【完結】シンボリルドルフを轢け逃げられますようにと、彼女は願った   作:ムーンフォックス

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ジャパンカップの前日譚といった感じで、軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。



優秀(アードルフ)の過去

 

 北半球にあるイギリスの冬はいつも寒く、それ故に雪が降る。しかしこのシーズンは何故か雪が降ってこなかった。ウマ娘の少女はそれを不満に思いつつも夢で雪を見て冬を感じる。そんな寒くも冬とは呼べないような日々を悶々と過ごしながら、少女は自身の家の前にオンボロなウマ娘の姿を見た。

 

「あなた、どーして私の家の前に座ってるの?」

「……金がない、泊まる宿がないんじゃ後はもう野宿さ、それで偶々、ここを選んだ」

 

 目の前の浮浪者は、銀の艶が光る黒髪のウマ娘だった。年齢は奇遇なことに、目の前の少女と同じくらいに見えた。そして少女の年齢は、中学一年生である。

 

「ならあなた、私の家に泊まっていかない?」

「そりゃありがたい話だけども、アンタの両親がなんていうか想像もつかねぇ……」

「パパとママは今、海外にいるの。いつ帰ってくるかわからないし、構わないよ」

 

 申し訳無さを含む声色に、少女は静かな笑顔を浮かべ応えた。ウマ娘が立ち上がる、覚束無い足取りで歩く様は、彼女が何日も飯を食べられていなかったことを表していた。

 

「ようこそ、私の家へ。あなたの名前は?」

 

 少女が問いかける。

 

「……シンボリ──いや」

 

 一瞬だけ、ウマ娘は言い淀み、

 

「……エース、エースアードルフさ」

 

 何かを吐き出すかのように答えた。

 

 


 

 

「──で、どう? 一日過ごした私の家の感想は?」

「広い部屋にふかふかのベッド、熱いシャワーに快適なエアコン、そして豪華な朝食、これ以上の家はない、最高の家さ」

「光栄ね。私としては、あなたが良ければいつまでもいてもいいのだけれども」

 

 朝食を食べて、改めてアードルフは目の前のウマ娘を観察した。

 『ゴールドアンドアイボリー』、茶髪の彼女はそう名乗った。年齢はほとんど変わらないだろう、しかしアードルフの方が『本格化』が早かったこともあり、二人の体格差には大きな違いがある。

 

「随分と広い家だな」

「パパが昔トレーナーだったの、その時に、随分稼いだらしいわ」

「ふぅん」

「まったく、競走ウマ娘なんてくだらない」

 

 黙々と聞き流すアードルフの耳が、ピクリと反応した。

 

「……くだらない?」

「ただ走るだけじゃない。だというのにやれライブだの、トレーナーだのと、そんなものまで呼んで、それがくだらないって言ってるのよ」

「はあ」

「私のパパはトレーナーとして多くの著名なウマ娘を排出してきた、だから今でも各地でコンサルタントとして呼ばれて、私と一緒にいられる時間なんて無い……ママもその付添をしていて、誕生日はいつもビデオレター、こんなことなら、競走ウマ娘なんてなかった方が良かった」

「へぇ」

「っと、気を悪くさせたかしら? ごめんなさい」

「いや、良いさ」

 

 紅茶を飲む。別に、意見などは人それぞれだし、何よりアードルフは彼女のお世話となっている身。気を悪くさせることは避けたかった。

 だができるならば、彼女に競走の面白さを教えたいとも思った。

 できるならば、だが。

 

「……そろそろ行かなきゃ、それじゃ。あなたは好きになさいな。でもせっかくイギリスに来たんだから、観光なんてのはどう?」

「あア、考えとくよ」

 

 扉を開けて飛び出ていくアイボリーを見送りながら、アードルフは何をするべきかを思案する。

 かつて、アードルフには家族がいた。だが、その家族は偽りの家族だった。毎晩夢に出てくる真の母のことば(のろい)は、未だ脳裏から離れない。

 

「『強くなりなさい』……」

 

