【完結】シンボリルドルフを轢け逃げられますようにと、彼女は願った   作:ムーンフォックス

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 一部事情により、タイトル変更させていただきました。
 また今話に限り、一部特殊タグを使用しております。ご了承ください。また後書きにてアンケートを設置しております。ご回答していただけると幸いです。


デビュー戦

「不可能、としか言えないな。というより、どうしてこんな時期にチームに入れると思ったんだ?」

 

 世に、真実を真実と見極められる者は如何なる者か。それが悩みの種だった。

 

「確かにあなたの走りは素晴らしかったけど……来週をウチの子のデビュー戦、今はあなたに構ってる時間はないの」

 

 また一人、また一人。私の真実を理解せずに断っていく。目の前のトレーナーはどれほどの逸材を自ら手放しているのかを理解していないのだ。

 

 たかが、『デビュー戦が来週から始まる』という些末な問題だろう。早くしなければ、時間がない。次のトレーナーを当たろう。それがダメならその次だ。それもダメならば……

 

「噂に聞こえた『来週がデビュー戦ということを理解せず、至るところにアプローチをかけその都度断られる選抜レースで好成績を残したウマ娘』っていうのは、アンタのことかな?」

「……誰だか知らないがそれは違う。私の真実を理解せずスカウトしない奴らが真の愚者なのだ」

「アンタの真実も何もさっき私が言ったことが事実じゃねェかよ」

 

 また一人、私の前に脳細胞が暗澹とした者が現れた。

 こういう輩には付き合いたくもないのだが、目の前を彼女が遮っているせいで通れない。それに苛立ちを覚えた。

 

「……まあいいさ。時間がねぇ、私はキングダムエクスプレス。アンタの力が必要だ。どうだい、入らないかい私のチームに?」

「……貴様のチームに入った所で、私にどんな利があるというのだ」

「私の褌で相撲取れば横綱になれるくらいのいい思いをさせてやるよ」

 

 目の前の彼女が言う。なんともまあ自分が上だと思い込むウマ娘というのは暗愚の極みのような者しかいないのだろうか、甚だ疑問だ。

 だが、私を見つけることのできるその目だけは確かなようだった。

 

「……私を見つけることのできたその目を感謝するんだな。キングダムエクスプレスとやら。この"ハイリボルケッタ"、お前の誘いに乗ってやろうじゃないか」

「何言ってるのかわからないけど、入ってくれるってこと? ハイリボルケッタさん」

「この程度の言葉もわからないようじゃ、これから同じチームの者としてうまくやっていけるか疑問だな」

 

 私の真実を見極められる者、それは驚くほどに不愉快な言動にて奇走のウマ娘だった。

 

 


 

 

 ウマ娘がレースに出るためにはチームに所属しなければならず、そのチームにはそれぞれトレーナーと呼ばれるウマ娘の練習メニューを考え、実践させる指導者が存在する。

 

 デビュー戦とはウマ娘が初めて走る重要な場所であり、トレーナーにとってはその指導が果たして正しかったのかを身を以て知る場所でもある。

 

 この最近気温が暑くなりかけた頃の東京レース場、混雑雑多の観客の中、(あかつき)(あきら)は一人、茹だる席に座っていた。口元には飲料水、頭には帽子、首にはタオルで手には団扇と、いかにもな夏場の服装。そして視線はある一点を見据えている。

 

 『パドック』。それはレース前に行われるウマ娘の下見市。小さなフィールドをウマ娘は周回し、己を御披露目る。

 

「よお、暁」

「やあ、昼部(ひるべ)

「隣、いいかい?」

「好きにしてくれ」

 

 孤立の暁に昼部は声をかけた。本名を昼部(ひるべ)直人(なおと)。暁とはトレーナーの道を志した同期の桜であり、共に砂を噛んだ間柄である。

 

「聞いたぜ、あの"轢き逃げ"をスカウトしたんだろ? 大した腕じゃねぇか」

「お前こそ、オレみたいな素人でも解るぜ。とんでもないウマ娘じゃねぇか」

 

