タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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意思─富士4時間耐久

 

 

 

トレセン学園も前期授業課程が終了し、名ばかり夏休みに入る。

ほとんどのチームやトレーナーは夏合宿へ向かうし、スプリンターのウマ娘は夏場に開催される重賞が多いから夏休みはあってないようなもの。

過日オープン戦を制したオウケンブルースリのみ、8月に再度オープン戦を挟むが、ココにはスプリンターが居ないため全員が夏合宿への参加を予定していた。

 

夏合宿へ向かうと、このトレーナー室もしばらく使わなくなることから大掃除よろしく片付けていた。

 

……のだが、想定外に増えていた物品が雪崩れ、ひとりで途方に暮れていた。

 

「普段からもっとやっときゃ楽なのによ」

「……返す言葉もない」

 

救世主ウオッカ様降臨。

 

母親に仕込まれたという掃除の腕は確かで、不要な物と必要な物を確認してはテキパキと分別していく彼女には頼もしさしかない。

ふだん不良ムーブ(?)していても所帯染みた行動が板に付いているのだから将来は良い母親になりそうだ。

 

「サ ボ っ て ね ー で や れ よ ?」

「ウィッス」

 

バシンッとしっぽで尻を叩かれる。しっぽ癖が悪くってよ?

 

ウマ娘毎にファイルを分け纏めたとしても、ウオッカ、ディープスカイ、オウケンブルースリの書類は既に棚のひと段を埋め尽くしていた。

もっと人数が増えたとすれば収まりきらないことが目に見えているし、この際大切な物以外は電子化してしまおうか。

 

 

 

「ん?」

 

ゴミを袋に詰めてまとめていたところ、チラシが一枚カサりと落ちた。

おっ?バイクの写真が載ってるじゃねーか。

 

「富士4時間耐久……?しかも明日か」

 

チラシには明日開催の二輪車レースが記されていた。

なんたってこんなものが紛れているんだ?トレーナーがサクさんに観に行こうと誘われでもしたのだろうか。

 

プライベートの事はあまり話したがらないトレーナーの事だから、詮索してもムダだろう、と思ったところでひとつの可能性に行きついた。

 

「…………まさか、走る側じゃねーよな?」

 

トレーナーはもう、レースを走ることはないと思っていた。だとしたらこの胸騒ぎは?なんてことないチラシにオレは何をかき乱されてるんだ……?

 

「───ウオッカ。蹄鉄道具は?」

「……あぁ、こっちの箱に纏めてあるぜ?」

 

不意に声を掛けられて、ついチラシをポケットに突っ込んだ。聞くタイミングを逸してしまい、焦れる気持ちを抑えながらも()()()()()()()()()()()と予測する。

 

ならば協力者が必要になるな。悪態をつかれるだろうけど、付き合ってくれる同室の彼女に一言だけメッセージを飛ばした。

 

 

 

 


 

 

 

 

トラックにマシンを積み込み、必要な器具を用意していく。

整備道具、予備パーツ、バイクスタンド、交換用タイヤなど、それらを積んでは飛ばないように固定した。

 

そうと決めたら日常はあっという間に過ぎて気づけばもう本番の日だ。梅雨の空けていない6月だと言うのに雲も少なく、早朝にも関わらず既にじっとりとした暑さが身体を包み始めていた。

 

「天気は良さそうッスよね」

「いい事じゃんよ」

 

サクも三才山(みさやま)も腕まくりをして、早くも小麦色に焼けた肌を晒していた。

欲を言えば雲が陽を遮ってくれるぐらいの曇りが良かったのだが、今更願っても仕方ない。雨が降るよりもよっぽどいい。

 

「他のメンツは?」

「東ゲート前で現地集合よ。もうみんな勝手知ったるようなメンツだから心配ないって」

「そうかい」

 

───最後。

 

これで最後。俺が未練がましく持ち続けていた二輪ライセンスもこれで返納する。今日のレースでやれるだけやって終わる。

 

幸せな事じゃないか。

自分で自分を納得させて終われるのだ。致し方なく引退する訳じゃない。不慮の事故で死んだわけじゃない。

ただ一人の男が、走りを降り(やめ)る。どこにでも転がっているありふれた話。

 

───まるでウマ娘みたいだな。

 

「オイ、待てよ」

 

呼び止められた。

おかしい。……する筈のない声がしたから。なんで居る?正直、一番会いたくなかった奴が……。

 

「うおー!?ウオッカちゃん!?」

「なんで居るんだ……寮はまだ開いている時間じゃないはずだが?」

「スカーレットとゴルシに協力してもらったさ」

「バレたらタダじゃ済まないぞ?」

「承知の上」

 

疑問がぐるぐると頭を巡り、喉が渇く。

 

彼女の手に握られていたのは富士スピリットウェイ4時間耐久レースのチラシ。上手く隠していたつもりだったが、何かの拍子に見つかってしまったらしい。

 

よりにもよって彼女(ウオッカ)に。

 

「なんかコソコソやってると思ったらさ、やっぱりビンゴか───連れてけよ」

 

口をついては出そうになる言葉を飲み下して睨みつけてやるが、強い意志を宿したその銅色(あかがねいろ)の瞳は全く退く素振りを見せない。

 

「……分かったョ。ただ、あまり構ってやれないからな」

「それでいいぜ」

 