 勢いのままヨーロッパに来たまでは良かったが、そこからの乞食への転落人生は散々なものである。そもそもイギリスに来ても、何をどうすればいいのか、わからないことに溢れている。

 改めてアードルフは己が競走について無知ということを認識した。

 だが競走に無知ならば、既知になればいい。向かうべくは図書館だと、自然と結論へ行き着いた。

 

 

 


 

 

 

「凱旋門賞、ジョッキークラブ、なるほどね」

 

 六時間が経過した。

 図書館への列車に揺られ1時間。図書館についてから資料を漁る五時間。水で満たされる水槽のように、多くの知識が身についた。

 

 時計を確認する、午後四時。周囲を見渡す、みんな紅茶を飲んでいる。英国文化のミッディティーブレイクというものらしい。

 

 帰りの電車に乗り終え、帰路を歩く。しかし頭に思い浮かぶのはやはり、母ののろい(ことば)

 

 ──『強くなりなさい』

 

 強さを見せつけるには、シンボリルドルフを倒せばいい。でも、自分にシンボリルドルフを倒す方法は、未だ思いついてない。

 速くなる? 力を強くする? いや、そんなありふれた物では、誰も注目してくれないだろう。

 もっと、根本から走りを変えてしまうかのような『ナニカ』さえあれば、話は違うのだが。

 

「ん? ありゃ……」

 

 耽る視界の端で、見覚えのあるウマ娘が泣いていた。

 『ゴールドアンドアイボリー』、声をかけようとして彼女の幼い顔に、泣き跡があるのに気づいた。

 

「ええと……アイボリー? なんでこんな所で泣いてるんだ?」

「グスッ……あいつらが、あいつらが私のママを、バカにしたのよ。許せない」

「あいつら?」

「それってひょっとして、私達のこと?」

 

 知らない方向から、知らない声が聞こえた。振り返ると、そこに三人のウマ娘がいた。背はアイボリーよりも高い、本格化がアードルフより進んでいる証だ。そして全員が嫌らしい笑みを浮かべている。

 

「だってアイツのお母さん、GⅠレースで一度も勝てたことがないのよ。私のママは何回も勝ったことがあるのに」

 

 三人のリーダー格なのか、中央に立つウマ娘が答えた。後ろの二名が気が障る笑い方で同調する。

 

「GⅢくらいしか勝ててないだって」

「それに英国淑女なんて言ってるけど、そいつの生まれってアメリカなんでしょ?」

 

 三人が何かを発する度に、アイボリーの体が小さく震える。アイボリーが震える度に、三人がせせら笑う。

 

「はっ、三人集まって何をやるのかと思えばたった一人をバカにすること位か。一人ひとりがビビリだから、そんなことしかできねぇんだろな」

「……へぇ?」

 

 漏らした悪意と悪意が惹かれ合う。リーダーのウマ娘の悪意の視線がこちらへ向けられる。ならばこちらもと睨み返すが、鼻で笑われてしまった。

 

「あなたここじゃ見ない顔ね? 何処の鄙びた田舎から来たの?」

「アンタらみたいなお山の大将にはわからない都会さ、言ったとて理解できるかどうか」

 

 リーダーのウマ娘の顔が不愉快だと言わんばかりに歪んでいく。だがそれ以上に怒りに震えていたのはアードルフの方であった。

 金も尽き泊まる宿もなく、異国の地でただ座り死を待つことさえ覚悟した自分を、アイボリーは拾ってくれた。

 もしかしたら乞食のフリをした凶悪な犯罪者かもしれないのに、見ず知らずの他人にそこまでしてくれた。

 短い期間の恩義。

 恩義には報いなければならない。

 

「ヒトなら、ここで遺恨を残して解散となるでしょう。けど私たちはウマ娘。諍いが起きた際に何をするかは……わかってるわね?」

 

 リーダーのウマ娘が言わんとしていることは、即ち『野良レース』のことであった。ルールはシンプル、先にゴールⅡ辿り着いた者が勝者にして正義、敗者こそが悪。明快、故にその歴史は長く続く。

 アードルフは首肯する。

 

