「新聞部の取材?」
ある日の昼下がり。トレーナー室へウオッカとディープスカイ、オウケンブルースリが来るなり切り出された話題に、頭の中がクエスチョンマークで埋まる。
「そうなんだよ。何でもウマ娘とそのトレーナーの馴初めをアレコレして校内新聞の記事にしたいんだと。これ過去記事な」
「なんだそれ。馴れ初めとアレコレで韻を踏みたいのか?」
ウオッカから受け取ったコラム記事に目を通すと、本当に学生の部活が作ってんの?というようなモノだった。
学校内のちょっとした出来事から我々に関わるURAのニュース、新発売された蹄鉄の分析記事や生徒会通信等、内容は学生らしいものだがよく纏まっていた。
月のレースカレンダーや学内のイベント一覧なども掲載されており、発売すればファン等へ普通に売れそうなクオリティである。
「おっ?遂にウオッカ先輩も記事デビューですか?」
「んっ……。メインエントランスに、掲示されるから……よく目につく」
意外にも生徒会公認組織の新聞部。下級生や新入生にも普及しているらしい。
まだ担当契約をしていないウマ娘はトレーナー記事で育成方針や得意分野を参考にできるし、各チームにとっても新入生などへの
「けっこう本格的だな」
「あっれ~トレーナーさん知らないんですかぁ?トレセン学園新聞部はウマスタとウマッターにもアカウントあって、それぞれ10万フォロワーですわよ~?」
トレセン学園にはウマ娘個人でアカウントを開設し、100万フォロワーを達成している凄まじいインフルエンサーもいるが10万でも途方もない数だろう。SNSは情報収集でしか使用しない俺にとって未知の世界である。
「新聞部、トレーナーが捕まらないって嘆いてたぞ」
「まあ、色々あってな。今日の午前も出かけてたんだ。逃げてたわけじゃないからな……」
トレーナーは忙しいのだ。おかげで、屋上で至福の一時も過ごせやしない。
幸いにも今日は休息日としているから、ウオッカたちのトレーニング予定は無い。学内新聞ならそんな変な事にはならないだろうし、取材を受けてみてもいいかも知れない。
「ちょっと……!やっぱりノックして入りましょうよ」
「離してくれ!こんなに蹴っ飛ばして欲しそうな扉に会える事は早々ないんだ!なら蹴飛ばさねばオレの美学に反する!!」
「危険が危ないですよ!もし中に人がいたら……!」
「大丈夫だ……!近くには居ねぇ……」
「美学ッ!!!」
いや美学じゃないが
轟音と共に、修理したばかりのトレーナー室の扉が逆パカした。この前耐久度を上げて修理したばかりなのに。
「ギ、ギ、ギムレット先輩!?」
「よォ……ウオッカ。どうだこの足の角度……!綺麗だと思わないか?」
「すげえッス!!カッケェ後ろ蹴りッス!!」
特徴的な眼帯とウェーブがかったショートヘア。そこには綺麗な蹴り姿勢と共にくしゃりと髪をかきあげ、口元に挑発的な弧を描かき不敵に笑うかつてのダービーウマ娘。〝タニノギムレット〟が立っていた。
「おい、なにしてくれてんだ」
「フゥん?いや、すまない。蹴りやすそうな扉があったんでね」
「蹴りやすそうな扉」
「蹴りやすそうな扉……ブフッ」
またトレーナー室の風通しが良くなってしまった。ぶち破られたのはこれで2回目だ。
なんでそういうことするの?俺まーたたづなさんに頭下げなきゃいけないじゃん!!経理部になんて説明するんだよ……!!
