タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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ヴィクトリアマイル①

 

 

「……」

 

長い時間目を瞑り心を落ち着ける緋色の女王。

 

豊かな髪を二括りにしたウマ娘、ダイワスカーレット。彼女の明るい栗毛は蒼い勝負服によく映えて、ソックスに包まれた健康的に膨らむ脚は仕上がりを如実に表していた。

そして、後ろに絞り込まれた耳、乱暴に振り付けられる尻尾。誰が見ても明らかに()()()()()

 

なんと余計な事をしてくれたのか……ネットメディアというモノは……。

緊迫した空気に押されるように宮下は、深く、彼女の耳に届かないよう溜息を吐いた。

この状態の彼女に何か余計なことを言えば、蜂の巣を突いたような大騒ぎになる。この2年間で宮下は嫌という程身に染みていた。

こうなったらもう彼女自身で沈静化するのを待つしかない。

 

(なんと、まあ余計な事をしてくれたんでしょうか……)

 

 

 

ああ、ああ……ふざけんじゃないわよ?

アタシがどれだけ苦労してアイツを封じ込めたと思ってんの?

ともすれば、大阪杯は彼女に負けていた!エリザべス女王杯だってアクシデントがなければどうなっていたか分からない……!

 

それを、よくも()()()()()()くれた……!

 

アイツが血反吐を吐きそうになるまで追い込んでいる事も、帰寮したらそのまま倒れるように眠りこけるまで体力をすり減らしている事も、知っている。

あの二人がアイツの仮チームになってから、あの二人とトレーニングを終えた後もあいつだけ残ってトレーニングを続けていた!疲れきって動けず、トレーナーが寮まで運んできた事も一度二度の話じゃない。

アイツだけじゃない。ここ(GⅠ)に出て来た面々が生半可な努力をしていない事も全部、アタシは全部知ってる!

 

メディアにも腹が立つが、何よりも言い返さないあの腐った目のトレーナーに腹が立つ……!

他ならぬアンタの担当が一番ボロクソに言われてんのよ!?マイルしか走れないだとか、終わったウマ娘だとか、もう勝ちきれないウマ娘だとか、その努力を踏みにじる内容で!!

 

彼女の身を包む、燃え盛る業火。

 

「……スカーレット。気持ちはわかりますが今は目の前に集中しましょう」

「──ッ、分かってるわよ……!」

 

 

 

 

 

────さて、どうしたものか。

 

ウオッカにとって昨年ジャパンカップぶりの府中、東京レース場のターフ。

そして何の因果か、ウオッカの親友であり宿敵、ダイワスカーレットが同じ5枠での出走と相成った。

 

二人っきりのこの控室もずいぶん久しぶりに感じる。

最近増えた凸凹コンビは気を使ったのか、はたまたディープスカイがダイワスカーレットに早く会いに行きたいだけなのか「先にスタンドに行ってますね!」と早速別行動になった。迷子になってなきゃいいが……。

その辺はブルースリが上手くやってくれるはずだ。たぶん。

 

「あの二人も、もうちょい居りゃよかったのにな」

「オレが頼んだんだよ。トレーナーと二人にしてくれって」

 

目を閉じて集中していたウオッカが顔を上げ、鏡越しに目を合わせてきた。

勝ちたいと、オレを勝たせろと。そんな意思を感じる眼差し。そして間違いなく、その時立ち塞がるのはダイワスカーレットというウマ娘だ。味方に居てくれるならとても心強いが、敵に居たなら厄介なことこの上ない。

 

「どうすりゃ勝てる?───スカーレットに」

 

抜群のスタートをもって先頭を抑えたスカーレットは巧みにブロックラインを使い、後続を封じ込めるレースメイクをする。

かと言って逃げ一辺倒ではなく、好位抜け出しからの強いレースも行えるのだ。だから前を封じてもスカーレットは動じない。

 

前回の対戦だった大阪杯ではスカーレットは逃げを打った。大逃げをカマすかもしれないカラクサカエサルを抑え込む必要があったからの逃げだと思っていたが、あれは明確に差しを抑える為のものと後になって気づいた。

 

ハロン毎にペースを僅かに早くしたり遅くしたりして徐々にラップタイムを落としていき、カラクサカエサルとテーシンレピティという逃げウマ娘を掛からせ蓋にしてみせた。

途中から二人も掛からされたことに気づいたようだが、もう既にスカーレットは充分に息を入れ逃げ切れる場所まで来てしまっていた。

加速で劣るウマ娘が前に入れば、当然だが後続の末脚自慢ウマ娘達は充分な加速ができない。

それがウオッカやメイシンハドソンの負けた理由。

 

 

対して今日のレースは明確な逃げウマ娘が存在しない。レースを支配したいスカーレット陣営は苦もなくハナを取れる事になるし、わざわざ無駄なスタミナを消費する必要もないことから逃げではなく、先行で来ると予想する。

初めから狙ってハナを取りに行く事と、結果的にハナになる事はだいぶ大きな違いとなる。

 

逃げ不在でスローペースになった後続を詰まらせ、差しのウマ娘を閉じ込めるスカーレット得意のブロック戦法に持ち込むだろう。

そして自分は4コーナー手前からのロングスパートで抜け出しを図るはずだ。でなければ、巡航速度からトップスピードに至る加速にアドバンテージがあるウオッカから逃げきれないからだ。

 

 

だが前回と違うのはここが東京レース場であり、何より1600mのマイル戦である事。

3コーナーへ緩やかに進入し4コーナーはキツく、そして広く長いホームストレートは日本特有の高速芝ステージの象徴。そして、その高速ステージに()()()()()()()()()のはウオッカなのだ。

 

