タンデムで見た海   作:印旛沼まで徒歩五分

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夏合宿Ⅱ-② 引き波

 

 

うへぇ~~~!太ももヤバいです!!

「おいーすぐ止まんな?やったあとはストレッチしとけよ」

んにょほ~!伸びるゥ~!

 

転がるウマ娘。照りつける太陽とそれを反射して身を焼く砂浜。トレセン学園が借り、合宿先としてプライベート化しているビーチは今年もいくつかのチームが訪れていた。

 

いつもと違う開放的な砂浜でのトレーニングはウマ娘たちにも良い刺激となり肉体的にも精神的にも大きく成長できるため使わない手は無い。

チームであればいくつかに分かれて効率の良いトレーニングを行うことができるため、ダイワスカーレットも合流して2コンビをローテーション。メンツを入れ替えながら飽きないように順次トレーニング内容を変えそれぞれに課題を渡す。

 

「…スカーレット先輩、ここの…足は、どうやって…切り替えれば……?」

「ここはね、ストレートに入った時点でもう切り替えておくのよ。コーナー手前だと不測の事態になった時遅れちゃうわ」

「なる、ほど……!」

 

ダイワスカーレットは以前のレースで眼に負った傷が治りきってない為、制約があるもののできるメニューは積極的に参加している。

 

ウオッカ、ダイワスカーレットという世代トップクラスのウマ娘とディープスカイ、オウケンブルースリの後進二人。先達からの指摘は彼女らに成長を促し、また先輩達も後輩からの質問で自分を見つめ直し気づくヒントを得るいい流れができていた。

 

「いい傾向です」

「だな」

 

宮下と俺の野郎二人はパラソルの下、今まで熟したトレーニングとそのあとのウマ娘からヒアリングした疲労箇所を纏めていく。

 

夏合宿は普段よりもトレーニング強度がずっと高まる。だからこそ同じ箇所に疲労をためないように、上半身と下半身を交互に鍛えるメニューを組んだがこれをまた細分化。

それぞれのウマ娘に合わせてデータ化する終わりのない作業が待っている。それを少しでもやり易くしたい狙いがある。

 

トレーナー側も1人で抱え込むよりは、2人で分担した方が作業の進み具合が段違いだ。レースでは敵になるスカーレット陣営にウオッカの身体データを知られてしまうデメリットはあるが、それはこちらも一緒である。負傷率を下げるためには必要な措置と判断できよう。

 

「そろそろ昼食を摂らせましょうか」

 

気づけばそんな時間か……。

以前時間を忘れ、少しだけ遅れてしまった時ですら非難轟々であったのだから、昼食を忘れたらどうなるか分からん。

 

「各自、お疲れ様だ。そろそろ昼休憩を挟もう」

おぉ~やっとですかぁ!!今日のおっ昼はなんだろな~?

「食べすぎんなよ」

「続きは食べた後にしましょ?」

「むぅ…もう、ちょっと……」

 

この中でオウケンブルースリだけは秋のG1へ出場する為のファン数が足りておらず、新潟で開催されるオープン戦・阿賀野川特別に出走しなければならない。

重賞を勝利すればそのハードルもクリアできるが、夏合宿期間に開催される重賞は7月終わりのGⅢ七夕賞かGⅡ札幌記念の2000mが最長であり、残念ながらそれ以上に距離の長い重賞は皆無。

 

これはウマ娘の体温がヒトよりも高く暑さに弱いことが関係している。走る距離が長いほどウマ娘は発汗等による気化熱の放出よりも、身体が生み出す熱の割合が多くなり熱中症になりやすい。こればかりは本人の努力でどうにかなる部分じゃないし、ウマ娘という身体構造を持つ者の宿命だ。URAもわざわざ重賞で体調不良者を出したくないだろう。

 

ブルースリの適正はステイヤー、勝利を確実なものにするなら2200m程度の距離が欲しい。重賞を求めると秋シーズンまで待つ羽目になってしまうし、夏を通して成長したウマ娘達はより手強くなる。その前に少しでも勝利数を稼いでおきたい。

 

「気持ちは分かるが煮詰まるのも良くないぞブルースリ。1回リセットしよう」

「わ、かり…ました……」

 

ウマ娘のクラシックシーズンは長いようで短い。

そのうちの半年がもう過ぎてしまった。昨年はウオッカの事だけに集中すれば良かったのだから、どこか余裕があったのかもしれない。サブトレーナー時代には師匠(アオバ)に頼る手だってあった。

だが俺は独り立ちして、もうそういう訳には行かなくなったのだ。

 

──成功者だけじゃない。

ウマ娘を複数人管理する、つまりチームを持つとはそういう事だ。光が差せば影ができる。

それをどちらも抱えなければならない。

 

……気を引き締めねば。

 

 

 

 

有難いことに、昼食も宿泊しているホテルがそのまま提供してくれている。昨年に引き続き今年も同じ場所でお世話になる事にしたのだが、贔屓にしたことによるサービスだそうでシェフ達はダービーウマ娘が二人も!!と大層お喜びであった。

 

(いつもながら、こいつらの細い身体のどこに入るんだ……?)

 

数えるのも億劫な量の唐揚げと生野菜。オーソドックスな唐揚げ定食に圧倒される日が来るなんてトレーナーになるまでは夢にも思わなかった。しかしトレセン学園の食堂にいたオグリキャップやスペシャルウィークを思えば、まだまだ可愛いと言える方か……。言えるか?

