「積み込み終わったっスよ店長~!!」
「おーっすお疲れい。ローレルちゃんも悪かったね!手伝ってもらっちゃって!」
「いえいえ急に来たのはこちらですし、ご予定があるとは思ってなかったので……」
「いやいや大歓迎じゃん!今日はたまたまよ!」
もう間もなく納車となる自身のXRZ400。
これがファーストバイクとなるサクラローレルはまだまだ二輪車の知識がなく、準備したり購入した方が良い物を非常に迷っていた。たくさんのメーカーからいろんなものが出ており、どれが自分のバイクとマッチするのかも分からない。
こうしてオススメを尋ねようとしてサクの店に来てみたのだが、どうやら今日は予定があったようで
「お邪魔しちゃいましたね……。今日は失礼します」
「あー待って待って!!ローレルちゃん今日ヒマ?なんだったら一緒に来てみる?」
「え?それこそ私お邪魔なのでは?」
「いーのいーの!!お客さんとこ行くわけじゃないし、今日はミサのお勉強のために楽しいとこいくのよ!」
この後何か予定があるわけでもないし、せっかく出掛けてきたのにすぐにトンボ帰りするのももったいない気がする。家に帰ってもやることなど無いし、ここは店長さんのご厚意を受け取るとしよう。
「じゃあご一緒させてもらってもいいですか?」
「よっしゃあ!ミサ!今日はレースクイーンが居るじゃんよ!カッコいいとこ見せな!」
「うぇ!?マジっすか!!?やる気爆上げっスね!!」
んじゃ出発~ッ!!そんな店長さんの掛け声とともに、ワンボックスに乗り込んで行き先も知らぬまま走り出した車窓を眺めていた。
東名高速を名古屋方面へ走り山間を抜けてしばし、足柄サービスエリアに入る。ここで休憩なのかとも思ったが車はそのままスマートインターチェンジで下道に降りた。普通のインターとは違うこじんまりとした道に合流して、車は田舎道を走る。
「あの……三才山クン。私たち何処に向かってるのかな?」
「そういや言ってなかったっスね。今向かってるのは富士スピリットウェイっていうサーキットなんスよ」
「サーキット?レースでも出るの?」
「ローレルさんの隣に載せてるマシン、それ新しく届いた新型のバイクなんスよ!んでソイツを使ってレースに出ようって話になってて、今日はシェイクダウンのためにサーキットに向かっているってことなんスわ」
「へー……でも三才山クンおっきいバイクの免許もってなかったよね」
「公道ではそうなんスけどサーキットには免許は要らなくって、代わりにライセンスがあれば大型免許が無くても走れるんっス!」
公道を走る際に運転免許が必要なように、サーキットで走るにはライセンスと言われる許可を受けることが必要になってくる。それぞれのサーキットの講習会を受講したのちコースライセンスを受け取ることで走行することが可能になる。
ここからレースに出場するためには〈
ウマ娘とはえらい違いだなという感想を抱く。ウマ娘がレースに出走するためにはまずトレセン学園への入学が必要であり、その後トレーナーと組むかチームに所属するかしなければ出走できないが、モータースポーツはライセンスさえ取得すればレースに出られるのだからずいぶん門扉が広い。
その分マシンが必要だったり、メカニックが必要だったりとお金が必要になるだろうから一概には言えないが。
そして見えてきた富士スピリットウェイの東ゲート。車が通れるぐらいのサイズだがなんとなくウマ娘用のスターティングゲートみたい。
人間誰しも、緊張する瞬間というものは訪れるはずだ。
あまり緊張しないという肝の据わった人間もいるだろう。だがそういった人でさえ発言を選ばなければならない場面や、冷や汗をかいた場面は一度や二度ぐらいあったのではないだろうか?
