タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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原因究明

 

 

 

 

ウマ娘には“本格化”という体のスペックが大幅に向上する期間が観られる。

 

人間で言う成長期のようなもので、個体によって訪れる時期は千差万別とも言っていい。小学生中学年辺りから始まる早熟型なウマ娘も居れば、高校生になってようやくという晩成型なウマ娘もいる。

大体が思春期の女性的な成長と合わさって起こりうるもので、感情的になってしまったりウマ娘の本能的なものである競走心が非常に強くなったりする。

そこから数年の間が競走能力のピークと言われていて、おおむね次第に下降線をたどり10年を過ぎてもなお現役というウマ娘はほぼいない。体のピークを過ぎるという事もあるが、歳を重ねるとともにウマ娘の競走心は落ち着いていき、20歳ごろには穏やかになってしまう個体がほとんどであるからだ。

 

中央トゥインクルシリーズでは本格化始まりからの3年間がジュニア級・クラシック級・シニア級と分けられており、そこから先はシニア級何年目というように、トゥインクルシリーズに在籍するのかドリームトロフィーリーグという上位レースに移るのかといった選択をする。

 

 

この“本格化”というものには様々な要素が絡んでおり、元々ヒトよりも遥かに力強いウマ娘だが、身長が伸びるなどの外面的、筋力の大幅な向上といった内面的なものも含めて変化が著しい。

そして大体ウマ娘は太ももやふくらはぎの筋肉よりもはるかに多い回数伸縮を繰り返す、足首の屈腱や膝の繋靭帯などの成長についていけない筋肉に炎症を起こす。そうはならなくとも、果てはその力に耐えきれず、骨が折れてしまう。

 

中央・地方トゥインクルシリーズ全体でも、脚部になんの不安も抱えず走り抜けるものなどほんの一握り。だからこそトゥインクルシリーズからの引退を華々しく迎えるものなど非常に稀なのだ。

 

 

 

 

 

我が担当のウオッカはどうか。

 

中等部の共通課程をサボっていた時に出会い、10月にデビュー戦。その時はまだ身長155cm程度だったちんちくりんが今は163cmまでになっているが、まだ少し伸びそうな兆候もある。

ダイワスカーレットとの熱い友情トレーニングや、マヤノトップガンとマーベラスサンデーも加えた夏合宿とやってきて全身くまなく鍛えられ、露出度の高い勝負服に負けることなくその鍛え上げられた筋肉を惜しげもなく曝す彼女。

体重は増減なしできっちり仕上げてあるという事だが、身長が伸びて体重は変わらないなんてことはない。残念ながら春秋に実施される身体検査の数値データはトレーナーにも渡る。

なおそれを迂闊に話すと蹴られるので注意が必要だ。サブトレーナー時代にはとあるウマ娘から延髄切りを食らったり、一人目の担当には正座で1時間説教されたりしたのでウマ娘に体重の話は本当にご法度なのである。それが今も親交のある糸目のウマ娘の事なのだがそれは置いておくとしよう。

 

 

 

 

ギア付きの自転車を想像してほしい。

1速で走った場合、地面へ大きく力を伝えられるためゼロ発進からの加速は優れる。だが最高速という点では控えめであり、足の回転数を無理やりに上げ続けなければならないからスタミナが食われ長距離には向かない。すなわちピッチ走法に近い。

対して6速で走った場合、漕ぎ出しは非常に鈍い。どんなにいいスタートを切ったとしても1、2速で走る方が前に行く。だがある程度加速し切ってしまえば、そこからの最高速およびスタミナのもちは軍配が上がる。しかし加速が鈍いという点で短距離には向かない。これはストライド走法に近い。

 

 

さて、ウオッカの走行フォームは歩幅を大きくし一歩の距離を稼いで速度を乗せるという典型的なストライド走法である。

スタートからまずは後ろに控える。最終コーナーからだんだん前傾姿勢に体を持っていき加速、上がり3ハロンで最高速度に達し前をぶち抜くという差しスタイルを取っているからこそ、最終直線に失速感を感じるという部分が痛すぎる。

 

 

これまでのレース映像を何度も徹底的に見返して崩れてしまった場所を探す。

 