「あー、えーっと……失礼しま~す……」
申し訳なさそうにトレーナー室へ入ってきたもう1人。〝ナリタトップロード〟こちらもかつての菊花賞ウマ娘。新聞部のメンツも随分豪華らしい。
その表情はTHE苦笑い。……止めてほしかった。眼帯の凶行を。彼女に視線を向けると、一瞬目が合ったあとスッと視線を外された。
「つーワケで新聞部の取材をオレとトップロードでやらせてもらいたい」
「ここまでやったら拒否権無いでしょ……」
ただでさえ手狭なトレーナー室にウマ娘5人と野郎が1人。やたらめったら人口密度が高い。
ICレコーダーとメモ帳を準備したトップロード。彼女は記録係で、質疑応答はギムレットが担当のようだ。
暇してるスカイとブルースリも見学としてソファに座っているが、スカイに関してはニマニマとどこぞの猫のような表情をしており、絶対ちょっかい出すマンと化していた。
───まずはお二人の出会いから教えてもらおうかな?
「選抜レースでダイワスカーレットとのデットヒートを見た時かな」
「建前は、だろ?」
「いや、これ選抜レース見て選びました以外あったらダメじゃね?」
───それは契約のきっかけだろ?ウマ娘はもっとドラマを求めてんだ……もっとこう、アツい出逢いを頼むぜ?
「アツい出会いってなんだよ……」
「あー、えっと早朝にロードワークをしてた時にバイクに抜かれたんスよ。こう、コーナーで大外からズバッと」
「ああ、張り合ってくるやつがいたからチギったんだったな」
───おいおい、ちょっと待て!あるじゃないか!それだよ読者が求めているモノは!
「そ、そうッスか?……オレ、バイクが好きなんで車種は分かったんスけど、まさかオレをぶち抜いてったバイクが裏門の駐輪場に止めてあるなんて思わなかったから気になって見てたんです」
「それで声をかけたのが最初か」
「なんだぁ?忘れたのかよ薄情な奴だな」
「いやァお前さんといると毎日が楽しくてナ」
「……ずりーよなぁ…………」
───それで?終わりじゃないよな?
「その時は名前を教えてくれなくて、色々捜し回る羽目になったんだよな。フジキセキ先輩に聞いたりして、ようやく突き止めたんだ」
「悪かったョ。んで、選抜レースで
「しょーがねーだろ……いつ捕まるか分からなかったんだから」
───そうまでして契約したかったのですね!
「……そうっス。この人がイイなーって」
「まー趣味も合うしナ」
「でも、聞いてくださいよギムレット先輩!この
くだを巻くウオッカを他所に、突き刺さる三対と一つの生暖かい視線。
めちゃくちゃに据わりが悪い。今すぐ屋上へ一服しに行きたい。
───趣味は?
「バイク」
「バイク」
「二人とも即答wwwww」
「それしかねえんだもん」
「強いて言うなら旅か?」
───バイクで一緒に出かけたことは?
「まあ、数回」
「伊豆箱根、山梨、碓氷、大洗、千葉、日光だな」
「……けっこう、行ってる…」
───二人乗り?
「そうだな」
───バイク乗る時は後ろからギュッ?
「そうっス……ちょっ!ギムレット先輩!ニヤけるの止めてくださいよ!」
───トレーナー宅にお泊まりは?
「しっ!してないっス!!」
「しちゃダメだろ。門限破りはやっちまってるけどナ」
「ヴェwwww寮長に栗東の前で正座させられてましたもんね黒ジャケさんwwwww」
「アスファルト直はマジでキャパい」
「キャwパwいwwwww」
───なんていうかすごく賑やかなチームですね!
「チームではないんだがな。仮で預かってるだけだ」
───今後チーム設立の予定は?
「今のところない……が、理事長にドヤされんだろうな……。複数人の指導経験あるじゃないかッて」
「……既成事実」
「それな」
───ウマ娘はどのディスタンスが指導できる?
「短距離以外はカバーできる。マイル~中距離がいちばん経験値があるな」
───ウオッカさん以外に指導経験がある?
「サブトレーナーの時にちょっとな。3人指導しろって回されたんだ。独り立ちしてウオッカは2人目だ」
───タバコ臭いです。禁煙の予定は?