「OK、二日後、私の家に来なさい。住所は後で送っとくわ」

「アンタの狭っ苦しい家でどうやって走るって言うのさ? ランニングマシーンは勘弁してほしいもんだけど」

「貴方、やっぱり田舎者ね。来ればわかるわよ」

 

 あからさまな挑発に応じる気配すら見せず、リーダーのウマ娘の姿が彼方に去っていく。そして辺りは静寂と沈黙に包むのみとなった。──とある一人のウマ娘の叫びを除けば。

 

「あなた正気!? 本格化の済んだ三人に勝つなんて、無茶苦茶もいいところよ!! 痴態を無様に晒すだけだわ!!」

「──今アイツのところに行って、勝負を反故にするのは簡単さ、だが、そしたら恥をかくのはアンタと私の二人だ」

 

 アイボリーの糾弾に怖気付く様子すら見せず、アードルフの思考は淡々と続いていく。何が最善で何が最良の道なのか、論理的に考えていく。

 

「そして私がレースに出て敗けても、笑われるのはレースを受けた私一人だ」

 

 その言葉を聞いて、アイボリーはなぜアードルフがレースを了承したかが理解できた。全て、何もかもが、アイボリーのことを想い行動していたのだ。

 

「──あなた、どうしてそこまで」

「ここまでしてくれたからさ、私には、これしかできないから、これをした」

 

 自虐めいた言葉がアードルフの口から発せられた。誰かを嘲笑う仕草は、何故か言った本人へ向けて放たれている。

 

「まあ安心してくれ、どうせ恥をかかせるならアイツら3人にした方が良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから二日が経つ。試合の日当日。

 快速を保つ電車が鉄車特有の音を出していた。広大な列車しかし、乗客は僅かニ名、『エースアードルフ』と『ゴールドアンドアイボリー』のみ。何故かと言うと、この列車は送迎用でしかないからだ。

 僅か二日で鉄道会社を買い取り、贅沢にもたった二人の送迎用に改造してしまうほどの金がありながら、沸点の低いプライドがあり、意地汚い罵声を浴びせたあのウマ娘──『キャシーキング』は、どうにも解せない。

 

「ねぇ」

「なんだい」

「……なんで、あんなことを言ったの? 私たちじゃ、勝てるわけがない。謝った方が、絶対良かったのに」

「……そりゃ違うさ」

 

 アードルフの眼光が鋭く光る。その鋭さに怯みそうになるが、それでもゴールドアンドアイボリーは疑問をぶつけようとして、最後のアードルフの言葉に辟易した。

 

「私たちはウマ娘だ、ムカつくことがありゃレースで決めればいい、ただ謝ってそれで終わりなら、そりゃヒト様と変わりないさ」

「……これだから、競走は嫌なのよ」

 

 レース、争いを生むだけのレース。くだらない。

 かぶりを振るアイボリーに対して、アードルフの視線はただ走る電車へ向けられている。

 答えを求めている。この電車のように、目の前に立つもの全てを轢けてしまうような走りができたとしたら───。

 

 それに対してアードルフは眉根を歪ませつつ、頭を捻っていた。やがて、列車が目的地に着いた。

駅に降り立った二人は改札を通り抜け、そのまま歩いて行った。アイボリーは事前に地図を見ており、アードルフは辺りをキョロつくだけだったが。

 暫く歩けば閑静な住宅街が目の前に広がっていた。ここらは治安が良く、おまけに地価が高い地域、つまり富裕層が住む場所だ。

 

「ここが、手紙にあった住所だけど……」

「……こりゃあ確かに、田舎者呼ばわりされるのもわかるな」

 

 二人の目の前に大きな家がある。黒光りするリムジンが太陽光を反射して眩しい。

 アードルフの海外旅行はこれが初だが、お城、と世で言われる家はおそらくこういった豪邸を指すのだろう。アイボリーの家も豪華であったが、この家と比べると見劣りしてしまった。

 おっかなびっくりな気持ちでインターホンを押すと、しばらくしその大きなドアが開かれた。

 

「あら、早かったわね」

「ええ……というか、何よその格好?」

 

