タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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大阪杯①

 

 

 

──────10ハロン、2000m。世界でも共通のミドルディスタンス。ウマ娘のレースとして一つの究極距離。

 

 

大阪杯という競走(レース)は、そんな中距離で、春の芝中距離の最強決定戦として開催されるものである。

 

出走資格はシニア級1年目以上のトゥインクルシリーズを走るウマ娘とされており、クラシック級を戦い成長したウマ娘たちが最初にぶち当たるシニア級の壁、2000mという王道距離。

 

しかしながら大阪杯は近年になってGⅠレースに格上げされたモノであり、次の天皇賞(春)の方が歴史も古く、ファン人気が高い。その上2000mを短く思うステイヤー達や天皇賞(春)を目指すウマ娘は、GⅡだが同じ阪神レース場で開催される3000mの阪神大賞典、天皇賞(春)のステップレースである中山2500mの日経賞に照準を向ける。

スプリンターは高松宮記念を目指すし、1週後にはファーストティアラ桜花賞、2000mだとクラシックの1冠目皐月賞も控えている。

 

……ぶっちゃけ、パッとしない。

 

その証拠にGⅡレース時代の数年前には出場人数が10人を割った年もあった。今でこそ大阪杯・天皇賞(春)・宝塚記念を制すれば春シニア3冠という特別称号が与えられ、URAから賞金が出るようになると出走人数は回復したもののフルゲートには至っていない。客入りに関してもGⅠレースの中ではまだまだ少ない方だ。

 

 

 

 

───“それがなんだ”と言わんばかりに今日の阪神レース場は段々とそのボルテージを上げ始めていた。前レースの結果が決まり、上がった歓声がこの控え室の中にまで聞こえて来る。この盛り上がりはどうだ。これが不人気レースであるとは微塵も思わない。

 

「ふーっ……よし!」

 

来たる戦いに身を震わせる。

拳と手のひらをパンッと合わせ目を開き、耳の先まで震え終わるとウオッカが顔を上げた。不敵な笑みを浮かべた表情に憂いの色は見えず、銅色(あかがねいろ)の瞳に燃え上がる情熱を秘めていた。

 

「集中できたかい?」

「あぁ!まぁ見てろって!」

 

良い自信だ。ホテルで良く休めたようで体も疲労を溜めていない。

 

「じゃあ作戦会議だ。大阪杯は右回りの芝2000m、今日は晴れて良バ場、出走人数は12人と少ないがリギルからメイシンハドソン、去年の菊花賞ウマ娘カラクサカエサル、ユメノパスポート、コリカンチャと油断できないメンツだな。どれも伏兵とは言えないウマ娘達だ」

 

 

「……そうだな、でも」

「ダイワスカーレット……か。レースで走るのは有以来だが…おそらく“逃げ”だ」

「逃げ?先行じゃなくてか?」

 

あのいけ好かない野郎の事だから、ウオッカの京都記念での走りを多角的な面から研究し尽くしてくるはずだ。もし俺がウオッカの敵であれば同じことをする。

そのうえでダイワスカーレットができる走りで宮下の採った戦法はなんだ?と考えた時、やるとしたら逃げながら前を塞いでペースを詰まらせ、後続を抜け出せないようにするトリックを使うし、その隙に残したスタミナをフルに使って逃げ切る作戦を考える。

 

「逃げだ。大逃げをやるかもしれないカラクサカエサルを抑えつけるために今回は明確にハナを奪いに行くはずで、スカーレットはそれをしても完走できるだけのスタミナ・根性を身に着けているし、レースメイクも上手くなってきた。味方なら頼もしいが敵ならこの上なく厄介だナ」

「分かった。少し前目に付けるぜ」

「そうしてくれ。内は絶対に開けてくれないだろうから、頭に入れておけ」

 

ウオッカがすっと拳を差し出してきた。こちらもゆっくりと握りこぶしを作ってゆっくりと差し出すとニッと笑顔になったウオッカがこつんと拳を合わせた。

 

「楽しんで来い」

「おう!」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

あっ!……とれーなぁーさーーーん!!

