タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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大阪行軍

 

 

 

「逃げましょう」

「は?」

 

自分でも予想した以上に低い声が出てしまった。そうではないと分かっていても、ちょっと無神経なんじゃないかと撥ね返ってしまうだろう。そんな言い方をされては。

 

「あぁ、勝負から逃げるという訳ではなくてですね……」

「あーもちろん、もちろん理解(わか)ってるわよ」

 

彼の長い言い訳を止めるように手で制す。

アタシと共に、どうアイツの相手をするかという事に頭を悩ませていた。

 

ここ最近の彼はレース研究を重ね、トレーニングメニューも作って、授業課題も作って、エナジードリンクに頼り切っていてちょっと心配なレベルに達していた。髪も整える暇がないのか跳ねてることが多くなったし、トレーナー室の匂いも…その………だいぶ濃いことが多い。おそらく徹夜に近いレベルでここにいるのだろうことが想像できた。

 

「映像や併走の話を聞いた限り、マヤノさんやマーベラスさん、あのナリタブライアンさんを差せるレベルとなれば、ウオッカ君の加速力およびスピードはシニア級でもトップレベルに達しています」

「……でしょうね」

「ええ。そしてスカーレット君は正直、加速力勝負では分が悪いです」

「……言われなくても分かってるわよ」

 

どんなに併走で頑張っても、加速とトップスピードに至るまでの早さはウオッカに軍配が上がった。アタシより脚とかほっそいクセして、どこからあのパワーが出ているのか疑問に思う。

 

「極めつけにあの低い走行フォームは、後ろから迫られれば捕捉し辛い。差しというスタイルとマッチしすぎている困ったものです。……だからこそ2000mという距離ではスカーレット君のスタミナを最大限生かし届かないレベルに逃げる。それだけのペースを作る。それこそ選抜レースの時のように、それしかないと思いました」

「……」

「もちろん他陣営だってウオッカ君の末脚は警戒してる筈ですが、先行勢はスカーレット君のことだって潰しに来ます。菊花賞ウマ娘のカラクサカエサルや二冠ウマ娘メイシンハドソンも油断ならない相手です」

「だけどアイツの走行フォームは燃費や体への負担を考慮してそう長い距離はやらないはず、そうよね?」

「そうです。やって400m、阪神の最終直線を考えれば350mぐらいといった所でしょうか。そこでスカーレット君にやってほしいのは1000m60秒を切るペース、3コーナーで息を入れて先行勢を引き付けてください」

「引きつける?」

「わざとバ群を固まりにするんです。そして600mからスパートの逃げ切りです。いくらウオッカ君がそういった加速に秀でていても、加速地点が遅ければゴールまでには間に合わないはずで、フォームだって保てず失速します。……ひと固まりになったバ群を後ろから裂くのは相当難しいでしょう」

「アタシにトリックを使えって言ってるのね?」

「はい、使()()()()()()使()()ぐらいでなければ、勝てない。もう平行線なんです。あなたとウオッカ君は……。2000mという距離をターニングポイントに、マイルに近ければ加速とスピードでウオッカ君が勝り、逆に長くなればスタミナと根性でスカーレット君が勝る。その境界がこの2000mという距離なんです」

 

境界。……アイツとアタシの境界。

チューリップ賞、桜花賞、秋華賞そして、大阪杯。

 

「あなた達が決着を付けるなら、お互いがパフォーマンスを発揮してやり合うならば舞台は2000m……それこそ今回の大阪杯はまさしくお(あつら)()きと言えます」

 

そう言って言葉を打ち切ったトレーナーは少し顔を伏せる。そして一息吐くと、ギラついた目をこちらに向けた。髪の間から覗くその目は普段の優しさを灯した彼の目とはまるで別人のようにアタシを射抜く。

 

「勝ちます。勝つんです。……他でもない貴女が」

「……ッ」

 

背中を何かか駆け上がってくる。それは何か?言葉にするのは難しい。

そうだ、そうだ!アタシはアタシ!ダイワスカーレットは一番じゃなければだめなのよ!