それに加え昨年、熱発でオークスを回避したダイワスカーレットは東京レース場を今まで1度も走っていない。いくらデータを揃えようともダイワスカーレットにとって525.9mの長い直線は未経験ゾーンになる。

 

──ウオッカがチャンスを掴むならば、付け入る隙はそこだ。

 

「ウオッカ、あれ覚えてるか?山梨まで行ってカートした時のヤツ」

「……覚えてるぜ。ひたすらトレーナーにブロックされたやつだろ」

「なら話は早い。今日は先行だ。それもスカーレットを徹底マークする先行、そしてあの時やったモーションが必要になってくる。そのためには遅れるなよ」

「……」

「スカーレットはハロン毎のラップタイムをバラバラに走りながら、少しづつスローペースに持ち込んで後ろを詰まらせる。そして後ろが加速し始める前に息を入れて突き放すんだ。……だからスカーレットは前に出られるのを嫌って死ぬ気でブロックしてくるだろうな」

「逆手にとって息を入れるタイミングを襲うってか」

「……そうだ。抜かすまでやらなくていいが、スカーレットは近づいたり離れたりするだろうナ。自分のラップタイムを信じろ。最終コーナーまでスカーレットを突き続けろ……だからこそ、今回は2000m並にスタミナが要求されるぞ」

 

───1600m、お前とスカーレットの真っ向勝負だ。

 

「できるか?」

「できる、できないじゃねぇ……やるんだよ!」

 

ウオッカが拳と手のひらを突き合わせ、控え室に小気味よい音が響く。つり上がった口角、勝ちを見る目。ダービーで頂点を獲ったこのコースで負けられないというプライド。余計なことを言う外野もいるが、そんな事をいちいち気にしていたら目の前の勝ちが遠のいてしまう。

 

スカーレットを(くだ)してG1を獲るという最後のピース。

 

 

……それはそうとして、メディアには然るべき手段を取らせてもらうがな。

 

 

 


 

 

 

―――ファンファーレとファンの声援が残響として響き渡った昨年の府中。今年は何が心に残るのか?

 

春の女王ヴィクトリア。1600mの先、載冠を授かるのは一人。頂の女王は唯一人。それは誰だ?

 

勝ちたい!勝たせない!我こそが勝つ!勝ちたければ自分の限界を超えよ!!

 

 

来たる、ヴィクトリアマイル

 

 

 


ヴィクトリアマイル

 東京 芝 1600m

 

 

枠番    

1枠    1   テンシエイメイ

      2   フレーメンガラッド

2枠    3   パーカーカルスト

      4   ベリーオンス

3枠    5   モンクロメオ

      6   エリシオンウイング

4枠    7   タキノハイセレア

      8   グレートジョリィ

5枠    9   ウオッカ

      10  ダイワスカーレット

6枠    11  タイカイエドガー

      12  ソラニンラタトイユ

7枠    13  イトシノメリー

      14  サイキマロニエーヌ

      15  ベルナルドアカシア

8枠    16  ライネセンナ

      17  エッザモデナ

      18  レイニーワルツ


 

 

今年のヴィクトリアマイルは18人フルゲートの出走となった。

ダイワスカーレットは言わずもがな。昨年オークスウマ娘のパーカーカルスト、NHKマイル覇者モンクロメオはどちらもティアラ戦線でぶつかりった事もある強者。レイニーワルツ、エッザモデナ、サイキマロニエーヌもウオッカと対戦経験有りのウマ娘。

警戒して損は無いな。

 

人気はやはりダイワスカーレットが圧倒的といえる。少し後ろに続いてウオッカ、次いでイトシノメリー、エッザモデナと並んでいく。

 

並び立つウマ娘たちは皆怒気(やる気)に満ち溢れていた。

 

「うっわスカーレット先輩キレてるなぁ……」

「……あの、記事のせい…かも………」

 

事の発端は数日前に遡る。ある雑誌メディアがネットにてヴィクトリアマイルの前評判に関わる記事を掲載したのだ。

 

その競走成績はメイクデビューから通して、未だに連対率100%を誇りGⅠを4勝。そのダイワスカーレットのことをミス・パーフェクトと称し褒め称えるメディア。それだけなら良い。

ダイワスカーレットからすれば、そんな称号気休めにすらならない。慢心なんてできないし、油断すれば喰われる薄氷の上を渡り続けてきた。

 

────ウオッカ

 

同期であり、同じ栗東であり、同室であり、同級生であり、同じディスタンスを走る常識破りの女帝(ライバル)

 

スカーレットの事をミスパーフェクトと書いたメディアは、ウオッカの事を早熟の旬を過ぎたウマ娘、終わったウマ娘などと書き立てており、その他の出走メンツに対しても挑発と取れる内容を掲載して案の定SNSでは炎上していた。

 

元々ゴシップ系の、ある事無い事でっち上げるウマ娘には敬遠されているメディアだったからそれはいい。彼らはわざとらしく書いて炎上させる事が目的であろうから。

 

それをレース前のナイーブな状態のウマ娘達が目にしてしまえば、感受性豊かな彼女らがどうなるか?

ゲート前のダイワスカーレットを見れば、火を見るより明らかだった。

 

怒りという物は大切な感情だ。人である事は感情を発露させるという事だ。怒りが存在しないヒトなど居やしない。だが、この場合付け入る隙をより大きくするファクターとなり得る。

 

ウオッカだってこの記事を読んだと言っていたし、ムカッ腹が立つのも当然だ。いちばん酷く書かれていたのも彼女なのだから。怒りだってあるだろう。悲しみだってあるだろう。

 

それを飲み込んで、とても落ち着いた雰囲気でゲートに潜る。

 

「強いウマ娘だよ……お前は────」

 

 

 

 

 

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