 アイボリーの眼が奇妙げにキャシーキングを捉えていた。レースをするともあって、今アードルフは動きやすい軽装で来ているが、対するキャシーキングの服装はワンピース、これから走る者の服装には見えなかった。

 

「あら? 知らないの? これはね──」

「……『勝負服』、か」

 

 アードルフの言葉に満足げな反応を見せるキャシーキングを見て、ようやくアイボリーも気づいたらしく、呆れた笑みを溢した。

 

「──ま、入りなさいよ。紅茶くらいは淹れてあげるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不規則に、超特急が音をたてる。ただぼんやりと、アードルフはその中に立っている。

 

 『超特急』、人類の歴史が作り出した、瞬速の速さの到達点。一度走り出した超特急を止めることは誰にもできない。

 

 誰にも止められない。人では真似できない。ウマ娘にだってできることはない。

 だからこそ、人は惹かれるのだ。その超特急の虜となり、そして轢かれるのだ。

 アードルフもまた、そんな一人に過ぎない。『皇帝』を倒せる者とは、おそらくはそれしかない。

 

 カツラギエースの『逃げ』がシンボリルドルフを倒せる

 ギャロップダイナの『差し』がシンボリルドルフを下せる

 

 ならばカツラギエースのように逃げればいいのか? ギャロップダイナのように差せばいいのか?

 逃げ切れるのか? あの皇帝に? 差しきれるのか? あの希代の七冠ウマ娘に?

 

 できるわけがない。不可能だ。自分ではせいぜいがカツラギエースの半分の逃げしかできない。ギャロップダイナの半分の差ししかできない。

 

 ──ならばどうするか?

 

 

「──ルフ? アードルフ?」

「え? ああ、なんだ?」

「何って、もう始まるわよ、早くゲートに行かないと」

「……ああ」

 

 耽る思考は、アイボリーに遮られた。辺りを見渡す。もっとも優雅と言われるレース場、パリロンシャンレース場が広がっていた。ただし、これはキャシーキングの財力が作り出したレプリカに過ぎない。

 

「2400メートル。パリロンシャンレース場──あとはもう、わかるわよね?」

 

 日本のウマ娘が未だ勝ち取ることのできない極地が存在する。誰しもがその時を夢見て、しかし今まで勝てたことのないレースが存在する。

 

 『凱旋門賞』、それはパリロンシャンレース場2400メートルで行われる聖戦。多くの日本ウマ娘が挑み、そして凱旋することがなかった至高のレース。

 

 今回のレースは、それを模倣したものとなっている。

 

「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね? アードルフ、でいいのかしら?」

 

 キャシーキングが問いかける。

 

「──エース……」

 

 一瞬、そのウマ娘は言い淀んだ。脳裏に写るのは、図書館へ向かう際に乗った電車と、ここに着くまでに乗った超特急。

 ただ、『優秀(エース)』では駄目なのだ。それでは皇帝を超すことはできない。

 

「……ス」

 

 ふと、とある噂を思い出した。シンボリルドルフに聞かせた、空想のウマ娘の噂を。

 

 シンボリには、一馬 破天荒がいる。

 何でもソイツは幼少期、シンボリから駄馬とされ売られたと。

 何でもソイツは、復讐を誓っていると。

 『ソイツ』は、相手を轢くのだと。

 『ソイツ』は、時速390キロで走れると。

 

 何故今になって、思い出したのかは知らない。だが、不思議とそのウマ娘の『名』が頭からこびりついて離れない。

 その名は、確かこうだった。

 

「『キングダムエクスプレス』」

 

 ただ、『優秀(エース)』では駄目なのだ。それでは皇帝を超すことはできない。超すためには『超特急』と化さなければならない

 

「『(キング)を、皇帝(ルドルフ)を轢く超特急(エクスプレス)』……だからキングダムエクスプレス──それが、私だ」

 

 王を轢く者(キングダムエクスプレス)の眼が、傲慢な王(キャシーキング)へ向けられた。

 

「轢いてやるよ、キング」

 

