【完結】シンボリルドルフを轢け逃げられますようにと、彼女は願った   作:ムーンフォックス

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トレーナー

 私は夢を見ていた。

 

 不明瞭な微睡みをシンボリルドルフは味わっていた。

 

 体の意識は薄れていた。走馬灯のように、過去の思い出が掘り返されていく。

 

 それはまだ私が幼く、何も知らない無知で無垢な少女だった時の話。

 

 目の前の()()が言う。

 

 

「ルドルフ、ウマ娘なんてのは所詮新幹線のスピードすら超えられない、悲しい存在だと思わないかい?」

「……そういうあなたは超えられるの?」

「当然。忘れたかい?キングダムエクスプレスの噂」

「例の噂の? でも父様も母様もそんな噂はないって……」

 

 

 傲岸不遜、彼女を中心に世界は巡っているのだとすら認識してしまうその圧倒的な自信。彼女はいつも私にその噂を話していた。時速390キロで走るウマ娘、『キングダムエクスプレス』の噂。

 ……今にして思えば、それは彼女が適当にでっち上げたデマだったのだろう。だが幼い私はそれを信じ、様々な人に話したものだ。

 

 

「しょせんは噂、誰もそんなもの存在しないって思っている」

「だって噂だもん」

「そうじゃない、キングダムエクスプレスは実在する。やがて、それはお前の目の前に立ち──お前を轢くだろうな。超特急に轢かれるように、一瞬にな」

 

 

 目の前の彼女はそう言いきる。

 彼女が私の前から姿を消したのは、それからすぐのことだった。

 そう、これはあまりにも昔の話。永きに渡る、かつてのかつてのお話。

 

 ──だが、私のこの長い夢も、そろそろ目覚めなければならない。そして、認めなければならない。

 

 九十九折の果て、噂通り奴が来た。

 噂通りに、私を轢きに。

 そのウマ娘、キングダムエクスプレスが。

 

 ──私の妹が。

 

 

 


 

 

 

 太陽が眩しさがシンボリルドルフを目覚めさせた。同室のウマ娘を起こさないように静かに洗面所へ移動する。蛇口から出る冷たい水の刺激が顔を襲った。ジャージ姿に着替え終わると、次にするのは朝の自主トレーニングだった。

 

 

 誰もいないトレセン学園のレース場。800メートルを全力で走る。目指すタイムは50秒以内。しかし

 

「56秒か、まだまだ遅いな」

 

 そこへ到達するのはまだ難しそうだ。その後も同じことを続けていく。

 試行錯誤の末、やがて足が疲れてもう動かなくなると、そこで大人しく寮に戻る。無理なトレーニングは寧ろ体に毒である。

 

 汗ばんだ体にシャワーが染みる。暫しその余韻の浸り、時間を確認すると、とっくに朝食の時間だったことに気づき、未だ濡れたジャージを羽織った。

 相方はもう食堂へ向かったらしい。遅れないように、自分も足を進めた。

 

 十人十色のウマ娘達がいる広い食堂。和気藹々の喧騒の中、適当に本日のおすすめと銘打たれた料理を注文した。

 万万千千もあろうかという広い食堂を見渡す。どこかにいい感じに空いてる席はないものか。

 

「……む?」

 

 一つのテーブルに目が止まった。一つのテーブル席、だがそこには不思議なことに座ってるウマ娘は一人のみ。

 何故他のウマ娘がそこに座ろうとしないのかは瞬時に理解できた。

 

 鋭い双眸、テーブル席に座っているというのに何の料理すら机上にない。不可思議なそのウマ娘、一目で理解できた。

 

 あの日、奇想天外な轢き逃げを見せたキングダムエクスプレス張本人であった。

 

 そんな奇異な姿では引かれるに決まってるというのに。ため息を吐き、プレートをそのテーブルへ置いた。

 

「久しぶりだな、キングダムエクスプレス」

 

 

 

 今まで明後日の方向を向いていたその瞳が初めて私の方を向いた。

 

「おやルドルフ、合格したの? おめでとう」

「その様子だと、君もらしい」

 

 席に座り、その眼を捉える。澄んでおらず、濁りきったその眼は少しだけ笑っているように見える。これは確かに他のウマ娘が避けるのも無理もない。

 

「何か食べないのか?」

「朝は食べないタイプでね」

「私個人の意見を言わせてもらうなら、朝は何かしら食べた方がいい」

「ああ、考えておくよ」

 

 ウマ娘にとって食事とは大きな意味がある。体を作り心を満たす、食事とはそのようなものだ。

 

 食事を取る私を、目の前の彼女は見つめてくる。多くのことを彼女と語り合いたかった。だが今彼女を前にして、私の頭にはある一つの疑問が浮かんで消えることはなかった。

 

「……なあ」

「ん?」

「一つ、聞きたいんだ」

 

 意を決し、問う。

 

「……何故、君はあの噂と同じ名前をしているんだ?」

「噂ぁ? そりゃ一体何の話?」

「惚けるなよ」

 

