タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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トレセン学園☆春の大感謝祭①

 

 

 

空に空砲が咲きポンポンなんて音を立てれば、待機していた実行委員会のウマ娘が正門を開いた。途端に色めき立つ長蛇の列。そして学園側もにわかに浮ついた雰囲気が漂う。

 

「毎年よく集まるもんだなァ……」

 

1年のうち2回、普段はベールに包まれているトレセン学園に一般人が立ち入れるイベントがある。

 

春に開催される“ファン感謝祭”と、秋に開催される“聖蹄祭”。

 

このふたつはレースで鎬を削るウマ娘達の学生らしい日常風景が間近で見られる貴重な機会として有名なのだ。

春のファン感謝祭は一般人参加型の運動会、秋の聖蹄祭には文化祭的な側面があり、寮生活なうえ、勉学やトレーニング漬けにされるウマ娘達の貴重な女子校生らしいイベントといえる。

 

トレセン学園の近隣住民や在籍するウマ娘のご家族にはチケットが配られるが、数少ない一般枠(それでも数千規模)は数十万単位ではきかない数のファンが応募するため、毎年予約サイトはアクセス過多でサーバーダウン。大手チケットサイト泣かせの爆破(クラッシャー)コンテンツ。

ネット掲示板ではトレセン学園主催サーバー耐久テスト等揶揄されており、未だに耐え切った業者(プロパイダ)は存在しない。

 

それだけ競争率の高いチケットはもちろんファン垂涎の品で、かつてミスターシービーとシンボリルドルフという三冠ウマ娘が連続で誕生した年、オグリキャップら世代のウマ娘レースブーム時代、スペシャルウィークたち黄金世代、久方ぶりに誕生した衝撃の三冠ウマ娘誕生年など倍率が高過ぎてチケット重版がかかり、それも数瞬で無くなるというプレミアっぷりだったらしい。

 

よって学生側もかなり気合いが入るようで、種目へ対する一生懸命な取り組み姿勢や、普段よりもかなり距離の近いファンサにより、会場に来たら新たな推しが増える!と喜色の笑みで悶絶するファンが多数。

そして毎年一定数は推しウマ娘のファンサに気絶して救護室に運び込まれる層が居る。この為にトレセン学園近隣に家を買うファンも居るのだとか。いやはや感心するばかり。

 

 

 

受付のウマ娘達がチケットを切り、入校証代わりの半券を受け取ったゲスト達は思い思いの場所へ歩き出す。

例年繰り返される戦争のような有様を受けてマニュアル化された受付業務は、きっちりと打ち合わせた実行委員会のウマ娘がソツなくこなして濁流のような人の波を捌いていく。

 

人波はそのまま、推しウマ娘の出場種目があるターフ、ダートに流れて行きそれぞれのスタンド席がすぐさま埋まりだした。

平和なトレーナー棟屋上からこう見下ろしていると人の動きがよく分かる。にわかに騒がしくなったトレセン学園構内だが、トレーナー棟はイベント時でも立ち入り禁止ゆえに落ち着くことができた。

 

ひとつ残念なのは来賓が来るからちゃんとした格好をしろと釘を刺されてしまった事。

おかげで今日ばかりはスーツにトレーナーバッジ着用という普段着ない物に違和感を感じつつ、こうしてトレーナー棟屋上で煙草を咥えてるわけさ。

 

 

 

屋上に繋がる扉がゆっくりと開いた音がした。ウマ娘のトレーナーは非喫煙者がほとんどで、一般にはココを開放していない。はて、珍しい事もあるなと視線を動かさずに居たら、ソロリとした足音が数歩、後ろに立ち止まる気配のあと、細い指が俺の視界を覆ってきた。

 

「だーれだ?」

「ローレル」

「うっわ……リアクション薄いなぁ……。愛しの?とか最愛の?とかつけてくれていいんだよ?」

「なんで言ってる方が疑問形なんだよ」

 

何故だか屋上にサクラローレルが忍び込んできた。ココ、一般人立ち入り禁止のハズなんですが……。

 

「OG訪問ってね。サインあげたら笑顔で通してくれたよ?」

「それで良いのか警備員……」

 

ほんと人たらしの才能あるよ君。

タバコの臭いが移っても悪いから揉み消して灰皿に放り込んだ。

 

