タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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男達のレース観戦

 

 

 

東京都府中市に位置する東京レース場。その近辺にある府中レース場正門前駅と府中本町駅からは電車が到着する度に、続々と人が流れ込んで来ていた。

 

今日のメインレースは伝統ある芝1600mマイル戦、安田記念 GⅠ。

オークス、ヴィクトリアマイル、ダービーと続けて開催されてきたGⅠレースウィークの締めくくりと言えるだろう。

 

トゥインクルシリーズは阪神レース場で開催される宝塚記念をもって、しばらく芝GⅠレースは開催されず夏の終わりのスプリンターズステークスを待つばかり。

関東在住のファンにとってはコレが夏休み前最後のGⅠレースだからか、上半期の見納めにしようと午前中にも関わらずスタンドは揺れる人波でごった返していた。

 

もう夏の気配もすぐそこに感じて、梅雨特有の湿気が蒸し暑く纏わりつき、日が差せば汗ばむ様な陽気になり始めていた。

 

午前中だというのに人から発せられる熱気が渦となり更なる興奮を呼び込む。呼び込まれた興奮が更に渦を巻き、それが熱気に変換されていく。

そんな熱が、時間が経つほど身体に食い込んでくる感覚。

 

そんな熱を逃がすようにゆっくりと息を吐く。口から漏れ出た炎のように熱い呼吸。楽しみなんだ。今日というレースの結果が果たして、どうなろうとも見届ける。

……それはともかく。

 

「いや暑いわ」

「もう6月だからなぁ」

 

府中レース場正門前駅から人の波に習って歩を進める男二人。

駅から東京レース場は改札正面にあるデッキを通ってそのままアクセスできる。駅前では出版社がレース展開を予想した新聞を発売していたり、他の客は安田記念のタペストリーをカメラに収めていたりと思い思いの行動をしていた。

GⅠレース開催に合わせて鉄道会社が臨時便を出したり、こうして広告が大量に作られていたりと巨額の金が動いているんだなと肌で感じる。

 

「そういや、あの噂知ってるか?」

「噂?」

「そう、トレセン学園が新チーム設立に向けて動いているらしいんだよ」

「マジで?」

 

トレセン学園のチームといえば、才女東条トレーナー率いる無敵艦隊リギル、ウマ娘自由主義を掲げる沖野トレーナー率いるスピカ、個性派揃いのカノープス、プロキオン、アルタイルなど一等星の名前を継いで名乗るのが仕来(しきた)りだ。

 

チーム設立には重賞ウマ娘を輩出したトレーナーとウマ娘のメンバーが最低5名必要であり、トレーナーとしての力が無ければ当然ウマ娘も集まらない。

新チームの設立ともなればこの凄まじく高いハードルをクリアし、トレセン学園がコイツならできると印を捺したということ。ファンの期待も否応なしに高まるというものだ。

 

「どのトレーナーだと思う?」

「そうだなぁ……まあ、それだけ実績上げてるトレーナーって事だろ?」

「それがさぁ何組かあるらしいんだよ。まずスイープトウショウとかカレンチャンのトレーナー」

「マジで!?」

 

遅れてきた聖剣や夢の旅路等元気いっぱい(クセの強い)ウマ娘をなぜか引き当てる()トレーナーとして名を馳せる人物。今までチーム化には至ってなかったものの、ウマ娘達の突き上げを食らい遂に逃げられなくなった(観念した)らしい。

設立を喜ぶ前に彼の毛根を心配するレベルである。

 

他にも名前が上がった、コンスタントに重賞ウマ娘を輩出する女性トレーナーや、海外から免許を取ってやって来た新進気鋭の外国人トレーナーなどの名前が上がる。

どの人物も育てたウマ娘を聞けば「あー、あのウマ娘!」と名前が出る名ウマ娘ばかり。

 

