タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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京都記念-残響

 

 

 

『今600を切っていきました!』

 

必死の形相をしたリネントーマスを先頭に、淀の坂を乗り越えて16人の優駿たちが4コーナーにさしかかる。ある者は前傾姿勢になって芝を抉り飛ばし、またある者は貼り付く髪も払わず歯を食いしばっている。

スタンドの歓声もそんな彼女らを迎え入れ、自分の思いを託したウマ娘に思い思いの声援を飛ばす。

 

「逃げろリネントーマスぅ!!」

「抜かせるぞタイカイソリッド!!」

「交わしたれハンカクー!!」

「うおおおおお!来た!!来よった!!アラバスタサーガぁ!!トモが輝いてるぞぉおお!!」

 

 

声援は一丸となってウマ娘たちに降り注ぎ淀の地が揺れる。

 

その轟音を気にも留めず、外目に出て強烈な末脚を繰り出したウマ娘が一人

───アラバスタサーガが中団から一気に捲り始めた

 

『逃げるリネントーマス!だが先団のウマ娘が詰めてくる!4バ身!3バ身!だが粘る粘るリネントーマス!400を通過!!それを追うアラバスタヘッジ、セイショウナイト!───—外からアラバスタサーガ!!アラバスタサーガが一気に前へと上がってきた!?すごい勢いだアラバスタサーガ!!

 

ユメノパスポートを、セイショウナイトを、アラバスタヘッジを、リネントーマスを後ろから凄まじいパワーと加速力で一閃した。いっそ暴力的なまでのスピードで芝を抉り飛ばしながら進みだす。

アラバスタサーガに一瞬目を奪われていてハッとなった。ウオッカは……?ウオッカはどこに!?

 

 

 

───来た

 

4コーナーを抜けてくる黒い昇り龍。まるで()()()()()()()()()()()で体をバンクさせたそれがスロットル全開で駆け抜けていって、響き渡るエキゾーストが歓声を切り裂いていった。

それは頬を吊り上げてあまりに獰猛すぎる笑みを浮かべていた。一房の後ろ髪が流星となって見るもの全ての目を焼いていく。

 

 

ある者は歓声を忘れ

 

 

ある者は涙を溢し

 

 

ある者は己の限界を悟った。

 

 

 

『後ろから───ウオッカ!?ウオッカ!?低い!!どこから来た!?なんだこの加速は!??凄まじい速度で上がってきた!!これは、これはアラバスタサーガを捉えるか!?』

 

 

迫る

 

 

昇り龍が口を開け、他のウマ娘を呑み込んでいく。抜け出して逃げる立場となったアラバスタサーガは必死の形相で逃げ続けていた。後50mもない。

追われる者の心理がそうさせたのか、それとも安堵か。アラバスタサーガは僅か、ほんの僅か足を緩めた。

 

 

……緩めてしまった。

 

 

───そんな僅かな隙を昇り龍が嚙み砕く。

 

 

 

ウオッカ!!ウオッカだ!!昨年のダービーから長らく遠ざかっていた勝利を!強引に手元へ引き寄せた!!すさまじい末脚で抜け出したアラバスタサーガをも差し切って!京都記念をもぎ取りました────ッ』

 

 

割れんばかりの歓声は止まず、ターフの上のウマ娘達に浴びせ続けられる。「よく頑張った!」「惜しかったで!」と。

それをどうしても空虚に感じてしまうのは、俺がスレているからだろうか。

 

 

なんというか……敵ながらアラバスタサーガを哀れに思ってしまった。

ターフに膝をついて表情を取り戻せぬまま呆然としている彼女に、ボキャブラリーが貧弱な俺はかける言葉も思いつかない。今何を言っても嫌味にしかならないだろう。

 

そして観客に向かって手を振るウオッカを見てすぐに走り出した。明るく笑みを浮かべる表情も、どうにも違和感がある。

……()()()

 

 

アレはムリをしてやがるな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

スタンドに手を振って、顔に貼り付けた笑顔も何とかもってくれた。笑う膝に鞭打って地下道までなんとか辿り着くも、限界をとうに超えた体は思うように動かない。極限まで絞りつくしたスタミナは一滴の残りもなく、霞む視界が明滅する。たかが2200mですら、ここまでフラフラになるなんて……!

 

 

「うっ……ぐ…………!」

 

 

踏み込んだ足元の感覚はあやふやで、ふらついた体は制御不能。

 

 

 

「お疲れさん」

 

 

ぎゅっと目を瞑っても、覚悟した衝撃は訪れず。

低い声と共にふわりと受け止められてしまった。ほんの少し感じる紫煙の匂いと抱きとめられた腕の硬さに安心感が滲み出てくる。全力で走った後の心地よい体の熱さと気怠さが途端に体を襲ってくるから顔が熱くて仕方がない。

 

「なぁ勝ったぜ、オレ」

「……見てたよ」

「へへっ」

「ウイニングライブ、できそうか?」

「……もちろんやってやるさ!()()()()()()も居るし、()()()()()()も居るからな!」

 

 

────長かった。

 

……本当に。

 

この終わりの見えなかったトンネルは、振り返れば日本ダービーから続いていた。8着だった宝塚記念、3着だった秋華賞、出れすらしなかったエリザベス女王杯、ハナ差で敗れたジャパンカップ、4着の有記念。どれもこれも勝てておかしくなかったハズだ。

 

ようやく拾えた勝ちは次への布石。大阪杯、待ってろよ……!スカーレット!

