「あけましておめでとう?フジキセキ」

『別に疑問符をつける必要はなかったんじゃないかい?まだ明けてないけどそれはいいや。明けましておめでとう』

「お前さんから電話が来るなんて珍しいじゃないか」

『お祝いの言葉を告げるくらいは許してほしいけど、今はそこじゃなくてね。ウオッカが消灯時間過ぎてから無断外出してしまってさ』

「…どのくらい前だ?」

『消灯時間に見回った時には居たからそこまで遠くには行ってないハズなんだけど……』

 

 

こんな時頼れるルームメイトのダイワスカーレットは実家に帰省中、マヤノトップガンとマーベラスサンデーのおジャ魔女コンビはチームで初詣のため既に学園を離れていた。

さっそく詰んでんなこれ。

年末の出掛ける生徒が多いこの時期、外出・外泊申請の出し忘れも多いため学園側も多少ユルくはなるが、無断外出がバレれば何かしらの処分は下ってしまうだろう。

 

 

()()()()()()()()()、こっちで受理しておくよ』

「すまないな」

『纏め日までに頼むよ?』

「承知」

 

 

それじゃあと電話を切ってスマホをしまう。まったく、あのお転婆娘は退屈させてくれない。いったいどうしてくれようか。そう思いながら、行きそうなところを考え出すが。

 

…自分の思っている以上に、行きそうな場所が思い当たらない。

 

 

「案外、知らないもんだな…アイツの事」

 

 

そうなれば、ここで煙草を吹かしている場合じゃない。駆け足、扉を蹴破る勢いで開くと階段を駆け下りる。アイツの事だから、この寒空の下ちゃんとした防寒なんてしないでうろついてやがることだろう。

 

———今の俺のやることはできる限り早く、アイツを見つけることだ

 

 

 

 

 

駐輪場の片隅、VTの停めてある横から白く染まる息が立ち上る。

いったいいつからそうしているのか。ウマ耳が覗くと、物音を捜す様にピコピコした後、またへにゃりと力を失くす。

 

少し息を整えてから近づいてみると、ヘナっていた耳がピンと立ちこちらに向いた。

 

 

「捜したぞ。お前さん」

「ここに居ればその内来るんじゃねーかと思ってさ」

 

 

結構な時間が経っていたのか、寒さで鼻先を赤くして手をこすり合わせながらはにかむウオッカ。そんな彼女に目線を合わせ……

 

 

————デコピンを一発

 

 

「あぐっ!??」

 

 

いい音が鳴った。

クリティカルヒット。フルシンクロ状態になって次の攻撃はダメージ2倍、エリアスチール次いでデスマッチからのカモンスネーク。このためのエアシュートよ。

 

目じりに涙を浮かべたウオッカが抗議の視線を送ってくる。寒さでキンキンになったデコにはさぞ効いただろう。

 

 

「無断外出なんぞしやがって。俺がこのままここに来なかったらどうするつもりだったんだ」

「……それだったら、来るまで居たかもな」

 

 

目を覆って天を仰ぐ。ほんとうに溜息の一つも吐かせてほしい。ほんとにこのドラ娘は…。いやウマ娘なんだけど……。

 

 

「あのな、これでお前さんが感冒ひいたりとかしたらどうすんだっつの」

「そんなドジしねぇって」

「してんだよ…。何なら今この状況がもうおドジなんよ……」

 

 

レース研究する気も失せてしまった。今日はもうこれ以上やっても集中できやしないだろう。

VTに鍵を刺し、チョークを引いて火を入れる。気だるげに起動したエンジンを少し吹かして暖まるまで待つことにしよう。

 

 

ウオッカの手を掴んで引き上げると、冷たくなった体をブルりと震わせた。こんな寒空の下、厚手のパーカーといえど数十分も外に居ればこうもなる。引き上げると同時、ウオッカの腹がくぅぅと音を上げた。

 

 

「財布取ってくるからちょっと待ってろ」

 

 