 自身でも声が荒くなっていることに気づいた。鶴の一声のごとく、辺りのガヤガヤと話すウマ娘たちが一斉に静まり、キングダムエクスプレスの目が細くなる。

 

 

 シンボリには、一馬 破天荒がいる。

 

「……今から五年前、私の妹が私達の前から姿を消した」

 

 彼女は幼少期、シンボリから駄馬と言われたのだと。

 

「アイツはよく、自分は超特急を超えて見せると豪語していたよ」

 

 彼女はシンボリに復讐を誓っているのだと。

 

「そして今、私の目の前に()()()()()に、超特急を超えて見せると豪語するウマ娘が現れた。()()()()()()、そのウマ娘は私の家に伝わる噂と同じ名前をしていた」

 

 『彼女』は、超特急を超える速度を持つのだと。

 

「キングダムエクスプレス。君は──私の、妹なんじゃないか?」

「違うね」

 

 そのあまりにもの早さに、疑問を持ってしまうほどに、

 即座に、否定は返ってきた。

 

「アンタとはあの時初めて出会った」

「…………」

 

 沈黙が流れた。長い沈黙だった。一目瞭然。否定の言葉の裏に隠れた確実な嘘。提示された疑問に返事をしようとしないその不自然さ。

 それはもはや、自身で種明かしをしているのと同義だった。

 厳しい目をしていたと思う。が、目の前の彼女が動じないことに気づくと、長いため息が私の口から漏れた。

 

「そうか」

 

 今の私では、そういうしかあるまい。

 しかし

 

「あアでも、アンタの妹。もしかしたら近くにいるかもね」

「だったらいいんだが」

「案外、アンタの目の前とかにな」

 

 彼女の鋭い目が私を嘲るように歪む。無視を貫き席を立った。授業がもうすぐ始まるからと、そう言い聞かせながら。

 

「……ありがとう。キングダムエクスプレス」

「どう致しまして。シンボリルドルフ」

 

 語る言葉は充分だった、いつかぶつかると心の底で理解しているからだった。

 それがいつかはわからない。しかしその時までに圧倒的な走りを身につけなければと、固く心に刻んだ。

 

 

 


 

 

 

『アイツとの出会いですか? あれは今でも覚えてますよそりゃあ。』

 

 人生に、奇跡と言える出来事は存在するのだろうかと、思いあぐねていた。

 

『あの時の私は素人の新米トレーナー、思うようにウマ娘をスカウトできず、自身の才能に落ち込んでいました。』

 

 同じ時期にトレーナーになったヤツは、もう担当するウマ娘を見つけたようだ。だというのにオレとくれば、未だに一人のウマ娘すら獲ることができてない。失意のまま廊下を曲がる。

 

『肩を落とし廊下を曲がって俺は、とあるウマ娘と出会ったんです。』

 

 ドン、と、不注意のせいなのか、どうやら誰かとぶつかってしまったようだ。「すいません」と、情けない謝罪文が反射的に口から出てしまう──と。

 

『ぶつかり謝罪する俺の肩を、アイツは力強く掴みました。』

 

 突然ソレに肩を掴まれた。すごい力だった。その時、オレは初めて目の前の彼女の顔を見た。

 

『一人のウマ娘がた。しかもそいつは、選抜レースであの轢き逃げ戦法をしたという──』

 

「キングダム……エクスプレス」

 

 オレの口からその言葉が漏れた。キングダムエクスプレス、あの奇妙奇天烈な走りを見せたウマ娘。

 

「アンタ、トレーナーだろ。しかも未だに一人のウマ娘さえ捕まえられない新米のトレーナーだ」

「…………」

 

 言い返せない、事実だからだ。しかし何故彼女がオレの前に現れた? 頭の中で疑問がよぎった。

 

「実は自分も、未だに何のチームにすら入ってない」

 

『今思うと、あれはあえて俺みたいなルーキーを選んだんでしょうね。他の有名なチームだと自由に行動できないと踏んだとか? アイツの真意は、今でも解りません。』

 

「アンタ、私を雇う気は無いか?」

「は?」

「私はチームに入らないといけない、でないとレースに出れない」

「でも、オレなんかより他のチームの方が……」

「アンタがいいんだ。アンタだからこそ、私は100%を超えれると踏んだんだ」

 

『誰かに必要とされている、初めての感覚でした。どうしたかって?』

 

 人生に、奇跡と言える出来事は存在するのだろうかと、思いあぐねていた。

 

「ああ、えっと……それじゃあこれからよろしく、エクスプレス」

 

 奇跡と言える出来事は、確実に今目の前に──

 

『断ってりゃあ、このインタビューには出れなかったでしょうね』

 

 オレが出した右手を、彼女はグッと握る。

 

「よろしく、ああ……」

「暁だ。(あかつき)(あきら)、よろしくな」

「よろしく、暁トレーナー」

 

 その硬い握手。その感触がオレの始まりだと、そう予感した。




(『』台詞は乙名史悦子著。月間トゥインクル、より、
 「凄腕トレーナー(あかつき)(あきら)に聞く!あのウマ娘は今どうしているか?」から一部抜粋)
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