忙しかった事務作業やマスコミ対応が落ち着きを見せ、ようやく一息つけると伸びをした。
文武両道を掲げるトレセン学園であるが、試験期間が終わり浮ついた空気になるのはヒトもウマ娘も変わらない。この試験結果で夏休みと合宿を勝ち取るか、赤点で補習に回されるかするが、とりあえず解放されたという気持ちが大きいんだろうか。
もっともウオッカはダイワスカーレット塾のおかげでギリ赤点回避と言ったところだが。ディープスカイはアレでいて成績は良く、オウケンブルースリも平均点以上は取っているため先輩としては立場が無いぞ。
トゥインクルシリーズはあと宝塚記念を終えれば上半期が終了という所であるが、俺の担当しているウマ娘は出走を見送っているためこれといってすることは無い。
しいて言えばブルースリが夏合宿前にオープン戦を挟むから、軽度の調整をするが今の状態であれば心配はいらないだろう。
さて、タバコでも吸いに行くかと腰を上げかけた時トレーナー室の扉が突如開いた。
「やっはろ~!!」
あ、俺の休憩時間終わったわ。
にんまりと口角を吊り上げ、猫みたいな口……いやそれどうなってんの?唇の構造的に無理でしょ。
呆気に取られた俺が動けないうちにスカイがバシュンと距離を詰めてくるとデスクを両手でバンッ!と叩く。
「リフレッシュを所望します!!!!!」
「あ、おけ。今日お前オフにしとくわ」
「
声でけぇよ。
「いいですか!?ブルースリが未勝利戦を突破したわけです!!ウオッカ先輩が安田記念勝ったわけです!!そして私たちはテストを頑張ったわけです!!!!」
はい、そっすね。
「で!!!私たちは夏合宿を勝ち取りました!!祝勝会も開かずに!!!褒美もなしに!!!」
「つまり祝勝会がしたいと。あわよくば褒美が欲しいと」
「
まあ、確かに言ってることを理解できなくもない。
彼女らの頑張りに何らかの褒美は必要だし、試験が終わった解放感でハメをはずしたいのも分かる。
しかしそういったパーティー的なサムシングをする想定をしてなかったため、俺の頭では何も思い浮かばない。
「準備も何もしてないんだが」
「心配ご無用!放課後の学生には心強い味方がいますから!!」
なんかろくでもない気がする。
「カラオケです!!!」
「カラオケ」
思ったより普通の提案が飛び出した。確かに学生の放課後と言えばカラオケ、ゲーセン、商店街食べ歩きになるか。
トレセン学園はほとんど女子校なのでデートの線は薄いだろうが無くはない。こやつらに特定の相手が居るかは別として。
しかしとある理由から、俺がカラオケに行きたくないのだ。
「まあ、いいんじゃないか。ウオッカも夏合宿までは軽いメニューで流すし、ブルースリは無理やりガス抜きしないと詰め詰めになるから気分転換も必要だろうしな。行ってこい」
ディープスカイの顔が思いっきり歪んだ。ちょっと、女の子のしていい顔じゃないですよスカイさん?
「はぁぁぁぁぁぁ……アホですかぁ?」
深い深い溜息の後に、オブラートなんてものは一切被せられていない素の声で罵倒を放り投げられた。なんでそんな事言うの。
「いやいや、なんでそこで自分をフィールドから除外するんですか?なんです?特殊条件満たさないと召喚できないモンスターかなんかじゃないんですからちゃんとオモテ表示で出てきてくださいよ」
全く分からない例えで説教をされた。
「それこそ待ってくれ。女子校生のカラオケに野郎一人混ざる方が辛すぎんだろ」
「ウオッカ先輩と行ったことぐらいあるでしょ?」
「いや、無いな」
「はあ!?どうやって仲良くなったんですか!!?!?」
「バイクの後ろに乗っけて出かけた」
「なんで初っ端からハードル二段飛ばしみたいなことしてるんですか……」
そんなにだろうか。
「まあまあ室内に篭ってこのままじゃあ腰にコケ生えちゃいますよッ!ほら私たちとめくるめく音楽の世界へッ!!Come Onッ!!」
「いや仕事がだな」
「わたしたち…よりも、しごとが…だいじ、なんですか………?」
絶妙に答え辛ぇ!
