「誰ですかアナタッ!?」
素っ頓狂な声を上げたディープスカイの声がトレーナー室に響き渡る。これから夏合宿に向かうというのに今から元気ドッカンで果たしてもつのか。オウケンブルースリも目を丸くして見開いてる。ちょっと怖いよ。
「何か変か?」
「変ッッッですよ!!!なんですその髪型!眼鏡!いつもの真っ黒いジャケットはどうしたんですか!?黒ジャケさんじゃなくなったらなんて呼べばいいんですか!??」
いや、トレーナーって呼べばよくない?
シャーッ!と子猫のように毛を逆立ててこっちを威嚇するスカイを見ているのも面白いが、後の予定がつかえてるからいつもの愉快な君に戻って欲しい。
「……大学デビュー…?」
「勘弁、もう勉強なんてしたくないョ」
こてんと首を傾げ、疑問を飛ばしてくるブルースリ。ほんとにもう大学入試レベルの問題など解ける気がしない。マジでトレーナー試験イカれてる。
「おいー……っすぅ!?!?」
次いでトレーナー室に入ってきたのはチーム(仮)のリーダー、ウオッカ。彼女は扉を開けこちらを見るなり持ってきたボストンバッグを落として固まった。お前もか。
今頃ローレルはほくそ笑んでるのだろうか。担当する3ウマ娘共に混乱した様相を見せ俺を同一人物と認めてくれない。そういや警備のおっちゃんにも止められたな。バッチ見てようやく納得してくれたが。
「よし揃ったな」
「ちょっと待て!サラッと流すなよ!」
トレセン学園は今日から夏合宿期間に入った。シニア級及びクラシック級のウマ娘たちはトレーナーと共に各々山か海へ行き、およそ2ヶ月間合宿を行うのだ。もちろん俺達も向かうし、だからこそ朝早めにトレーナー室へ集まった。
これからが重賞シーズンになるスプリンターウマ娘やジュニア級も受け持つトレーナーは合宿所とトレセン学園や地方レース場を飛び回ることになるが、幸いにしてここに居るのは中長距離ウマ娘だけ。
ブルースリのみオープン戦で1回離脱するが、今の彼女なら問題なく獲れるはずだ。
遊びに行くわけではないが、閉鎖環境に身を置くトレセン学園生からすれば夏合宿は貴重なお出かけイベントに等しい。ディープスカイとオウケンブルースリは初回、ウオッカに至っては2回目だが耳や尻尾が浮き足立つ様子が見える。
「裏門に車あるから荷物積んで行くぞ」
「……え?なに?ドッキリか?」
「ウオッカ裁判長!!これは被告の追及が必要な事案です!!」
「……記録は、任せて………」
3人揃って一気に賑やかになったトレーナー室にやいのやいのと姦しい声が響く。
「マヤノが見た事ない爽やかトレーナーが居たって言ってたのトウシロウの事だったのかよ……」
スカイとブルースリが驚愕した顔でウオッカに振り返る。人の耳では聞きとれなかったが、2人はウオッカを壁際に追い詰め始めた。ジリジリと詰まっていく距離にたまらずウオッカは後ずさる。
「ウオッカ先輩?今なんと?」
「へ?マヤノが見た事ない爽やかトレーナーが居た……」
「……その、後」
「後?………………ヤベッ!!トレーナー!先裏門いってるぜ!!!!」
「ウオッカさぁん!貴方は今黒ジャケさんをなんと呼びましたか!?逃がしませんよ亀さん!!」
「……十津川警部、回り込みましょう……!」
目の前で突然始まった捕物に俺はついていけない。嵐のように去っていたウマ娘3人に少し微笑んで、その後をついて行くとしよう。
車の流れに入り東名高速を西へ。
厚木インターから東名に別れを告げ、今度は小田原厚木道路をひたすらに西進。6月も終わって、梅雨も明けた焦げ付くような陽射しが背後から車を照らす。
海へ向かう俺達と同じように、他県のナンバーを付けた車が何台もパスしていく。夏休みになったのか若葉マークを貼り付けた車も多く見るから気をつけなければいけない。
「なんか心境の変化でもあったんですか?」
「まあ、あったな」
「え〜彼女でもできたんですかぁ?」
「ちげーよ」
ナビシートに座ったのはディープスカイ。
こいつは思いついた話を無限に振ってきて膨らましては誘爆させていくので眠くならなくていい。反面、道案内は期待できなさそうだ。
リアシートに座ったウオッカとブルースリは、次のオープン戦に向けて戦略や位置取りを相談しているようで所々真剣な面持ちを見る事ができた。ブルースリのモチベーションは高く、連続してオープン戦を勝利すれば秋戦線に名乗り上げることができる。
