タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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その先は

 

 

一日の授業とトレーニングも終わってようやく夕飯にありつける。同じクラスのウオッカに誘われて寮の食堂に来たはいいものの、一角だけなんだか様子がおかしい。

 

なにやらヤバげなオーラを放っているダイワスカーレットと飄々としているウオッカ。スカーレットはいつもぷりぷりしている方だけど、またウオッカが何かやったな…と、マヤノトップガンは引き気味に夕飯のトレーを置く。

 

「ア・ン・タ・ねぇ……」

鬼神のごとく揺らめく炎を背に携えるダイワスカーレット。今なら視線だけでヤられそうだ。真の英雄は目で殺すっていうし。

 

「ウオッカぁ…何やらかしたの?マヤご飯食べるときにこの雰囲気はちょっとご遠慮したいというか…」

「スカーレットが共通トレーニングに出ろって言うから、顔出したんだけど」

「顔だけ出せばいいってもんじゃないわよっ!!!なにサラッとフェードアウトしてんのッ!??」

 

「いや、トレセーン!ファイ!オッ!なんて掛け声上げながら河原走らされるとかカッコ悪すぎんだろ」

「あー、あれはマヤも勘弁してほしいかも」

「ッ~~!!!」

 

「確かにあの掛け声今の時代的にどうかとは思うけど!!そこじゃないわよッ!!」

「言っちゃったね」

「言っちゃったな」

 

 

「だいたい本人に直接言えばいいじゃないのよ!!あのヅラ!!なんで同室だからって私にばっかり言うのよイヤミ教官!!」

「教官ヅラだったの…?」

「らしいぞ。クレスタが言ってたけど、ヅラって言うと泣いちゃうらしいからシーな」

「アイコピー」

 

 

「聞いてんのアンタッ!?」

「わーるかったって!ニンジンジュース奢ってやるから機嫌なおしてくれよぉ!」

「イヤッ!!今日はリンゴじゃなきゃ許さないわ!!」

「え、そこ?」

 

騒ぐように夕食を食べ進める3人。ウオッカとスカーレットが仲良くやってるのは、もういつものことだと誰も気にしない。

 

 

 

 

「ちょっといいかな?」

微笑んで腕を組みながら窘めるフジキセキ。表情に少し呆れが混ざってるようにも見える。

 

「フジ先輩…?すみません。うるさくし過ぎましたか…?」

「元気が良くていいと思うよ?ポニーちゃんたち?その分だったらリギルのトレーニングにも付いてこられそうだね」

 

「ひえっ」

怯えた表情のマヤノトップガン

効率を極限まで高め、スパルタトレーニングとレースの勝利数から名高いチームリギル。

あの皇帝シンボリルドルフや女帝エアグルーヴなど傑物ぞろいで、まだチーム入りが決まってないウマ娘たちも一度は聞いたことのあるチームだ。

 

 

「じゃあ隣、失礼するよ」

椅子を持ってきて腰掛けるフジキセキ。ちょっと長くなりそうかな?と思ったマヤノトップガンは先に撤退することに決めた。

 

 

 

「じゃあ私は先に部屋に戻るね?またね♪スカーレット、ウオッカ」

「おう、またな」

 

 

 

 

「―さて、ウオッカ」

「はい?」

「バイクに乗ってるトレーナーだけど、一人いたよ。君たちの二期上の子のトレーナーをやってた人だ」

「ってことはもうトレーナー契約してるってことですよね…」

「いや、フリーだね」

 

自分たちの二期上なら、今頃クラシック・ティアラ路線からシニア級に上がる真っ只中のはず。そんな疑問で首をかしげるスカーレットとウオッカ。

 

「去年の皐月賞…競走中止になってしまったのは知ってるよね?」

「皐月賞って確か…エスタビオレ先輩のアレ…だよな」

 

コーナーで故障したエスタビオレが転倒してしまい、そのまま病院に搬送されてしまったのだ。注目のクラシック三冠初戦ということもあり、テレビ中継などもされていたため多くの人が観ていたことだろう。

最悪の結果にはならなかったようだが、走ることのできなくなった彼女は学園を去ってしまったとの話だ。

そんなことがあったから、ウオッカたち下級生も彼女の名前は聞いたことがあった。

 

 

「話だと怪我で走れなくなって、トレセン退学になっちゃったって話だよな…」

「えっと、それがどうかしたんですか…?」

「そのウマ娘のトレーナーが彼だったんだよ。“サカキトレーナー”といってね。彼もその子が一人目のパートナー契約だったみたいだけど、GⅠレース出場まで導いた手腕は見事だね」

 

 

 

「サカキ…?どっかで聞いたことあんな…うぅぅん」

ウオッカは頭を抱え記憶の中をさ迷うが、一向に求める答えは見つからない。

 

 

「続きがあってね。エスタビオレが退学になってしまったのは確かだが、リハビリをクリアして歩けるようになるまで回復して他の学校に編入したそうだよ」

 

「そうだったんですね!よかったぁ…」

「トレーナーは彼女のリハビリから編入までずっとサポートしていたようでね。どうやら今年度になって復帰したって話だ」

 

 

 