「ぐぁっ!?何だッ……おまっ!」

 

 

ウオッカとの出走前ミーティングも終わり、今のうちにタバコチャージでもしておこうかと混み合った通路を歩いていたところ、突然知らないウマ娘が右腕に絡みついてきた。突っ込んで来たと言ってもいいだろうか。彼女の柔らかな体が押し付けられると共に猫なで声が耳の奥を盛大に擽ってくる。

 

「ちょっとだけ話合わせてくれませんか……!?」

「はぁ……?」

 

周囲に聞こえないように耳打ちしてきたかと思えば、切羽詰まった声に切り替わった彼女。するとガラの悪そうな男が2人が彼女を追いかけてきた。

事態を飲み込めないが、ひとまずこの右腕に突っ込んできたウマ娘はコイツらから逃げているようだ。

 

「ちょっち置いてくのは酷いんじゃないのウマちゃんさぁ?」

「そーよそーよ、ちょっとお茶しよって言ってるだけじゃんさ~」

 

客観的に見れば、このウマ娘はしつこくナンパしてくるコイツらを撒きたいのだろうことが窺える。いくらウマ娘の方が速く走れると言っても、GⅠレース観戦に来た客でごった返す阪神レース場内を全力疾走などできやしない。他の客と衝突事故でもしてしまっては双方が危険だ。

 

「もう!トレーナーさんったらすぐ置いてっちゃうんだから!!いじわるっ!」

「……おいおい、フラフラして居なくなったのはお前だろ?必ずメンバー2人以上で行動しろって言っただろうが」

 

謎に謎な状況だ。そもそも警備員とかも配置されているのだからわざわざこんな悪人面の所に来なくても……。

しかし巻き込まれてしまったし、確かにこのウマ娘とこの男らをかち合わせてしまってはこの後どんな目に遭うか分からない。

 

 

「なんすか?おっさん。オレらその子にぶつかられてケガしちゃったから話したいんすよ」

 

「……この話マジなの?」

「そんな訳ないじゃないですか!」

 

彼女は俺の事を()()()()()と呼んだ。トレセン学園の制服ではなく私服だから関係者では無いのだろうけども、今は俺もあまり悠長に構っていられない。こういうのは厄介ムーブをして諦めてもらおう。

 

「では病院に行って診断書を出してもらってください。診断書に基づいた治療費を上と協議した後お見舞金として支払わせていただきます。ただしウマ娘保護法第18条3項、ウマ娘との接触および衝突事故における条例において、接触及び事故により負傷したという申告が虚偽である場合、詐欺事件として扱われ虚偽申告した者については逮捕の後、2年以下の懲役または30万円の罰金が課せられますので、まさか()()()()()()()()()その手順を踏んでください」

「はぇ……?」

「???」

 

中央・地方限らずトレーナー試験に出題される法規問題の基礎、ウマ娘保護法をちょっと早口で呪文詠唱してみた。右腕に巻き付いたままのウマ娘はほけっとした顔でこちらを見る。男たちもぽかんとアホ面を晒していた。

 

「逃げるぞッ!」

「うえっ!?」

「あっ!ちょ待」

 

避けて、避けて、人波に体を紛らわせ駆け出すと一気に男達と距離を取る。どうするか?木を隠すなら森の中というのは定石だが、森の中に1本だけ黄金の木があったら目立つだろう。彼女の輝く栗毛をどうすればいいか……。セミロングの明るい栗毛に、頭頂の旋毛(つむじ)から前髪の房が丸々白い極太の流星は人に囲まれていてもとてもよく目立つ。

 

「わぷっ!」

「ちょっと我慢しろ」

「いやぁ!!タバコ臭い!!」

 

彼女の明るい栗毛の髪を隠すために、ジャケットを脱いで頭に被せると共に階段をかけ降りた。幾多の出店や、大阪杯記念グッズを発売しているとあってフロアはごった返す。土産物屋に入ったところで彼女の頭からジャケットを回収した。

 

「最悪です!こんなタバコ臭いジャケットを乙女の頭に被せるなんて!悪魔!鬼畜!タールに頭やられてるんですか!?」

「めちゃくちゃ言うやん……」

 

さっきの猫撫で声は何だったのやら。もしかしてダイワスカーレットと同タイプか?