 毅然とした瞳だった。キング達に対する怒りの瞳。

 ──そして、それとは別の感情が別に存在する。

 その瞳に、キング達は恐怖した。アイボリーすらも、その瞳に恐れをなした。

 その瞳は、空虚だった。一つの情景が写っていた。

 緑色の軍服に、茶髪の髪に、白のメッシュのようなものが光る謎のウマ娘がいた。

 あのウマ娘はなんだ? そう質問する暇もなく、エクスプレスはゲートへ歩いていく。

 

 当然とも言えば当然、彼女はもうただ燻っていただけのエースアードルフではない。彼女はもう、キングダムエクスプレスなのだから。彼女はもう、ただ皇帝を轢くことに魂を売った、鉄の超特急なのだから。

 

 


 

1 キャシーキング      
◎ ◎ ◎

.1番人気.

 先行 

 

2 ホソトファニア      
◎ ○ ◎

.2番人気.

 逃げ 

 

3 カドランデラ       
◎ ▲ ◎

.3番人気.

 追込 

 

4 キングダムエクスプレス  
ー ー ー

.4番人気.

 逃げ 

 

 

 

 『ゲート』というのにウマ娘は慣れないものだ。

 暗くて狭くて、いつ目の前の扉が開くか気が気でなく、集中力が散漫になってしまう。これはもう、ウマ娘全員に共通する性質なのだ。

 

 だというのにこの落ち着きようはなんだというのだ? あのキングダムエクスプレスの落ち着き様は?

 

 キャシーキングの取り巻きの一人の『カドランデラ』は、その驚きを隠せない。あまりにもウマ娘にしては冷静すぎる。あのマルゼンスキーのようなウマ娘でさえゲートで焦り、出遅れを起こすというのに。

 

『今、スタートが切られました!!』

「ッ!? しまったッ!!」

 

 現にほら、カドランデラはキングダムエクスプレスの姿に気を取られ、たった今出遅れてしまった。

 逃げウマ娘である取り巻きのもう一人『ホソトファニア』と、キングダムエクスプレスの姿が彼方に霞んでいく。となると、キングダムエクスプレスの作戦は逃げか?

 

 

 ──そしてその一方で、逃げウマ娘のホソトファニアは、困惑を隠せなかった。

 

(なんだこいつ──逃げにしては早すぎる!!)

 

 ホソトファニアの前にキングダムエクスプレスがいる。それが一バ身に満たない距離にいるならばそこまで気にも止めない。

 

 だが、三バ身も離れているのは話が違う。それはもう、異常だ。

 

『先陣を走るのはキングダムエクスプレス!! なんと早い速度か!? 勝負を捨てているとしか思えない!!』

 

 ホソトファニアの思いを汲み取るかのように、実況が声をあげる。そう、ホソトファニアだけではない、ここにいる誰しもが、キングダムエクスプレスの異常な走りに戸惑いを隠せてないでいる。

 

 先陣がこうも早ければ、試合もハイペースとなる。信じられないタイムを記録しながら、瞬く間に第1コーナーを過ぎ、第2コーナーを超え、直線に突入していく。

 

 だがそれでも、どんどんとキングダムエクスプレスとホソトファニアの距離は縮まるどころか離れていく。もう何バ身離れた? 五バ身以上は確実だ。

 

(何を考えているの? 勝負を捨てた? こんな無茶な走りじゃ最終直線で持つ筈がない、確実にバテる!)

 

 その光景を見れば、素人のゴールドアンドアイボリーの目でさえそう思う。やはりあのウマ娘は口だけだったのか? 不安が心中を支配していく。

 

 キャシーキングも、ゴールドアンドアイボリーと同じことを考えていた。ただし、心中を支配していたのは不安ではなく、高揚感であったが。

 試合の結果はもう、火を見るよりも明らかだった。

 

 第3コーナーに差し掛かる。キャシーキングはふと、先頭を走っているキングダムエクスプレスの姿を見た。

 そこにいるのは本格化が済んでおらず、息も絶え絶えで、死に体とすら見間違えてしまう程の幼きウマ娘の姿、決着は既についてるも同然。

 

(さあ───ひれ伏しなさい、圧倒的大差で負けて、私に頭を垂れなさい!!)