「だから今まで見たことなかったのね」

「怪我したウマ娘を他に編入までサポートするなんてカッコいいじゃん…!ずっとそりゃ学園に居なかったらしょーがないよな」

 

 

 

ウオッカが机を叩き、勢いよく立ち上がる。

「決めた!オレ絶対あのトレーナーと組んで見せるぜ!!」

 

「ま、食堂ではもうちょっと静かにね?ポニーちゃん?」

「あちょっ!!尻尾は勘弁してくださいフジセンパイッ!」

 

 

*****

 

 

ギアをニュートラルに入れて、エンジンを切り愛機から降りる。気を使ってトレセン学園に近づく頃には4千回転以上回さないようにしているが、社外マフラーに変えている絶対の宿命。どうしても排気音は大きくなってしまうのだ。

 

自分はいい音だと思っているが、世間一般には騒音だしね。

 

「たづなさんに言われちゃったしねぇ、マフラーにバッフルでも入れた方がいいかもしれないなァ…」

愛機を押しながら裏門を通り、駐輪場でスタンドを立てる。

 

 

 

 

柱を背にして腕を組みながら、なにやら待ち伏せているヤツが一人。

 

 

「よぉ、トレーナーさん?」

「まだお前さんにトレーナーだと名乗った覚えはないんだがなぁ?ウオッカ」

 

意図的に名乗ってなかったのかよ…。意地の悪い奴だなと思うウオッカ。

 

 

「探したんだぜ?これでも」

「そらどーも。そこまで思ってもらえて嬉しいよ」

「よく聞こえるからな!そのXRZの音」

 

「ウマ娘は耳がいいんだったなァ…なぁもしかしてたづなさんってウ」

「その先は言わない方がいいと思うぜ…」

 

 

 

「———それで?俺を探してなにか用かい。またバイクの話でもしに来たのか」

 

 

 

「アンタと組みてぇ」

手のひらと拳をパシンとあわせて、こちらに向き直るウオッカ。

 

 

 

「バイクを語れそうっていうのもまぁ…もちろんあるけど、フジ先輩からエスタビオレ先輩の話を聞いてカッコいいなって思ったんだ」

 

「そうかい…」

 

 

 

「だから、オレと組んでくれよ!」

 

 

 

 

 

「―――そうだな…こんどの選抜レース勝ってカッコいいとこ俺に見せてくれョ。…それが条件だ」

 

 

「ここでかっこつけるのかよ…」

「カッコよさって生きるために必要なことだと思わないか?」

「生きるために、ね…。いいぜッ!オレが1着になったらスカウトしてくれよ!約束だからな!?」

「おー元気いいねぇ」

 

 

言うだけ言って栗東寮に引き上げていくウオッカ。一人残された男は煙草に火をつけ紫煙を燻らす。深く息をついてみれば、ほんの少し胸の内が漏れ出した。

 

 

「カッコつけなきゃ、やってられねーのョ…」

 

 

*****

 

 

 

トレセン学園の芝コース。スタンドには中堅から新人までトレーナーが揃っており、目を光らせていた。チームの代表として上級生はもちろんの事、下級生もレース見学している。

 

 

 

「やけに気合入ってるわねアイツ…だけど勝つのはアタシよっ!」

 

 

念入りに準備運動をしていくウオッカを横目に、自分も体をほぐすように伸ばしていくスカーレット。今日は自分の実力をアピールできる選抜レースの日なのだ。

 

今日の結果でトレーナーたちからの注目度も上がるはず。だからこそ自分だって負けられない。

 

 

「っし!」

パシンと顔を両手で叩いて、自分に気合を入れるウオッカ。

 

 

 

「わりーなスカーレット!今日の1着はオレだぜ」

「はっ!言ってなさいよ。吠え面かくんじゃないわよ?」

 

二人そろってスタートに並ぶ。出走者は他にもいるが、お互い目に写っているのは一人だけ。芝1600mは二人とも得意とする距離なだけに気合も入る。

 

スタート係が旗を振り下ろす―――

 

 

 

*****

 

 

 

「近くで見なくていいんですか?…サカキさん」

「ん…珍しいヤツから声を掛けられたな。フジキセキさんよ?リギルのところに居ないでいいのか?」

スタンドの階段の縁に肘を置き、上から全体を俯瞰するように眺める。隣に並ぶすました態度のウマ娘。

 

 

 

「リギルのところに居たって仕方ないさ。ウチは選考レースで入部者を募るからね」

「それもそうか」

リギルのトレーナーは効率至上主義で、俺もサブトレーナー時代にはずいぶん勉強させてもらったものだ。一方的に観察させてもらっただけだが。

 

 

「ご挨拶だね?」

「いや、エスタのときは世話になった。ずいぶん良くしてもらったみたいだな。礼を言うよ」

「同じクラスだからね。彼女には私も色々助けてもらったさ…。適正距離も似たようなものだったし」

 

 

 

「…あの鹿毛に俺の事教えたのはお前さんだな?」

「熱意に負けてしまってね…本当にすまない。本人でもないのに、喋ってしまうのは気が引けたが」

「もう委細知っているってか…」

サカキは長いため息を吐く。

あんなことがあっては隠し通すのも無理というものだろう。あの皐月賞の事はトレセンじゃ知らないヤツも居ないだろうしな。人の口に戸は立てられない。

 