「今日はスーツなんだね?そのグレー落ち着いててカッコいいよ?たまにはライダースジャケット以外も着てみたらどう?」

「そりゃどうも。そっちのワンピースもよく似合ってるぞ?スレンダーなお前さんにピッタリだ」

「ふふっ…いいね。もっと褒めてよ」

 

その場でローレルがスカートの裾を広げながら一回転する。ふわりと広がるロング丈のオフショルダーワンピースに淡い色のカーディガン。ほんのり薫ってくる桜のような(かす)かな甘い匂い。

 

足の手術痕が覗いてしまうからか、普段パンツスタイルを好む彼女にしては珍しくガーリーな装いをしていた。両足の手術痕は他人から見ればかなり痛々しく見えてしまうだろうが、それこそ彼女の挑戦の証。

それを笑う資格は誰にも無い。

 

「んで?俺は今日トレーナー室で静かに過ごすだけなんだが」

「え?出場種目あるんじゃないの?」

 

え……?なにその不穏な発言は……?

 

「いやー女子校生の運動会で男がきゃっきゃウフフする訳にもいかんだろ」

「?……あ、もしかして知らない?プログラムすら見てない感じ?」

「……?」

 

運動会はウマ娘達学生が楽しむものであってトレーナーは関係ないだろとプログラムも見ていないんだが……。

はて、ローレルから渡されたプログラム一覧に目を通すと、この所々存在する(トレーナー対抗)とカッコ書きがある種目はなんぞや?

 

「それ、理事長が案を出したトレーナーがやる種目らしいよ?」

「マジ?」

「マジ。ていうか種目希望用紙出してないの?」

「聞いてないそんなの」

 

一気に雲行きが怪しくなってきた……。てっきり去年のようにウマ娘達がきゃあきゃあやって終わりだろと思っていたらところがどっこい。すぐさまダイワスカーレットのトレーナーである宮下に確認の電話をする。数コールがもどかしい……!

 

『はい、宮下です』

「あーすまん!ファン感ってトレーナーもなんか出るのか!?」

『3日前までにイントラネットから申込のはずでしたが……』

 

やっべ、見てないわ

 

『サカキトレーナーが申込されてないとたづなさんに相談されたので私と同じ種目で出しておきました』

「恩に着る……!ん…?出場種目聞いていいか?」

『近い順にウマ娘とトレーナー二人三脚ステークス芝100m、一般ウマ娘参加トレセン優駿、トレ賞、借り物競争の以上ですね。ちなみに二人三脚ステークスとトレ賞は順位によってライブがありますよ』

 

ライブやんの!?

 

『……ちなみに出場しないと強制センターだそうですので気をつけてくださいね?』

 

聞いておいて良かったわ。BLOW my GALEやwinning the soulならまだしも、ウマ娘のライブには特大にヤバいモノがある……。

 

“うまぴょい伝説”

 

「意外とウマ娘には需要あるよ?自分のトレーナーが踊るとことか」

「無くていい……そんなもの……!」

 

カラオケの内輪ならまだしも衆目に晒されながら成人男性が踊るうまぴょいなぞどこに需要がある?罰ゲームもくだらないぞそんなもん。いや、宮下はノリノリでやりそうではあるが、そういうのは顔面偏差値が高い奴らがやるから良いのであってだな?

 

「言い訳してないで諦めなよ。今日は一日見ててあげるから♡」

「え?やめて?」

 

 

 

 


 

 

 

 

スーツ着てきた意味あるんですかねぇ(ブチギレ)

 

「トレーナー?いい加減現実見て欲しいんだが」

「世の中見たくもねぇ事が溢れ過ぎなんだよな…………」

「おーい帰ってこーい?」

 

俺の目の前でウオッカが手を振る。……見えてるから。

結局トレーニング用のジャージに着替え、ターフの上をウオッカと足を1つに結び歩いてる。

 

今は二人三脚ステークスのプラクティスタイム。

向こうではダイワスカーレットと宮下がペースを合わせて走……あ、コケた。

 

「というか全然練習してないよな。俺たち」

「公平を期すために本番まで練習禁止だったんだが?だからみんな今やってるんだぜ?」

「マジ?」

「マジ。てか本当に何も見てないんだな」

「いやもう俺はハナから傍観者に徹する予定だったのョ」

 

理事長半端ないって!今年からトレーナーの種目ぽんぽん新設されてると思わんやん!?そんなんできひんやん普通!!そんなんできる?言っといてやできるんやったら……。

 

トリップする俺の思考回路。それを察したようにウオッカの尻尾が裏ももをペチンと叩いた。結構痛いそれと抗議の視線をじろりと向けられ立つ瀬がない。

 