 

「しょうがないだろ、お前の綺麗な栗毛が目立つんだからョ」

「えっ?はっ?ここでナンパですか?ちょっと目付きと長い髪と黒一色って服装が無理なので髪切って伊達メガネ掛けて青い服とか着て鏡見直して諦めてください」

「めちゃくちゃ言うやん……」

 

彼女には目立たなくする為の仕方ない策だったと説明し納得してもらったが、何だか無性に腹が立ったので、額に“大阪杯”とプリントされている絶妙にプライベートで使いづらいような黒い記念帽子(ウマ耳穴付き、¥2580-)を買って被らせた。

 

「なんですかこれ!?ダサっ!ダイワスカーレット先輩デザインとかもっとあったじゃないですか!!?値段一緒なのに!青なのに!」

 

どうやら思ったことがそのまま口から出てしまうタイプのようだ。ひょっとするとさっきの二人組にも余計な事を話して火をつけたのかもしれない。火をつけるだけやって油撒いて逃げるとか放火魔か。

 

「お前のせいでタバコ吸えなかったんだが……」

「あんな有害なもの吸っても得ないですよ!私と出会った記念芝1600mでこれを期に辞めるべきです!」

 

ムフーっとドヤ顔をするウマ娘。すげえ……自己肯定感、高すぎ……?柔らかそうな頬がまるっと盛り上がりマシュマロを彷彿とさせる。めちゃくちゃ突っつきてえ……。

 

「ところで、お前は連れの元に戻らなくて良いのか?」

「お前じゃないです!私にはディープスカイって名前があります!」

「……ディープスカイはチームに戻らなくても良いのか?もう大阪杯始まっちまうぞ」

「はっ!?そうでした!!」

「俺はもう行くから、帽子はやるよ」

 

店を出ようとしたところで、再び右腕が力強く抱きとめられた。振り返ると何故かドヤ顔をしながら俺の腕を取るディープスカイが上目遣いで見上げてくる。

 

「どこ行くんですか?旅は道連れ世は情け、助けて頂いたお礼にチームの所へご招待しますよ!?」

「……」

「……」

「……」

「……正直に言え」

「……戻る場所が分かりません!」

 

溜息をついても許されるだろう……。目を覆って天を仰ぐ。

 

「あっ溜息つきましたね?幸せが逃げますよ?私と出会った幸せというものがありながら享受しないなんて勿体ないの極みです!」

「クーリングオフは?」

「適用外です!!」

 

押し売りもいい所だ。

 

「てか疑わないの?どう見ても俺さっきの奴らより目付き悪いと思うんだけど」

「あっ自覚アリなんですね」

「おい」

 

失礼不遜極まりない奴だ。初対面でここまで1段飛ばしどころか駆け上がって全段飛び降りてくるように踏み込めるのも逆に才能なのか?押してダメなら押し倒せみたいな家訓の持ち主か?

 

「あなたから幸せそうなウマ娘の匂いがしたので大丈夫だと思ったんです!こう見えても私そういうのよく分かるんですよ!でもタバコ臭いんで生涯終始マイナス1億点君です!」

「上げるか下げるかどっちかにしてくれる?というかウマホで連絡取れば良くない?」

「……はっ!?」

「気づいてないのかよ」

 

ポケットからウマホを取り出して画面をタップし始めたディープスカイ。しかしウマホは充電切れか一向に反応せず、みるみる彼女の表情が曇り始めた。なんだろう?ビックリするぐらいざまぁみろって感想しか出てこない。

 

「連絡は取れそうだな。じゃ」

 

抜け出そうとした右腕が再び、今度は絶対に逃がさないという意志を持ってガッチリと締め上げられた。ちょっと肘関節からヤバい音がしたので離して欲しい。さっきまで勝ち誇った一色の表情だった彼女は眉根を寄せて急転直下に青ざめていた。

 

「良いんですか?大声出して泣きますよ?」

「なんだよその脅し方……」

 

プライドは無いのかこの栗毛。

 

「プライドでメシは食えないんですよ!この広い阪神レースで放置されるなら大声出して泣きます!」

「いやなんなのプライドの欠片も無いその愚直さ……。素直に迷子センター行けよ」

「そんな事するぐらいならウマホで連絡取ります」

 

いやそれが出来ないんやろがい!ていうか大声出して泣くのはOKで迷子センターがダメな基準が分からねえよ!

