京都記念を終えて府中に戻ったのち、疲労抜きのためウオッカにはストレッチをよくやるように言いつけて今週いっぱいはオフとした。
2200mの距離のうちローダウンストライドを使ったのはスパート時のみ。4コーナーから最終直線の約400m程度だが、それでも疲労は色濃く表れた。筋や腱および骨に異常はなかったが、筋肉痛が全身を襲っていてこればかりはスタミナ云々の問題ではなくなってくる。
「ちょ…ちょっと待ってくれ……!そこは今んっひぃ!!」
「悪いが耐えてくれ」
「アッ!!いっっうぅぅ~!!!」
教育番組かよ。
筋肉痛はウオッカを容赦なく襲い、悶える彼女には申し訳ないがちょっと強めにマッサージさせてもらった。妙な声を上げながらソファーに沈んだ彼女には強く生きてほしい。
トレーナー室に回収に来てくれたダイワスカーレットは深く、それはそれは深くため息を吐いた。
「だらしないわねぇ…」
「いっや!!マッジでこれやっばいぃん!!?スカーレット!!なんでお前まで!!!?」
「ちょっとやり辛い所は変わってあげるわよ?部屋で呻かれても気が散るもの」
「恩に着るョ」
「おっぐ!!?トレーッナー!!裏切ったなぁアアアア!!」
「はろー?外までいかがわしい声が漏れてるんだけど?」
イクサトゥルースが怪訝そうな表情で入ってくる。あれだけどったんばったんやっていれば人間には聞こえずともウマ娘には聞こえてしまうだろう。
「どうした?こんな辺境に何か用か?」
「ウチは別にないんだけど、お客さんだよサカキっちゃん」
「客?」
イクサトルゥースに続いてするりとトレーナー室に入ってきたウマ娘は、底の見えない瞳を瞼で隠し、相変わらず口元は薄く綺麗な弧を描き、造詣が整っているだけあってその表情もミステリアスな雰囲気を纏っている彼女、サクラローレルが続いて入ってきた。
「……何しに来たんだローレル」
「あれ?ひどいなぁ。OG訪問ぐらい歓迎してよ」
「チームの方に行けば充分だろ?」
「お世話になったトレーナーには挨拶ぐらいしたっていいんじゃない?」
何故だかちょっと不機嫌になったサクラローレルは腕を組んで「ふんっ」とそっぽを向いた。尻尾だけが強めにパサパサ振られる。
「えっとウチ、チームに戻りますね?ローレル先輩もまた遊びに来てください!」
「ありがとね!助かったよ」
用は済んだとばかりに部屋を出ていくイクサトゥルースに手を振って見送るローレル。
「苦労したよー?まさかこんな端っこの部屋だとは思わなかったよ。GⅠ勝ってるんだからもっと大きい部屋かと思っちゃった」
「大きいところはチームが使えばいい」
「そうは言うけどここ物置だっところじゃん。専属トレーナーでももっと広い部屋だよ 」
「しゃーないだろ部屋が足りねェんだから」
眉根を寄せて部屋を1周見渡したローレルからは物置だったと証言をもらった。やっぱ物置だったのかココ。
「で?今日はどうしたんだよ」
「あの走り方をした後輩の様子を見にきたよ」
「そこのソファ」
「んふっ」
ダイワスカーレットに伸ばされたウオッカはうつ伏せでピクピクと痙攣しており、よほどマッサージが効いたらしい。まるで打ち上げられたマグロのようにその表情も虚ろ。それを見たローレルは耐えられないというように吹き出した。その顔がだんだんと
「ウオッカちゃん」
「は……?え、ローレル先輩?」
「京都記念お疲れ様」
「あっはいありがとうございます……?」
「スカーレットちゃんはどこまでマッサージやってくれたの?」
「いちおう足周りはやりました」
「おっけー」
ゆっくりとソファに近寄るローレル。その顔はこちらから見ることができないが、ウオッカの困惑と恐怖が綯い交ぜになった表情を見るに、よっぽど笑顔なのだろう。ローレルは興奮すると笑顔になるタイプなのでそれが分かってないとかなりの恐怖心を煽る。
「じゃあ、こ~こ♡」
「アッッッッ!!」
おいおいおい、逝ったわアレ。
尻尾の付け根あたりをローレルの親指が撃ち抜くとウオッカの体がビグンッと跳ねた。そのまま凝っているであろう腰周りの筋を挟むようにグニグニ。声にならない悲鳴が響き渡るトレーナー室、確かに勘違いされても文句は言えないなコレ……。
「腰の張りがあるから足だけじゃなく全身ストレッチやること。1週間はお散歩以外禁止。分かったウオッカちゃん?」
「……ふぁい…………」
「よろしい。じゃあトレーナー借りてくね?」
「はい…………。ん?え?」
え?
