『残り100mを切る!カラクサカエサルも届かない!ユメノパスポートもメイシンハドソンも届かない!!ダイワスカーレット二枚腰!!抜ける!抜けた!!内ダイワスカーレット、しかし外からウオッカが強烈なスピードで伸び、伸びる!逃がさない!』
『ダイワスカーレットさらに加速!しかし詰めるウオッカ並ぶ!並んだ!!完全に二人揃ったまま!!揃ったまま!!杯を手にするのはどっちだァーーー!!?』
爆発するかの如き歓声はこの窓ガラスで仕切られた関係者席をも胎動するかのように揺する。誰も、誰もが彼女らに掛ける言葉を見つけられずただ叫ぶのみ。
この関係者席でさえ、言葉は少なく固唾を呑んで事の行く末を見守る。一人除いて。
「わぁああー!!?スカーレット先輩ぃぃい!!!?!?」
後ろから迫りくる
ばしんばしん。結構痛い。水を差すのも悪いのでそっと移動する。
歓声に包まれたまま、全く並んでゴール板を飛び越えた二人が徐々に減速して行く。
続々と走っていたウマ娘はゴール板を飛び越えて減速して行った。ある者は何かを堪える様に、ある者は噛みしめる様に空を仰ぐ。ウオッカとダイワスカーレットは完全に並びながらゴールしたため、当の彼女ら自身もどちらが先着したのか分からないようだ。
『3着テーシンレピティ、4着カラクサカエサル、5着ユメノパスポートという結果になりました!!なおダイワスカーレット逃げ切りか!?ウオッカの差し切りか!?決着は写真判定に委ねられます!!』
阪 神 11 R
①
>写 真
②
>3/4
③ 8
>1/2
④ 6
>アタマ
⑤ 11
芝
良 タイム 1.58.7
ダート
良 3F 34.6
「……届いたと思うかい?」
「さぁな。それが分かるのはその時一緒に走った奴らだけさ」
「ずいぶん投げやりだね」
「観ている俺らは全員部外者で、その時走っていた者じゃなきゃその時の事は分からない。口を出す立場じゃないさ。心情的には差し切ったと思いたいがな」
「うん。それが聞ければ満足だよ」
「まぁ……あれだ。メイシンハドソンが居るリギルの前で言うのもどうかと思うが」
「勝者は賞賛されるべきだ。気に病むことじゃないさ」
今はここに居るトレーナーや出走者のチームメイトに何を言ったところで厭味にしかならない。
出走後の彼女たちの様子も見たいため、まだレース後の人が少ないこのタイミングで動く必要がある。窓辺にかぶりつくディープスカイを引っ剥がし関係者席を後にした。
どうやら写真判定が長引いているようで観客席のスタンドからは各々結果を予想する声が聞こえるが、そのどれもが分からないといったものだ。
「さあ、従者は
……どうなったんだ?
荒れ狂った呼吸を整えながら、体勢を戻して緩やかにスロットルを戻していく。そのまま勢いを風任せにして減速していく。
うん、脚に痛みはない。いや、全力で走ったダメージはあるものの異常と感じられる痛みはない。
同じくゆっくりと減速していくダイワスカーレットもどうなったのか判断がつかないようだ。
「……はぁ、アタシが逃げ切ったわよね?」
「あぁん?オレが差し切っただろ?」
走った後にも関わらず、ピシリとスカーレットの額に青筋が浮かぶのが分かった。そろそろ春の健康診断も近いのだが、こいつの血圧は大丈夫なのか毎回心配になる。
「って、ちょっとアンタ!鼻!」
「えぁ?」
言われて鼻を触ると生暖かい液体が滴っている事に気づいた。急いで鼻を塞ぐと手指が鮮血で染まってしまう。マジかよ!今、勝負服なのに勘弁してくれよ!
「まだ判定も出ないし、いったん検量室に戻るわよ!」
「わぁーってるからうでをひっぱるなよ!!」
鼻を押さえながら、スカーレットに腕を引かれてターフを後にした。観客の前なのにこんなカッコつかない終わり方なんてアリかよ!?
