TS転生したら現代異能バトルゲーのモブキャラになってました   作:不死浪シキ

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顔も性格もいい女の子に告白されて落ちない童貞はいないわけで

 週末になってミナミと一緒にブドウ狩りに行った。今の時期が旬らしく結構人気があるスポットなのだとか。

 

 巨峰やらなんやら鈴生りのブドウたちをぷちぷち千切っては頬張ってきた。甘酸っぱくて美味しい。食べ放題なので元を取ろうとたくさん食べてきた。

 

 周りには家族連れやカップルが多かったから浮くんじゃないかなと思ったけどそんなことなかった。高校生二人で近所の日帰り旅行なんて割とありふれているらしい。前世陰キャだった私としては滅茶苦茶意外に感じる。

 

 そのまま隣接してるワイン工房を見学したり、お土産のブドウジュースを買ったりして帰ってきた。ワイン工房行った時アルコールの匂いに当てられて、柄でもなくミナミにだる絡みしてしまったが謝ったら許してくれた。

 

 家についてから、今度ホムラとヤヤカに会ったときに渡すお土産だけ整理してさっさとお風呂に入る。最近はミナミと一緒に入ってたのだが、なにやら準備したいことがあるらしく別々に入浴。先にミナミが入って、今は私の番。

 

 ついに一緒に風呂に入るのが嫌になっちゃったのかななんて邪推してみる。準備したいことなんて実は言い訳に過ぎないのかも。

 

 いや、まあ私としても裸を見るのも見られるのも恥ずかしいし、別々に入るべきだとは思ってた。思ってたけど、いざ一人で入浴するとなると、ちょっと寂しい。

 

 湯舟でぱちゃぱちゃと一人で波を立てる。いつもなら後ろにミナミが座ってたから寝転ぶくらいに背を倒すなんて出来なかった。ぐーっと伸びをして開放感を味わう。

 

「………」

 

 気持ちいいはずだ。私は風呂に入ることがもともと好きだし、長風呂も好き。湯船でだらけてれば落ち着いた気分にもなる。そのはずなのに、やけに物足りなさを感じている。

 

 こんなこと前までなかったのに。どうしてだろ。

 

 お湯は熱めなのに物寂しい寒さのようなものさえ感じる。身を包むような温もりが欲しくてたまらない。

 

 最近の自分の感情がわからない。独りでいることなんてごく自然で、当然のことだった。むしろ独りでいることに落ち着きすら得ていたはずだ。

 

 それが今はどうだ。たかだか風呂に一人で入っているだけで寂しさを感じたり、高校での席の位置が遠くなってしまったくらいで落ち込んでいる。意味がわからない。

 

「…でよ…」

 

 自分に言い聞かせるようにひとりごちる。いつも長風呂が好きだったのに、今日は少し速かった。

 

◇◆◇

 

 ミナミはなにやら縁側で準備とやらをしていたらしい。ここからは見えないがなにか用意していた様子があった。私が風呂から上がった時点で準備は終わっていたらしく、今は髪を乾かしてもらってるところ。

 

 何をしていたのかなんて聞かない。件のサプライズとやらがこれだろうし、聞くだけ野暮だ。椅子に座ってドライヤーをかけてもらう内に手持ち無沙汰になって手を伸ばす。ミナミのパジャマに包まれた太ももに触れたのでそのまま布を掴む。

 

「シオンちゃん、もしかしてまだ酔ってたりしますか?」

 

「…ぜんぜん…酔ってない…」

 

 ワイン工房でアルコールに当てられたときの話をしてるのかな。たしかにあの時はくらっとしたがもう問題ない。そのまま掴んだパジャマをなにするでもなくずっとにぎにぎする。なんとなく、そうしたいと思った。

 

 髪が乾ききったところでミナミが行きましょうと縁側に誘う。何をやっていたのか気になるし、手を引かれるままに付いていく。

 

 果たしてそこにあったのはお団子と。

 

「今日は中秋の名月です。一緒にお月見と洒落込みましょう」

 

 見事な満月だった。

 

 誘われるままにミナミの隣に腰掛ける。十五夜のお月見とはその年の豊作を祝い感謝する収穫祭の意味があったのだとか。

 

 自分でたてたらしい抹茶といくつか種類のある団子。もう歯磨きしたあとだったけど食べてしまう。また寝る前に歯磨きすればいいや。

 