「なに?そんな倒したはずの敵が煙の中から出てきたみたいな顔して」
やったか!?で殺れてた時を俺は見た事がない。
ちなみに敵はダメージを食らっておらず、反撃でお調子者の仲間その1が吹き飛ばされるまでが大体のテンプレ。
違うそうじゃない。今問題なのはそこじゃない。
「いや、なんで?」
「え?今度奢ってくれるって言ったのに全然連絡くれないんだもの。来ちゃった♡」
は~ん?来ちゃった♡……じゃないよ!
サクラローレルにトレセン学園から連れ出され、何も目的を聞かぬまま府中駅にてきっぷを買い入場した。朝ラッシュを終え一息つく駅構内だが、まだ時差で出勤する会社員や大学生と思しき人達で混雑している。
「なあローレル?俺が電車の移動好きじゃないっていうの知ってるよな?」
「うん。でも車とかで行く方が大変じゃない?駐車場とか高いし」
いや、バイクで行けばスペース取らないし車よりも楽なんだよナ……。タンデムすれば一人は運べるしそこまで荷物を買い込む人間でもないからどうしてもこの移動になる。ウオッカは嬉々として後ろに乗るし。
「バイクで行けば楽とか考えてるでしょ。女の子とのデートでバイクはNGだよ?」
「もしやエスパータイプでいらっしゃる?」
コイツ、ポッケなモンスター図鑑No.63みたいな目付きしてるしな。
……ふと、冷たい指で背筋を撫でたような感覚が走る。恐る恐る周囲を見渡してみても何かある訳でもないのに 、ただただ冷たい感触が這い上がってきた。
ギギギと首を動かして隣に視線を向けるとニッコリと笑みを貼り付けたローレルがいる。やっぱエスパータイプだろコイツ。
どう返答したものか考えあぐねていると電車の接近放送が鳴り、程なくして準特急がホームに入ってきた。ナイスタイミング!有耶無耶にしてしまおう。
「これ乗るのか?」
「うん。
「乗り換えか?どこまで行くのか教えてくれたっていいだろ」
「
東京23区の中でも歴史深い千代田区の神田神保町。歴史は古く江戸時代、江戸城北側にあたるこの地域に屋敷を構えた大名・神保氏の名前から取られた道〈神保小路〉が由来とされている。
大正時代の大火事で街が焼失してしまったものの再興のために古本などを売り出した店が賑わい始めたことで本屋や書店が集い、現在は街を貫く靖国通り沿い一帯に古本屋・書店・出版社が軒を連ねる日本最大規模の書店街となった歴史があった。
大学のキャンパスや学校も周辺に多く、落ち着いた街並みは文化的な面を見せてくれる今なおモダンな街だ。
「本屋ねぇ……」
「たまには読んでみると面白いよ?足をやっちゃった時ね、みんなが本を差し入れてくれたから読むようになったんだよ」
「まぁ病院は暇だもんな」
彼女は両足骨折と屈腱断裂という、ウマ娘の中では片方でも走ることを諦めざるをえないようなケガをやっている。どちらも足を固定してベッドから動けなくなってしまう退屈な入院となるから尚のこと読書をするようになったんだろう。
何度かお見舞いにも行ったが窓辺で本を広げる彼女は、こう言うのも良くないが、ひどく
「俺もバイクでコケて入院した時は、先輩とダチが同じバイク雑誌買ってきてそりゃもう笑っちまったョ」
「いいお友達だね」
「……最高だよナ、もうホントに」
準特急で一駅目の調布で降りる。ここで別方面から来る地下鉄直通電車に乗り換えれば目的の神保町までは一本で行けるから楽なもんだ。
……乗り換えという行為が発生すること自体がダルいんだが。
向かいのホームに同じく到着した急行に乗り換え、準特急が先に発車していけば程なくしてこちらの電車も動き出した。
普段はバイクでアスファルトの上を通り過ぎる街並みも、今日は鉄路の上を運ばれて流れていく。
つり革につかまりながら景色を眺める。そこそこ多くの乗客がいるはずの車内は静かで電車の音だけが反響していた。自分だけが
あとローレルさん。なんで俺のベルトに掴まってんの?アナタつり革余裕で届くでしょ?
