タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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アクアライン②

 

 

 

──何度目か、道は海岸線と交わった。

 

段々と高度を上げた道の左側に線路が並びかけて来て、右は和いだ東京湾の内海と、向こう側の神奈川や更に奥の富士山までが見えた。空気の澄んだ冬には良く見える光景である。

4月は見えても下側が滲んでしまう事が多いのだが、ここまで抜けて見えるのはあまりない。

 

富士見と言う地名は中部や関東至る所にあるが、こうして富士山が見られるから“富士見(ふじみ)”呼ばれるようになった事が所以である場合が多い。

江戸時代、さらに昔はもっと数多く富士見と名乗っていた所もあるだろう。歌川広重の作である富士三十六景『房州保田ノ海岸(ぼうしゅうほたのかいがん)』では富士山と共にこの周辺である海岸線が描かれているし、この磯伝いの道はさぞ絶景であったに違いない。

 

 

 

 

トンネルを潜って。左側に線路が離れていってはトンネルを抜けるとまた隣に線路が居たり、かと思えばこんどは海岸線が離れていって小さな漁港が横たわっていたりと、海沿いの道は少しだって同じ表情にはならない。

 

──それがまた新鮮で、少しだって見逃したくなくて、オレよりも大きな背にしがみつく。

 

紺とクリームの、海岸線の様な色をした電車とすれ違う。窓から覗く人の顔も似たように海を見ていてまるでオレと一緒だ。こうしてツーリングで遠くに来て、そこにはオレの知らない人の営みがあって、自分の知らなかった世界が広がっていく。

 

いつかとーちゃんのバイクの後ろに乗っかった時のような懐かしい気持ちになる。

その時と一緒だ。大きかったその背中がカッコ良く見えて、憧れて、バイクに乗りてぇってそう思うんだ。

 

 

 

『──なあウオッカ!』

『なんだ?とーちゃん』

『男はなぁ!背中で語るんだぜ!だから、大きくてカッコいい背中してる奴ァいい男なんだ!覚えておきな!!』

『おう!とーちゃんのせなかはかっこいいからな!!』

 

 

手を回してしがみついているトレーナーの背は、ずっとオレより厚くて大きい。

 

あー……。なんか……なんでか、顔が熱くなってきた。

陽射しのせいか?いや、今日はそんな暑くないはずだ……!じゃあ、なんでだ……!?

 

「さっき食べたラーメンのせいだ!!」

 

自分に言い聞かせる。そうだ、きっとそう!消化し始めて代謝が良くなってるんだ!おかげで体に当たる風が涼しく感じられる……!

こんな時、風を通さない良くできたヘルメットが少しだけ恨めしい。

ジャケットの首元を少し開けて風通しを良くする。せめてこの熱がバレないように……そう祈るのみ。

 

 

 

程なくして立ち寄った道の駅。駐車場に滑り込んで、ヘルメットを脱ぐと活気のある声が飛び込んでくる。この道の駅は市場を兼ねているようで、野菜や特産品などの店舗が併設されていた。

その活気を横目にトレーナーとオレは自動販売機でコーヒーを買い、ベンチで一息を入れようとした。

 

「なあ、さっきなんで後ろでウネウネしてたんだお前さん」

「ンブッフ!!」

 

不意打ちに()せる。

 

「うおっ」

「なんッゴホッゴホッ言っゲッホ!!」

 

……なんとか、尊厳を失うことは耐えた。抗議の視線を送って睨みつけると気まずそうにスっと目をそらすトレーナーは確信犯じゃないのか?

 

「オレも早く自分のバイクが欲しーなーって思ったんだよ」

 

駐車場に鎮座する、ここまで連れて来てくれた物言わぬ黒いTS11(イレブン)を見て、速いマシンだけがカッコイイんじゃないと気付かされた。速さを競うオレらウマ娘的にはスポーツタイプの方が向いているんだろうが、こうして旅をするためのモノでもかっこいいじゃんか?そうだろ?