大きな瞳をうるうるに潤ませ、今にも雫が頬を滴りそうなディープスカイが両手を胸の前で組んでずいっと覗き込んでくる。コイツに限ってはマジ泣きなぞ100%ないが、この光景を見られた場合の俺の世間体がマズ過ぎだ。
「おーっす。いゃぁーっと試験終わっ……」
「……」
「……」
終わった。
せめてウオッカがマトモな判断を下してくれる事を願う。
「あー……なんと言うか……。邪魔したな」
「待て、待ってくれ!誤解だ!!」
「なぁーにが誤解なんですか!!?私達より仕事が大事って言ったくせに!!」
「言ってねぇ!!」
このままウオッカを行かせたらどんな誤解を受けたままになるか分からないし、ここぞとばかりにぶっ込んでくるトリガーハッピーは
「お前たちが大事だからやりたくもねぇ仕事してんだよ」
「( ◜ᴗ◝)」
ガシッと両肩が掴まれる。先程の涙はどこへやら、にっこり笑顔のスカイに捕まった。
「ウオッカせんぱぁい。カラオケ行きませんかぁ?黒ジャケさんがテスト終わりのご褒美に連れていってくれるそうですよぉ?」
「カラオケ?トレーナーが……か?」
「ねー?」
「……」
「ねーーー?」
痛い痛い痛い。ジリジリと万力が如く、ゆっくりと指に力が込められる。肩に食い込んでるから。なんなら指が刺さってるまであるから。
「まあ……たまにはいいんじゃねーの?」
「トレーナー……歌えんのか?オレ、ダンスレッスンとか宮下サンに投げられて一度もやったことないけど」
その辺は色々あるんだよ。歌のおにいさんが教えた方がいいだろ、な?適材適所だって。
その時、最後の希望の星、
頼む、このトンチキな現状を打破してくれ。精一杯の希望を視線に込めてブルースリと目を合わせる。勝手なイメージだけど物静かなお前さんはカラオケとかそういう騒がしいの苦手だろ!?
「ブルースリ!!カラオケ行こ!!」
「いく」
退路は瞬く間に爆破され、賽は助走をつけてブン投げられた。
「なんならブルースリは同級生で1番カラオケ好きですよ?」
知らなかった……そんなの……。
「pyoiサウンドにします?それともDAWにします?」
「任せる」
「……pyoiで、いいん…じゃない………?」
「じゃあこのフリードリンクの3時間コースでお願いしますっ」
あれよあれよという間に、サクサクと事柄が決まっていく。ここは府中駅前のカラオケ店。
トレセン学園の制服ウマ娘3人と野郎がひとり。店員に思いっきり怪訝な顔をされてしまったが、トレーナーバッチを気持ち見せびらかす事で納得してもらった。
こういう時にトレーナーのステータスは大きい。あまり褒められた使い方ではないが、通報されるよりはよっぽどいい。
他のグループもほとんどが制服だ。男子でも、女子でも。この時期は夏休み前の試験から解放された学生がほとんどだろう。
俺、浮きすぎでは……?
「なにボーっとしてんだよ。部屋行くぞ?」
「おう……。こういうところあんまり来ないからサ」
「確かにトレーナーと来たこと無いからなぁ、カラオケ。苦手なのか?」
「さぁ?人並だと思いたいね」
「だーいじょぶだって!オレは下手でも笑わねぇよ?」
パーティールーム。
その部屋は明らかにそう呼ばれる類の広い部屋だった。ミラーボールが周り、小さいながらも雛壇がある。マイクスタンドすら有る。マラカスやタンバリンも完備。
「アタリ部屋ですね~!」
4人で、ほぼ3人で使うには部屋の規模デカすぎやしません?
