タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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後輩、襲来

 

 

 

4月も始まり、今年もまた制服がちょっと合ってないような初々しいウマ娘たちがトレセン学園に入学してきて校内は不安と期待で浮足立っていた。

新年度、新入生ウマ娘、新人トレーナーと新しい尽くし。選抜レースも控えていればメイクデビューにGⅠラッシュと、この時期特有のちょっとしたお祭りのような雰囲気は一月(ひとつき)と少し経つまで続く。

 

広大な敷地で迷う者、毎年恒例である。

GⅠ勝利ウマ娘に向けられる憧れの視線、毎年恒例である。

ばっちりとスーツをキメた新人トレーナー、毎年恒例である。

トモを触って新入生に蹴とばされるトレーナー、毎年恒例である。

 

この中央トレセン学園という所はウマ娘にとっても、トレーナーにとっても憧れの地であるのだなと再認識させられる。むしろこれからが過酷ともいえる(ふるい)のスタートなわけだが、折角の門出に水を差すのも野暮ってもんだろう。

デスクワークの合間に、校舎裏の自販機にしかないコーヒーを買いに歩いてもこの季節は様々な表情を見ることが出来る。

 

 

 

 

 

「いや、師匠何やってんスか」

「応……貴様かッ」

 

自販機に手をついて項垂(うなだ)れていながらも筋肉アピールしている筋骨隆々な男が1人。チームプロキオンを率いるアオバトレーナーである。最近やけに忙しそうなのだがこれはまた厄介事か?

 

「ぬははは!俺としたことが自販機の下に金を落としてしまってな!どうしても取れそうにないのだ!」

「じゃあ俺が出しますよ」

「すまないな!」

 

チームの頭がこうなっている所を見ると、こちらも理事長やたづなさんからチーム立ち上げをせっつかれているのだが、いやぁきついっス。

生徒会とかも権限めっちゃ強いけど、あの人数で大丈夫なの?もう少し人数居てもいいと思うの。

 

「1日24時間じゃ足りん!12時間ぐらいに思えてくるな!!48時間に延長したいなッ!」

「いや労基的に無理でしょ。就労管理課が死ぬ」

 

疲れすぎておかしくなり始めている師匠に話を聴くと、今年はチームプロキオンが新入生ガイダンスの進行役を務め、さらに新人トレーナー研修の受け入れ先に選ばれたらしくその準備のために奔走しているとの事。いつも呵々大笑といった豪傑である師匠が珍しく疲弊していた。

俺の時もそうだったのか……なんて感謝こそすれ、様々な経験を積ませてもらった。本当に。新人サブトレーナーにウマ娘と一緒にトレーニングさせるか普通?

 

「新入生ガイダンスでトレーニング計画はリスケの嵐……。シニア級のヤツらはある程度メニューを自分で組み立てられるから大丈夫だが、目を離すことはしたくないのでな!新人トレーナー用の資料もまとめなきゃならん!コレでクラシック級のGⅠも近い!いやぁ手が回らん!せめてひと月ぐらいクラシック級のヤツら2人の面倒を見てくれる専属しか受け持ちのないトレーナーが居ればなぁ!!?」

 

イヤに具体的だなオイ

 

「我が弟子よ!貴様はウマ娘を育て上げる手腕もある!!何しろあのダービーウマ娘ウオッカのトレーナーであるからな!!」

「師匠ダービーだけ獲れてませんもんね」

「イヤミか貴様ァ──ッ!!」

 

えぇ……GⅠ勝利数ならかなりの上澄みだと思うんですが……?クワッと集中線の寄るキマった顔。どうやってんのそれ?

 

「……もしかして待ち伏せしてました?」

「大事な話をメールやUMAINで済ますのもどうかと思ったのでな!聞けば休憩にこの自販機まで来るそうではないか!ここなら人も来ないし秘密の相談にはうってつけよ!!ぬっ小銭が冥界送りにされたのは本当だぞ!!」

 

ハメられたって訳ね……。

 

「決まりだな!!!2人ほどトレーニングを付けてやってくれ!!!なぁに手の掛からんヤツらを送る!!」

「Yesと言ってないが?ちょっと?」

「うわっはっはっは!!いやー忙しくて適わんな!!!!」

 

警戒色のコーヒーを(すす)りながら今年のクラシック級を思い起こすと、大阪杯で遭遇してしまったあのハッピートリガーが「可愛い子だと思いましたぁー!?私ですよ私ッ☆」なんて脳内でウインクをぶちかまして来やがる。

 

あいつクラシック級だったか ……?頭に()ぎる嫌な予感をコーヒーで押し流す。ちょっと待て、2人って言った?