 

 ──だが王は、足に力を込めた。王ゆえに、傲慢な王ゆえに、足に力を込めたのだ。

 

 ゴールドアンドアイボリーは、目の前の出来事が信じられなかった。ホソトファニアの一バ身後ろを走っていた筈のキャシーキングが突然加速しホソトファニアを抜き、キングダムエクスプレスの背中を追い抜かんと二番手にいるからだ。

 ホソトファニアはキャシーキングの下僕だ、だから彼女のために敢えて速度を落としたかもしれない。だがそれでも、一バ身という距離を詰めるのは、簡単なことではない。

 

(これが……本格化を果たしたウマ娘……?)

 

 感じたのは、圧倒的な絶望感。こんなのに勝とうなどと、なんとも自身らは驕り高ぶっていたのだろうか。一体何故彼女を止めなかった? 後悔が、懺悔が、アイボリーの心を悲痛に締め付ける。

 

 そんなウマ娘を相手にして、先ほどから無茶な走りをしていたキングダムエクスプレスが勝てるか? 勝てるわけがない。

 一瞬で、キングダムエクスプレスが抜かれてしまう。キャシーキングに、

 

 そしてホソトファニアに。

 

(?)

 

 ふと、ゴールドアンドアイボリーは違和感を感じた。キャシーキングに抜かれるのはわかる、彼女の実力は傍から見ても圧倒的だ。

 だがホソトファニアとキングダムエクスプレスの距離は5バ身もあった筈だ、そんな大差を保っていたのに、キングダムエクスプレスが抜かれるか?

 

 疑問で、アイボリーはキングダムエクスプレスを見た。

 

(……何、を、?)

 

 ことの始終を見ていた者が存在する。最後方にいた追い込みウマ娘、カドランデラだった。

 カドランデラには解らなかった、目の前で何が発生しているのか。

 

「……なんで、走ってないの?」

 

 目の前のキングダムエクスプレスは、走っていない。歩いてもいない。止まっている。

 

 彼女は構えていた。地面に手をつけ、ちょうど彼女の足裏にフィットするように作られた砂利の山に足を置いている。

 

 

 あれは───クラウチングスタートの構えだ。

 

 

 カドランデラがやがて、彼女に迫り、そして抜いた。

 

 

「……?」

 

 ──カツラギエースの半分の逃げしか、キングダムエクスプレスにはできないのならば

 

 妙だった。カドランデラは今確かにキングダムエクスプレスを抜いて、3番手についた筈だった。

 ならば目の前には何故、キングダムエクスプレスがいる?

 

 

 ──ギャロップダイナの半分の差ししか、キングダムエクスプレスにはできないのならば

 

 妙だった。ホソトファニアは確かにキングダムエクスプレスを抜いた筈だった。

 ならば目の前には何故、キングダムエクスプレスの姿がいる?

 

 キャシーキングは理解した───後方から何かが迫っていることに。

 

「なんなの?」

 

 背後から感じる恐ろしい圧、殺されてしまうかとすら錯覚してしまうほどの───

 

「ッ!?」

 

 後方を確認したキャシーキングの目に、信じられない物が映っていた。

 

 『超特急』が、そこに走っていた。

 ──だがそれはよく見れば超特急ではない。超特急には尻尾がないし、頭から生える耳もない。

 

 そう、それはウマ娘だった。

 そのウマ娘がキングダムエクスプレスだということに気づいたのは、少しの時間を必要とした。

 

 あの作戦はなんだ。あれは『逃げ』ではないし、『追込』でもない。

 

 『差して逃げる』という言葉が初めに浮かぶ。が、違う。

 差す等と、生易しくなど無い。

 

 そう、あの走りは

 

「……轢き逃げ」

 

 その走り、まさに轢き逃げ。

 

 距離残り二百メートル。まだ轢かれてないのはキャシーキングのみ。引き出せる限りの速度と加速を以てして、彼女は逃げようと走っている。

 

 だが此の世の何処に、超特急よりも疾く走る物がいるだろうか。超特急の速度は留まるところを知らぬ青天井。キャシーキングは、さらなる恐れを抱いた。

 

(なんで──引き離せてないのよッ!?)