いくつか駅に停車して、入れ替わる他人を見送り、また迎え入れて走り出す。そうこうしている内に電車は
新宿で大多数の客が捌け、そこから更に地下鉄に揺られることちょっと。目的地の神保町で下車しようやく日差しを浴びることができた。
「ふぁあ……」
「欠伸。減点3」
「持ち点何点だよ…」
「もちろん6点だよ?」
「次したら免停じゃねソレ?」
いくら何でも違反点数デカすぎやしないかねローレルさん
「んー、会った時服装褒めなかったから1点、電車乗る前に余計なこと考えてたから1点、トレーナー端末開こうとしたから3点、こっち見て話してくれないから15点」
「終わってんじゃねーか」
免停どころか免取だよ!欠格期間1年な!
神保町の街をローレルと連れ立って歩く。
頭の位置はあまり変わらないのに歩いていると先に出てしまうから、心持ちゆっくりと歩みをにして併せてみると、すれ違う人たちからの視線を感じる。
さして気に止めることも無くゆっくりと、ゆったりと、泰然とした歩みはそれだけで目を引く。
中央・地方トレセン周辺じゃなければ、あまりウマ娘にお目にかかる事はない。その上彼女自身がシンデレラストーリーを持つGⅠを制したスターウマ娘な上に、顔面偏差値がとんでもなく高い部類だからかなり目を引くし、必然隣にいる俺にもそこそこの視線が向いている。
なんなんお前?っていう男のやっかみが特に。
「相変わらず歩いてる姿もお美しいことで」
「良いね。もっと褒めてよ」
文学系を多く置いてる店から、歴史書・参考書の多い店、専門書の多い店と順に巡る。
時たまここを訪れているらしい彼女は迷うことも無いらしいが、今日は目当ての物がないとのこと。ないのかよ。
「トレーナーもバイク屋行って冷やかすけど買うわけじゃないでしょ?」
……はい。納得しました。買うわけじゃないけどなんかいいものないかなと見に行ってしまうアレね。
そんなことを考えながらほっつき歩いているとバイクや車の雑誌を多く置いてある店があった。おあつらえ向きなモノからディープなものまでありそうで興味を惹かれる。
「入ってみる?」
「いいのかョ?たぶんお前さんには良く分からんぞ」
「良いじゃない。新ジャンル開拓になるかもしれないし」
「
「は~い」
月刊レジェンドモータース
進化したハマサキのリッターSS!?逆襲のWRCC戦線から目を離すな!!
“今年WRCCで優勝できなければ撤退する”
—————今年に入って早々、我々にとって衝撃の発表が飛び込んできた。
“ワールドライダースチャンピオンシップ”通称WRCCでの日本4大メーカー別成績は新年号でも読者に紹介した所であるが、近年ハマサキにおいては下から数えた方が早いというメーカーワークスらしからぬ成績が続いており、昨年はホンマを操るプレイベーターにも先着を許すというファンも看過できない事態に陥っていた。サプライメーカーや出資しているスポンサーからももはや見切りをつけられ始め、ライダーすらも他メーカーに移籍するという四面楚歌っぷり。
今年のハマサキはヨーロッパのレースで頭角を現しつつあるイタリア出身の若きライダー アンドレイ・アレキ(19)を起用した。今年はこのアンドレイ・アレキがマシンを駆ることになる。
新年あけて行われた富士スピリットウェイで行われた合同マシンテストでは、初めてフルモデルチェンジしたZR-10Xがベールを脱いだ。アレキが登場したのは3枠目からで1枠・2枠と別のテストライダーが担当。残念ながらこのライダーに関しては情報を掴むことができなかった。
|
|
他メーカーのマシンがストレートスピード300km/hオーバーを叩きだす中で280km/h台が最高速と控えめなZR-10Xであったが、なんとタイムに関しては他と遜色なくまだ余裕がありそうなエキゾースト!おそらく今回はデータ収集が主で、更にマシンの戦闘力を上げるためのフィードバックを行うであろう今後に大注目していきたい1台!
