タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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トレセン学園☆春の大感謝祭②

 

 

『無惨ッ』

───理事長が一気に広げた扇子には達筆な文字でそう書かれていた。

爽やかな陽気の昼下がり。日差しは柔らかく、風は優しく包み込んでくる……そんな日和。

 

多くのトレーナーがデスクを置く総合トレーナー室(個別部屋を持たないTのデスクが置いてある職員室のようなもの)は、一言で表せば死屍累々、そんな言葉が合う凄惨な光景が広がっていた。

 

 

トレセン学園春のファン感謝祭は午前プログラムが終了し、昼休憩となった途端、総合トレーナー室はウマ娘達に様々な競技で付き合わされた(ボコボコにされた)憐れなトレーナー達が雪崩込んできた。そんな彼ら彼女らは現在デスクに身を投げ出して誰もが思う。───「もういいだろう」と。

 

ウマ娘のトレーナーには様々なものが求められるが、基本はもちろん心·技·体だ。中央トレセン学園のトレーナーともなれば、どれもかなりの高水準を求められる。

その水準をクリアしたトレーナー達ですら、元気を持て余す年頃のウマ娘を相手にすれば午前だけでこうなった。

 

「傾聴ッ!この中から小児ウマ娘たちのトレーナー指導体験に手を貸してくれるトレーナーは居るかッ!?」

 

助力ッ!と急募ッ!と書かれた扇子を一気に広げる理事長だがトレーナー達の反応は芳しくない。

 

「無理があろうと思われます」

「虚ーーー無ーーーッ!表情が死んでいるぞ!?」

 

 

吠える、跳ねる、(そら)を飛ぶ、振り回される(文字通り)、バクシンパンチ、トレーナー達のHPはゲージがあるなら赤に差し掛かっている。昼食を食べ進める気にもならない肉体的疲労。

 

ただの運動会ならばここまでにはならないのだが、当然今日はウマ娘達の家族も観客に来ているしその家族が日本を代表する名家なんて事は珍しくなく、URAのお偉いさんも居れば、留学生や他国の王族までいる始末。どんな高貴である人物の目がどこにあるか分からない、そんな精神的疲労のダブルパンチ。

 

「あの人達に比べたらマシか……」

「そう思いたいよな……」

「流石に観客の前でライブはアタシ無理……」

 

突っ伏したトレーナー達は犠牲になったトレーナー達を(しの)ぶ。二人三脚ステークスで勝利したトレーナーとウマ娘はもれなくウイニングライブが待っているのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

確かに、指導項目にあるからトレーナーには歌と踊りまで求められる。歌のお兄さんと化す必要があるのだが、公衆の面前でそれをヤレるかどうかはまた別の問題だ。

よってトレーナー達は皆センターに立たないようギリギリのラインを狙っていた。残念ながら二人三脚ステークスはウマ娘がそうはさせてくれない。

 

 

「出なくてよかった……」

「それな……」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

ステージの上から見る人波に酔いそうになる。

苦手な人からしたら、いくつもの衆目の集まるただ1段上なだけのステージでキツいだろう。

 

こんなに視線を浴びたのは何時ぶりだろうか。人前で話すのは苦手なんだけどナ……。

だからウオッカと背中合わせで決めポーズを作るのも手が震えて仕方ない。よく2000mも3000mも走った後にこんな激しく歌って踊れるもんだと感心する。

 

「あーキッツ……」

「なんだよ1曲でへばってちゃ務まらないぜ?」

「俺は人前で歌って踊れるようにできてないの。宮下みたいな歌のお兄さんじゃないからな」

「あれは逆にどうなってんだ?キレよすぎんだろ」

 

何なんだろうなあの歌のお兄さんは……ホント、何なんだろうな…?何?ウマ娘レベルで踊ってるとか……。アイドルもかくやというレベル。今度からダンスレッスンは奴につけてもらおう。

 

「何はともあれ、これで午前は終了だから」

「ようやく折り返しかぁ!楽しかったけどな」

「そりゃー何よりだよ……」

 