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「あぁ~……疲れたぜ……」

 

ウイナーズサークルでのインタビューを終え、ウイニングライブを終え、ホテルに滞在した俺たちは荷物を車に積みこんで、後は帰るだけとなった。

レースの疲労が抜けないままに、会見とライブをやるのだからウマ娘を取り巻く環境も厳しいものがある。

 

なんとか翌日とかにずらせないものか。この辺りは他のトレーナー達と共同で嘆願書を提出すべきかもしれない。大体のレースが土日であることを考えれば、月曜の方がよくないか?

いや、週初めからメディアの顔なんか拝みたくないわ……。良心的な所には協力してやりたいが、残念ながら全てがそうなら苦労なんてしていない。余計な仕事を増やしたくないのはどのトレーナーも一緒だろう。

 

「眠かったら寝ていいからな。府中まで長いし」

「そうさせてもらうぜ」

 

ブランケットを引っ掴みながら、盛大に欠伸をカマした彼女はやはり疲労が抜け切ってない。

 

新しい走法の負担を考えればやはり2200mが限界のようだ。

彼女はレース後にここまで消耗したことは無かったし、映像に記録されてしまった手前、他陣営は必ず対策を練って来るはず。

昨日マスコミにもツッコまれていることからトレーナー共は気づいてない筈がない。

 

 

 

 

京都駅近くのホテルから京阪国道に入り鴨川を越えて南へ進み、京都南インターチェンジから名神高速へ入った。あとは草津ジャンクションから新名神へ入れば単純に道なりで進むだけ。

 

行きとは違う言葉少ない車内。エンジンの鼓動が揺りかごのような回転数を刻み、時たま道路の継ぎ目が車内を軋ませる。

気づけば隣からは規則正しい寝息が聞こえ始めていた。そっとオーディオの電源を切り、右足に神経を集中させる。疲れ切った相方を少しでも休ませてやりたいから、運転はより丁寧に、丁寧に(スムーズに)

 

何はともあれ勝利の美酒に酔いたい気分だな。久しぶりに感じるこの余韻はすぐ飲み干してしまうには余りにも惜しかった。東への旅路はまだ長い。

せいぜい彼女の穏やかな寝顔を楽しませてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「おはようございます。スカーレット君」

「おはよ、トレーナー」

「昨日の京都記念についてですね?」

「察しが良くて助かるわ」

 

トレセン学園に存在するトレーナー棟の一角。

 

普段よりだいぶ早く、ダイワスカーレットは朝練に訪れた。昨日淀で行われた親友(ライバル)の出た京都記念を見てどう思うか、宮下の見解を聞きたかったのだ。

ここしばらく京都記念に集中したいと言われ、ウオッカとは合同でトレーニングする事は無く、何やら仕込んでいるのかとスカーレットは勘繰ったがあんなもの()()()()()()()()()()

 

テレビの映像では凄まじい末脚で抜け出したアラバスタサーガをゴール寸前で捉えるウオッカの映像しかない。逆を言えば映像に映らないほど後ろ(諦められるような位置)から()()()()()()()()()()で差し切ったと言える。

最後方にいたアイツは中盤でわざと仕掛ける素振りを見せ、周りを掛けてスピード勝負に持ち込んだことは分かった。しかしそれ以外は情報が無さすぎる。

 

「昨日の京都記念を観戦に行かなかったのは失敗でした…」

「それよりも全体映像はないの?」

「今、SNSの動画も含め漁っている所ですがGⅡなのもあって少ない状態にあります」

「……」

 

最近はウマチューブにURA公式で動画をアップしてくれたり、ウマッターやウマスタグラムを漁れば観戦者の動画を探すことが出来るが、そのどれも肝心のウオッカが何をしたのかが映ってない。

映っているのは転倒しかけているのではないか?と心配になる()()()()()()()()()姿勢のウオッカがゴール板をカッ飛んでいく映像だけだ。

 

「やはり、大阪杯は彼女が最大の障壁になりますか」

「そうじゃなきゃ困るわ。秋華賞もエリ女も有もアタシは納得してないもの。きっと、向こうだってそうよ」

「映像は継続して探します」

「頼んだわ」

 

アイツが強くなっているなら、それ以上の力を持って迎えうつ。アイツとアタシはそういう関係。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「うんうん。凄いね。まさかここまで才能溢れる子だったとは」

 

 

ふっと漂う、豆を焙煎した香ばしい匂い。

ミルクと少しの砂糖を足してかき混ぜる。黒と白が混ざり合い明るくなっていく液体にもう少しだけ砂糖を足す。いつものカフェで頼むモーニングはじわりと体に染みていった。

 

 

自分が憧れ(ライバル)を倒す為に編み出した走法を引き継いだ妹弟子(いもうとでし)がそれを実用可能段階まで持っていったのだ。更にはGⅡで勝利を果たし、少しずつ完成に近づいている。

 

それを考えただけで心が昂った。

 

自分とあの人で完成させられなかったのは残念でならないが、刮目相待。

あの子はより進化する。

 

……願わくば、私のようにならない事を。

 

「ん~……。何をお願いしようかな」

 

 

それは置いといて、私との約束(デート)は忘れてないよね?トレーナー?

 

 

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