TS転生したら現代異能バトルゲーのモブキャラになってました 作:不死浪シキ
お昼ごはんを食べて皿洗い。ささっと家中の掃除も済ませた。洗濯物もたたみ終わったししばらくは暇だな。
ぐてーっと横になって伸びをする。手のひらからかすかにセロリの匂い。昼に食べた生春巻きの具材に使ったからだろう。筋を取っているときに爪の間に匂いが染み付いてしまったようだ。
ミナミがテレビの電源をいれた。夏の甲子園が開幕しているらしく高校球児の熱戦が生中継されている。
「ありがとうございました。二人で分担すれば家事も楽ですね」
気づけばもう3時前だ。おやつに甘いものでも食べたいな。
この前ヤヤカにもらったチョコでも食べよう。
ボトルコーヒーと牛乳を冷蔵庫から出して、一対一に割ったコーヒー牛乳にする。安っぽい甘みと苦味がちょうどよく共存していて私はこれが好きだ。ミナミは7対3くらいに割っていて私のとは色合いが違う。
ヤヤカにもらったチョコは、なんだか大仰な箱に包まれている。フランス語だろうか。よくわからない言語で説明書きみたいなのがされてる。ヤヤカの実家から送られてきたやつのお裾分けらしい。
遠慮なくいただく。
ひょいっと口の中に放り込んだチョコをそのまま噛み砕く。中からどろりと溶け出す濃厚な蜂蜜の香り。あ、これ美味しい。
高そうなチョコだから今日は一個だけにするけど美味しい。どんどん食べたくなるし、気分もなんだかうきうきしてきた。
「…あれ、これってボンボンじゃないですか? 蜂蜜酒の味がします」
「…そうなの…?」
ふーん、これボンボンっていうんだ。たしかにお酒の味がした気がする。
口の中に残る蜂蜜の余韻をコーヒー牛乳で洗い流す。いやー甘いもの食べたら気分が良くなってきた。ミナミも一気にコーヒー牛乳を飲み干したみたい。グラスがからっぽだ。あと膝の上にも誰も乗ってない。からっぽだ。
そういえばいつも私ばっかり膝の上に乗せられてたけど、ミナミだって乗せられてしかるべきなんじゃないかな。あれ結構恥ずかしいんだよね。人にやるばっかりで自分はやられないなんて思ってないでしょう。
ムクムクとイタズラ心が湧いてきた。
思い立ったが吉日とはよく聞く。さっそく私の膝の上に座らせてみよう。きっと面白い顔をするに違いない。想像しただけで笑えてきた。
「…シオンちゃん、もしかして酔ってます?」
「…ぜーんぜん…」
ぐいぐいと背後から手を回して引っ張る。うーん乗せられない。私がミナミより小さいからうまく行かないのかな。仕方ないプランBに移行しよう。
ミナミを座らせるのが無理なら寝かせればいいのだ。いわゆる膝枕。これなら身長なんて気にせずできそう。
肩に手をかけて強引に引き倒す。いや強引とは言ったが、実際には困惑した様子のミナミが自分から寝転がっただけだけど。
「たったアレだけなのに見事に酔ってますね」
「…よってないよー…」
そうそうこの視点だ。上から見下ろすというちょっとした優越感。気分がいい。
ミナミが寝転んだまま手を伸ばしてくる。頬を撫でる温度が少しひんやりしていて気持ちいい。
それにしてもミナミは顔がいいな。作中でメインヒロインやるだけのことはある。ヤヤカが人間離れした人形みたいな美貌だとすれば、ミナミは日本男児が抱く幼馴染み幻想そのもの。こんなにキレイだと引く手数多なんだろうな。
多分ミナミに告白されて堕ちない人間はいないだろう。優しいし、可愛いし。気になるな。ミナミの好きな人。本当にそんな人いるとしたら、きっと簡単に射止めてしまうんだろう。優しいし、可愛いからイチコロだ。