ジュベナイルフィリーズ、チューリップ賞、桜花賞、宝塚記念、ここまでは崩れていない。

更に夏合宿でマヤノトップガンとマーベラスサンデーから刺激を受けたのだろう。この経験で非常にいい状態になっている。砂浜での蹴り出しでコツを経て、瞬間加速は他に比べても本当に一級品だ。シニア級を含めてもここまでのレベルはちょっと居ない。

 

…秋華賞、ジャパンカップ、有

 

 

「うーっす」

「…よう」

 

 

トレーナー室にウオッカが入ってきた。熱発し体調を崩してしまったので3日ほど休養を挟んでとても顔色がいい。良くリフレッシュできたようだ。

帰省から戻ってきたダイワスカーレットが悪態をつきながらもオカン力を発揮。ツンデレムーヴをカマしてくれたおかげというのもある。なぜか俺が焼肉に連れていく羽目になったんだけども。財布が軽い。

 

「差し入れ買ってきてくれてありがとうな。助かった。もうアレが無きゃ干からびてたぜ」

「そりゃ何より」

 

ウオッカが後ろからパソコンの画面を覗き込んでくる。

 

「レースの映像か?それ」

「そうだよ」

「何でまた?」

 

そこで先日考え至った可能性を、ウオッカと共有する事にした。最初怪訝な顔をしていた彼女も何か思うところがあったのか真剣な顔つきになってきた。

 

「つまりオレが力を発揮できないのは成長した体に走り方が合ってないってことか?」

「それでも上位に食い込めちまうお前さんがなかなかぶっ飛んでんだがな…。そこの改善ができればかなりいい線行けるだろう」

 

 

問題は、どう改善するか。今の今まで培ってきたフォームを大きく矯正することは、それに慣れるまで大きく違和感を感じタイムはがくっと下がるはず。

そして2つ目の問題、どうしてこのフォームの問題が表面化したのか。もう極限近くまで来ていたバランスが狂ったのは秋華賞の出来事であることが分かっている。本人ですら無自覚なこのアライメントの狂いをどうにかしなければ、フォームを矯正したところで狂ったままとなってしまう。

 

ココなのだ。ここが分からない。秋華賞後のレースで中山の右コーナー、府中の左コーナーと何度も見比べていろんな角度から見てみた。しかし大きく問題になりそうな狂いが分からない。

カメラも、どれもが遠すぎる。当然ながら人とウマ娘は根本から身体能力に差があり隣を走ることなどできない。トレーナーがウマ娘ならいざ知らず、残念ながらヒトである俺がどんなに頑張って走った所で50m併走が精々だ。それも向こうからしたらウォームアップにすらならない速度だろう。

 

「ずっと後ろについて走りでも見られればまた違うんだがな…」

 

その言葉を聞いたウオッカはきょとんとした顔で首を傾げた。

 

「なぁ…それトレーナーがバイク乗って後ろからついてくるんじゃダメなのか?」

 

 

……。

 

成る程ッッその手があったかァ~~ッッ何故それを思い付かなかった~~~ッッ

 

早朝から悩んでいた件。早々に解決。目を覆って天を仰ぐ。

 

「…天才かよ」

「あ?もしかしてマジでそこに悩んでたのか?」

 

思い立ったが吉日。すぐさま行動開始。こんな室内に根を張るのも腰を悪くするだけだ。

 

「走りやすいカッコで出かける準備してくれ。いいこと思いついたからョ」

「えっ今からかよ!?トレーニングは!?」

「もちろんやるぞ。いい所に連れて行ってやるから」

 

ジャケットを羽織って、怪訝な目を向けるウオッカにサムズアップ。ため息を吐かれてしまったが気にしない。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

西湘バイパスを下りて、海沿いの国道をしばし走り、数ヶ月ぶりに訪れた湯河原の街はあまり変わることも無く賑わっていた。温泉街に脇目も振らずひたすら突き進んで最奥のT字路を右へ。

 

何度この光景を見ただろう。懐かしく帰ってきたと感じてしまうほど目の前の景色には覚えがある。

 

────〈柊ライン〉

かつてホームコースとして狂ったようにここを走り回ったこともあった。コースの端々にある木も、コーナーの角度も、路面の荒れた場所も、滑りやすい場所もどこも覚えている。