こんな寒空の下で体が冷えたならやることは一つ…。

ラーメンを食いに行くしかない。冷えた体を中から温めるには温かいものを入れる。ならば麺で啜りやすく、スープで暖まり、この時間でもやっている…それすなわちラーメンだ。ラーメンしかない。残念ながら俺はこれ以上の御馳走を知らない。

 

ジャケットをウオッカに放り投げ、トレーナー室に予備のジャケットを取りに戻る。最後まで締まらない年越しだと思うが、こんなものも悪くはないだろう。

 

……ただやっぱり、溜息は一回だけ吐かせてほしい。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

いつも物音がする寮の部屋。顔を合わせれば憎まれ口の、向かいの住人が居ないだけでずいぶんと静かに感じてしまう。

 

ダイワスカーレットは冬休みの間実家に帰省するため昨日から居ない。

今日はマヤノもマーベラスもチームで初詣に行くからと外泊申請を出して寮に居ない。普段会話するクラスメイトも半数以上が帰省するか、チームで出かけていた。

 

年を越してすぐの金杯や日経新春杯に出走するメンツは変わらずトレーニングをしているので絡みに行くわけにもいかない。

 

 

「…つまんねぇ」

 

 

ベッドの上で寝返りを打つ。自分の物音しかしない部屋。何度か見返した動画はまた最初からループを始めた。ほどなくウマホも通信制限が掛かるだろう。

 

去年の今頃はどうしてたんだったか。たしかXRZで大洗まで初日の出を見に行ったんだったな。

 

今年もどこか連れて行ってくれるのだろうか。でも、そんな話はしていないからやっぱり何もないんだろうな。

心に吹く隙間風を埋めるようにパーカーに袖を通すとゆっくりと身を起こす。トレーナー室ならば居るだろうか。それとも…もう帰宅してしまっているだろうか。

あのトレーナーは年越し番組とかそういった事にあまり興味がなさそうだから、寝てしまっているかもしれない。そうだったら諦めよう。

 

忍び足で寮室を出るとゆっくりと階段を降りて、見つからないようにエントランスで靴を履く。

 

 

「いけない子だ」

「ひゃいっ!?」

 

 

突如後ろから浴びせられた言葉に心臓がひっくり返る。振り返ると腕を組んでこちらを見下ろすフジキセキが立っていた。普段の制服姿ではなく上下スウェットのラフな格好。髪も少し跳ねているし、どうやら起こしてしまったらしい…。

 

……いや、耳良過ぎね?

 

 

「キミの外出申請は受け取った覚えがないんだけどね」

「…すんません」

 

 

フジキセキは少し呆れた顔で溜息を吐くと、少しだけ眉根を寄せた顔でふっと表情を緩める。

 

 

「本当はダメなんだけどね…。いっておいで。いつものメンバーも居なくて退屈してただろう?」

「え…良いんスか!?」

「ただしトレーナー同伴のこと。トレーナー君が見つからなかったらナシだよ」

 

 

 

 

 

送り出してもらったもののトレーナー棟は施錠されていて中に入ることはできなかった。

 

…それもそうか、こんな時間。もうそろそろ日付も変わる。星明りに照らされ浮かび上がる街灯も今日の職務を終えている。薄く弧を描く月はあまり役に立たない。どうすればいいのか思考を巡らすと、一つ答えを思いついた。

 

 

「駐輪場にバイクがあったら、まだトレーナーが居るか分かるか…」

 

 

 

 

一抹の期待にすがるように赴くと、駐輪場にはまだ赤い車体が鎮座していた。

鈍く光るグレーのフレーム。

ブロンズ色のホイール。

 

いけないと思いつつも、なんとなく跨ってみる。思った以上に遠いハンドル、軽い車体。しっくりくるようなバックステップ。オイルの香り、なんとなく感じる寂しさ。

まだバイクがあるなら、トレセンの何処かにトレーナーはいる。トレーナーは絶対帰宅する人だから、ここに居ればその内来るだろう。

 

バイクの隣に腰を下ろして息を吐く。白く染まる息が空気の冷たさを感じさせて少し腕を抱く。厚手のパーカーであるが底冷えしてくる気温。服装はちょっと失敗したかもしれない。