これが本当ならば更に日の目を浴びられるウマ娘は増えるはずだ。ファンとしては、まだ見ぬ推しに出会えるかもしれないトキメキがマッハで天元突破。

 

「あとは……ダイワスカーレットとウオッカのトレーナーか」

「マジで!?!??」

「特にウオッカのトレーナーは有力だぜ?今年のダービーウマ娘ディープスカイはチームプロキオン所属なのに、記者会見でマッチョじゃなくてウオッカのトレーナーが同席してたって話だ」

「たまたまじゃねぇ?たしかマッチョとウオッカTって師弟関係だろ?マッチョが忙しいから代役じゃねーの?」

「それがさ……NHKマイルもウオッカTが会見出てんだよ!」

「なん…だと……?」

 

プロキオンといえば何かと筋肉の主張が激しい男がトレーナーを務め、所属するウマ娘の大半が何らかの重賞タイトルを手にしている老舗(しにせ)チームだ。

近年だと菊花賞やメルボルンカップを勝ったイクサトゥルース、マイルCSや香港マイルを制したトリプレッタなどを輩出している強豪としてウマ娘からの人気も高い。

 

そんなプロキオンからクラシック級に挑むウマ娘はディープスカイとオウケンブルースリの2人。

 

片方は記者会見で他のウマ娘とマスメディアを煽った挙句、NHKマイルカップと日本ダービーの変則二冠を達成するなどネット掲示板スレでも話題となり議論を巻き起こした愉快なウマ娘である。

 

もう片方のオウケンブルースリはデータが少なく、今日が未勝利戦出走日。残念ながら中京レース場開催に割り当てられていたから姿を拝む事はできない。

 

しかしこの二人がチームプロキオンとして活動している様子はなく、疑問が浮かび上がっていたのだ。

今年度に入ってから専属契約だったはずの特定のトレーナーが複数名のウマ娘を監督している様子が確認されており、チームからメンバーを移籍させて新チーム結成するのでは?と取り沙汰されていた。

 

もしウオッカTがオウケンブルースリのレースに同行していれば、チーム新設の信憑性は格段に高まるとスレで盛り上がっていたのだが、さすがにウオッカが同日の安田記念に出走するのだから無いだろうと思われていた。

……思われていた。

 

「ちょwww中京にウオッカT居るってよwww」

「はあ!?」

 

 

478:府中から名無しさんがお送りします ID:gbR9Ek2RN

 

中京にウオッT居るんだが

ディープスカイともう一人ウマ娘と一緒。片方分からん

https://umattar.com/ytulj6b7yh/photo/agmvygD

 

480:府中から名無しさんがお送りします ID:eagTZ6ehw

 

>>478 これサクラローレルじゃね?

 

485:府中から名無しさんがお送りします ID:W+V85stGy

 

>>478 マジだサクラローレルじゃんwww

 

487:府中から名無しさんがお送りします ID:Fcbdri1V/

 

ローレルからご褒美をもらうウオッT

 

492:府中から名無しさんがお送りします ID:dl/kMuxUB

 

>>478 耳絞ってるしガチで抓られてるだろコレ

 

494:府中から名無しさんがお送りします ID:+ZT5xpyjC

 

>>492 我々の業界ではご褒美です

 

500:府中から名無しさんがお送りします ID:dNurK07sS

 

>>494 頬壊れちゃ^~う

 

502:府中から名無しさんがお送りします ID:WdC4vWcp7

 

ディープスカイ引いてるwww

 

504:府中から名無しさんがお送りします ID:urOxS41jk

 

雰囲気が完全に痴話喧嘩

 

 

スレに投稿された写真は今日の日付で、ディープスカイとサクラローレルと共にレースを観戦しているウオッカのトレーナーがアップされていた。

ちなみに男はサクラローレルに頬を引っ張り上げられている。

 