 

「まずお前さん、トレセン学園生なの?中央?地方?」

「聞いて驚いてください!私中央のチームプロキオン所属なんですよ!!」

「は?プロキオン?」

 

この愉快なハッピートリガーがプロキオン所属?何故か聞こえる恩師の高笑いに二重の意味で頭を抱えたくなってきた。俺が知らないと言う事は独立後に所属したのだろうから、さっさとチームメンバーに擦り付けたい所である。

 

「一緒に来たメンツは?連絡が取れるかもしれん」

「え?貴方何者なんです?」

「プロキオンの奴らと知り合いなだけだ」

「マジですか……?」

「良いんだぞ?お前さんがこのままごった返す人波に飲まれて阪神レース場を彷徨う事になっても俺は一向に困らん」

「えっちょえっまっえっ待ってくださいよそれは鬼です悪魔です賽の河原の石投げますよ」

「積めよ……罰当たりが過ぎるだろ……」

 

「えーっと、イクサトゥルース先輩とタロットダンサー先輩、トリプレッタ先輩ですね」

「ちょっと待ってろ」

 

イクサトゥルースもタロットダンサーも、俺がサブトレーナー時代からがプロキオン所属のベテランウマ娘達で、残念ながらUMAINで連絡が取れてしまう。向こうも探してる頃合いだろうし、丁度いいのでイクサトゥルースにさっさとパスする。

 

「よォ」

『はい!?サカキっちゃん!?』

「ちょっといいか?」

『ごめん!ちょっと今取り込み中でそれどころじゃないの!大阪杯観に来てるんだけど後輩が行方不明で……!』

「ディープスカイか?」

『え!?なんで!?』

「保護してる」

「ちょっと!保護してるって何ですか!?可哀想な人に私がついてあげむぎゅぅ!!??

 

話が進まないので彼女の両頬を片手で挟み押し潰した。

 

『ちょっと代われる?』

「ほら、イクサが代われって」

 

イクサトゥルースの声がいつものゆるい感じではなく、明らかになにか籠ってる。普段優しい人がガチ切れするとヤバい感じのやつ。まさに今それ。通話先の雰囲気がほんのりまずいことに気がついたのかディープスカイは首を横に振るが、残念ながらご指名なんだわ。

スマホをディープスカイに渡すと恐る恐る耳に近づけて会話し始めた。

 

「はい……」

 

通話の内容を聴くことは出来ないが、ディープスカイの耳が面白いぐらいにペタっと伏せられ、尻尾は足の間にみるみる丸まっていく。青ざめた顔が血の巡りが感じられないほど白くなっていき目には大粒の水が膨れ始めた。

 

「はい……ずみまぜん……」

 

ガチ泣きである。

しばし通話が続いたのち、スマホが返されるといつものイクサトゥルースに戻っていた。

 

『ごめんね?今からだと混みすぎててレースに間に合わないからディープスカイはレース後に引取りに行くって事でいい?』

「まあコッチは連れ帰ってくれれば文句はないョ」

『よろしく!埋め合わせはするから!』

「じゃあウオッカと併走してくれよ」

『ウチが相手になるかは分からないけどわかったよ!』

 

通話を終えても未だ「えぅえぅ……」とボロボロ涙を流す彼女にハンカチを渡すと鼻をかみやがった。やるなよ?っと思ったけど見事に期待を裏切らなかった彼女。良いキャラしてる。

 

「ほら行くぞ」

「どこにですかぁ……」

「大阪杯始まっちまうだろ。スタンドだよ」

「こんなに混んでたらもう見る場所無いですよぉ」

 

もう一度溜息が漏れ出してしまった。ジャイアントスイングばりに周囲を振り回す彼女のようなキャラは、今まで周りに居ないタイプでどうも憎めない。仕方ない、ここはサービスしてやっても良いか。

 

 

「泣きやめって。特等席に案内してやるからョ」

 

 

 

 

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