 

「──カッコ良さが、同じとは限らないじゃんか」

 

 

 

 

 

穏やかで凪いだ風が吹くのが内海であるならば、力強く打ち寄せるうねりを伴うのが外海の特徴であろうか。

ソテツや白い壁にオレンジの屋根瓦を敷き詰めた家の建つ南国情緒を感じる街、館山(たてやま)を境に、道は南下を止め地に沿うように北東に転じ始める。

 

目の前に(そび)える野島埼灯台、これが最南端に到達した証。

 

まるで走っている時のような風が吹き抜けて、彼女の後ろ髪と尻尾の房が(なび)き、潮の中にもその香りを感じることができた。

 

「まあ、今日のゴールかな」

「いいじゃん。海沿いの道はかなり気に入ったぜ」

「そりゃ良かった」

 

房総、とりわけ安房(あわ)地域は港を中心に発展してきた歴史を持つ。

ぶっちゃけ街道としてメインで整備された海沿いの道の方が綺麗で走りやすいのだ。今日の相棒はアメリカンでコーナーをあまり得意としていないのも理由の1つではあるのだが。

……だからこそ千葉は海沿いの道に交通量が集中し混みやすいんだけれども。

 

「なんだか、ココが終わりみたいだよな」

「……ひとつの終わりとは言えるか。千葉の最南端だしな」

 

ある意味の()()

 

幾つもある果て。

 

回り続ける終わりのない世界のひとつの終わりと定義するなら正解と言えるか。だがその解答欄は無数にあって、答えたとしてもまたそこには空白の解答欄があるだけだ。無数の画家が居るように、無数の歌手が居るように、無数のウマ娘が居るように。全てが正解なんだ。

 

───水平線が終わりの無いように。

 

「カッコ良さと同じ様なもんさ。速い、強い、見た目(スタイル)がいい、パワーがある、渋い、音がいい、いくらでもある内のひとつ」

「それが分かるのは自分だけってか」

「そうだな。カッコ良さは他人に見てもらうものじゃなく、自分の中の矜恃であるべきで正解なんて無いのさ」

 

我ながらクサ過ぎる言葉を吐いたもんだ。歳だけを重ねる大人にはなりたくないが気づけばそうなっていた。この雄大な海には如何に自分が小さいか自覚させられる。

一線を引いて、必死という領域に踏み込まないようになる。 なにかに本気になれる、それはいつの間にか忘れてしまったモノ。それが()()()()()()()

 

海を前にすると感傷的になってしまうのは悪い癖だ。それを目の前の少女はニヤリと笑って蹴飛ばした。

 

「トレーナーはさぁ、喋り方とか雰囲気とか、全然ちげーけど、たまにとーちゃんと同じ様な事言うんだよな」

「へえ」

「かーちゃんは有名でもないオープンウマ娘で、とーちゃんも別にどうって事ないあんちゃんだったけど自分のカッコ良さを持っててさ。た、たぶん……トレーナーにもそういうカッコ良さが、あ、あると思うぜ?」

 

途中からしどろもどろになっていく少女は、励ましているつもりなのか。自然と緩む頬をそのままに、軽く彼女の耳を摘んで先を撫でた。

 

「フフッ……慣れないことはするもんじゃねぇぞ」

「ウオワァァアアア!!耳はやめろ耳は!!!!」

 

一瞬にして毛が逆立ち、ガシガシと頭をかき混ぜて雄叫びを上げる様はまるでこちらを威嚇する猫のようだ。それが面白くていじり倒したくなる衝動が湧き上がるもののずっとそうしていたら耳が後ろに絞られる事になりそうで自重しておくとしよう。機会があればやってみたくはあるが。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

時刻は22:00。

 

いくら日が長くなったと言えどとっぷりと夜の帷も下り良い子はそろそろ寝る準備も終わったという頃、俺とウオッカは栗東寮の玄関で仲良く正座していた。否、させられていた。前門の(フジ)後門の(ヒシアマ)そして挟撃の(エアグルーヴ)

 

……完全な詰みである。

 

何でこうなってしまったのかと言えば、灯台を見に野島埼(最南端)まで行ったは良かった。そこから興に乗りせっかくアメリカンに乗っているのだから、外房は九十九里浜(くじゅうくりはま)の、ひたっすらに直線しかない道路を走ってみたくなってしまったのだ。そうしたらいつの間にか休日特有のUターンラッシュが始まっており、東京へ向かうアクアラインも首都高湾岸線も京葉道路も全て、ロードマップが真っ赤ッか(大渋滞)

