【完結】シンボリルドルフを轢け逃げられますようにと、彼女は願った   作:ムーンフォックス

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轢き逃げ

 予てより、『有名』には噂が絶えない。

 本能寺の変で死亡したのは織田信長ではなくその影武者というのはその一つだ。有名なものに、何かと噂は付きものである。

 

 そしてこれも、そんな噂に過ぎない。

 

 シンボリには、一馬 破天荒がいる。

 何でも彼女は幼少期、駄馬とされ売られたのだと。

 

 彼女はシンボリ家に復讐を誓っているのだと。

 

 彼女は相手を『轢く』のだと。

 

 彼女は超特急を超える走りをするのだと。

 

 

 その、ウマ娘の名は

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ──競走ウマ娘として生まれたからには否が応でも耳にする単語一位は、間違いなく『トレセン学園』だろう。

 今まで数々の有名なウマ娘たちが育ち、そして様々なところで素晴らしい成績を収めてきた。そんな栄えある場所にいることを、私、シンボリルドルフはとても光栄に思う。

 

 トレセン学園に入ったからには、競走ウマ娘として名を轟かせなければならない。名を轟かすためにはレースに出なければならない。

 

 レースに出るためにはチームに所属しなければならなく、チームに所属するためにはウマ娘の育成を担当するトレーナーに自身をスカウトしてもらう必要がある。

 

 トレーナーにスカウトしてもらうのには様々な方法があるが一番の方法は、定期的に開催される『選抜レース』に出場し、そこで成果を残すことだ。

 

 この日の選抜レース。選抜第2レース芝2000メートル。それが私の出場する名もなきレースの名前だった。

 

『まもなく、選抜第2レースが行われます。出走する方はスタート待機所にお集まりください』

 

 自分の番が呼ばれた。ゼッケンを着て軽い準備体操をする。

 

 ───Eclipse first, the rest nowhere(唯一抜きん出て並ぶもの無し).

 

 そんな言葉を片隅に覚えながら、用意されたゲートに進むのだった。

 

 

 


 

 

 更衣室で私服に着替えながら、私は先ほどのレースを思い返していた。私の初陣に語ることは多くない、そのレースの結果を語るのは四文字だけでいい。鎧袖一触、その四文字だけで。

 

 

 改めて更衣室を見返す。これまでの選抜レースでも良い成果を残せていないのだろうか、その焦りからか泣き崩れるウマ娘たち。

 そしてそんな彼女の姿を見て、彼女のようになりたくないという気持ちでレースに挑まんと闘志を上げていくウマ娘たちの姿。

 

 こんなところでも、ウマ娘の間で争いが起ころうとしている。それに対して、何もできない自分が歯痒くて仕方ない。

 

 ぼんやりとそれらの姿を見ていたからだろうか。

 

 

「哀れだと思わねェか? コイツら」

 

 

 私は()()の接近を許してしまった。

 驚き 振り向く、いつからだろうか、気づいた時には彼女は私の隣にいた。銀みがかった黒髪にピンと屹立する二対の耳、鋭くも薄ら笑いを浮かべている瞳は、目の前のウマ娘たちを嘲笑っているように見えた。

 

 おもむろに、彼女は靴裏の蹄鉄をハンマーで叩きだす。見るに、これから選抜レースに出場するウマ娘だろうか。

 

 

「君は……?」

「コイツらが全身全霊で死ぬ気で走ったとて、車にゃ勝てない。ウマ娘は車より遅いものだとみんな思っている」

「まるで君は違うとばかりの言い草だな」

 

 

 その言葉に少しの疑問を覚え問う。唯我独尊を地で行くこのウマ娘に興味が湧いたからだった。ウマ娘の出せる平均スピードは時速50~60km、そこからトレーニングを積んでも、せいぜい70kmが限界だろう。

 車の出すスピードに勝つなどと、妄言を吐くウマ娘はいない。

 

 

「ルドルフ、ウマ娘が車よりも使えるんだと証明するにはどうすればいいと思う?」

「……さあ?」

「車より早く走りゃいいんだ」

 