「サクラローレルってウオッカのトレーナーと繋がりあんのか?」

「トゥインクルシリーズでサクラローレルが走ってた時にプロキオン所属だったし、その当時サブトレやってたのがウオッカTなんだってよ」

「へー。それゃあ距離感近くてもおかしくないわ(?)」

 

その当時は、ナリタブライアンを下したグランプリウマ娘サクラローレル、浦和から中央へ移籍し二大マイル戦を制したタロットダンサー、あのサクラバクシンオーを倒しマイル戦無敗のノールブライト等プロキオンメンバーがトゥインクルシリーズで猛威を奮っていた時代だった。

 

ノールブライトはトゥインクルシリーズが終わった段階でドリームトロフィーに移籍することなく家業を継ぐためすんなりと引退。タロットダンサーも昨年度でトレセン学園を卒業してしまった。サクラローレルは凱旋門賞に挑む前戦で故障し、そのまま引退して進学……だったはずだ。

 

ん?待てよ……?

 

「なあこれ、ウオッカTがオウケンブルースリについて行ってる証明じゃね?」

「ホンマや」

 

いまウオッカTが中京に居るのはオウケンブルースリの未勝利戦を指示するためではないか?

 

ディープスカイの記者会見にマッチョではなくウオッカTが同席していたのも含めて考えれば、プロキオンよりこの二人が移籍し、ウオッカTの指導下に入りチームに近い形態で活動しているものと考えられる。

プロキオンは大所帯であるから、手の回らない者をウオッカTに委任するならば、ある程度自立しているシニア級を任せればいいだろう。

が、そうしていない。わざわざウオッカと級違いのウマ娘を送り込んでいるのだから、トレーニングごと任せているのではないか?

 

「これ新チーム設立はかなり信憑性age↑age↑じゃね~のぉ~!?」

「Foo~↑↑!!」

 

パァンとハイタッチを交わす男たち。突然の奇行に周囲から白い目で見られてしまったがなんて事はない。この事実を知れば周りの奴らだって皆こうなる。

 

「あのー、チケットの確認を……」

「「アッハイ」」

 

そそくさとチケットを切られ東京レース場のエントランスへ入場を果たす野郎共。

パドックでは12:50発走の第6レースに出走するウマ娘たちがお披露目を行っており、ファンたちが声援を飛ばしたり写真を撮影していたり。

ちらほらトレセン学園の制服を着たウマ娘も姿を見るのは友人の応援だろうか。

 

コースではちょうど第5レース、ダートの未勝利戦が終了したところで大型モニターには着順が表示されていた。

今日のメインレースである安田記念は第11レース。15:40の発走であり、まだまだ時間がある。

 

「先にメシにすっぺ」

「そうだな。後になると混みそうだ」

 

東京レース場構内には土産物店の他に、ファーストフードのチェーン店やカレー屋など様々な売店が充実している。

GⅠレースがメインレースだと、発走に近くなるにつれて身動きが取れないほど入場者も増えることから先に腹ごしらえし、場所を取ってゆっくり観戦しようと考えていた。

9レースから10レースの間が比較的長い時間開くためそこで買い物をする人が多いのだ。

 

各々が購入したグルメを頬張りながら会話を続ける。

 

「でもよぉ。ウオッカTがオウケンブルースリに付いて行ったならこっちを捨ててるってことだろ?」

「東京はウオッカのホームともいえるコースなんだぜ?任せても心配ないんだろ。ヴィクトリアマイルから連戦だしな」

「にしたってGⅠと未勝利戦を天秤掛けて後者取るって相当じゃん」

「何言ってんだよメイクデビューこそウマ娘たちの人生掛かってんだから」

 

カレーにライスを沈めながら唐揚げを頬張る。レース場メシの醍醐味ったらこれよ。

ハンバーガーも良かったがこの祭りの屋台感がたまらない。

まだこの上層階は人もまばらだが、そろそろ人が流れてくる頃合だろう。

 