「ウマ娘は音の反響で耳がやられやすいから、空いてれば広い所に通してくれるんだぜ?」
心の中のへぇ~ボタンを連打する。それ以外にもGⅠウマ娘が2人も来店してるのだから、マイナスイメージを抱いて欲しくないのかもしれないが。
「じゃあ
「……じゃあ次、ワタシ……で…」
ササっとデンモクを操作して曲を入れたスカイがマイクを持ち登壇する。クルックルッとマイクで手慰みをするとキメ顔を一回。軽快なイントロから始まって歌詞が画面に表示され始める。
But,I want you I want you I want you even if you love someone elses
Darlin'Darlin'ここに来て?見えるでしょう!私が!Darlin'Darlin'あの日のキス 忘れたふりするならDarlin'Darlin' 横顔はもう飽きた!こっち向いて!
うっま。ウマ娘だけに。
スカイが歌ったのは彼女のイメージによく合う快活な曲で、英語歌詞パートもバッチリ。つよい。
「かぁ~!やっぱり一曲目は声でないですねぇ!」
どの辺がどう出てなかったのか聞きたいが。なんならそのままライブで歌ってもいけるレベルだろ。
スカイとハイタッチして次はブルースリが登壇した。スピーカーから流れる琴と鼓の音に、俺とウオッカで顔を見合わせる。
誰かに盗られるくらいなら、あなたを殺していいですか
何があっても もういいの くらくら燃える 火をくぐり あなたと越えたい ───天城越え
……ガチ勢おるって。
「ぶい」
「いやスゲェな。俺の語彙力じゃどう感想を述べていいのか分からん」
ブルースリは選曲こそ意外だったが、めちゃくちゃこぶしを効かせてしっとりと歌い上げた。思わず拍手してしまうような迫力があり感嘆の息が漏れる。
「じゃあ次オレな!」
「いよっ頼みましたよ先輩!」
ウオッカが壇に上がりマイクを持つ。彼女も物怖じするようなタイプではないから堂々と立ち、構えた。
どうしたって 叶わない絵空事だろうが胸を燃やす火は誰にも消せやしない
空から降る黒い雨が この身を濡らし降り止まなくともまだ消させはしない!この胸の火……それがプライド!
ウオッカが歌ったのは男ボーカルの曲。カッコ良さを求める彼女らしく歌詞も力強いものだ。
強ぇ奴しかおらんのかって。
聴力がいいウマ娘は音を聞き分ける力があるのだから、歌唱力もそりゃあるんだろうがそれにしたってみんな巧い。
そういえば音痴だというウマ娘を聞いたことがないので、そもそも種族的に音程の感覚が強いのかもしれないな。
「次……黒ジャケさんですけど」
「俺も歌わないと駄目か…………?」
「ここまで来たら行っちゃいましょうよ!それともよっぽど自信ないんです?」
分かったよ……。そこまで言われちゃあやるしかない。
「その代わり、耳塞がないでくれよ?」
「?」
「むかしローレルたちの前で歌ったら皆耳を押さえたんだ。だからそんな聞き苦しいのかって思ってさ。軽くトラウマなんだよな」
デンモクで曲を入れマイクを持って登壇する。観客はたった3人のライブだが、久々に歌うにはちょうどいいだろう。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃPOISON 俺は俺を騙すことなく生きていく
まっ直ぐ向き合う現実に誇りを持つために 戦うことも必要なのさ
歌い切った。
ウマ娘たちの反応は三者三葉で、腕をワキワキと動かすスカイとクッションを思いっきり抱いてるブルースリ、ウオッカはそっぽを向いてジュースを啜っているが、耳がぴっこんぴっこん大暴れしている。みんななぜか顔赤いけど大丈夫?