「諦めて練習しよーぜ?オレ、アイツに勝ちてえんだよ」

 

そう言って顎で指した方向には、そうはならんやろと言いたくなるように絡まったコケ方をしているダイワスカーレットと宮下。

何事も1番を目指すスカーレットは当然スタートから突っ走り、宮下も必死に合わせているもののウマ娘パワーに引っ張られ、足が合わなくなり盛大にコケ散らかす。

 

「なるほど……」

 

ウオッカと俺の身長差は約13センチ。歩幅は当然俺の方が大きいが、走るためのストライドとなればウマ娘の脚力をふんだんに使ってウオッカの方が大きく1歩を踏み出す。1歩のペースを合わせるためには俺の出力を上げ、ウオッカの出力を下げバランスを整える必要がある。

 

「ウオッカ」

「あん?」

「出力を50パーに抑えてくれ。じゃないと俺の足がもげる」

「え…おう……。言ってもそんなに下げなくても」

「ウマ娘と人間のパワーにはそれだけ差があるんだよ」

「難儀だよなぁ……」

 

軽く肩を組み…いや肩薄ッ。ウマ娘の中では華奢な部類と言えるウオッカ。ジャージで大きく見えるが想像以上に中はか細い。びっくりしてつい手がマスターハンドみたいな動きになってしまう。

 

ウマ娘特有のヒトより高い体温が右側から伝わってくる。そんな温もりにちょっと言葉を考えどうすれば良いか困っていたが、いつまでも俺の肩に手がやって来ない。

 

「あーウオッカ?肩組んでくれ?」

「ちょ、ちょっと、待って欲しいんだぜ?」

「おい、鼻出血か?タンデムと変わらないだろ」

「背中から掴むのと真横で掴むのと違うだろッ!大丈夫…。クールだ……クールになれオレ……」

「難儀だなぁ……」

 

ゆっくりとした呼吸で気を落ち着けた彼女の手がそろりと肩にかかる。野郎の肩に何を警戒してるんだ。もっと力強く掴まないとバランス取れんぞ。

 

「イケるか?結んでる足から行くからな?」

「おう……」

「せーのッ」

 

トレセン学園ターフグラウンドの整備は専門業者に依頼されて非常に丁寧に整備されていると記しておこう。

 

芝の匂い、感触、ああ視界いっぱいのクソ緑。

 

 

 

 

 

『皆様!お待たせ致しましたッ!続いてAターフグラウンドのプログラムはウマ娘とトレーナー二人三脚ステークス、本日は良バ場の芝100mです!先程のトレーナーズカップダート200mは見事に桐生院トレーナーの差し切り勝ち!なかなかに白熱した競走になりました!実況はそのままアグネスデジタルが担当させていただきますッ!!そして解説はこの方!』

『フジキセキだよ!トレーナーとウマ娘の息の合った熱い競走を期待しているよ!頑張ってねポニーちゃん達!』

『顔が良い…そして耳を撫でる爽やかなお声……隣で独占なんて畏れ多くアッ!!』

『デジタル君の発作は置いといて出走トレーナーとウマ娘を紹介していくよ!』

 

実況良いのかそれで?解説もいつもの事だとさらっと流すな。

 

『まずなんと言っても、注目は今をときめくGⅠ3勝のダイワスカーレットと宮下Tコンビ!そしてその終生のライバル!ウオッカとサカキTコンビだね!レースだけでは飽き足らずついにトレーナーも交えてファン感で激突だよ!』

『この二人がいる時点で激戦は必至!!もちろんウマ娘だけの強さではなく!!今日はトレーナーさんとの息の合った走りが大切ッ!!伏兵が下克上なんてアリアリに有り得ますからね!!!たはぁ~!!慣れない二人三脚に真剣な表情のウマ娘ちゃん達!!───尊いッ!』

 

再起動したアグネスデジタルが早口で捲し立てる。というか実況と解説が入れ替わってない?