「前向きに検討して善処する」
「…絶対止めない…つもり……」
「屋上でする深呼吸が最高なんだよコレが」
「ウマ娘からするとすごくマイナスポイントですね」
「オレそこまで嫌いじゃないんだけどな……」
「え」
───ウオッカさんの言っていた甘いコーヒーっていうのは?
「コレなんだが……千葉の魂だぞ」
「なんだ?このパッケージは」
「警戒色ですね……すごくすごいです」
「あえ!?ウオッカ先輩!?鼻血鼻血!」
───気を取り直して、心に残っているレースは?
「大阪杯のハナ差決着だな」
「ほう?負けたレースだろう」
「負けたからこそやり返してやりたいじゃねーか」
「……いい気概だ」
───やっぱりライバルの存在は大きい?
「そうだな……彼女のモチベーションにもつながるし明確な目標が立てやすいからな」
「トレーナー同士も意識したりはするんですか?」
「無いっていったら嘘になる。ただトレーナー同士は協力しないと……ほら出張の時とか預かってもらうからさ」
「なるほど」
───サカキトレーナーがウマ娘と付き合ってると噂があるんですが
「は?(驚愕)」
「は?(澆薄)」
「は?(威圧)」
「いやどこ情報よ」
「府中駅でめちゃくちゃモデル体型なウマ娘とくんずほぐれつしてたとの目撃情報が」
「あー……?あぁ、そりゃローレルだ。サブトレ時代のチームメンバーとして親交はあるがそういう関係じゃない」
「だよなぁ……」
「なんだぁ残念。新聞部的にはそういうのが欲しいんだが」
「意外と俗っぽいなオイ」
───ウオッカさんの次走は?
「安田記念を予定している」
「東京レース場連戦ですね!ウオッカさんにとっては庭のようなものでしょうか?」
「もちろん!
「眩しいねぇ……!」
「よし、こんなもんで良いだろう」
「そうですね!これ以上はお邪魔になりそうなのでお暇します!取材協力ありがとうございました!」
記事にされたら死にそうな内容のものが幾つかあるが、無事ウオッカの思い出し鼻出血のみの被害で取材は終わった。一体奴は何を思い出したんだ?
「いやー!サカキトレーナーって意外とお話しやすいんですね!いつもこう、近づくなオーラ(?)みたいなモノ感じるので」
「あー分かります!目つきが腐ってますよね!」
「そうなんですよ!あ、伊達メガネとかいかがです?目つきの緩和に!他は悪くないと思うので!」
そんなに?トップロードの悪気は無いんだろう言葉の刃が高威力すぎる。つーか言ってくれんなディープスカイ。
「なぁブルースリ、俺そんなに目つき悪い?」
「……今更?」
そんな栗みたいな口して首傾げながらジト目するの止めてくれるか。クリティカルヒットなんだが。
「おっと、聞き忘れていた!最後に一ついいか?」
退出しようとしていたタニノギムレットが髪をかき上げながら振り向いた。
……なるほど、これがダービーウマ娘が振り撒く威圧感。おチャラけていた雰囲気は息を潜め、彼女の瞳が真っ直ぐに俺を射抜く。
「お前の美学はあるか?」
一言、問い掛けられる。それはウマ娘に対する姿勢なのか、それとも俺の人となりを測るためのモノなのか?
「───挑戦し続けること」
「ほう?」
いつか、ウオッカにも言ったことだ。挑み続ける、進み続ける。走り続ける限り、終わりは無いからこそ言った言葉だ。
フッと頬を緩めたタニノギムレットは踵を返すと、後ろ手に手を振った。
「
話は終わったとばかりに、トレーナー室を出ていった彼女。その問いかけが頭の中をぐるぐると回る。
「あー!ちょっと待ってくださいよギムレットさぁん!」
荷物を纏めていて置いていかれたナリタトップロードがペコリと一礼すると「ではこれで!」と勢いよく追いかけて行く。
ちょっと待て!扉直して帰ってくれ!