舞台袖から表に出るとやっぱりごった返してて人もウマ娘も凄いことになっていた。いち学校の運動会でこんなに人が集まるんだから、やっぱりこの学園の特殊性が窺える。

 

「あのっ!サインもらっていいですか!?」

「んおっ…はいどうぞ」

「ありがとうございます!!次のヴィクトリアマイル応援してますウオッカさん!!」

「おう!次はセンターでライブやるから予約しといてくれよな!」

 

こんな風にファンとウマ娘が間近で交流できるのも特徴か。あまり囲まれるようなら昼飯の時間も無くなってしまうから、目のキラキラしたファンたちには申し訳ないがそこそこで切り上げさせてもらおう。

 

 

「あのっ!」

 

少し遠巻きに様子を見ようとしたところで、ファンに呼び止められる。

 

「トレーナーさんのサインもいただけませんかっ!?」

「…俺の?いや、ウオッカのだけで良くないです?」

「そんなことありませんよ!?」

 

期待の籠った眼差し。この学園じゃただの付属品にそんなものを向けないでほしい。色紙とペンを受け取る事なんか記憶の彼方に葬り去っていて全く予期していなかった。

 

「してやりゃあ良いじゃねーか?ちょっちスペースが空いてんだから」

「ったく、これきりだからな」

 

さらさらと書き上げて、色紙をさっさとファンに返す。笑顔で去って行ったファンの気持ちを推し量ることはできないが、満足してもらえたなら何よりだ。

またファンにもみくちゃにされ始めたウオッカから離れると、ローレルが狙いすましたかのようなタイミングで隣に並んできた。なんなら君もGⅠウマ娘だからね?

 

「ずいぶん書き慣れてるんだね?ふつうサインなんて考えてなきゃ困りそうなもんだけど」

「そりゃあな。いつかは世界に名を轟かせるBIGな男になりてぇからサインは考えてあるのさ」

「そんな男がサインの一つケチるってどうなの……」

 

いや、考えてもみてくれよ?ダービーウマ娘のサインが欲しいのは分かるけどそこになんか変なのが一緒に書いてあったら価値下がるじゃん。後々、うわぁなんか勢いでトレーナー(付属品)にもサインもらちゃったけど失敗したわ~…とかそんな感じになるじゃん?

 

「発言のわりに自分の評価低すぎない?」

「痛い目見ないための予防策さ」

「窮屈だね」

「みんなが皆自分好きとは思わんことだな。嫌いでもいいのさ」

 

これは重傷であると苦笑いするローレル。自分がなにかしなくても、そのうちこの男は痛い目見るだろう。少しぐらい弱ってくれた方が付け入る隙もできるというもの。そういった事は表に出さず待つぐらいでちょうどいい。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

このトレセン学園ファン感謝祭は運動会としての側面を持つものの、美浦と栗東であったり、紅と白で分かれたり、妙義・榛名・赤城と山でも攻めるのかというチームで分かれたりして得点で競ったりすることはない。

個々にファンが付いており1番を本能的に求め走るウマ娘達からすれば、おそらく得点対抗にしたらみんな本気でやり始めてしまうからだろうか。

 

 

全てのプログラムが終了したグラウンドがちらほら見られ、このターフグラウンドもまもなく終了する。

そうなれば後はグランドフィナーレを待つのみであり……その後の片付けはトレーナーもやるんだろうな……。

 

「ところでさ」

「ん?」

「ローレル、俺の代わりに種目出ない?」

「……アホなの?」

 

いやもう既に帰りたいまである。いやほらコンサートやらプロ野球とかでもさ、終わってから帰り始めるとめっちゃ混むじゃん?だから8回裏終わったぐらいで撤退した方がまだ空いてるじゃん?