 

 大海撈針だというのに、このウマ娘は。

 

 

「私はやってみせる」

「車より早く走ることをかい?」

「いや、『超特急』だ」

「なんだって?」

「超特急、時速390キロメートルに並んで見せる」

「…………」

 

 

 唖然としたのか、私の口から言葉が出ない。普通ならば呆れた誇大妄想だと一笑に付すような内容。だが…… 

 

 

『なァ ルドルフ、ウマ娘なんてのは所詮新幹線のスピードすら超えられないチッポケな存在だと思わねェか?』

 

 

 ふと脳裏に甦る、幼き頃の記憶。相手は一体誰だっただろうか。不思議とその言葉に似た感覚だった。

 このウマ娘にはそれができると言わせるほどの"ナニカ"がある。

 

 

「……凄いな、君は」

「はぁ?」

「不思議だ、君と話していると親近感が湧くよ。前にどこかで会わなかったか?」

「………いや」

「そうか、すまなかった。よろしければ、名前を教えてくれないか?」

「……あぁ、私の名前は───」

『まもなく、選抜第3レースが行われます。出走する方はスタート待機所にお集まりください』

 

 

 目の前の彼女の口が開こうとした時、天井のスピーカーから声がした。はっとしたように彼女が顔を上げる。

 

「っと、私の番だ。悪いけど、それじゃあ」

「ああ、それじゃあ。元気で」

 

 

 一言二言の会話を交わした後、あわただしくそのウマ娘はかけていった。

 

 

「……超特急、か」

 

 

 ひと気の少ない更衣室で、私はそうひとりごちた。

 

 新幹線に並ぶと豪語したそのウマ娘、そんな奇異なウマ娘だったからだろうか。彼女がどんな走りをするのかがふと気になった。

 

 足早に着替え終え、私はいつの間にか、トレーニングコースへ足を運んでいたのだった。

 

 

「ところで何故彼女は、私の名前を知ってたんだ……?」

 

 


 

 

 観客席には、私の他にウマ娘が数人、そして選抜レースに集中する多くのトレーナーの姿があった。やはり話題は、私のことらしい。

 だが話の張本人の私が来ても、彼らは気に留める素振りすらみせない、それだけトレーナーたちは、未来のウマ娘達を一人たりとも見逃さないとしているのだということの裏返しでもある。その姿には、ただただ感銘を受けるはがりだ。

 

 適当な席に座りトレーニングコースを見渡す。ゲートの4番。そこにあのウマ娘がいた。私の姿には気づいていないのか、唯一人ゲートが開くのを待っている。

 

 ──と

 

 

「おっ、始まりましたね」

 

 

 トレーナーの一人が言うのが早いか、ゲートが一斉に開いた。出遅れるものが多くいる中、4番の彼女は遅れず走り始め、早速先頭へ踊りでた。驚くべきことに後ろにいるウマ娘との差は、既に四バ身も離れている。

 

 

「4番のウマ娘。速いですね」

「ええ、でもペースがかなり早い。最初っからこのスピードじゃダメね」

 

 

 観察するトレーナーたちが話している。彼女の作戦は『逃げ』らしい。

 逃げとは、その名の通りとにかく序盤から終盤まで一位のまま逃げ勝つ作戦。それだけ聞くと安定した作戦のように聞こえるが、最終直線でスタミナが切れやすく、『差し』や『追込』と言った貯めたスタミナを全部消費してスパートをかけるウマ娘に抜かれやすいという性質を持つ。

 

 勝ちは派手に、そして負けは派手に。そんな難しい作戦でもあった。女のトレーナーの言う通り、今でこそ先陣を切る彼女だが、あのスタミナ配分を度外視した走りでは最終直線で逃げ切るのは絶望的だろう。

 

 何も考えていないのか、はたまたそれも作戦の一部なのか、四バ身離れていた距離が更に広がり、六バ身になっていた。

 

 

 

 