 

 

「でも、私個人としては復帰してくれたことを嬉しく思うよ。彼女だって別の道を進み始めているしそれを支えてくれたトレーナーがいるのは心強いさ」

「そりゃどーも」

「もう少し愛想が良ければ彼女も苦労が無かったんじゃないかな?」

「お前さんみたいに恵まれた顔してねーのョ」

「心のありようの話さ」

 

 

 

「さて、あなたのお眼鏡に適う子はいるのかな?」

「あのツインテールとウオッカが抜けてるな。あっちのセミロングも上がってくると思うけどあの二人だろ」

 

この人のレース眼というかセンスというか、そういったものはずば抜けている。トレーナーとしての経験は浅いはずなのだが、ここはウチのトレーナーにも匹敵しそうだな…。トレセンに来る前にも何らかの経験があるのだろうか。そう疑問を持つフジキセキであった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「はあっはあっ―!!」

必死に腕を振り、逃げを図るテシオフウレン。スタートが上手く決まりアタマを押さえた。しかし背後には先行組がぴったり張り付いておりプレッシャーが突き刺さる。

プレッシャーに負けて無理やりペースを上げてきていたが、スタミナが切れてしまったことにより徐々にスピードを失い始めた。

 

 

「1番は譲らない!1番はアタシなのッ!!!!」

4コーナーで動きがあった。ダイワスカーレットが身をずらしバテて速度の落ちてきたテシオフウレンをかわし先頭に立つ。

 

 

「無理ィ~!!」

 

 

 

「そろそろっ!この辺だろ!?」

周りがバテ始めたこのタイミングで体を外に出し、グッと足を踏み込む。体の重心を前めにとって加速する。瞬発力と加速には自信があるからこその差しだ。みるみるうちに中団を抜かして先頭を追い詰めるウオッカ。

 

「あとはお前だスカーレット!うおおぉぉぉ!!」

彼女の真後ろにラインを取るようにして、風の抵抗を和らげ更に加速し距離を詰める。

 

 

「くっ!?」

あと200m抑えきればスカーレットがトップを守り切れる。しかしウオッカはもうすぐ後ろに迫っていた。

 

 

 

「アンタには負けらんないのよッ!」

「オマエには負けらんねぇんだッ!」

 

 

 

 

スカーレットの後ろでスリップストリームを使い速度を乗せたウオッカが身をずらす。二人が並び、そして速度のより乗っているウオッカが僅かに前に出る。

 

 

「ッ…!!」

 

 

 

 

 

「ゴールっ!!!」 

ゴール役の子が旗を振り上げる。半バ身差ほどでウオッカが差し切り1着、次いでスカーレットが及ばず2着でゴールした。固まって後続のウマ娘たちがぞろぞろとゴールし始める。

 

 

「フッ…フッ…っしゃあ!」

「はぁっ…くっ…」

 

 

 

肩で息をする二人。耳の折れる者と耳の立つ者。年4回しかない選抜レースだからこそ、さぞ力の入っていたことだろう。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

二人は対照的だった。―――そりゃそうだ。勝ちがあれば負けがある。特にあのでっかいツインテール娘はそういうこだわりが強そうだし、スタート前に何か言い合ってたことからウオッカとも何かあるんだろう。

 

 

 

さて、約束は果たされた―。ならこっちも守らなきゃな。

 

 

 

 

「さぁて、声かけに行ってくるわ」

隣に未だ居座るフジキセキに告げた。ニヤニヤしながらこちらを生暖かい目で見てくるとひらひらと手を振ってきた。やめろ、生暖かい目で俺を見るな

 

「おや?声かけのリストアップはしてたんじゃないのかな?」

「いつの間に見てたんだよ…」

 

 

 

「冗談さ。ウチの栗東寮の子だから、優しくしてあげなよ?」

「りょーかい」

 

 

 

 

 

スタンドを降りると、目的のウオッカはトレーナーに囲まれていた。荒削りだのなんだの言われ放題だ。確かに光る原石であるだろうが、不満そうにむくれた顔をしている。つっつけばぷひゅっとエアーが抜けそうだ。

 

 

「よォ」

 

ウオッカの耳がピンッと立ってこちらを向いた。おぉベテランも新人もトレーナーそろい踏みだなこりゃ…。一斉に視線がこちらに向く、勘弁してくれ。

 

 

 

「カッコよかったじゃん。お前さん」

 

 

「おいおい遅いぜ?来ンの待ってたんだからさ。」

「人が多い所は恥ずかしくてね…。注目されるのはなおさらダメなんだョ」

 

 

しっかりと体ごと彼女に向き直り、右手を差し出して問う。

「約束は果たしてもらったんだ、―――こっちだって果たすさ。お前さんをスカウトしたい、ウオッカ」

「いいぜ!仕方ねーから受けてやるよそのスカウトッ!」

 

 

 

差し出した右手が、彼女の手に力強く握られたのだった───。

 

 

 

 

 

 

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