 

 

「意外とスタンド埋まってんだな……」

「ダービーなんかはもっと凄かったぜ?もう歓声で耳の奥がビリビリするんだよ」

「GⅠと比べるのが間違ってるだろ」

 

スターターの格好をしたウマ娘が旗を振ると、なんと京都レース場のGⅠファンファーレが流れ始めた。観客達は手拍子で合わせ始めるし、出走するウマ娘達の表情がガラリと変わった。和気藹々とした雰囲気はプレッシャーのブリザードで掻き消され、鋭い視線と目が合いまくる。

無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで統率されたウマ娘達。9ペア立ての1番にダイワスカーレットペアが入り、間に1ペア、そして3番に俺達が入る。そして枠に入る前、スカーレットと宮下から鋭い視線が飛ばされた。

 

──不敵に笑う彼女らの表情にウオッカが触発されたのか、ガチリとスイッチが押し込まれる。

 

『さあ前口上をお願いするよ!デジタルくん!』

『ひょぇえ!!?では不肖このアグネスデジタルが務めさせて頂きます!』

 

肩を組んだ右側からもうもうと熱気が立ち込め、左に添えられた手ががっしりと肩を掴んでくる。

アイツら火に油を注ぎやがった。分かっててやったな?タチ悪ィ!!

 

「トレーナー」

「おう」

「勝とうぜ」

「そうだな、みんなブチ抜いてやろうや。ダービーの枠番と一緒だしな」

 

ゲートの中でニィと笑い合う。彼女の瞳には火が灯り、夏かと錯覚するほどの熱さを内包する。

 

……合わせるように深呼吸をして

 

───だんだんとシンクロしていく呼吸

 

 

『100m!わずか0.5ハロンの電撃戦!ウマ娘にはほんの少しの距離でも、今日は信頼するトレーナーさんとの3年間が試されます!今後開催されるGⅠでもウマ娘ちゃん達の活躍を期待しましょう!注目はノリに乗っているダイワスカーレット、しかしウオッカも負けられない!いやいや今日ばかりは勝たせてもらうと伏兵か!?輝けプライド高き武士(もののふ)達!9番ペアが入って態勢完了!!』

 

ウオッカの耳がビンと上向く

 

 

視界が開ける一瞬前、結ばれた足に強く力を込めた───。

 

 

『スタートしました!!ダイワスカーレットペアロケットスタート!!ウオッカペアは後方3番手!!大きく差が開く!6番ペア転倒!8番は紐が絡まって出遅れです!』

『コレは逃げと差しで別れたねッ!?さあどうするウオッカペア!』

 

彼女と呼吸を合わせゆっくり右、左と足をシンクロさせていく。いつもよりずっと広く、飛ぶように足先に力を込めてウオッカと合わせる。

 

───右、結ばれた足を大きく蹴って

 

 

───左、大きく、ジャージが突っ張るほど大きく跳躍

 

 

ストライドを合わせて修正していく。二人分だった足音が、どんどん一つの音へ。

 

50m看板を過ぎて1ペアを躱す

 

「無理ぃ~!!」

「お……かしい……だろ…!」

 

───あと40m、ここだ!

 

息を入れる、ウオッカも同じ、ここからスパート!体を前傾に倒し全開で足に力を入れて跳躍する!!前へ!!

 

『ダイワスカーレットペアちょっと垂れてきたか足が合わない!!これを追う2番ペアしかし届かないかペースが上がらない!コレは決まりか!!?キタキタキタキタァ!!ウオッカペアが上がってきた!!スパートかけてますよこの人たち!??エェェ!?加速おかしいですよ!!?』

『いや!速いね!まさかの前傾姿勢で足ピッタリだよ!』

『みるみる差が縮まって行き……エェ!?ダイワスカーレットペアも加速!!?ブラフだったのか!!??』

 

あと一つ、突っ込めえ!!

 

「ふざっけんじゃないわよ!!?ヒモ解けてんじゃないの!!?」

「スカーレット君!?足を合わせて!」

「分かってるわよ!!」

「「差す…!!」」

 

 

 

『並ぶ!!並んだが!?どうだ!!全く並んで2ペアゴールイン!!くはぁぁぁ!!真剣なお顔が、姿勢が、相手を信頼した走りが素晴らしい!』

『いやぁ参ったね!これは分からないや!』

 

 

「ひ、ひえぇ!!ゴ、ゴール!」

「っしゃあ!!差しただろ!?」

「はあ!?アタシたちが逃げ切ったわよ!!」

「んだと!!?」

 

ゴールと共に言い合いを始める二人。

体中が空気を欲して足が笑う。100mなんて、ウマ娘達にとって児戯に等しいだろう距離でもヒト男性は全開である。

 

いや無理。苦しいわ。

 

「どうなのよ!?」

「どうなんだ!?」

「ひぃぃぃ!!ど、同着!!同着!!!許して!!」

 

 

 

 

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