 暁はパドックの一端を指差した。太陽に照らされ、肩まで伸びた赤髪のウマ娘。かけられたゼッケンの番号は2。昼部から事前に送られてきた容姿と一致しているウマ娘だった。

 

『2枠2番、ザナルグレイビア』

『勝利へのすごい執念を感じますね。勝ちたい気持ちがどのようにレースに表現されるかが楽しみです』

 

「ザナルグレイビアか。原石って次元じゃねぇな。ありゃ金剛石だ。まだデビュー戦だっていうのに、もうダービーに出る直前って感じじゃねぇか、気合い入りすぎだ」

「良いウマ娘だろ。お前のウマ娘は……あそこか。参考までにだが、どんなトレーニングをしたんだ? やっぱりスピード方面か?」

 

『4枠4番、キングダムエクスプレス』

『私が一番注目しているウマ娘です。なんでもこれまでに見せたことのない走りをするとのことで、期待が止まりません』

 

 昼部の視線は、パドックにて手を振りアピールするキングダムエクスプレスの方へと向けられていた。

 

「……トレーニングか、オレにできることはなかったよ」

「おいおい、そこは『できることはやった』だろ? 良い目してるぜ。絶対に勝ってやるって情熱だけなら、ウチのに勝ってる」

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了の模様です』

 

 レース前に起こる、ある暗黙の了解。誰しもが息を潜め、その始まりを見守る。それは例えトレーナーも例外ではない。昼部 暁共々に、言葉は交わさない。

 

『ゲート開き全バ一斉に駆けます。新バ戦始まりましたッ!!』

 

 だがレースがひと度起これば、代わりに怒声がそこかしこから巻き起こる。

 

「……本当に、オレには何もできなかったよ。あの暴走特急は」

 

 その喧騒の中では、一人が発した声も怒声に吸い込まれ聞こえる筈はなく、暁は孤独に、あの日以降のことを思い返していた。

 


 

「は? なんだって?」

「だからぁ、アンタの助けは必要ないって言ってるのさ」

 

 如何せん、年というのは取りたくない。年を取ると耳は遠くなるし、頭も禿げる。こと新しいものに難癖をつけ嫌悪してしまう。そんな耄碌にはならないようにと努めている筈だった。

 

 聞き返し、それが俺の聞き間違えであることを願った。だが聞き間違えではなかった。忘れていた、オレが相対してるウマ娘がどんなウマ娘なのか。

 

「……どうしてだ?」

「私は今の今まで、すべて一人でやってきたよ。スピードとか、レースの運びかたとか、ぶつかられた時の衝撃に耐える方法とか、ぜーんぶ一人でやってきたさ」

「だからこれからも全部一人でできると?」

「その通り」

「…………」

 

 頭痛がする、薬の量を増やすよう来週医者に伝えよう。明日は切れた醤油とかを買おう。そして今日の夜は久しぶりに酒でも飲もう。40日ぶりの酒だ、さぞ美味いに違いない。

 

 その未来のためにはまず、目の前の課題から片付けないといけない。目の前の彼女のストライキを。

 

「……だ、だが」

 

 もっとも、決意のわりに出たのは割にあわないか細い声だったが。

 

「新米トレーナーにゃ私の走りは任せられねぇ、轢き逃げ戦法は私が考えたオリジナルだ。何の知識もないんじゃあ信頼には足らないのさ」

「ならオレが仮にベテランのトレーナーだったら、お前は素直に言うことを聞いてくれるのか?」

「いや、多分聞かないだろうな。新米だの事前知識が足りないだのを言い訳にしてるけど、本当は誰にも指示されるたくない」

「そんな身勝手で勝てると思ってるのか?」

「思わない。でも指示はされたくない」

 

 と言った直後、何処からか大きな鞄を取り出し、それを持って扉へと向かい始める。

 

「だからひとまず、自分で行けるところまで行って見るよ。負けたらアンタのトレーニング、受けて強くなってやるさ」

「お、おい。どこに行くんだ?」

「自主トレさ。デビュー戦までには帰ってくるよ」

 

 扉が開かれ。

 

「あと、多分もう一人くらい私のチームに引っ張ってくるから、よろしく」

「は? ちょっと待て──」

 