「ううぅう~!!」
遂に、耐えきれないというようにスカイは耳をゴシゴシと掻きむしる。
「違うんです!!下手じゃないんですけど!!黒ジャケさんの低い声が直接耳の中を
えぇ……。
どうやら俺の声は丁度よくウマ娘の耳を刺激してしまうらしく「耳の奥がゾワゾワする(ブルースリ談)」とのこと。音叉かなにか?
「とにかく!黒ジャケさんの歌声にウマ娘特効が乗ってます!」
「そうなのウオッカさん?」
「あー、うほん!」
顔を合わせてくれない……。
「次行きます次!曲入れておいてくださいね!!黒ジャケさんもですよ!!?」
そう言ってマイクを握るとスカイは再び壇上へ跳び、流れ始めるイントロに合わせて体をゆすりながら元気に歌い始める。その姿を見て、次は何を入れようか悩むのだった。
「ねね、黒ジャケさん」
「あん?」
ブルースリがそれはそれは見事な歌声を披露している中、ぬるりと近寄ってきたスカイがこっそりと話しかけてきた。
「電波なソングとか歌えたりしないんですか?」
「生憎ながらそんなレパートリーは…………無いな」
「ちょっと!なんですかその間は!あるって言ってるようなもんですよ!」
ウマ娘をサポートするために、トレーナーは多角的なものを求められる。
その中には〝ウイニングライブ〟というウマ娘がファンへの感謝を伝える〝歌と踊り〟の訓練も含まれており、トレーナー研修過程にもきっちりとそれが存在している。
年度によってこの研修過程に出される課題はまちまちだが、一曲は電波ソングが入っている。ウイニングライブに『うまぴょい伝説』というド級の電波ソングがある為だろうが、教官が面白がって入れている説も否めない。
当然、俺らの研修過程にも
「お願いしますよ!たまにはカッコつけてる黒ジャケさんがはっちゃける所をウマ娘一同見てみたい所存であります!」
期待に輝く眼差しを向けるスカイは、俺が首を縦に振るまで引き下がらない。
「分かった……録画はするなよ?」
「もちろんですよ!」
スーパーウルトラハイパーミラクルロマンチーック!
「!?」
「!?」
「ブフッwwwww」
何も知らなかったウオッカとブルースリは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で呆気にとられ、仕掛け人のスカイはわずかワンフレーズで耐え切れなくなった。
ビリビリでギリギリの 心は心はすっかりすっかりもう どんどん君に夢中 ちゅう とまりやしない!
コラコラもうキラキラの 笑顔でどうにかなっちゃいそう ダメダメでグダグダでぐるぐるぐるぐる やっぱりやっぱりもう年がら年中、夢中で しっかり追跡中
電波ソングにありがちな早口で刻まれるパートももちろん完備。歌詞だけを見ていれば容易にゲシュタルト崩壊。これ電波ソングの怖い所ね。
「アハハハハwwwwwだめwwwwwwお腹痛いィwwwwww」
ずっきゅーん!キミにずっきゅんずっきゅんずっきゅん ずっきゅんずっきゅん ずっきゅんきゅん スーパーウルトラハイパーミラクルとってもとってもとってもとってもすき!すき!すき!だからもうずっきゅーん!
歌い切った。
スカイはソファに沈みパンパンと手を打ち付けて笑い転げている。ブルースリはクッションで顔を隠しているが微振動している肩は隠せていない。
「お、おまえぇ……!ングッ!ブフッアハハハハハハッ!!!」
ついにウオッカも決壊し3人ともジタバタしながらソファに沈んでいった。
金輪際これは封印することにする。過呼吸気味なウマ娘たちを介抱しつつそう心に誓った。
その夜、ウオッカの思い出し笑いが止まらずうるさいとダイワスカーレットからメッセージが飛んできたのはまた別の話。
コード探すの面倒過ぎたのでカラオケ回はもうやりません