 

休日はえっさほいさと坂を上がる自転車や山岳ランナー、走るのが好きそうなクルマやバイクもよく見るが、平日であれば昼であっても通り抜けるクルマやバイクもまばら。

 

250ccでタンデムして峠を上るには些か力不足は否めない。ゆっくりと右左コーナーを繰り返し、しばし上った先の駐車場に滑り込んだ。

 

 

「いい所に連れて行ってやると言われたけどまさか峠とは思わなかったぜ…」

「好きだろ?」

「最高だよ」

 

 

この駐車場からは眼下に広がる湯河原の街が、その先の駿河湾から太平洋が一望できた。空気が澄んでいるなら伊豆大島まで見渡せるいいロケーションだ。

標高が高い分空気はキンと冷えているが、今日は柔らかな陽射しが包んでくれているからまだ何とかなる。だいたいこの駐車場を境に霧が出たり、降雪した後は積もっていたりするが幸いにして今日はそういったものも無い。融雪剤は撒いてあるけど。

 

「じゃあ1本ゆっくり先導するからペースを合わせて道を覚えてくれ。帰りはゆっくり、決して飛ばすな。上るよりも下る方が脚にはクるからな。2本目以降は俺が後ろについて走りを見るからそのつもりでな」

「おう…!なんだか滾ってくるじゃねーか!」

「……バトルじゃないからな?」

「わーってるって!」

 

ホントに理解ってんの?しっぽがぶんぶんしていらっしゃるわよ?耳もピコピコ動いてるわよ?

 

 

 

柊ライン中腹にあるこの駐車場から、頂上の大観山まではひたすら上り勾配、大観山から芦ノ湖までは下りに転ずる。だが大観山から芦ノ湖までは交通量がぐっと増えるので、走るのはこの駐車場と大観山までの往復。

 

対向車線にハミ出ないようにゆっくりとしたペースで上り始めると、後ろにウオッカがついてくる。一定のペースでストライドを刻み、コーナーも上手く体を傾けて抜けてくるし特に姿勢が乱れる事も無い。

 

 

再び駐車場まで下り、前後を入れ替えての2本目、そして慣れた事でペース指定を解除した3本目───

 

 

「好きに行っていいぞ。ただしペースを考えないとすぐヘバるからな?」

「へへっ。良いのかよ?チギっちまうぜ?」

 

ニヤニヤと楽しみを待ちきれないといった表情を隠しもせずウオッカが脚を準備する。屈伸、足首回し、屈腱伸ばし。一通り終えて…構えた。

 

「行くぜ」

「コケんなよ」

「分かってら───ァ!!」

 

 

左足を踏み込んで、───加速

 

原付程度なら楽に置き去りにできるだろう素晴らしい出足だ。緩やかであるが、上り勾配を刻む坂を労せずして駆けてゆく。

 

呆けていると本当に置いていかれかねないのでこちらも発進。この駐車場から頂上の大観山まで7.3km。しかし平坦な距離ではなく、しばらくの緩やかな上りが、途中のヘアピンカーブから急激に激しくなり襲いかかる。

 

……恐らく、狂いが出てくるとしたらその辺り。

走り続けた疲労が蓄積し、体が酸素を欲し、頭は回らなくなってくる。ちょうどその頃に襲い来る勾配。峠というフィールドバフがかかって、ウキウキなウオッカの精神は持つかもしれないが…果たして。

 

左、右とコーナーをクリアしていくウオッカを捉えた。しっかり腕を振り、尻尾もご機嫌に靡く。

左、右、更に回り込んで右、左、直線的なラインを描いて左、ちょっとの直線で息を入れ、まだ……乱れない。左───ッ

 

付かず離れずウオッカと一定の距離を保ったまま、後ろについて走る。意外に速度の乱れはなく、一定して刻むリズム。この辺りはさすがG1ウマ娘。感覚で修正しながら走っているようだ。

 

 

 

 

──しばらくして、カーブミラーが確認できた。ぐるりと回り込んだ道の先は見えない。ここで一気に上りへ跳ね上がり今まで進んで来た方向に逆戻りするような、しかし高低差は優に2~3mある。バイクや車ですらエンジンが辛そうにする箇所。

 

 