 閉められた。

 その日、久しぶりに飲んだ酒は美味かったのか、覚えてはいなかったが不思議としょっぱかった気がする。

 


 

『先頭を突っ走るのは4番、キングダムエクスプレス。中々挑戦的な走りです』

『スタミナ面がかなり不安ですね。ここまで最初から飛ばすウマ娘は私も初めて見ます』

 

 音質の悪いスピーカーから響く司会の声が、暁の思考を現代に戻させた。競馬場を改めて見返す、第三コーナーはすでに曲がり終え、試合は終盤へと移ろうとしている。

 

「ザナルグレイビアは……先行か。二位だな、あと一バ身後ろのヤツから離れてりゃ逃げ認定してた」

 

「スピード、スタミナ。どれも彼女の骨頂ではあるが、真骨頂は最後のスパートだ。付いた異名は『時戻し』、最後のスパートでコンディションをレース初めの状態に戻したかのような走りを見せるからとのことらしい」

 

『依然として先頭を進む4番キングダムエクスプレス。どう思いますか?』

『どうもこうもありません。奇走バとは聞きましたが、まさかここまでとは……』

 

 何バ身、一体ザナルグレイビアから離れてるだろうか、目測で測る。結果は

 

「9バ身ってとこかぁ……? 離れすぎだよバカ」

 

 暁は空気へ呟いた。

 

 

 

 

(目測……9バ身くらい? 8バ身なら嬉しいんだけど)

 

 ザナルグレイビア。昼部のチームに所属するウマ娘、実力テストでは堂々の一位を獲得。元々の作戦は逃げだが昼部の指摘を受け、作戦を先行に変え現在は走っている。

 

(作戦が先行でよかったわ。もしも逃げだったら、この挑発に乗っていた)

 

『第三コーナー通過。相も変わらず先頭はキングダムエクスプレス。やはり強いですね』

『しかし栄華もここまででしょう。ここからが悲惨ですよ彼女は』

 

 解説が喋る言葉はまさにその通りで、現在彼女との差は6バ身。つい先ほどまで9バ身だったことを考えると、かなりスタミナがないらしい。

 

(スピードの飛ばしすぎ……こいつはバテる。確実に、 十にも満たない秒数範囲内で)

『第三コーナー飛び越し第四コーナー迫ってきます』

(その時が来るまでは依然待機、機を熟させ待つのみよ、ザナルグレイビア)

 

 ザナルグレイビア。異名を時戻し。

 

『第四コーナーここで詰められるかザナルグレイビア。じりじりと迫りよってきますが、差は大きいです』

 

 先頭との差、5バ身。かつて逃げをしていた彼女だからこそ理解できる。

 彼女は今にもバテる。

 

『第四コーナー経過、最後の直線への突入。先頭を譲るかキングダムエクスプレス』

(息継ぎしろ、息継ぎしろ。息継ぎしろ)

 

 ザナルグレイビアは聞き逃さなかった。

 

「……カハァ」

 

 目の前の彼女の、その僅かなる息継ぎを

 

「……そこよ、あなたの底は、そこにある」

 

 ───ここまでだ。キングダムエクスプレス。

 

  時戻し、発動。

 

 


 

 

『おおっとォッ!! ここでスパートかけてきたのはザナルグレイビア。これは凄い、まるで先ほどまでの疲れがなかったかのようなスパートです』

「……なるほど、こりゃあ確かに時戻しだ」

 

 素直な感想は其れだった。其のスパートは確実にキングダムエクスプレスを抜くだろう。アイツのスタミナも根こそぎ奪うようなバカの一つ覚えみたいな走りじゃ確かに時戻しに抜かれるだろうよ。

 

「ははぁ、悪いなぁ暁ィ、抜いちまうなぁお前のウマ娘。俺の初勝利記念ってことでジュース一個奢ってくれよな」

 

『終身先頭もここが潮時、圧倒的スパートの前に今! キングダムエクスプレス抜かされたぁああァァッッッッ!!!!!!!』

 

 5バ身とは何の目安なのか、キングダムエクスプレスはあっさりと抜かされる。

 