2月に行われるオーストラリアGPでは、アレキの名しか登録が無かったがこの2枠走ったライダーにも出てきてほしいのが編集部のホンネ!
いつだったか岡谷に誘われて富士スピでテストマシンを駆った時の記事だった。
写真にはどこかで見たようなライダーが写っており、ヘルメットで顔は隠れているもののすっごく見覚えがあった。それはもうすごく。
「ふーん?読み終わった?」
すぐ耳元で声がして、驚いて声を上げそうになる。
「めんごめんご!ずいぶん真剣に読みふけっていたようだから」
「お、おう…。」
雑誌を閉じて棚に戻す。気づけばずいぶんな時間が経っていたようでローレルには悪いことをしてしまった。
「悪かったな。喫茶店でも行こうか。オゴるョ」
「当然!足が棒みたいになっちゃった」
プラプラと足を振る彼女は、同じく尻尾をぱさりと振って抗議する。だが、その顔は力の抜けた笑顔を向けてくれた。
目についた喫茶店に入ってカフェオレを頼む。ローレルはエスプレッソを頼んで一息ついた。
「で?なんか話すことがあるのか?」
「どうしてそう思うの?」
何よりも、わざわざOG訪問なんてことをしてトレセンまで来たこと。デートを称して俺とウオッカをワザと引き剝がした。ならば
「わざわざそっちからお出ましになったんだからかな」
「ふーん…。じゃあ言うね」
もう一回、コーヒーを含んで一息ついた。いったい何を言われるのか分かったもんじゃない。面倒ごとだけは避けてほしいのが本音だが世話になってる手前無得にはできないジレンマ。
「ワタシね…!バイク欲しいの!!」
「そりゃ無……………え?」
「え?」
なんて?
「なんて……?」
「あっれー?この距離で聞こえなかったかな。まぁいいや。バイク欲しいから乗ってる人から意見聞きたいの」
あ、ぜんぜん聞いてませんでしたヮ。
「いや、もうちょっと深刻な話でもされんのかと思って」
「だとしたら無……って言いかけてるのひどくない?」
「ハハハハ」
心配して損した。
「ほら免許もとったし!」
誇らしく掲げられた彼女の免許のビット欄は普通二輪が埋められており正式に免許交付されたことが窺える。
意外とウマ娘のライダーは数いるらしく、ケガや故障によって走ることができなくなってしまったウマ娘が風を切って走れるというのが魅力なんだとか。
まあ確かに需要が無ければメーカーもウマ娘用ヘルメットなんて作ってない訳で。
彼女も故障によってトゥインクルシリーズから引退しトレセンから離れたが、今は華の女子大生を謳歌しているのでバイクが欲しいという意趣はちょっと意外だった。
「いや…イメージが無かっただけでな」
「移動手段が欲しかったし、近くで楽しそうに乗ってる人がいるからさ」
難しい質問だ。
彼女は通学と言ったので100cc~250ccの単気筒や二気筒が定石ではあるが、デザインの好みなんかもある為一概には薦めづらい。
「難しいな」
「やっぱり?色々あるからその辺はよく分からなくて」
初心者に合うものを選べ、と言われてもパッとは答えられない。乗りたいやつに乗れよとしか言いようがないからだ。
「じゃあこんどバイク屋見に行くか?」
「え?いいの?」
必殺、フィーリングで選べ戦法!これしかない。中古車だと出会いは一期一会。「コレいいな」なんて思っても買いに行ったらもう嫁ぎ先が決まってる、なんてよくある話。
まあそれは良いとして、バイクNG宣言は一体なんだったのか……?
スカーレットは憐れんでいた。
筋肉痛で呻き声を上げ、未だノビているウオッカは
アンタ、うかうかしてたらカッ攫われるわよ……?