 

 

「ところで、新幹線の席は取れたの?」

「あっ……」

「えっ!?ちょっと!!!??」

「ま、まだ慌てる時間じゃありませんよスカーレット君」

「いいから早く!!予約!」

 

 

列車
時間
行先
自由
指定
グリーン
のぞみ1号
6:00
博 多
混雑予想
×
×
のぞみ273号
6:09
新大阪
混雑予想
×
×
のぞみ3号
6:15
博 多
混雑予想
×
×
ひかり631号
6:21
新大阪
混雑予想
×
×
のぞみ275号
6:24
新大阪
混雑予想
×
×
のぞみ5号
6:33
博 多
混雑予想
×
×
のぞみ201号
6:42
新大阪
混雑予想
×
×

 

「……」

「……」

「ちょっと!!?新年度の移動とカブるから早めに取りなさいよって言ったじゃない!??」

「こんな……ことが……」

 

「どうすんのよ!まさか移動手段が無くて大阪杯出られませんでしたなんて洒落にも成らないわよ!!」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「で、結局新幹線は取れずじまいで、他の移動手段は断念したと」

「ええ……。さすがに高速バスは疲労の度合いで避けるべきで、飛行機も同じ理由です」

 

ウマ娘が人の何倍も聴力が良いのは周知の事実。だがその為に大きな音や気圧の変化による耳鳴りなどに滅法弱く、個体差はあるが調子を崩す者も珍しくない。大体のチームでも本州の移動は専ら新幹線が利用される。

 

だが、新年度の混雑シーズン真っ只中で席を取れなかった哀れなトレーナーとウマ娘が1組。まさかG1ウマ娘を混雑する自由席で2時間半立席させるのはちょっと……という訳で俺らのパーティーにイケメンとわがままツインテールが加わった。

 

「京都まで車で行ったとは聞いたけど、まさかホントに大阪も行く事になるとは思わなかったわ」

「2時間立ちっぱよりは良いだろ」

「アタシなら時間を取るわ」

 

今日はナビシートにダイワスカーレット、後ろにウオッカ、俺の後ろに宮下という布陣である。

 

「狭いわよ!この椅子ぴっちりしてるしリクライニングできないし!!」

「おーい、後ろにオレ居んだから潰さないでくれー?」

「ちょっとはクッション力発揮なさいな」

「クッション性はどう考えてもスカーレットの方がいいだろ」

「はあ!?それどういう意味よ!!?!?」

「暴れんなよ高速走るんだから」

「アンタ覚えてなさい……ッ!」

 

どうもダイワスカーレットは前に座りたいらしく、出発前にウオッカと一悶着。そして車が可愛くないと始まり、結局座ってからもバケットシートに非難轟々。セダンなので割とスペースはあるはずだが、狭いだの乗り心地が良くないだの、普段どんな車乗ってるのか逆に聞きたい程のマシンガンをぶちまける。

わりとお嬢様学校なトレセン学園の事だから、聞くも畏れ多いような車種を言われそうだ。聞くのはやっぱナシ。

 

「ちげーよスカーレット、そのシートは浅く座らないで腰をしっかり奥までつけるんだよ」

「奥までって……ん"っ"!なんか上手いこと入らないわ……」

「オレはすんなりだったぞ?スカーレットのケツがデ」

「あ?」

 

 

真剣(マジ)な「あ?」だ。

 

 

突如車内の気温が3度ぐらい下がった。

顔を青ざめさせウオッカは宮下に助けを求めようとしたが、奴はもうアイマスクとネックピローを装着してガチ寝体勢に入っている。

彼を起こさないでやってくれ、死ぬほど疲れてるんだ。

 

 

「あースカーレット。椅子の縁を持ってだな、体を持ち上げて入れるんだ」

「こう……?あっ、ピッタリ来たわ」

「よかったナ」

「なんか凄いフィット感あるわね……」

 

 

助け舟が功を奏し、ベストポジションに収まったスカーレットは矛を収める。ほっと息をついたウオッカと目が合うと、彼女にシートベルトを促し東名高速に入った。

絶えず流れる車の川に身を任せ、滑るように加速させていけばミッションはあっという間に6速へ入る。

 

「……案外上手いのね」

「趣味ドライブ、生き甲斐ツーリングだからな」

「移動しかしてないじゃない」

 

確かに移動しかしてないな。言われて初めて気づいた気がする。

だがなんでも良いという訳じゃないんだ。自分の手で、足で、体で動かすものが好きなんだと思う。その点、電車というものは決められたレールの上を走るだけのモノ。大量輸送に優れているが自分のペースではないから好かないのかもしれない。

 

残念ながらスカーレットは車やバイクを移動する為のモノとして見ているようで、今の言葉からもそれは察せられた。

特に自分の足で走れるウマ娘はその価値に気づき辛い。その点ウオッカやリギルのスーパーカーなんかは特異ともいえるが、彼女たちは父親という下地があったからこそなのだ。

 

ウマ娘のように自分の体で走る事の出来ないヒトだからこそロマンを感じるものなんだな、と取り留めのない感想を抱いた。

 

 

 

 

数度の休憩を挟んで日が暮れる頃に大阪市内のホテルへと到着した。荷物を下ろした後に、宮下からメシへと誘われ電車で新今宮へと移動する。どうやらタクシー代も兼ねて奢ってくれるそうだ。

 

飯に連れて行けとぶーぶー駄々をこねるウオッカと、アタシは良い子だからと言いながらも期待するダイワスカーレットに容赦なく明日のレースに備えホテルで休むように言いつけた。

 

良い子はもう寝る時間(ウマ娘は門限)だからな!