 第二コーナー、第三コーナーと回り、勝負の行方は第四コーナーに差しかかろうとしていた。第三コーナーまでの直線では余裕を見せ大差だったはずの彼女の息遣いは荒く、その目線は誰がどうみても胡乱げで、焦点が定まってない。

 

 

「ありゃあダメですね。ほら、もう後ろの娘との距離二バ身もありませんよ」

「差しきられて終わりね。何の考えもなしに走るからそうなるのよ」

 

 

 第四コーナーが終わり、勝負の行方は直線に持ち越された。『逃げ』にとって最も重要なこの直線、ここで一位をキープすれば勝ちだが……。

 

 

「あちゃー、とうとう抜かれちゃったよ。どんどん抜かされちゃってる」

 

 

 あのスタミナ配分なら当然というか、やはりというか、とうとう一人のウマ娘が、彼女を追い越していった。あの状態からの巻き返しは厳しいだろう。そう思っているうちにまた一人、二人と追い抜かされていき───

 

 

「……ちょっと待って、なんか()()()()()()()()()ない?」

 

 

 ふと、覚えた違和感。私の思考とあのトレーナーの発声、見事なシンクロだった。逃げは負けが派手、それは知っている。しかし、早すぎる。こんなペースで抜かれていくものではない。ならば一体と、彼女を観察する。

 

 

「……は?」

 

 

 浮雲朝露の一言が聞こえてきた。それが私の発した音だと気づくのにどれだけの時間がかかったのだろう。また一人、彼女を追い抜いた。これで彼女は四着となる。だがそれも当然だろうなぜなら彼女は───。

 

 

「なんであの娘、走ってないのよ」

 

 

 トレーナーが私の言葉全てを代弁した。完全に静止している、走ることすらせず、歩くことすらしない。そこに、彼女が立っていた。別のウマ娘が背後へ迫る。

 

 ───いつの間にか、彼女は構えていた。地面に手をつけ、足が大きく地面を押し出し、ちょうど彼女の足裏にフィットするような山が作られる。

 

 あれは、クラウチングスタートの構えだ。

 

 

 五着のウマ娘が迫り、やがて、彼女を抜く、瞬間。

 

 私は間違いなく、轟く鉄車をそれに見た。

 

 

 

 五着が抜いた瞬間、彼女はそのクラウチングスタートの体制から猛追をし始めた。免起鶻落の脅威的なその末脚、何キロ出しているのか検討もつかない。騏驥過隙。クラウチングスタートによる勢いは、前を走るウマ娘をあっさりと追い抜いていく。五着だったはずの順位は既に二着に返り咲いており、ゴールまでの距離、残すまで300メートル。

 

 

「…………」

 

 

 声を出せずにいた。()()に呑まれていた。夢でも見ているのかと誰しもが思っているからだ。あれは『逃げ』ではない。されど、あれは『追込』でもない。

 

 そう、あの走りは

 

 

「……『轢逃(ひきにげ)』」

 

 

 誰かが絞り出すように発した台詞が、やけに耳に残った。轢き逃げ。そう、あれは逃げではない。先頭に立つのは逃げが後方から迫り、相手を轢いていく。

 逃げている。だが、差している。矛盾の走り。

 200メートルに入った。一着のウマ娘が追い抜れまいと必死に逃げている。だが、二バ身、一バ身と彼女は迫り───

 

 やがてはその一着のウマ娘を轢いて、ゴールに突入した。アタマ差と、電光掲示板に表示された文字を見る。

 

 

 驚愕している私の脳裏に、ふと誰かが言ったその()が甦る。

 

 

 シンボリには一人、破天荒がいる。

 何でも彼女は幼少期、駄馬とされ売られたのだと。

 

 彼女はシンボリ家に復讐を誓っているのだと。

 

 彼女は相手を『轢く』のだと。

 

 彼女は超特急を超える走りをするのだと。

 

 そのウマ娘の名は───

 

 

「……()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ふと吐露した名前と共に、彼女は顔を向け、応えた。

 

 

「そうだ、私がキングダムエクスプレス───お前を轢くウマ娘の名だ」

 

 

 そう、言葉を遺して。

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