俺が思うに一番緊張する瞬間は“何かのスタートを待っている時”だ。
例えば発表会で次に自分の発表が回ってくる時。例えば野球でネクストバッターサークルに入っている時。例えば運動会で次の走者が自分である時。例えば……こうして走り出すのを待っている時。
無限に考え付くそういったシチュエーション。
いざ始めてしまえば人間の脳は物事に夢中になるから、緊張していたことなどすっかり忘れてしまうはずなのに、何度繰り返してもこうしてスタートを待っている時は緊張するものだ。
跨っている
立ち昇ってくる彼の熱量は耐熱性に優れる革のツナギを着ていても感じることができる。ヘルメットが周囲の音を遮って、自分の鼓動と相棒の鼓動が同化して直接脳内へ響く。硬く動かし辛いグローブ。半分固定されているかのようなブーツ。しかしそれが手足に同化したような感覚。
少し、ほんの少し捻っただけでも
左足を地面に付けて、今度は
そうやって気づけば自分の体を包んでいた緊張はいつの間にか解けている。
しかし冷静に、熱くなってはいけない。レースならいざ知らず、サーキットを走るときは熱くなったら辞め時なのだ。あと一周、あと一秒、そう考えて走っている時が一番気が逸りやすい。
レースの時には規制だなんだといろんな場所が進入禁止になってしまうサーキットも、なんてことも無い平日に訪れれば寂しいものだ。
観客一人も居ないメインスタンド。パドックだって空いていれば、走りに来た4輪・2輪とも台数はまばらでこれから俺が走る枠に至っても5台しかいない。
シーズンでもない季節のサーキットなんてそんなもの。
それが国際サーキットである富士スピリットウェイでも大して変わらなかった。
流す様に、初っ端から全開で走るという事はしない。タイムは2分ジャスト程度に収めタイヤの喰いつきと路面を確かめながらゆっくりと速度を乗せていく。早く行きたそうなマシンに先を譲ってラインを塞がないようにコーナーを回っていく。
頑張る必要は無いのだ……。俺が欲しいのはサーキットの三時間走行証明書のみ。
それさえあればライセンス更新はできる。国際ライセンスは公認レースに出場しなければならない為失効してしまったが、こうして国内ライセンスは浅ましくも更新し続けていた。
……自分の浅慮に嫌気がさす。
もう二度と乗るもんかと思った二輪から結局離れることはできず、こうしてスピードの麻薬にやられてしまった脳は街乗りなんかじゃ満足できない。
俺は降りて新しく見るものを得た筈なんだ。それは結局自分が目を逸らしたいが為の偽物だったのか?
一生に一度しかない彼女たちのトゥインクルシリーズを預かるには、こんな俺には荷が重すぎる。
――――最終コーナーを立ち上がってスロットルを全開。
吹き飛ぶような加速。一体感。全てをスローに感じる没入感。スゴく良いぐらいにパワーが出ている。旧型であることなんて忘れるぐらいに。
サクめ……。
本当にアイツは良いマシンを作る。わざわざ俺を追ってハマサキを出なくてもよかったものを……。
……轟音。
そうとしか言えないような音は些かウマ娘には辛い環境だ。家の近所を走り抜けていく煩いバイクはたまにいるけれど、それが児戯に感じるほどにエンジン全開で風を切り裂いていくマシン。
店長さんがイヤーカバーを貸してくれたけどこれが無ければかなり辛かったと思う。それぐらいの音だ。今日は平日だから走っている台数は少ないそうだがもっといっぱいいる時なんて考えたくもない。
――――その中の一台。
目の前を切り裂いていった鈍く紺色に輝くマシンに目を取られた。甲高いサイレンのような音だったり、強く鼓動するような音がするバイクの中でそのマシンだけは、まるで咆哮。まるで満足なんてせずもっと吼えさせろと訴えかけてくるかのような音。
機械に声なんてあるはずないのに。あのマシンだけは……なんであんなに悲しそうな声に感じるのだろうか。
さすがにちょっと耳が辛い。コース脇のスペースから建物の中に戻るとバイクを下ろして建物エリアに運び込んだ店長さんが声をかけてきてくれた。「今日は贅沢にピット(?)1つ貸しきりじゃん!!」と何やらウキウキしていたが、おそらくこの区切られたエリアをピットと言うのだろう。