車の助手席にウオッカが乗り込み、シートベルトを填め込んだことを確認してフジキセキに一言だけメッセージを送っておく。すぐに帰ってきたにっこりスタンプには、絶対それ以上のメッセージが込められている気がした。

 

 

 

「今日は車なんだな」

「荷物が多くてナ。さすがにこの量を二輪で持っていくのは厳しいから今日は車だ。エアコンも効くし」

 

後部座席にはヘルメットや革のレーシングスーツが積まれていた。トランクにも、必要な物を載せてるんだろう。

 

車は早朝の東名を下る。他車もトラックもまばら。行く先に聳える山々の頭に少しずつ朝日が当たって、空はどんどん白んでいく。無言が満たす車内はお互いの息遣いが大きく聞こえて、耳が音を求めていた。

 

 

「なんか、このまま行かせたらトレーナーが帰ってこない気がしたんだ」

 

 

……何を言ってる。

俺はこのクソったれな独り善がりにケリをつけるために行くんだ。俺はお前らを選択したんだ。ここに来たという事はエントリーリストでも拾ってもう委細分かっているんだろ?

 

「ウオッカ、聞いてくれ。俺は今日何があっても走ることをやめるつもりはない。───そして、俺は今日走りから降りる」

「……!」

「バイクをやめるわけじゃないんだ。ただ自分の中でケリをつける。ずっと惨めったらしく持っていたサーキットを走るためのライセンスも返す。これでレーサーとしての俺は終わりなんだ」

 

───走ること(レース)をやめる。

それはいつか、オレ達ウマ娘にも訪れることだ。シニア級となったオレも例外ではないし、想像したくないが唐突に終わりがやってくる場合もある。一世を風靡したシンザンだって、ミスターシービーだって、シンボリルドルフだってもうトゥインクルシリーズには居ない。

どんなウマ娘だって走り(レース)を続けることはできないんだ。いつか衰えが来て引退する。

 

 

トレーナーは、一人の競技者(レーサー)として、今日、そうする。

 

 

ああ、苦しいな。それはどんなに苦しい事だろうか。その決断を下すことすら今のオレにはできそうにないことだ。

 

「できればお前らには知られずにそうするつもりだったんだがな」

「いつもそうだよ……アンタはさ。何でもかんでも一人で解決しようとして頼ってくれねーんだ。―――だから、こっちから行くことにした。今日俺はアンタの最後を見届ける」

「男はな。知られたくないんだよ。こーいうの」

「それで、山で散ってたのは誰だったッけ?」

「……感謝してるョ」

 

二人とも前を向いたまま、窓の外を流れていく景色。

だけど声でわかるんだ。相棒の言葉はそっと背中を押す。それが僅かな1歩を埋めるピースになることを。

 

 

 

「おいおい、まさか1番無ぇと思ってた奴が嫁同伴とはな……。随分若ぇじゃねえか。しかもウマ娘」

「嫁ぇ!?」

「ちげーよはっ倒すぞ戸狩(とがり)。大町も本気にするな」

「わはははは!!尻に敷かれんのはサクだけで良いってな!」

「うるせーじゃんよ!屋代(やしろ)!」

 

富士スピリットウェイ東ゲート前の一角。そこに集まった男達は久々の対面で会話に花を咲かせていた。

 

集ったのはサクが呼びかけたかつての仲間達。誰も彼もバイクが好きで───かつて一つのチームで共にやっていた仲間だった。今はそれぞれの道で大成してる者や別業種に進んだ者も居る。

 

そこに到着したサカキは早速ウオッカの存在を弄られ始める。やれ嫁だの海外で引っ掛けたウマ娘の子供だの散々な言われようだ。

 

「いやーそれにしてもクククッ……サカキの野郎がウマ娘のトレーナーたぁな」

「知らねーのかョ。ダービーウマ娘だぜこの子」

「興味ねぇナ。俺が見てんのは2輪レースだけよ」

辰野(たつの)は相変わらずじゃんよ!」

「今日はレースクィーンがついてるンですネ?負けラレませんネ!」

「勘弁してくれやオタリー。現役のウマ娘をそんなんに使ったらURAに何言われるか分からん」

 

たかだか1台のバイクでレースをするためだけに、これだけの男たちが集まった。

パンッと手を叩いて、主催のサクが音頭を取り始める。

 

「今日は集まってくれて礼を言うじゃんよ。今日の富士4耐、ウチのバイト君の三才山(みさやま)とサカキの二人で走る。Bクラス……アマチュアプライベーター枠だけど、ワークスとやり合える機体(マシン)持ってきたじゃんよ……!」

「……!」

 

男達の表情は皆、真剣なものに切り替わった。サカキが競技者(レーサー)であるならば、他の者は技術屋(メカニック)だ。その道のスペシャリスト達は力の粋を集めて、レーサーに託す。認めた奴にしか協力したくないのだ。

 

お前(サカキ)が乗って走るってンなら俺ァ何も言うつもりはねーよ。ここに居るやつは皆そうだ」

 

戸狩の言葉にサクを初め、オタリー、辰野、大町、屋代が頷いた。ここにいた全員が頷いた。なぜ、なぜそこまでしてみんな、俺に協力してくれるんだ……。

 

「───悪いが、俺はこれを最後に降りるつもりだ」

「だと思った。まあ、どういう心境だ何だは聞くつもりじゃねーのヨ。今日、お前が走る。なら他の奴には任せられねーわ。これは()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

───それが、お前の走りに魅せられたヤツらの矜恃ってもんさ。

 

 

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