ブルースリの大本命は〝菊花賞〟 クラシックロードの3冠目だ。
「そういえばスカーレット先輩はどうしたんですか?」
「アイツは宮下と先に行ったよ。トレーニングは一緒にやる予定だから仲良くな」
「もちろんじゃないですか~!」
合宿一番乗りを宣誓していたダイワスカーレットはやっぱり1番早い電車で宮下を引きずって行った。連れられる宮下も不憫だが、会場入りしたところで宿が開いてないと思う。
小田原厚木道路の終点で自動車道は終わり、海に向けて進路を取った。
後は海沿いの国道をひたすら下っていくだけだ。夏らしい強い陽射しに照らされて輝く海は眩しくていけない。しばらく耳朶を擽る少女達の尽きない話題は車の中で反響した。
国道を走ることしばらくして、少し早いが昼食をとることにした。この先はまだ距離があるし、真昼間になるとどこも混雑してウマ娘は3人を対応する余裕が無くなってしまう懸念があるからだ。
「そういえば、チームにウマ娘を引っ張ってこないんですか?」
「なかなか個性派揃いのお前らに揉まれても大丈夫そうなウマ娘は難しくてな」
「あー!私たちに責任押し付ける気ですか!?窓際中間管理職!」
失礼だし言葉の火力が高すぎるだろ。お前それお父さんとかに言っちゃダメなやつだからな。ていうか主にお前だよ個性の塊。
ウオッカは下に兄弟が居るため後輩の対応は慣れたものだろう。ブルースリは後輩が来ても何とかなりそうな気がするが、スカイは気に入らなければメランシエル相手のように塩味の効きすぎた返答をする未来が見えるし、変則二冠ウマ娘にそんな事されたら新入りの心が折れかねない。
「……もう、この時期だと…有力なジュニア級は引っ張りだこ……」
「選抜レースで探すしかねぇよな」
しかもチームプロキオンからダービーウマ娘が抜け、新しく設立されるチームに移籍するなど世間でどう勘繰られるかも読めない状態だ。
元チームの手腕が問われることになるし新チームには陰謀説か唱えられる、どちらにしろタダでは済まないデリケートな話題となるだろう。だからこそ派手な動きは避けねばならない。しかし俺達の仮チームが正式に認められるには、所属するウマ娘をあと2人スカウトなり希望者募集なりで確保する必要がある。正直な所今は雁字搦めだ。
「メンツ揃えなきゃいけないのはそうなんだよな」
「………2人の活躍があれば、希望者も…居るはず……?」
「私の事何だと思ってるんですか!その辺は考慮しますよ!」
まもなくトレセン学園では数チームが新たに設立され、勃興する時が来る。狙うならその最中、注目が分散した時こそが機。
それまでに、チーム入りしてくれるウマ娘探さないとな……。
寄せては返す波の音。都会の喧騒とはまた違った騒がしさ。
目に鮮やかな空色、海の深さを感じる濃い青、粒の細かい砂浜。少し遠く聞こえるウマ娘たちの声。吹き抜ける風は肌を焦がすように暑く、しかし汗を攫うように涼しく感じていた。
「お前ら水分補給しろよ」
パラソルの下、トレーニングメニューを煮詰めながら波間ではしゃぐおバカどもに声を掛けた。
今日は1日すべて移動日と称して、自由行動にしている。彼女らはアスリートであるが、同時に遊びたい年頃でもある。トレーニングばかりでは息が詰まるし、こうしたモチベーションアップがなければやっていられないだろう。
各々が学園指定じゃない自前の水着を身に纏って水を掛け合ったりくんずほぐれつ。現地合流したダイワスカーレットも加わり戦いは激しさを増していた。
「トレーーナーーー!!お前も来いよーーーーー!!!」
無理無理。ウマ娘の体力に人間がついて行けるわけないだろ。突然吹き上がる水柱とかどうやってんの。
「行かないんですか?」
「逆に行けると思うか?」
アロハを纏った宮下がにこやかな顔を向ける。なんなんだお前ら。みんな俺を海の藻屑にしたいのか?
「ずいぶんと
風に乗って耳に入る宮下の声。それはどこか歓迎しているようにも、空虚な響きを持っているようにも聞こえて不思議な感情を巻き起こした。海に押し流されていく、矜持。
「ええ、俺もようやく彼女たちを持つ気になりましたよ」
「歓迎します。こちら側へ」