最後までバッチリ観たいって方達からすれば冒涜する様な行いなんだろうが、人混みが苦手な人間も居ることを分かってくれ。

 

「何言ってんだよ?後ちょっとで終わるんだぞ?」

「そうよ……。ちょっとはトレーナーとしてしっかりしなさいよ?」

 

担当からは呆れた目を向けられ、その友ウマ娘からは冷ややかな目を向けられる。

こんどこのターフグラウンドでやるのは借り物競走なのだが、とても嫌な予感がして仕方がない。どういう方向にと問われれば、もちろん“ネタにされる意味合い”でだ。

この借り物競争、お題はウマ娘達から募集しそれがBOXに入っており、1枚ずつ引いて行くシステムなのだがトレーナーに関するお題が絶対に入ってるはずなのだ。

 

……じゃなければ、“出走ウマ娘のトレーナーは必ず付近で観戦していること”なんて言われない。

 

プログラムを見ていて今更気付いたが、この借り物競争に関わっている委員にマヤノトップガンとマーベラスサンデーのキラリン☆愉快犯コンビが入っているのも、もうダブルリーチ役満チャンス。「(ひらめ)いちゃった」とか言いながら緑一色(リューイーソー)してきたり「マーベラス!」とか言いながら大四喜(ダイスーシー)ぶちかまして来るような奴らなのだ。

 

「じゃあ行ってくるぜ」

「……ケガのないようにな」

「まだなんか心配してんのか?」

「俺の中の俺が逃げろと言っているんだわ」

「はあ……? そう構えんなって」

 

ひらひらと手を振りながらウオッカとダイワスカーレットはスタート地点に向かって行った。

コースには机に乗せられた小道具が用意され始めたが、色々不穏なブツが混じっていて……ウオッカとダイワスカーレットの出走は一巡目。何を引き当ててもおかしくない。

 

「もう、諦めるしかありませんね……」

「それでいいのか宮下、今ならまだ間に合うぞ!?」

「いや、逃げた後の彼女が恐ろしいので……」

 

アイツらマジでやるんだろうか……。

 

 

 

 

 

「何をあんな怯えてたんだろうな?」

「さあ?自分たちがやるわけじゃないのにね?ワケわかんないわよ」

 

コースは芝500m、障害物レースも兼ねているようで5箇所に係のウマ娘が待機しておりネットが見えていたりする。

中継ポイントが……ちょっと待てあの更衣室っぽいのなんだ?

 

「なあ」

「ん?なに?」

 

係のウマ娘がキョトンとした顔でこちらに向く。

 

「この借り物競走って企画担当委員は誰なんだ?」

「マヤノとマーベラスだよ?」

「……マジ?」

 

何でトレーナーが逃げたそうにしてたのか

……それを今、理解した。

 

「なあスカーレット」

「なによ」

「オレ、なんかヤベェ気がする」

「奇遇ね……。アタシもなにか仕込まれてる気しかしないわ」

 

『お待たせしましたー!トレセン学園ファン感謝祭!Cターフ最後の競技は“ドキドキ☆あの人と初めての共同作業!?借り物競走”です♡』

 

ちょっと待て

 

スピーカーから響いた聞き覚えのあるちんちくりんボイスに耳を疑った。残念ながら聴力は正常なようで、今聞こえた言葉も間違ってないらしい。隣にいたスカーレットと目を見合わせる。なんだ共同作業って!?

 

『というわけでアナタのココロにランディーング!マヤノトップガンです☆』

『いつもアナタを皆既日食(トータルイクリプス)!マーベラスサンデーだよ☆』

 

 

マヤノはまだ理解(わか)る。……だがマーベラスのいつもアナタを皆既日食って何?

 

『説明していくよマベちん!!』

『おう!聞きたいなマヤノの武勇伝!!デンデンデデンデン!!マーベラス!』

『この種目はターフ500mを走っていく競走だよ!ただの500mじゃ面白くないから第一ポイントから第五ポイントまでそれぞれお題を置いてあるよ!スタートしてすぐ第一ポイントはネットくぐり、第二ポイントはけん玉、第三から第四ポイントまではおたまにピンポン玉を乗せながら走って、落としちゃったらまた第三ポイントまで戻ってもらうね!第四ポイントは更衣室内にコスチュームが置いてあるからコスプレにお着替え、第五ポイントはお題ボックスに入ってる紙を1枚引いてお題をクリアしてゴール!以上となりまーす☆』