『各ウマ娘がターフから引き上げますが、おや?ウオッカがダイワスカーレットに腕を引かれ早々に戻っていきます。トラブルでしょうか?』
「んぐっ」
「ひとまずそれで押さえとけ。冷たいからそこは自分で調節してな」
スカーレットに引っ張られ、検量室に辿り着くとお互いのトレーナーが待ち構えていた。
鼻血を出している事に驚かれたがトレーナーはティッシュで鼻を塞ぐと氷水を用意してくれた。手早く応急処置を終えると、蹄鉄の検量を行って問題ない事を確認してあとは結果を待つだけになった。
「あの……ウオッカさんの容態は?」
「レース後に鼻出血があったようで、応急処置を行いました。この後出血が止まらないようであれば病院にかかる事にします。あー……、あと勝負服が鼻血で汚れてしまったのでライブの衣装変更をお願いしたいんですが」
「分かりました。汎用ライブ衣装は手配しておきます」
「お願いします」
トレーナーとスタッフのやり取りをどこか上の空で聞き流していた。会話の内容が耳には入ってくるが頭には入って来ない。宮下とスカーレットが眉根を寄せて様子を見てくれていた。
「まだ判定は出ないのかよ」
「それだけお前さん達が甲乙つけ難いのさ。もうそろそろ10分経つから出てもおかしくないが」
「まあしゃーねーか。走ってるオレらでも分からなかったからな」
心做しかトレーナーもソワソワしているようで、落ち着きなく辺りを見回したりしている。
「ところで誰も突っ込まないから触れなかったけど、どうしてディープスカイがここに居るのよ?」
「ヒィッ!スカーレット先輩に認知されてるぅ……!!」
「うそっ……デジタル先輩と同タイプ……?」
どうやら認知して貰っていた事が嬉しいのか、ディープスカイの耳はピンッと立ち上がって尻尾がブンブン振れる。ホントに表情といい隠し事が出来なさそうなタイプだ。喜怒哀楽があからさまに現れる。ババ抜き弱そう。
「迷子になってた所を保護してな。後でチームメンバーに引き渡すよ」
「だから迷子じゃないですぅー!仲間になりたそうに見てるだけですぅー!!」
「はぐれてるじゃねーか」
「飛び出して来ちゃったのね」
「はい……」
「寮で見た事あったけどアナタそんな愉快な性格してたの?」
「それほどでもぉ……」
「褒めてないわよ」
その時、スタッフ達の動きが慌ただしくなった。静かだった検量室も喧騒に包まれ、轟音とも言える観客の声が響き渡る。
『結果が出ました!!』
「……!」
「……ッ」
阪 神 11 R
確 定
① 9
>ハ ナ
② 12
>3/4
③ 8
>1/2
④ 6
>アタマ
⑤ 11
芝
良 タイム 1.58.7
ダート
良 3F 34.6
『──きゅ、9番!!9番です!!ダイワスカーレット!!大阪杯、春の杯を手にしたのはダイワスカーレットォォオ!!なんとハナ差2cm!!ウオッカハナ差2cm届かず!!ですが負けて強し!素晴らしい戦いでした!!』
無情にも、決着がついた。レースの勝者は1人だけ。ハナ差2cmだろうが負けは負けだ。
「……クソッ…」
「……届かなかった、か」
ウオッカの手が鬱血しそうなほど、握りこめられていく。下を向いて唇を噛み必死に何かを堪えるように。それはもう限界まで張った表面張力。何かきっかけがあれば決壊する。
「ウオッカ」
「……」
下を向いたままのウオッカの肩に、ダイワスカーレットが手を置いて顔を上げさせ無理やり視線を合わせた。一筋の水滴がウオッカの頬を伝っていく。それが気に入らないと言うように、ダイワスカーレットは静かに、しかしよく通る声でウオッカに
「今日はアタシが貰ってやったわ」
「……おめでとう」
「シケた面してんじゃないわよ……!次、ヴィクトリアマイルでしょ?アタシも出るわ。上がって来なさいな」
「言われなくても……!」
「叩き潰してあげる」
それだけ言うとダイワスカーレットは踵を返して検量室から出ていく。勝者はやる事があるから。
───緋色の女王、勝利の凱旋。
常識破りの女帝、その
日刊クジ
ハナ差2cmの死闘!!緋色の女王がシニア一冠目!!
4月6日に阪神レース場で行われた大阪杯(GⅠ 右回り芝2000m)は凄まじいレースとなった。
まず注目が集まったのは前年天皇賞(秋)を制したクラシック二冠ウマ娘メイシンハドソン、昨年度ダービーウマ娘ウオッカ、そしてウオッカを下してティアラ二冠を戴くダイワスカーレットだった。
スタート直後から逃げを打ったダイワスカーレットが1コーナーで先頭に立つとそのまま集団を引っ張り、終始コントロールを握る。最終コーナーでカラクサカエサルやテーシンレピティに並びかけられるも、ティアラ二冠の底力を見せ突き放す。
ここに後方から集団を一閃し、突き抜けてきたウオッカがゴールまで100m地点で捉え、差し切るかに思われた。しかしダイワスカーレットも負けじと加速。全く並んだままゴール板を駆け抜けるという激闘を繰り広げた。
順位は写真判定となり、発表までに実に12分の時間を要するという異例の事態。春シニア一冠目、大阪杯はダイワスカーレットの勝利で幕を閉じた。
なおダイワスカーレットの次走はヴィクトリアマイルを予定しており、二着に終わったウオッカも次走はヴィクトリアマイルを目指すと発表している。
なお期待されながらも7着に終わってしまったメイシンハドソンは天皇賞(春)を予定しているそうだ。
予定通り行けば5月後半東京レース場で行われるヴィクトリアマイルで同期の二人が激突する。今年のシニア戦線には緋色の女王と常識破りの女帝が揃うこととなり今から楽しみで仕方ない。