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「結局アンタはどうするのよ」

「半マイルリレーだろ?綱引きだろ?後はなんかあるか?個人競技はともかく小学生レースの並走とか感ライブもあるだろ?」

「それ競技が連続するからダメな?クールダウンは絶対挟めよ」

「えーこれ出たかったンだよな……ダメか?」

「ダメ」

「なによNGばっかりじゃない」

「そんなこと言ってたらお前さん達全部出ようとするだろうが」

 

片方がアレに出ると言えば、もう片方も張り合って出ようとする。さっきから加速度的に出場種目が増えてるんよ。

 

この時期と言えばトレセン学園の2大イベント、春のファン感謝祭が近づいていた。普段ベールに包まれたトレセン学園の内側に入れるだけあって、ウマ娘達のご家族のみならず、非常に多くのファンの皆様が訪れる運動会のようなものだ。秋季には文化祭的な催しの聖蹄祭がある。

 

ジュニア・クラシック級のウマ娘には大事な時期であるし、まだファンもそこまで獲得できてないため自由参加であるが、シニア級は基本参加で、ファン数の多いウマ娘に至っては生徒会より直接要請が届くようになっていた。

ダイワスカーレット、ウオッカのGⅠウマ娘の2人にも、もれなく参加要請が届きコレに応えるとの事である。

 

「そういや言い忘れてたんだが、プロキオンのクラシック級ウマ娘2人をひと月程面倒見る事になったからそのつもりで居てくれ」

「プロキオン?なんで?」

「新入生ガイダンス要員にされたりサブトレーナー受け入れチームになったりして手が回らないンだとよ」

「去年新入生ガイダンスを受け持ったチーム所属の子も“ハズレくじ”なんて言ってたわね。結構な仕事量振られるそうよ」

「手の掛からない二人を回すとは言ドーンだYO!!!

 

 

 

平和な日常はもろくも崩れ去った。

 

「あー、手の掛からないなんだって?」

「頭痛ッ……優しさを半分くれッ……」

 

とりあえず逆パカしたトレーナー室の扉をどうしようか、なんて混乱した頭に響く高笑い。扉を蹴破ったソイツは額に指を当てきりっとした顔をしている。なんでだよ。

 

「フッ…またつまらぬものを蹴ってしまった……」

 

呆気に取られたダイワスカーレットはぽかんとしたまま固まっている。

 

「……おい」

「おっ久しぶりですね!真っ黒なトレーナーさん!こんな気温で黒なんてよく着てられますね?……ちょっと待ってくださいよ、なんで私の頭をゲンコツで挟むんです?」

「……」

「えっ?ちょっと何か喋ってほしいんですけど?怖いんですけど?」

 

そのまま両手を全力でドリル

 

 

「あばばばば!!!ちょっ!?イッタイコレェ!!?まって!?!!か弱い美ウマ娘にみさえ万力は駄目でしょ!!?」

「テメー扉の前に人が居たらどうすんだ」

「ちゃんと中の音聞いて!!!!扉の前にいない事は確認しましたァー!!!!!」

「なおの事(タチ)悪りィじゃねえか!!!」

 

大阪杯の時に迷子になっていた所を保護したディープスカイ。プロキオンからやってきた愉快なメンツ1号。

そしてその後ろから気配もなくするりと入り込んできた明るい栗毛はディープスカイと似たような色合い。前髪に太い流星が入っており、半目に瞼が下がった双眸をしていた。眠そう。

 

「………オウケンブルースリ……です……」

 

プロキオンからやってきた愉快なメンツ2号。栗毛の色は似ているが、気性の方は全く正反対な落ち着きを見せるウマ娘はクラシック級ながら線が細い。まだ本格化が完全に終わってないような気さえする。

鈴が転がる様な囁く声量で、辛うじて聞き取れた自己紹介。ごめん、ボリューム20ぐらい上げてほしい。

 

「うぎぎぎ……!!という訳でですねぇ!!トレーナーさんからしばらく忙しいから黒ジャケさんの所で預かってもらえって言われてるんですよこっちはぁ!!なんたる挨拶ですか!バイオレンス過ぎません!!?」

「黒(シャケ)さんって俺の事か……?」

「気にするところソコなの?あと鮭じゃなくてジャケよジャケ」

「そりゃあ自分の普段の格好を(かがみ)見て(かんが)みてくださいよ!!?」

 

……否定できねぇ

 

「黒しか無いでしょ!私会った時黒しか着てないですもん!!絶対クローゼットの中全部黒いですよ!!着飾りましょうよもっと腕にシルバー巻くとかさぁ!!?」

「いまいちセンスないぜ」

「言わないでおいてあげたのに……」

はうぁ!はうぁ…はうぁ……がくり……。スカーレット先輩もそう思いますか……?