 

 どの程度加速した? どの程度速度を上げた?

 もう解らない。如何なる速度を出しても、あの超特急の距離がどんどんと縮まってしまう。

 

 あの超特急が告げているように感じたのだ。

 ──決して貴様を逃さないと

 

 離れない距離に、キャシーキングに焦りが蓄積されていく。貯まった焦りはやがて、隙を生む。

 

(敗れるっ? この私がッ!? 私はキング、王なのに!?)

 

 隙を晒せば、王ごときはいつでも地に墜ち行く。キャシーキングの眼前に、有り得ぬ筈の存在がいた。それを認識した途端、次に吹き荒れる猛烈な圧が彼女の身を襲った。

 本能が錯覚したのだ。

 

 ──今、自分は轢かれたのだと。

 

「か、てるわけ、ない」

 

『ゴオオオオオォォォッッル!!!!!!!!

 一着は、キングダムエクスプレス!!!!!』

 

 

 王を轢く超特急はその名の通り、傲慢な王を轢いた。誰しもが夢かと錯覚した、だが錯覚ではない。キングダムエクスプレスは、キャシーキングの前に立っている。

 

「こんな、こんなことが……!」

 

 呆然と顔を歪ませるキャシーキングに目もくれず、キングダムエクスプレスの目線はゴールドアンドアイボリーに向けられた。

 

「見たかアイボリー、これがウマ娘だ」

「え?」

「『ジャイアントキリング』、或いは『下剋上』。本格化途上のウマ娘が、自身より上のウマ娘に勝つ──誰が予想できた? 神でさえ、予想できた筈がない」

 

 アイボリーはエクスプレスとキャシーキングを見比べた。立つ勝者と地に伏せる敗者。

 

「神すら翻弄する走りができる。それが、ウマ娘なんだ。神にも予想できない勝利を勝ち取り、その実感を神より早く味わえるのは、そのウマ娘一人の特権なんだ」

「……神、すら」

 

 確かに、アイボリーには予想できなかった、こんな試合の結末など。──これが、走るということだというのならば。

 

「……アードルフ。私、強くなるわ」

「へぇ」

「まだ本格化できてないし、あんな奴らにも怯えるし、走っても弱いままだけど──」

 

 アイボリーは、エクスプレスを見据えた。

 

「いつか必ず、貴方に勝てるウマ娘になるわ」

「……面白い」

 

 ──『やってみな』と、エクスプレスの口がそう動いたような気がした。

 アードルフはそれから少しの間、私の家に居続けて、ある日姿を消した。ここに帰ってくることはもう無いのだろうと、心の何処かで不思議と理解していた。

 あの日の言葉と共に見せた、彼女のにこやかな顔を、私はきっと忘れない。

 

 強くなるんだと、その日私は、ゴールドアンドアイボリーは決心した。

 

 


 

競走ウマ娘、ゴールドアンドアイボリー、成績

 GⅡレース、ロイヤルエッジS、1着

 GⅠレース、ヨーロッパ賞、1着

 GⅠレース、ジョッキークラブ大賞、1着

 GⅠレース、バーデン大賞、1着

 

 そして、GⅠレース、ジャパンカップ

 

 

「……あの時以来かしら? アードルフ、それとも今は、『キングダムエクスプレス』?」

「あア、随分とまあ久しぶりじゃないか? 『ゴールドアンドアイボリー』、遠路はるばる、ようこそこんな国へ」

「ええ、走りに来たのよ──あの日の通り、貴方に勝てるウマ娘になってね」

 

 東京の芝に、二人のウマ娘が向かい合っていた。『ゴールドアンドアイボリー』と『キングダムエクスプレス』が、懐かしの邂逅を果たそうとしていた。

 

 ジャパンカップが、今始まる。

 

 




 何度もの更新の遅れ、いくら謝っても謝罪しきれません。二度に渡り、誠に申し訳ございませんでした。
 推定ではありますが本作品も、残すところ三話となります。

 その日までどうか、本作品を長い目で見守っていただけると幸いです。
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