 それにしてもお月見か。随分小洒落ている。これをしたいがために夜は時間を開けておいてほしいって言われてたのか。

 

 ミナミの『展開』後のコスチュームや能力は月をモチーフにしたものだし、やっぱり思い入れでもあるのかもしれない。もちもちした食感の団子を頬張りながらそんなことを考える。

 

 日中は軽いものばかり食べていたのもありパクパクいけるな。花より団子ならぬ月より団子とばかりに自分の取り分を食べていく私を、ミナミが微笑ましげに見つめてくる。

 

 最後に抹茶で口の中を雪いで完食。美味しかった。

 

「…ごちそ…さま…」

 

「お粗末様です」

 

 ミナミが手を伸ばして肩を抱き寄せてくる。それに対して抗わずにされるがままにする。昔はこれだけでドギマギしてたような気がするが今は落ち着いてきた。というかドギマギはしてるのだがそれ以上に安心感があるから落ち着いているフリをできるといった感じか。

 

 縁側に座ったまま上空に視線を向ける。真円の月が煌々と輝いて夜にも関わらず明るい。照明がなくても大丈夫じゃないかと思えるくらいだ。 

 

 なんというか、ロマンチックとでも言うのだろうか。お月見とかやろうと思えるあたりミナミは風流でセンスがある人なのだろう。私とは全然違う。人としての格みたいなものが天地ほどに離れてる。 

 

 ちらりとミナミの顔を見る。上を見上げる格好のミナミの綺麗な横顔。おとがいから胸元までの流線が妙に色っぽい。乾かしたばかりの濡羽色の髪が垂れて私の耳元をくすぐる。

 

 あまりの顔の良さに赤面。こんな人間いていいのか。風紀が乱れてしまう。

 

 そんなアホなことを考えていた私に、ミナミが語る。

 

「ねぇシオンちゃん、月が綺麗ですねってやつ知ってますか?」

 

 あーあれか。有名なやつだ。夏目漱石がI love youをそう訳したみたいな逸話のやつだ。それが由来で、月が綺麗ですねを愛していますと同じ意味として使う人もいるのだとか。

 

「…うん…しってる…」

 

「そうですか。それは良かったです」

 

 うん? 何がどういいのだろう。

 

 雑学検定みたいな話じゃないのかこれ。

 

 なんとなく不思議に思っていた私に、ミナミが爆弾を落としてきた。

 

「では改めまして。シオンちゃん、月が綺麗ですね」

 

「………え…?」

 

 このタイミングでわざわざそんなことを言うのか。意味がわからない。からかわれているのだろうか。「私は月が綺麗だって言っただけで、そういう意味じゃありませんよー!」みたいな感じで。ミナミのキャラっぽくないけど、多分そういうことだ。

 

 そうじゃなきゃおかしい。跳ねる心臓を抑えて言葉を選ぶ。絞り出された言葉は、なんとも情けない語彙。

 

「……からかってる…?」

 

「いいえ私は本気です。シオンちゃん、好きです。愛してます。もしよかったら彼女になってください」

 

「……え……え…え…???」

 

 え、いやだってそれはおかしい。ミナミには好きな人がいるはずだ。そもそも私なんかを好きになる意味がわからないし、え、なに、なんだこれ。冗談だろうか。

 

 暴れる思考をなだめすかす。ミナミの意味不明な告白に晒された私は、きっと今耳まで赤くなっている。

 

「…ミナミ…この前…好きな人いるって…」

 

「はい、それシオンちゃんのことです。ずっと前から好きでした」

 

「…でも…ミナミも女の子…」

 

「私が女の子だとシオンちゃんは嫌ですか?」

 

「…え…いやじゃ…ないけど…」

 

「それなら良かったです。シオンちゃんは私の事好きですか?」

 

「…好きか嫌いか…なら…好き…でも…」

 

「でも?」

 

 でも。なんだろう。百歩譲って私の事が本当に好きだったとしても、やっぱり私では駄目だ。というか私の事が好き? なんで?

 

「…なんで…私…?」

 

「うーん、そうですね。やっぱり一番のきっかけはシオンちゃんが助けてくれたときのことですかね。私達を庇ってくれたときかっこいいなーって思って、それが理由でしょうか」

 

「…でも…」

 

「もちろんそれだけじゃないですよ。いつも一生懸命なところも好きですし、優しいところも好き。ちょっと寂しがり屋さんなところも可愛いですし、すっぽり収まる抱き心地もいいです」

 

 そうも手放しで褒められると面映い。ただなんか最後の方関係なくないか?