「うん」

「……クッ…たとえ私が倒れようと第二、第三の私が……」

 

スカーレットの容赦ない槍に崩れ落ち、床に倒れ伏したディープスカイ。スカートが皺になるから止めなさいよ。

 

賑やかなのはいい事だが、狭い我がトレーナー室の中は賑やかをぶっちぎって騒がしいまである。未だに、静かに静か~に佇むようなオウケンブルースリに目線を合わせてみると首だけをくりんとこちらに向けた。フクロウみたいな動きだ。

 

「ディープスカイはプロキオンでもこんななのか?」

「…………(ふるふる)」

 

ゆっくりと首を振って否定を示すオウケンブルースリ。

 

「…トレーナールームは……イクサ先輩、タロット先輩に、叱られるからもうちょっと静か……。いつもよりも…よく話す、だから吃驚してる……」

 

そう言って眠たげに見える半目をスっと指で広げる。それはビックリしてる仕草なのか……?

物静かに思えるが、とりあえずちゃんとリアクション(反応)は返してくれた。あと声のボリューム上げてくれた。いい子。

 

「というか、シニア級の先輩の方がまだ自主的にできんじゃねぇか?どうして大事なクラシック級をこっち回したんだ?」

「ダービーに行きたいからですよウオッカ先輩。去年のダービーウマ娘の走りを間近で観察できる機会なんて早々無いじゃないですか。私は走り方が差し追込型なんで、差しウマ娘のお手本が近くにいるなら習うしかないですよ?」

「え……?アナタ確か次走……」

 

 

「────N()H()K()()()()()()()です」

 

 

まさかの()()()()。皐月で名前を見なかったのはそのせいか。同じ東京レース場ながらもNHKマイルカップとダービーは同月中2週で開催というスパンの短さから、挑戦者は数居ても、成功者は最強の大王と呼ばれたウマ娘ただ一人。

それを目指した偉大なトレーナーの名を借り“マツクニローテ”とも呼ばれるが俺も提案こそすれ強くは勧めない。ウオッカもダイワスカーレットの存在があり、桜花賞出場へ向かった。

 

「……スカイ、は小回り苦手。中山に…合わない……」

 

その辺りは俺が口を出さなくとも、当然あの筋肉師匠と筋道を立てたはず。だがそのピースが足りないからこそクラシック級の二人をコチラに仕向けたのだ。

ウオッカもスカーレットも、次走はNHKマイルとコースも距離も同じヴィクトリアマイル。なるほど、理には適っている。

 

トレーナー端末でサラッと確認してみたが、ディープスカイはシニア級と比較しても体つきが立派なもので、身長はウオッカ並にあるし、去年この時期のダイワスカーレットよりも様々な成長が早い。ストライドを生かした走りの方向でイケそうだ。

 

「オウケンブルースリはまだ本格化が終わってないのか?」

「…去年の、12月、ぐらいからようやく来た……けどまだ、終わってない…です………」

「なら無理できないわね」

 

その通りだ。本格化途中のウマ娘の足は非常に不安定なモノになる。

そこで無茶をしてしまうと関節を壊したり、左右で足の長さが変わってしまい負担が骨盤に掛かる状態になったり、放置すれば背骨・脊椎にも負担が及び慢性的な腰痛に直結する。そうなったらレースどころか今後の彼女の人生にまで影響が出るからこそナーバスにならざるを得ない。

 

「だけど……未勝利戦、勝たないと…トゥインクルシリーズ走れなくなる……だから強くしてください……!」

 

その場で腰を折り頭を下げるオウケンブルースリ。なんたってこんな大事な時期のウマ娘を俺に寄越して来るのか師匠。

チーム、それもシニア級ウマ娘を複数抱えていて、サブトレーナーの受け入れしてる所が、専属並みにケアが必要なウマ娘の面倒まで手を回しきれないのが現状……か。彼女を走らせてやるためにはキャパシティが足りなかったんだ。ただあの師匠がチームに入れるぐらいだから光るものはあるのだろう。

 

「イクサ先輩もタロット先輩も、黒ジャケさんなら安心だねって送り出してくれたんですよ!」

「責任感じて胃がとれそう……分かった。4月から5月の落ち着くまではこちらで預かろう。2人はウオッカと同じメニューを少し調整してやってもらう事になるがそれで良いか?スカーレットは宮下と要相談だが、トレーニングに混ざってくれると有難い」

「スカーレット先輩とトレーニング!?その言葉を待ってましたァ!」

「…………(こくり)」

 

「あんまり後輩(しご)きすぎるんじゃないわよ?」

「ンなことするかよ。だけどダービー獲りたいって言うなら、それなりの相手してやらなきゃな?」

 

憧れのダイワスカーレットとトレーニングができる事に感涙を流すディープスカイ。かたや、自分の口元を指で押し上げにゅっと笑顔(?)になるオウケンブルースリ。今年度の始まりはずいぶん騒がしいモノになる。そんな予感がしていた。

 

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