「……オゴりだな、昼部」

「奢りだなぁ」

「ちげぇよ」

 

 追うように、別のウマ娘が更にキングダムエクスプレスをかわし抜かす。また別のウマ娘が抜かす。抜かされていく。

 昼部がオレに喜色満面の笑顔を見せる。オレは俯いた。

 

「傲りだよ、昼部」

「あん?」

「見てみろよ、オレのウマ娘」

 

 昼部はずっとオレに向けていた視線をようやくレース場に戻した。怪訝な顔をしている。だがそれは実況解説、そして観客もだった。気づくのが遅いんだよ。そしてとうとう五位の別のウマが彼女を抜いて───。

 

「轢かれる前に、逃げときな」

 

 キングダムエクスプレスは駆動(はし)り出した。

 

 


 

 

 ──思えば

 

 ザナルグレイビアは疑問を抱いていた。

 

 ──考えてみれば

 

 抜き去る瞬間に生じた謎の違和感に対して。

 

 ──ちょっと待って

 

 実況に耳を澄ませる。

『……何を、しているんでしょうか、彼女は』

 

 ──何の話?

 

 実況に耳を澄ませる。

『……停止しました。キングダムエクスプレス突然停止!! 試合放棄かッ!!?? 7番ゼンバサブル抜きます! 3番ゾディビライトも追うように抜いたァ!!』

『試合中、私も停止というのは初めて見ます』

 

 ──停止?

 

 実況に耳を澄ませる。

『……クラウチングスタートの構えです。キングダムエクスプレス闘志はまだ消えず、むしろ加速し、燃えています!!!』

『奇走バの本質が、ここで見れそうですね』

 

 ──クラウチングスタート?

 

 実況に耳を澄ませる。

『6番ナントオドロキ、ここでキングダムエクスプレスを抜いてきました』

『このままでは五着になりますね、彼女は』

 

 ──落ち着け、集中しなさい。残り距離は300m。雑音は気にするな。

 

 実況の音を振り切り私は目の前の、誰もいない景色を貫徹しようとして

 

 ──なんで

 

 誰もいない筈の景色、自身が一位であるということを裏付ける確固たる証拠。

 その先頭

 

 

 そこに、彼女の姿が在った。

 

 

 そのウマ娘──キングダムエクスプレスが。

 

『きっ、キングダムエクスプレスいつからそこに!? 気付かなかった! 司会の私でさえも気付かなかった! 速すぎる! 既に先頭だァッ!!』

 

 理解した。

 四位(ナントオドロキ)も、三位(ゾディビライト)も、二位(ゼンバサブル)も、そして一位(わたし)

 ──轢かれた。轢き逃げようとするその鉄塊(エクスプレス)は再び、私の目の前に現れて

 

(目測差2バ身ッッ!!! 今なら、この距離なら、間に合う。全て以上を引き出せここが正念場ァァッ!!!)

 

「アアぁぁぁああああァァァァァッッッッ!!!!!!!」

 

 ザナルグレイビア。異名、時戻し。

 時よ戻れ。私の一位を私を一位の、その時へと戻したまえ。

 

『ザナルグレイビア駆ける叫ぶ! 一位を返せと言わんばかりに競りあがっていきますッ!!』

『残り200mにも満たない厳しい直線をこのスパートのまま駆け抜けられれば、勝機は十分にあります!』

 

 全身全霊を以て、全力全開を引き出し、全出力を全放出する。このデビュー戦で、こんな既知外の動きをするウマ娘に敗ける訳にはいかない。

 

 距離がどんどんと縮まっていく、残り3/4バ身。このペースで行けば、確実に抜かすことができる。目測残り75メートル、残り距離は1/2バ身。

 目測は残り50メートル、残り距離は1/4バ身。行ける、一位が、目の前にある。

 

(勝ったッ! 残り距離は25メートル! これで終わりッ! さらばイレギュラー!)

 

 目測 残り25メート……あれ?