 それに私はやりたいことをやってきただけで、言わば私利私欲のために動いてきたわけだ。間違っても優しくなんてない。ミナミの見込み違いだ。拙い口を懸命に動かしてそう伝える。

 

「そういう風に言えちゃう人が優しくないなんてことないですよ。本当に優しくないのなら、黙ってればよかったんです」

 

「…むぅ…」

 

 正論だった。

 

 ふくれっ面になった頬を指でつつかれ空気が抜ける。そのままミナミの手は私の頬を包み、ゆっくりと横を向かせる。ちょうどミナミの顔を正面から見つめることになる。

 

 本当なのだろうか。私のことを好きって、肉体的に私は女だし、性格もいいわけではない。体も貧相で魅力に乏しい。お喋りが上手いわけでもなければ大した特技もない。

 

 こんな私を好きって言われても、実感に乏しくて信じがたい。

 

 でも、本当にミナミがずっと前から私のことを好きになっていたという前提で、これまでのことを思い返してみれば、たしかに納得がいくところもある。

 

 一緒に暮らしたり同衾したりぬいぐるみみたいに抱かれたりとか、あれらはてっきりミナミの趣味だと思っていたが、もしかすると私へのアプローチの一種だったのかもしれない。

 

 というか風呂に入ったりとか按摩されたりとかって完全に下心ありきだったのでは…? いや流石に自意識過剰の被害妄想か。

 

「ねえシオンちゃん、周りの人とか自分の資格とかそういうの一旦全部置いといて。シオンちゃんは私の事どう思うのか正直に教えてほしいです」

 

「…正直に…?」

 

「はい。嫌ならイヤと言ってくれればいいですし、私のことをそういう目で見れないならそう言ってくれればいいです。ただ本当のことを教えて下さい」

 

 本当のこと、か。正直な話、ミナミのことは一人の人間として好きだ。前世のゲームでの記憶とか抜きにしても、私は家に住ませてもらってるし、世話を焼かれたりしてる。これで好きにならないはずもないだろう。

 

 だがその感情を色恋沙汰に持ち込むのは、なんかだめな気がする。世の中にはミナミに相応しい人がいくらでもいるだろうし、私では釣り合わない。万が一本当にミナミが私のことを好ましく思ってくれていたとして、私にはその資格がない。

 

 でもそういう資格とか、ミナミにはもっと相応しい人がいるとか、そういうの置いといて素直な話をするのであれば。

 

 まあ、うん、たしかに好きだ。だから。

 

「………すき…だよ…」

 

 そう言った。

 

 多分そうだ。色恋のそれであるかとかはよくわからないけど、好ましく思っていることに違いはない。

 

「それって、その、オッケーってことでいいんですか?」

 

「………うん…」

 

「本当ですか! 嬉しいです!」

 

 潰されそうな勢いで抱きしめられた。ミナミは満面の笑みを浮かべている。

 

 そして、いいよと言ってしまった以上、覚悟しなくてはいけない。ミナミにはもっと相応しい人がいるという思いは変わらない。だから相応しい人になれるように頑張らなくてはならない。

 

 男に二言はない。正直私なんかのどこが好きになったのかよくわからないし、ゲームのメインヒロインを張る人とモブの私が付き合うなんてことあっていいのかわからない。

 

 と、とりあえずどうしよう。

 

 彼女とかできたことないし、全然心の準備とかしてなかったからこういうとき何したらいいとかわからない。えっと、なんかカップルっぽいことしたほうがいいのか?

 

 やっぱりミナミは女の子だし、ここは私が頑張ってリードしていくべきなのか。

 

 きっとそうだろう。私にも前世男としての矜持がある。なんか恋人同士っぽい仕草をしておきたい。うぶだと思われたら恥ずかしいし。

 

 勇気を振り絞って、私は頬に口づけた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 その日私はミナミの恋人になり、同時にお嫁さんにされた。




R18の方を用意してるうちにすっかり更新忘れてました。すみません。
なんか2万字くらいに膨れ上がっちゃったのでこちらも後日公開しておきます。

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