「なあ中京から府中までどんぐらいかかんの?」

「え?分からん調べるわ」

 

 

12:26発 中京レース場前

15:24着 府中本町

 

「いやこれギリくねえ?」

「中京からこっちまで来るわけないだろ(笑)」

 

電車を最速で乗り継いでコレだし、1本でも外せば到着は15:56。もうとっくに安田記念は終わってしまっている。

飛行機はちょうどいい便がなく、羽田から向かったとしてもむしろ遅い。車を飛ばしたとて新幹線には敵うはずがない。

 

「こっちは誰かに頼んでるんだろ?それこそダイワスカーレットが長期離脱してんだからそのトレーナーとか」

「それもそうか」

 

なんだかんだと話し込んでるうちにいい感じの時間になってきた。第8レースが終了し、この後は第9レース若鮎賞、第10レース湘南ステークスを挟んでメインレースの安田記念だ。

今のうちに場所を確保しておかないと後々がダルい。廃容器をゴミ箱に投げエスカレーターで階を降りる。

 

「まだまだ駅から流れてきてるもんな」

「駐車場も半径2キロは埋まるからな。電車で正解だしょ」

 

こんなの車で来ていたら延々と空きを探して彷徨うことになるだろう。

 

「まさかウオッカT車でぶっ飛ばして来てたりしてなwww」

「ねぇーってねぇーってwwwアハハwww」

 

 

 


 

 

 

「本当にアイツは中京から向かってるっていうの?」

「みてぇだぜ?スカイから『マジでバイクで向かいました芝3000mです』ってメッセージ来てたから」

 

思わず苦笑いを作った顔を責めることはできないでしょう。

ウオッカ君から話を聞いた時には耳を疑いましたが、かのトレーナーは本当に中京12:10発走のレースを観戦した後にこちらへ向かっているようです。

 

「本当に破天荒というか無鉄砲というか……」

 

調べてみたら中京レース場から公共交通機関で安田記念の発走時間までに府中へ到着することはかなり難しい状況でした。オウケンブルースリ君の未勝利戦を取るか、ウオッカ君の安田記念を取るか普通の人間ならば二者択一。

ほとんどのトレーナーならばGⅠという高い格式のレースに出走するウマ娘を優先するでしょう。

 

私はダイワスカーレット君一人のみの専属契約だから彼女について回るだけですが、チームを持つという事は、こうなった場合他方を捨てなければならないということ。

 

チームを結成しているウマ娘達が遠征する場合、メンバーから帯同と呼ばれるサポートを選出し、遠征へ同行してもらうのが一般的です。

 

しかし関東ならまだしも地方遠征へ行くならば安全面で成人の引率が必要になりますし、お願いできるトレセン関係者に絞れば更に人数は限られます。そういった業務分担の意味でもサブトレーナーは必須。だからこそ大きいチームのメンバーはレース日程を被らせないようにしているのでしょうね。

 

それを考えればトレーナー1人ではウマ娘5名が限界でしょう。

何しろウオッカ君のトレーナーである彼が3人のメンバーですらこうなっているのですから、チーム設立の打診が来ている私に関しても他人事ではありません。

まぁ、ダイワスカーレット君が〝最初の三年間〟を走り切るまで他を持つ気はありませんが……。

 

「あっちには誰がついていったわけ?まさかあの二人を中京にほっぽり出す訳にはいかないでしょ?」

「ローレル先輩が付いて行ってるんだってよ」

「あの人……。なんというか健気よね」

 

こういった場合、そのレース場へ向かうトレーナーに頼んで同伴してもらいそうなものですが……。まさか卒業生に頼むだなんて、()()()()()()()()()まず無理でしょう。

 

「ホントにな。呼び出されていきなり新幹線のチケット渡されて中京行きだもんな」

「いやそれ……アタシだったら怒るわ」

 

本当に、いつか蹴られそうだなあの人は……。

 

 

 

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