うーん、なんだかもやもやするな。推しの子が巣立っていくのを見るのは少し悲しい。ミナミの好きな人はこれまで色々調査してもわからなかったから、きっと私がよく知らない人なのだろう。そういうぽっと出にミナミを取られてしまうのが悔しくて仕方ない。
「ヤヤカはこうなるとわかってて渡したんでしょうね。まったくもう」
なんとなくミナミの頬を手で挟む。むにむに。いつもやられてるぶん私からもお返しだ。手からセロリの香りがするって言われた。もっと念入りに手洗いしておけばよかったかな。
ミナミは横になったまま私の体をぺたぺたと触ってくる。いつものことだがくすぐったい。
そのまま口を開いた。
「…ねえシオンちゃんは好きな人いないんですか?」
「…いるよ…ミナミとホムラとヤヤカ…」
「うーん、そういう好きではなくって恋愛的な意味の方ではないんですか?」
なんだそりゃ。
恋愛なんて言われても私にはよくわからない。そんな資格ないし。
「…恋とか…わからない…」
「そうですか」
あ、でも愛ならわかるかも。
他人の無条件な幸福を願えることが愛だって話は聞いたことがある。それなら私は三人衆の幸せを願えている。これは愛かもしれない。原作愛ってやつかな?
「…でも…三人のことは…愛してる…?」
「なんでそこで疑問形になっちゃうんですか」
もそもそと体勢を変えるミナミ。あの、膝の上でうつ伏せになられるとなんだかいけないことしてるみたいでいけないと思います。くすぐったい。
お腹に顔を押し付けられた。なんだこの可愛い生き物。彼女は原作で、ヤヤカを失って傷心中のホムラを支えるべく奮起していたためこういった甘えた感じの仕草は全然しなかった。なんだか新鮮。
「私もシオンちゃんのことは愛してますよ」
「…それは…だめだよ…」
「どうしてですか?」
いや、だって、だめでしょ。
私と三人衆ではやっぱり人としての価値に差がありすぎる。街のヒーローと事実上の人殺しが仲良しこよしなんて事自体、すでにだめ。
それに、私が他人に愛されるなんてことあってはならない。そんなの認められないし、耐えられない。
「…どうしても…」
「答えになってないですよ」
私は愛されるべき人間ではない。そのはずだからだ。
だってそうじゃないと、愛してくれなかった母に手を上げてしまいそうだった。
悪いのは私で、正しいのはお母さん。
そうじゃなきゃ耐えられない。耐えられなかった。
「なんとなく考えていることがわかりました。やっぱり答えなくてもいいです」
「…ほんと…?」
「はい、悲しいことは考えなくていいんです。考えただけ損ですから」
そういうものなのだろうか。
でもどうしても考えちゃうんだよな。一回でも自分の感情を直視してしまうと、その歪さに目が逸らせなくなってしまう。
もやもやする。
もしもの仮定が頭の中に列挙されていく。もし私が悪くなかったとしたら。もし母が悪かったとしたら。もやもやする。
「そんな悲しい顔するくらいなら考えなくていいんです。それが難しいなら、考えられなくしてあげます」
「…わ…」
飛びつくようにしてのしかかられた。体勢を崩して私は仰向け、ミナミはその上に馬乗り。あ、この光景前にも見たことがあるかも。
脇腹や首元に伸びてきた手が、壊れ物を扱うような繊細さでいじくり回してくる。くすぐったい。ジタバタしても逃げ出せない。
肋骨をなぞるようなフェザータッチで頭は真っ白。声も出せない。た、たすけて!
テレビから流れる甲子園の実況と、私の声にならない悲鳴で部屋が満たされる。しぬしぬ。ギブアップです。もう許して。
しばらく続いたくすぐり地獄によって、私はすっかり考えていたことを忘れてしまったし、疲れでへろへろ。
多分余計なことを考えていた私への気遣いのつもりなのだろう。でもくすぐるのはやめてください。死んでしまいます。