ウオッカの足が少しだけ鈍る。

 

左足、そして右足。ほんの()()()()()()()()

 

今まで出なかった動き(アライメントの狂い)───

 

左足、捻らない。右足、捻った。左足、捻らない!右足、捻った!!それだ──ッ

 

 

そして続く左コーナー、捻らない、捻らない。

 

 

右足を地面につける直前にトモを捻る動作がほんの少しだけ介入する。本人ですら気が付かないようなほんの少し。

秋華賞で負った右足の挫跖 。それに対して一定以上の疲労が溜まった場合に、右足首へダメージがいかないよう()()()に庇ってしまう動きが入った。入るようになってしまった。

 

余計なワンクッションを挟むことで、右足の踏み込む力がトモを捻ることによって分散してしまい加速に使われるはずの力が逃げる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、レースの最終直線、疲労がピークを迎えた時表れる失速感を覚えるのも当然だ。

 

逆に左足はそのまま捻ることなく、正常に踏ん張ることができる。つまり左コーナーは左足を軸にするからこそ曲がりやすい。右コーナーは軸となる足がくだけてしまうから苦手になる。右足を使い疲労が溜まるからこそ余計な動作でスタミナを消費してしまっている事実。

 

ウオッカが東京レース場を舞台とするレースを好走する理由。

左足をすり減らしている事に他ならない───ッ

 

 

 

気づけばもう、柊ラインも終わりに近づいていた。青看板が見え、大観山駐車場に入るT字路であることを示している。ウオッカが駐車場の空いている場所に入り、こちらも隣にバイクを止めた。

 

 

「…ッ……はぁっ…はっ…」

 

肩で息をする彼女は相当に熱が篭っているのだろう。まとわりつく熱気が蒸気となって全身から立ちこめていた。まるでそれはオーラのようで、不敵な表情を向けてくる彼女と相まって凄まじいプレッシャーを放っていた。

 

「ウオッカ」

「なん…だよ…」

「ちょっとそこに座ってくれ」

 

手近な岩を指さし指示通りにウオッカが腰掛けた。ここまで7km峠を駆け上がってきた彼女は足を投げ出して大きく息をつく。

 

「ちょっと揉んでいいか?」

「は?」

 

彼女のトモを鷲掴む

 

「うにゃあ!?!???」

 

駐車場に響く素っ頓狂な声。炸裂音。

 

「なななな何すんだよッ!!?」

 

季節外れの紅葉が俺の頬に飛来した。

 

「いや、トモの温度差を確かめたい」

「なんでッ!?」

「大切な事だ。確認だよ確認」

「理由になってねぇ!!!」

「右のヘアピンを過ぎた後、右のトモをほんの少し捻りながら走ってんだお前さん。自覚ないだろ。」

「右のトモを…?」

「それを確認するためだ。直には触らんから少しだけでいい」

「初めから言えよ………!少しだけだかんな!!!?」

 

改めて彼女のトモを掴む。ぴくりと彼女の尻尾が跳ねるのが見えたから、早めに済ませるとしよう。

彼女の柔らかさ、そしてハリ。確かな鼓動と熱が掌に伝わってくる。しっかりとしているのに、しっとりとした感触。しなやかな筋肉が発する熱。右手と左手は、それを確かに感じ取った。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

6:4……?いや、4.5:5.5……?

ゆっくりと最大限感じ取れるように五指を広げながら、彼女のトモに指を沈める。彼女の耳がビクビクと震えているのには気が付かなかった。

 

 

原因を見つけたら更なる問題点が浮かび上がってきた。

 

右足を捻ってしまう動き、コレは治ってるにも関わらず足首を庇うためについてしまった癖。そして加速するための軸足だった左に負担を上乗せにしてレースを戦ってきていた──

 

なぜ、もっと早く気がつけなかったのか…ッ

 

 

「な、なぁ……んッ、いつまでトモを触るんだよ」

「あ、悪い…」

 

原因と矯正すべき箇所が無事に見つかった事を喜ぶべきだろう。これをどうしていくかがトレーナーの仕事となるのだから。

 

今はひとまず、じっとりと顔を赤くしたままこちらを睨みつける彼女の機嫌をどうするか、頭を回転させようじゃないか。

 

 

 

 

 

 

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