 

いっただっきま~す!

 

元気のいいお調子者の言葉を合図に、全員が箸を取った。

 

「……!」

 

ブルースリが一つ唐揚げを頬張ると、キャピーンといった効果音がどこからか聞こえ夢中になって食べ始めた。ウオッカやスカーレットも食べ進めており、こちらもホクホク顔だ。

 

こうして見ていると彼女らも年相応なのだなと思う。

 

「あ?何かついてるか?」

「いや?よく食べるなと思ってサ。最近唐揚げ食いすぎるともたれるんだよな」

「……トシなんじゃない?」

 

……スカーレットが鋭利な刃で俺を切り裂きに来る。いつかお前も分かる時が来るんだからな!

 

まあそれはいい。味噌汁からいただいて、少しずつ慣らしてから唐揚げを頬張る。サクっとした衣と柔らかいのに弾力があるジューシーな肉。

 

いい塩梅に火の通ったそれを食べ進めつつ昼食後について思考を巡らす。少し食休みをして、そこからはまた2コンビに分けて課題(ノルマ)をクリアしていってもらうとしよう。

 

 

 

 

昼食を食べ終えた俺達は食休みのため広いサロンで寛いでいた。食べた後すぐの激しい運動は消化不良に繋がるし、せっかくいただいた昼食を戻してしまっては元も子もない。

 

家には無いような大画面テレビでニュースを流し見しながら取り留めもないやり取りをしてマッタリする。幸せな時間と言えるかもしれない。

 

同じように合宿で利用しているグループが浜辺へ向かっていき、そろそろこちらもトレーニングに戻るとしようか。

 

ふとその時流れ始めたニュースに目が留まった。

 

 

『──次のニュースです…時頃、都内の幹線道路でオートバイと自動車の関係する事故がありました。事故があったのは……』

 

映り変わった画面と共に淀みなくニュースキャスターの原稿を読み上げる声が流れる。映像には倒れたバイクと鑑識官が事故の痕跡を探す様子が映されていた。複数車線のある広い道路で、一体なぜ事故が起きてしまったのか。

 

俺もバイク乗りの端くれとして顛末が気になる。

 

「……あれ、GEz900Rじゃねーか」

「ずいぶん綺麗にされてたやつだな……映画のレプリカか」

 

『───バイクを運転していた男性は衝突の弾みで投げ出され、後続のトラックにもはねられました。男性は病院に運ばれましたが──』

 

『───目撃者によりますと事故の後、現場からは1台の車が走り去っており、警察は男性の身元の特定を急ぐと共に車の行方を追っています』

 

ニュースは次の話題へ移り、また別の地方のモノへ切り替わる。

 

……その結末は、最悪の一途を辿ってしまった。

 

おそらく自分が()()()()()自覚もあるのか分からないままに男性は散ってしまっただろう。その無念は計り知れない。

 

しかしGEz-900R、か……。

 

一人そのマシンを愛機にする男に心当たりがあった。かつて同じ志を胸にチームとして戦った偉丈夫。俺の走りを高く評価し、俺がチームを抜ける際も最後まで引き止めて惜しんだ人物。

あいつのマシンもGEz-900R、それこそ映像のものと色まで同じレプリカだった。

 

まさか、な。

 

一抹の不安が頭を過った。それは、それだけは考えたくない結末だ。

仮に、走りに傾倒する人間が(やま)やサーキットでやってしまったなら、それもある意味本望だと言えるだろう。自ら望んでその領域へ行ったのだから。だが、なんてことのない一般道で、自分に責もない出来事によって二度と朝日を拝めなくなったら?

 

──それがよくよく見知った奴だったら?

 

どうもそのニュースが引っかかり、なんとも言えないざわつきが心の中から振り払えない。

 

「トレーナー?大丈夫かよ」

「ん……ああ。ちょっと考え事をな」

「まあ……バイク乗りだからこそ気になるニュースっていうのはあると思うんだけどよぉ」

「それを言っても仕方ないさ。トレーニングに戻るとしよう」

 

 

……そんなはずはない。

 

過った不安を頭の片隅から押しやって、気持ちを切り替える。今は夏合宿の最中だ。俺の集中すべきことは目の前に山積みで他の事にかまけている暇は無い。

 

 

エントランスから出ようとしたときスマホに着信を知らせる。相手は『サク』と表示されていて、特に用事も頼んでいなかったはずだが……はて。

 

さっきまで、頭の中で考えていたことが再び湧きだした。いや、たまたま何かの用事があり掛けてきたんじゃなかろうか。いつもアイツからは唐突に連絡が来るし今日だってそのはずだ。

 

なぜか、俺はその電話を取ることを躊躇った。ざわつきが大きくなって指先が冷たくなっていくような感覚。

 

意を決して、通話を受ける。

 

「……どうした」

『サカキ…落ち着いて聞いて欲しいじゃんよ───』

 

サクから聞かされた内容を理解するまで、スマホを落とさず居る事が精一杯だった。

……そうと信じられなかった。そうと信じたくなかった。これが夢ならばどんなに良かっただろうか。

 

「おい、トレーナー……?もうみんな準備してるぜ?」

「あぁ、悪い。今行く」

 

思考が纏まらない。

 

──顔に出すな。平静を装え。俺が今優先すべきことは何だ?

 

 

 

 

 

 

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