『わお!そしてこの競技が終わったらウイニングライブ!第四ポイントで着替えたコスチュームのままライブしてもらいます!そ・し・て!今回のライブはリバースポール!最下位の人からセンターだよ!!』

 

「「「盛大な罰ゲームじゃねーか!」」」

 

「おい、フェスタ」

「……」

「無視するなよナカヤマ」

「アタシもこれ勝手に入れられちまったんだ。まさかこんなビックリ玉手箱みたいな競技になってるとは思わなかったンだよ。アンタも種目決めに居なかったパターンだろ?」

「そこォ!静かにするッスよ!!説明してるッス!」

「チッ……」

 

「あらぁ~?ライアンお姉様もこの競技に出走されるのですね~?」

「うん!直感でね!!にしてもコスプレかぁ……アイネスもブライトも居て良かったよ~!」

「楽しそうな予感がしたの!とっても待ち遠しかったの!」

 

出走者が軽く事故ってた。

 

「1番になっても……ライブセンターに……なれない……?」

 

隣のスカーレット(戦友)も事故ってた。

 

 

この競技、ターフグラウンドの最終盤なだけあって出場競技数調整のためか、はたまた楽そうなためか種目選択を行わなかった生徒が纏めてぶち込まれていた。

 

そのためホンワカした自主選択組と明らかに異質な組がいる。前者のアイネスフウジンやメジロライアン・メジロブライトは好んで出走したのだろうが後者のナカヤマフェスタ・シリウスシンボリは明らかに浮いている。イメージ的にこういったキャピキャピには参加しないようなものだが、無理くり突っ込まれてしまったらしい。

 

 

 

『ゲートイーン!出走者の皆さんはタキシング(移動)してくださーい!』

 

ゲートに入っても出走者は皆どこか上の空のまま、しかし最下位は嫌なのか妙な雰囲気を感じた。お前分かってるだろうな?とガンを飛ばされ、いやいや先輩こそお願いしますよと飛ばし返し、ガンのくれ合い飛ばし合いは間のお花畑で浄化される。

 

「うふふ~楽しみですわぁ~こすぷれとはどの様なものなのでしょうか~?」

 

───ガコンッ

 

「あらぁ?」

 

「よっしゃ!出遅れが居んぞフェスタ!」

「……まだ油断出来ねぇ!お題が難しければ詰んじまうぞ!!」

 

『テイクオーフ!メジロブライトさんが出遅れたけど、この先次第で巻き返せるよ!』

『スクランブルですよブライトさん!』

 

第1ポイント、地面に敷かれたネットをはね上げて地面を這って通過する。

厄介なのが耳や尻尾にネットが絡むところだ!クソ!網目が細かくて潜りづらい!

 

「あーもう!ティアラが引っかかるわ!」

「スカーレット!お先!」

 

第二ポイントのけん玉をクリアして並んでいるのは4人。

第三ポイントはおたまにピンポン玉を乗せながら本気で走ると、風圧で吹っ飛んでかなりのタイムロスをしちまった!

 

『さあここまで無事だったウオッカもピンポン玉を転がしてしまい遅れる!この隙に追いついてきたメジロブライトさん!アイネスフウジンさんも無事けん玉クリア!スカーレットもようやくネットに引っかかったティアラを回収して猛追!』

『意外!ナカヤマフェスタさんとシリウスシンボリさんはおたまゾーンも華麗にクリアだね!バンブーメモリー先輩も並んでクリア!』

 

「しゃらくせえ!」

「負けないッスよ!?」

 

『シリウスシンボリさん一番手、バンブーメモリーさんとナカヤマフェスタさんが並んで二、三番手、アイネスフウジンさんとメジロライアンさん四番手争い追走!ウオッカはここ六番手!並んでその後にスカーレットとメジロブライトさんの順です!』

『さあ第四ポイント!鬼門になるか!?それぞれ係が用意したコスプレに着替えるぞよ~!』

 