 

結局昼飯も挟まず車内で寝ていた宮下は、マジで死んでないか疑うレベルだったが少しは休めたのか顔色は悪くなさそうだ。

 

「いやあお腹が空いてしまって」

「そりゃあ昼も食わずに車内で寝てたからなぁ……何徹だよ」

「……3ですかね?」

「なぜ疑問系なのかは聞かないでおく」

 

宮下の案内で新世界と呼ばれる地域を進む。通天閣の膝元に広がった独自文化の根付いた街は名物串カツやフグ鍋のてっちり、お好み焼きなどの粉物を提供している店が多く、そこかしこから歓談を楽しむ声が聞こえてきた。

 

「ここです」

「へぇ」

 

宮下が赤い提灯を下げた1軒の串カツ屋を指差すと扉を開けて入っていく。それに続いて入ってみると少し狭さを感じる店内にカウンター席が並んでいた。

 

「まいどおお……宮下ん所のせがれや!カーチャン!宮下の坊主や!」

「ご無沙汰してますおっちゃん」

「ウマ娘んトレーナーなるいうて飛んでいきよったキリやないか!それがまあテレビ出とるしウチのカーチャンみたいに気ィ強そな子」

「あんた聞こえとるで!」

「まっぷぅん!」

 

なんと言うか、エネルギッシュでパワーに溢れているご夫婦だ。恵体なウマ娘の奥さんから飛んだツッコミと共におっちゃんが吹き飛ぶ。料理をこぼさないように鉄山靠カマすとか只者じゃない。ちゃんと奥座敷に飛ぶようぶちかましてるあたりも愛(?)を感じる。

 

「ほんま……中央のトレーナーなるゆうてダーッと行ったきり帰って来んから心配しとったんやで?連絡もようけせんもんやからおとーちゃんオイオイ泣いとったよ?」

「なんやったっけ?担当ウマ娘はブルーレットちゃんやったっけ?」

「スカーレットや!」

「アヒンッ!」

 

勢いについて行けない。口を開けば銃撃戦が如く言葉が続くのでマジで人種が違うんだと思う。

 

「んで、そっちのにーちゃんもトレーナーさんか?」

「ええ、ウオッカというウマ娘の担当をしてます」

「おお!ウイスキーか!」

「それはニッカや!」

 

おしい。酒って所は合ってた。

 

「今のほんまか?ウオッカ言うたら去年のダービーウマ娘やんけ!??」

「あの黒いジャケットのかわい子ちゃんのトレーナーか!?」

 

ガヤガヤと周りのおっちゃん達も騒ぎ出し、あれよあれよといううちに注文していないお得セットがいくつも前へ置かれる。「あっちの兄ちゃんの奢りや」と目が合ったミドルなおじ様がサムズアップ。奥さんも「たんとあがりや」とドンドン置いていくのでお祭り感が高まっていく。

 

「騒がしくてすみません……」

「いい店じゃねーの」

 

とりあえず生を注文して、周りから奢られた串カツと共に流し込んでいく。

 

「んで?なんかあったか?」

「まずはお礼を。大阪までご一緒頂いてありがとうございます」

「賑やかだから悪くなかったよ」

「なら良かったです」

 

車の中のスカーレットを思い出しているのだろう、宮下は苦笑いのような表情を浮かべジョッキを呷る。あの後も散々やれ乗り心地が悪いだの音がうるさいだの騒ぎ立て、よくそのテンションが続くもんだと感心してしまうぐらいだった。静岡あたりから諦めたのか悪態をつくことも無くなったが、アレは免許持ったら危ないタイプだ。

 

 

「大阪杯はどうですか?」

「ようやく主題ですか……そうですね、勝ちに行くよ」

「譲りませんよ?」

「もぎ取るまでだョ」

 

 

────宣戦布告。

 

ようやく本性を表した。ここ最近の彼の生活の荒れっぷりはたづなさんやスカーレットからもタレコミが入るほどで、新幹線の席を取り忘れたのも寝食を惜しんでレース研究をやっていたのだろう。京都記念の映像を漁り、相手はもうウオッカの足をデータとして蓄積させている筈だ。

 

ギラつく目をした男は必ず担当ウマ娘(スカーレット)を勝たせると誓った覚悟が見え隠れする。普段の優しさではなく非情さを含ませた怜悧な表情は、こちらの覚悟を伺っていた。

 

 

 

 

 

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