三才山クンはライセンス取得の講習会へ参加するために今はいない。
「大丈夫?ローレルちゃん」
「はい…何とか……」
「ウオッカちゃんは尻尾ぶんぶん振って喜んでたけど、普通のウマ娘にとっては辛いよね……ちょっと考えが足りなかったじゃんよ……」
「ま、まぁこれも貴重な経験ですよ……」
「良い子すぎじゃんよ……!!」
私たちの前で、静かに座する明るい緑の車体。
シートを剥がされた車体はとても鋭い顔つきで流線型のボディ。排気量は私のバイクよりずっと多いらしいけれど、感じさせないようなシャープさ。
───圧倒的な存在感。
「三才山クンはこれに乗るんですよね?」
「そう!きっと飛ぶよ!!物理的に飛んでもらっちゃ困るけどね!」
戦うためのバイク。いわばこの子たちはアスリートなのだ。
走るための物。私たちの足と同じ消耗品。だからこそあんな
地上を飛ぶ翼のない戦闘機達。物言わぬ彼は、いったいどんな声を発するのか私には確かめる
講習会を終えぐったりとした三才山クンがピットへ戻ってきた。
午前中から講習が行われ、解放されるのはお昼頃。大学ならば一限~四限までと考えれば、なるほど彼の疲労具合も頷ける。
「ようやく終わったッス……これであとは三時間走りまくるだけッスよ!!」
「ミサ、枠はそんなにないからな?」
「えっ!!?!?」
今はバイクではなく車がコースを走っていた。どうやら30分を一枠として交互に走行しているらしく、バイクが走れるのは1時間後。そう考えると今日1日ではクリアできそうにない。
「あくまでも今日は講習が主目的、コースを走るのは副題じゃん?ZR-10Xも今日がシェイクダウンだし慣らしなわけョ」
タイヤの皮剥きとオイル交換はやったケドね、と店長さんが三才山クンを窘める。
タイヤの皮剥きって何なのだろうか?
「そ、そんな……」
「そもそも枠がそんなに無いから!引っ張ってくれるマシンも居なさそうだし仕方ないじゃんよ」
「走れるだけ良しとするッス……」
シュンと肩を落とす三才山クン。大学ではあまり喋らない方の彼だが、今は喜怒哀楽を全身から感じて面白い。たぶん、こちらが彼の素だろう。
何だかんだと会話をしていたらすぐに時間は来た。
店長さんはバイクの各所を点検して、全身スーツみたいな服装に着替えてきた三才山クンは随分違う雰囲気を纏っていた。スーツはかなり使い込まれているように感じるし、もしや彼はサーキット以外にも走ったりしてるのではなかろうか。
「ふーん……カッコいいね三才山クン」
「やめて!ローレルさんに言われちゃったら本気にしちゃうッス!」
「エンジンかけるじゃんよ!ローレルちゃんは耳塞いどく?」
「いえ、全開じゃなければ大丈夫かと」
「んじゃ遠慮なく」
店長さんがハンドルの右側を操作すると数度のセル音と共に戦闘機が起動した。お腹に響く重低音が反響して耳に入ってくる。
あれ……思ったより静か……?
「まだ何も弄ってないからね!さっき走ってたヤツらよりは静かでしょ?」
「はい、これなら何とか」
規則正しい鼓動を刻む機械の塊。この子からは声が聞こえるように感じない。さっき見たマシンだけだろうか。それとも、走り出せば聞こえるようになるんだろうか?
「お、お、店長!音の圧が、凄いッス!」
「そりゃ250とリッターじゃあ比べモンにならないじゃんよ!」
その時、私たちのピットの前を紺色のマシンが通過した。それを見た店長がハッとした顔になり指をさしながら三才山クンに叫ぶ。
……あれはさっき、声を発していたマシンだ。
纏う雰囲気はまるで、他のバイクと別物。そう、この肌が粟立つ感覚はまるで
「ミサ!!あの紺のZR-10X追え!!アイツなら引っ張ってくれる!!」
「店長知り合いッスか!?」
「話は後でいいから!!」
数度エンジンを吹かして三才山クンはピットの前の道に出る。もしかして追う気なのだろうか?
まともに経験のない私でも分かった。いや、これでもレースに身を置いた事もあるからこそ、雰囲気を感じたのかもしれない。
たぶん無理だ。あのバイク、凄く速い───