更衣室は意外と広くスペースが取られており、カーテンを開くとそこに……。

 

「は?」

 

コルセットとパニエで綺麗に型作りされた、フリルがふんだんにあしらわれた黒檀の艶やかな光沢を携えたゴシックドレスがスタンドに掛けられ鎮座していた。ナイロンの安物とかではなく、生半可な生地じゃない。走る事に配慮してるからか膝丈から短いぐらいだが、ブーツと合わせる事でトモだけが見える様に計算され尽くしている。

スタンドの頭には黒いブリムが掛けられていてコレまた高そうな光沢を放っている。コッチもキクラゲみたいにヒラヒラだ……。

フロントにファスナーがあるから下から履けばそのまま着られるけど……。

 

「え?は?オレが着るのか?……ちょっと待てよコレ……」

こんなフリフリなドレスを?

 

オレが?

 

『さあ!誰が一番最初に出てくるのか!?』

 

 

マズい……!最下位になっちまったら、この格好でライブする事に……!

 

「クソッどうにでもなれ!」

 

 

 

 

『さあ各ウマ娘一斉に出てきたぞ!』

『あれ凄いよマヤちん!!シ、シリウスさんはなんとメイド服!!ロング丈にホワイトブリムが映える!ナカヤマフェスタさんはチアガール!おへそが眩しい!バンブーさんはミニスカポリス!廊下の速度違反は許しません!』

『アイネスさんは熊本のマスコットキャラの着ぐるみ!ライアンさんはチャイナドレスだ!!みんなスタイル良すぎない!??マヤ羨ましいッ!!』

 

「ブフッ……イロモノ過ぎんだろ……くくっ」

「覚えてろよナカヤマ……!!つーかお前も大概だろってハハハハ!!」

「風紀委員的にコレはこれでありッス!」

「うわわ……これ足がスリットから出ちゃう……」

「これ夏場のバイトを思い出して辛いの!!!」

 

どこかで「ほわあぁぁぁぁ!!」と言う悲鳴(?)と共に赤い噴水が上がる。阿鼻叫喚。

 

『さあ後続も来た……!はうあ』

『ウオッカがゴスロリだぁーーー!!!スカートの裾を抑えて赤面!!あざとい!!これはあざとい!!』

 

どこかで「スカートとブーツの絶対領域(サンクチュアリ)!??好きィ!」という悲鳴(?)が聞こえる。

 

「ちくしょう………!」

 

顔が燃えてるんじゃないかと思うほどに熱い。耳の先まで熱い。

普段トレーニングで履いている体操服の方が肌面積は広いのに、スカートとブーツの少しの隙間が落ち着かない……!

パンツスタイルを好み、普段ゴスロリなど選択肢にすら上がらない彼女の奇矯な服装にファン達が湧く。デジタルが沸く。

本人が絶対にチョイスしないような服装に身を包み、お互いにツボを刺激し合うウマ娘達。

 

『その隣、スカーレットは……おなじみ、ヒ、ヒゲの配管工!!赤い! 』

 

「マンマミーア………」

「……」

「笑いなさいよ!!」

「ハハッ」

「あぁぁぁあ!!分かったわよやってやろうじゃないの!!?」

「追いつきましたわぁ~」

 

『ターフに現れた白衣の天使!ブライトさんもここで追いついた!』

『みんな~!!プガチョフ・コブラ(急減速)しないで~!!まだ第五ポイントが残ってるよぉ~!!!』

 

そうだった!まだゴールまでは1ハロン残ってた!

ほぼ揃ってしまったウマ娘たちは途端に次のポイントへ走り出す。俺様メイドは器用にスカートの裾をつまみながら走り出した!その隣を爆走する黒いクマ!ダウナーチアガール!竹刀装備のミニスカポリス!美マッスルチャイナドレス!