 

 

どのくらい経ったか、体も冷え切りそろそろ限界も感じてきた。…もう諦めるか。もしトレーナー室に泊まり込むなら、このまま待っていても朝まで来ないことになる。

 

 

そう思って長めに息を吐き出すと硬いブーツの足音がした。見なくても分かるトレーナーの足音。急いでいた足音は少し止まるといつもの歩幅にもどってゆっくりと近づいてくる。

 

カツカツと踵の鳴るブーツが目の前で止まった。顔を上げてみればこちらを見下ろす少し息の上がった鋭い目。

 

 

「捜したぞ。お前さん」

「ここに居ればその内来るんじゃねーかと思ってさ」

 

 

とれーなーだ。なんだか体の内が少しぽかぽかする。

鋭い目はそのまま低くなるとオレの目と高さが合わさる。ゆっくりと手が向かってきた。何をするんだろうか?ぼーっと手のひらの行く先を眺めていれば中指が親指に引っ掛けられた。

あっ待ってそれって

 

 

———バッッッチン!!

 

 

「あぐっ!??」

 

 

目の覚めるような鋭い痛みが額に走る。寒さでキンキンに冷えたデコはじんわりと熱を帯びてくる。冷えた指先で擦るも、蓄積ダメージがじわじわと効いてきた。

うぐぐぐぐ…めっちゃ痛ぇ……。

 

 

「無断外出なんぞしやがって。俺がこのままここに来なかったらどうするつもりだったんだ」

「……それだったら、来るまで居たかもな」

 

 

気付いた。ウマホでメッセ送ればよかったくね?今の今まで思いつかなかったことに頭を抱えて蹲る。

あーとかうーとか唸ってみても現状は変わらない。

 

 

「あのな、これでお前さんが感冒ひいたりとかしたらどうすんだっつの」

「そんなドジしねぇって」

「してんだよ…。何なら今この状況がもうおドジなんよ……」

 

 

オレは他より体温が高いから感冒なんてひかないって。

そう思った矢先体が震えた。もう寮を出てからどのくらい経っているのだろうか?厚手のパーカーを着ているが、自分が思った以上に体温を奪われている。

 

トレーナーがカギを出してVTに鍵を刺してエンジンを起こす。数度のセルの音がして、緩くエンジンが鼓動を刻み始めた。

 

 

目の前に手のひらが差し出される。自分のものよりずいぶん節くれだった長い指。まじまじと見つめていると、再度意味ありげに手のひらが揺れる。たぶん掴めっていう事だろうか。両手で握るとゆっくりと熱が伝わってくる。

 

 

———あったかい

 

 

そう思っていたら手が引っ張られる。立ち上がると空気に当たる面積が増えた分、ずっと寒く感じて体が震える。

 

すると、肩にジャケットが掛けられた。寒さが柔らかくなって、少し鼻につく煙草と、トレーナーの匂い。ゆっくり背中を覆っていく温かさ。それに安心したのかくぅぅと腹が鳴る。

 

……。聞かなかったことにしてほしい。

 

 

「財布取ってくるからちょっと待ってろ」

 

 

少しだけ微笑むとひらひら手を振って、来た方向に戻っていくトレーナー。

 

今だけは顔を見ないでくれ。頬が熱くって仕方ないんだ。ジャケットの襟を手で引き寄せて熱くなった頬を隠す。

 

 

———こんな顔、誰にも見られたくない。

 

 

ゆっくりと鼓動を刻むVTにもたれかかって、深く息を吸って、吐く。頬の熱も一緒になって解けて消えて行ってくれ。そう思えば思うほど、体の中には熱さが渦巻くような感覚。

 

 

「くしゅっ!」

 

 

こんな体が冷えた時は何か温かい物が恋しくなる。ぎゅっとジャケットを引き寄せて、今度は迷うことなく近づいてくる足音に、やっぱり顔の熱さを消せないまま向き直った。

 

 

 

 

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