 違和感がそこへ割り込んできた。そうだ。違う

 

 残り距離は、10mもない───

 

 手を伸ばせば届く距離にいるというのに、

 アタマ差しかない彼女がそこにいるのに、

 

 彼女はもう、そこにいてしまって

 

 

 

『ゴォォォルインッ!!!! ゴールを走り抜け見事一着を掴んだのはキングダムエクスプレス!! 二着はザナルグレイビア! 三着はゼンバサブル!』

「カヒュー……ハァハァ……ッッ!!」

 

 息が、苦しい。喉の奥が焼けつくように痛い。レースは好きだが、いつも襲いかかるこの感覚には毎回辟易させられる。

 

 目の前で四つん這いになってる彼女を見る、彼女の方が更に悲惨で、口から唾液が漏れて、目も虚ろだ。息は荒く、手探りで何かを探しているようだった。見れば近くに水筒が転がっており、おそらく彼女の求めているのはそれだろう。

 

「どこっ、だ。水筒だ、私のっ、水筒どこだ……!!」

「……ここよ」

 

 私が拾ってやった水筒をひったくり、彼女は水を猛烈な勢いで飲み始める、かなりの水がこぼれているが、気にしないタイプらしい。良い飲みっぷりだった。

 

「……アンタか。強かったよ、あと100m距離があれば抜かれてた」

「……次会うときは負けないわよ。奇想天外の貴女の走りに負けてたまるものですか」

 

 言うと、私は右手をつきだす。

 

「だから貴女も、次会うときまでに敗けないでね。アンタを抜かすのは──この私よ」

「……ああ、勿論。敗けるつもりはないさ。これからも、次アンタと走る時も」

 

 固い握手を私と交わす。

 

 敗けるのがこんなに悔しいものだったというのを思い出した、そんな日だった。

 


 

「やぁ、暁」

「よぉ、エクスプレス」

「どうしたんだ? そのサイダー?」

()()ってもらったんだよ、ザナルのトレーナーにな」

 

 椅子で黄昏ていたオレに、キングダムエクスプレスは声をかけてきた。服にも額にも、とにかく至るところが汗でまみれていた。

 

「デビュー戦初っぱなから一着なんて、すげぇじゃねぇか」

「……冗談よせやい。その程度の次元 ルドルフに比べればまだまださ」

「……そうか?」

 

 茶化すような声色ではなかった。本当に彼女はそう思っているのだろう。

 

 ()()()()()()()()、確かに実力テストでは素晴らしい成績を残したらしい。だが彼女のデビュー戦はまだまだ先だというのに、なぜそこまでシンボリルドルフのことを買っているのかがわからなかった。

 

「課題点は私にもまだまだある。スタミナとか最後の根性とか、完璧な轢き逃げ戦法にはまだ遠い」

 

 本来ならそれオレが指摘すべきところなのだが……彼女の目の前に立つと、トレーナーになった理由がわからなくなる。心配してるのは、トレーナーの指導無しにして勝ててしまう自身の才能に溺れてしまわないかというところだった。

 

「まあひとまず。デビュー戦はもう終わった。だがこれはゲームで言うところのチュートリアルにすぎない。そしてこれからお前がどのレースに出ようかは自由だ。何に出たい? やっぱりクラシック三冠達成とか───」

「超特急さ」

「……超特急?」

「とある超特急(エクスプレス)の出すスピード、時速390km。まずはそのスピードを出さないと」

「……冗談キツいぜ」

「そうでもしないとシンボリルドルフにゃ勝てんさ。390キロでルドルフを……轢く」

 

 鬼気迫る表情だった。圧倒的な執念。390キロを出すと豪語するこのウマ娘。キングダムエクスプレス。

 

「なんでまぁ、目指すはクラシック三冠だ。5月の皐月賞。そこでルドルフにひとまずは一勝ってトコロか?」

「ひとまずはって……」

「まあひとまず見といてくれや。私の勝利の瞬間を」

 

 キングダムエクスプレスは不敵な笑みで静かに右手をオレに差し出した。

 蠱惑的なその握手を求めたサイン。恐らくオレはなにもしないで、最強のウマ娘になったキングダムエクスプレスを鍛えたトレーナーとして、どんどん知名度が上がっていって有名になるのだろう。

 

 それが一番いいのかといえばいいのだろうか、オレは素直にその手を握ることはできなかった。

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