10人が10人聞かされればどんな状況だよとツッコミを入れたくなるような光景に、観客たちも爆笑しながら推しに声援を送る。

 

『さあ!ほぼ横一列揃って第五ポイントに到達するウマ娘達!』

『箱の中には借りてくるもののお題が書かれてるよ!ちなみにお題探しのためにターフから離れるのもOKだけど見つけてきたら第五ポイントに戻ってきてね!あと引き直しはNG!スタートまで戻ってもらいます!!残りあと50m!急がないとすぐに決まっちゃうよ!!』

 

最初にあった出遅れの差も、ティアラがネットに引っ掛かった差ももうない……!挽回できるのはもうこのお題を最速でクリアするしかない!

BOXに手を突っ込み適当な髪を一枚掴んでサルベージ!

 

 

「来いよッ!」

 

 

 

 

トレーナーにお姫様抱っこされてゴール!

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

スゥ~……はぁ~……。

落ち着け……落ち着けよオレ……。

 

 

 

見間違いだたぶん……。

 

信じたくなくて、心のどこかで悪あがきと分かっていながらも紙を畳んでから再び開く!見間違いだたぶん!!!!!

そうであってくれ!

 

 

 

 

 

 

トレーナーにお姫様抱っこされてゴール!

 

 

 

 

「ちくしょー!!変わってねぇ!!!!!!」

 

可愛い丸文字で書かれたまるで可愛くないお題!誰だこんなの入れたヤツ!!とにかく今はトレーナーだ!トレーナーを連れてこないとオレの最下位は確定する!

 

 

『各ウマ娘がお題の紙を握りつぶして散開します!』

『みんな借りに行ってますね!狩りの方が正しいかもですが!!』

 

 

やかましい!他人事だと笑いやがって……!トレーナーは……なんたってスタンドの最上列に居るんだよ!?

外ラチを飛び越えて階段を2段飛ばしで駆け上がる!一つ向こうのスカーレットも必死の形相で階段を跳ね上がってトレーナーの元へ!

 

「トレーナー!オレと来てくれよ!」

「トレーナー!アタシと来なさい!」

 

予期していたことが案の定発生したと諦めの境地に至ったトレーナーの目が濁る。隣にいるローレル先輩も苦笑いで手を振り「頑張れー」と力の抜けた声援を送ってきた。周りの観客の視線も相まって顔中が熱い。熱いったら熱い!

トレーナーの手を引っ掴んで階段を駆け下り、第五ポイントに戻ってきた。

 

「おい…!階段駆け下りたら危ねぇだろうが!?」

「頼む!今は見逃してくれ!!」

 

第五ポイントには自らのトレーナーを引き連れたウマ娘が続々と戻ってきていた。マズい!これウマ娘側が()ならブッちぎられる……!

 

「ト、トレーナー!たたた頼む!何も言わずにオレを抱えてくれ!!」

「抱え……?どうやってだ」

「え、あ……あ、あ、アレだよ!こう横に!」

「横?」

 

あーちくしょう!!なんたってこんな時ばっかり察しが悪りィんだこのトレーナーはぁ!!トレーナーを観客席からおんぶしながら出てきたシリウスシンボリがそのままゴールへ疾走していく!アイネスフウジンとメジロライアンもファイヤーマンズキャリーでトレーナーを担ぎ走っていった!もうアレには追いつけない……!他もトレーナーとゴールへ向かっていく!

 

 

「オレをお姫様抱っこしながらゴールしてくれ……!」

「なんて!?悪い聞こえん!!」

 

「オレをお姫様抱っこしながらゴールしてくれ!!!」

 

トレーナーは頭を搔いて溜息を吐くとオレの背と膝に手を回す。次いで自分の体をふわりと浮遊感が包み、回された腕に力が籠ったのが分かった。

 

「首に手ェ回しとけ!変なとこ触っても許せよ!」

 

『これは決まったかシリウスシンボリさんがトレーナーさんをおんぶして抜け出した!メジロライアンさんがトレーナーさんを担ぎ上げて追走!そしてウオッカは反対にトレーナーさんがお姫様抱っこ!!乙女の憧れお姫様抱っこで共にゴールに向かう!マベちんあれズルい!!』

『マーベラス!ウチのトレーナーはあれで腰やりました!』

『最後に戻ってきたダイワスカーレット組もトレーナーが下で肩車だ!』

 

ダメだコレ……!身体中が熱い!!