 

 

「────それで?申し開きはあるか?」

「ありません」

「それは渋滞がだな……」

 

ウオッカは早々に白旗を上げた。

 

「な に か あ る か な ?」

「無いです」

 

俺も白旗を上げた。

 

 

目の前には耳を後ろに倒して腕を組み笑顔でぶちギレるフジキセキ。額に青筋を浮かべたフジキセキはカワカミプリンセスが投げたパイが直撃した時以来である。

エアグルーヴは眉間を抑えて溜息を吐き、ヒシアマゾンはじっとりと湿気た視線を向けてくる。

 

「確かにレース直後の疲労の蓄積は身体的なモノも精神的なモノも無視はできない。トレーニングばかりで根を詰めても大抵いい結果は産まない。リフレッシュも相応に必要な事も認めようじゃないか。だがな、トレーナーが同伴しておきながら門限を破っていい理由にはならないが?」

「はい、仰る通りです」

 

静かに、しかし脳内にじわじわとダメージを与えてくるエアグルーヴの低い声。これアレだ。カワカミプリンセスが事故とはいえエアグルーヴの大切にしていた花壇を荒らしてしまった時のものだ。

 

「高等部になって門限延長されたと言え、外泊申請も出てないのにこの時間は看過できないねぇ?ただでさえアンタたちは趣味が共通していて時間を忘れやすい自覚はあるかい?無いね?じゃなきゃこんな時間にはならない筈さ」

 

ヒシアマゾンは呆れながらも諭すような、それでいて心に重しを掛けてくるようなまるで肝っ玉母ちゃんの如き叱り方。自然と背に棒を入れられるように背筋が伸びる。

 

トレセン学園では中等部生の門限は18時。高等部生は基本20時で、家庭的な問題がある生徒たちがアルバイトを行うなどの申請を行えば21時までの延長が認められている。これは門限の話であり、学外へ出かける際にはこれとは別に外出申請、門限時間を過ぎる場合は外泊申請が必要になってくる。今回外出申請はしておいたものの門限時間を超過してしまい、ウオッカを送り届けた際に笑顔のフジキセキから「 正 座 」と一言で詰められた。

 

女子校生に正座させられるアラサーの図である。

 

「そりゃあ私だって多少の事なら目を(つぶ)るよ。そこのバイクバカには恩もあるしね?だからと言って限度はあるよ?今回は連絡が取れたからいいものの、栗東を預かる者として捜索願を出さなきゃいけなくなるかも知れない。心配している人が居ることを分かって欲しいな?」

 

笑顔でぶちギレるフジキセキ(2回目)。その有無を言わさぬ表情は本能的な恐怖を呼び起こし、笑顔なのに言葉が笑っていない。

 

 

 

「あまりウマ娘の足に負担を掛ける姿勢をさせたくないのでな……。手短に言うぞ。トレセン学園校則第4項門限の超過によりウオッカに厳重注意を言い渡す。レースなど公的外出を除く私的外出を2週間禁止とし、従わなかった場合は査問委員会に話を上げさせてもらう。まったく……査問委行きなぞアグネスタキオン以来の大バカ者だぞ」

 

要するにイエローカードを渡されてしまったわけだ。これをもう一枚もらってしまえばレッドカード、そうなったらウオッカの退学という話に関わってくる。

 

「以上だ。ウオッカは行っていいぞ」

「ハイっす……」

 

よたよたと立ち上がったウオッカはちらっと視線を向けるとそそくさと俺を置いて栗東寮に入って行ってしまった。いや、この状況どうしよう。

 

「全く、どうして時間を見ながら動かん?トレーナーとしての自覚はどうなってるんだ自覚は」

「……返す言葉もございません」

 

もう一度深く溜息を吐くエアグルーヴ。話は終わったとばかりに手を振りながら(きびす)を返していくヒシアマゾンも美浦へと戻っていった。

 

 

「正座を崩していいよ……。いい知らせがあるっていうのに君は」

 

 

 

 

やめろ!!足を突くな!!!!!フジキセキ!!!!おい!!!

 

 

 

 

 

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