歓声が遠くて、全力疾走した後みたいに心臓が早鐘を打って、首に回した腕に無意識のうち力が籠ってしまう。耳元で聞こえる激しい呼吸音、頼むトレーナー……!

 

『メジロブライト組が躱した!躱したぞ!バンブーメモリー組も肩を組みながらゴール!ナカヤマフェスタ組はトレーナーがおんぶしながらゴール!追い込んでくるのはダイワスカーレット組!!ウオッカ組逃げ切るか!?』

『差し切るにはちょーと距離が足りないかも!??』

『並んだ!並んでッゴール!!』

 

「ご、ゴール!!」

 

ゴール係のウマ娘の横を通過すると、トレーナーはゆっくりとオレを下ろしてターフに崩れ落ちた。宮下トレーナーもスカーレットを下ろすとそのまま後ろに大の字で体を投げ出す。トレーナーがウマ娘を運ぶお題だった他の組のトレーナーもターフに沈んで荒い呼吸を吐いていた。

 

「無理……」

「何よ体力ないわね!?」

「体…がそういう風に……できてねぇんだよ……!」

 

 

 

そういやゴール順は!?ライブセンターはどうなっちまうんだ……?

 

「オイ…ライブの場所はどうなるんだ?」

 

ナカヤマフェスタが係のウマ娘に問いかける。今ここに居るウマ娘たちの最重要ポイントはその一点で共通していた。どこからか飴を取り出したナカヤマフェスタは口の中に含む。いまポンポンから飴出てきたぞ…?

 

「えーっと、スカーレットさんとウオッカさんが同着になるから並んでセンター、サイドがナカヤマさんとバンブーさんね!他の人たちはバックダンサーかな」

「……チッ」

「オイ!?アタシらもライブやるのかよ!!?」

「もちろん!企画委員からこの競技のライブは全員出場だって聞いてるよ!」

「こ、この格好でライブかぁ……」

「ライアンはまだいいの!!」

 

 

マジか……この格好でライブセンターか……。もう一人のライブセンターの配管工ヒゲオヤジよりは………まだマシか?

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

あれだけの喧騒も落ち着いて、後片付けも終わった後のトレセン学園は静けさが包んでいた。ウマ娘たちは心地よい疲労を胸に各寮へ引き上げていく。

トレーナー達も、今日ばっかりは早仕舞いで住処へ帰っていく。明日はトレセン学園自体が振り替え休日で、授業も無ければ委員会もない。

 

疲労を抜くためにトレーニングをしようという奇特なウマ娘も居やしないだろう。居る……?マジ?それは俺の(あずか)り知らぬところなので好きにやってくれ。

 

 

俺?俺は体が辛くてトレーナー室のソファーに座りこんだら疲労で動く気が無くなってしまった。

 

「おいおいノビてんなよ…」

「女子校生の運動会に成人男性がぶち込まれたら誰でもこうなるわ」

 

大人になれば、体力を使い果たすまで運動するという事はしなくなるんだ。赤ゲージで何とか持たせようとするが最後にウオッカを担いで50mダッシュが効いた。

 

「あー、動けるか?」

「無理」

「即答かよ…」

 

少し休まないとこれは無理だ。汗も酷いしすぐにシャワーも浴びたいところだが気力がない。ないない尽くしで袖も振れない。

 

俺の即答を聞いて小さめの溜息を吐いた後、ゆっくりとウオッカはソファに腰掛けると、俺の頭を持ち上げて自分の足の上に置く。柔らかな温もりと感触が後頭部をつたってくる。え、何してんの?

 

「す、少しだけ貸してやるから」

「高級すぎて落ち着かねぇわ……」

「…アホ」

 

本当ならば抵抗すべきところなんだろう。……だが微睡(まどろ)みに飲み込まれ始めた意識は抵抗する力さえも絞り出してくれない。

 

 

たまには、そういう服着てみても、いいんじゃないの?

 

 

 

 

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