【完結】シンボリルドルフを轢け逃げられますようにと、彼女は願った 作:ムーンフォックス
『強くなりなさい』
これは夢だ。もうなんども見る夢。努々忘れることできない夢。
『 、強くなりなさい』
目の前で涙ながらに訴えてくる謎の女性の顔を、強くなれと話すその女性の顔を、私は知っている。誰だろうか。
どこかで見た。面識がある、なのに、思い出せない。
『誰にも負けないウマ娘になりなさい』
彼女はそう伝える。なぜ強くならないといけないのか。なぜこうも強さに彼女は拘るのか。強さがすべてを決めるわけではないのに。
『そうしたら、きっと───』
「……ハッ!!」
そして夢は終わる、きっとの言葉のその先を、未だ聞くことはできない。夢の女性が誰なのか、杳として知れないその正体を、いつも気にかけてる。
「……強くなれ、か」
だが、そんなことを考えてる余裕は、私にはない。時計を見る。日曜日の午前7時、朝日は昇り、窓際から私を熱気で殺そうとしてくる。
まあ、何はともあれ。
「起ーきーろォッ!!!!
「グヘェッ!!」
二段ベッドの下の段のにいる彼女へ力の限りのし掛かる。断末魔が布団の中から響く、だがすぐに布団から弾き出される。
「よくもやってくれたなっ!!
布団から飛び出してくる私の姉、シンボリルドルフが私を襲おうと迫ってくる。
「はっ! 悔しかったら私より起きるんだねっ!」
「待てっ!!!」
ここ、シンボリ家の朝から始まる乱闘。どこまでも続くであろう日常の風景。そう、私の名前はシンボリアードルフ、シンボリ家にいる姉妹のうちの妹だ。
0歳、私生誕。そこから三年の年月がそこから流れ 物心つき初めた三歳の誕生日、バースデーケーキでチロチロと燃える蝋燭に息を吹いた私の脳内に突如発生した存在しない記憶。
不気味な感覚であった。前世の私の言葉でいう『転生』なるものを、私はしたようだった。
そう、私は“シンボリアードルフ”であってシンボリアードルフではない。
厳密に言うならば、私はシンボリアードルフの体に入りこんだ ただの一般人である。
その頃の名前が思い出せないとか、なんで私には生前生きていた記憶があるのだとか、最初はそれがかなり気になったが、何年も過ぎた今じゃあもはやどうでもいい。
現在は私という魂がこのアードルフの体に入っている。という結果で納得している。ガセかデマか、はたまた真実なのか不明なものの、人間は死ぬと軽くなるらしいのでそういうものだろう、魂に質量があるのかは知らないが。
閑話休題。ある日、突然前世があると理解した私は混乱した。まるで私が私でなくなったような感覚だった。だが、もう慣れた。次に私には情報が必要だった。今の世界と私の知っている世界との違い――そして理解した。
───ここ、ウマ娘じゃん。
記憶にあった「シンボリルドルフ」という忠実の馬の名前をしておきながら人間の姿となっている目の前の人物。大体ここら辺で想定はついた。どうやら生前の私はずいぶんとこのゲームにご執心だったらしい。そしてシンボリルドルフは史上初の7冠を達成したという伝説の馬、勝ちより負けの方が語られ、通称は『皇帝』。
そして私は、そのシンボリルドルフの妹としての生を受けられた。なんと幸運なことだろうか。将来は私も競争ウマ娘として、シンボリルドルフと競いあうウマ娘になるのだろうか、まあそれはまだまだ先の話ではある。今は深く考える必要はないだろう。
「また見たのか、その夢?」
「うん、なんなんだろうね」
朝食を食べ終え、私たちは敷地内の芝生にいた。風が吹き、歌う小鳥。殺人的な暑さの太陽も、木陰に入ればそこまで怖くはない。話す内容はその夢の話だった。
「私の知る限りでは、そんな特徴の人は知らないな……」
「でもどこかで見た人なんだよねー」
懐かしい思い出のその女性。親戚の誰かなら姉さんも知っている筈。でも姉さんも知らないという。考えれば考えるほど不気味な人で、頭が混乱する。
「そうだ! 聞いてよ姉さん! 私 図書室の掃除を任命されたんだ!」
「すごいじゃないか! 私だってまだ入ることのできない部屋なのに!」
シンボリ家の図書室は、小さな図書館くらいの広さを誇る。長い歴史が詰まったその書棚の中には、当然貴重な資料も含まれている。だから本来であれば小学生の私たちでは掃除は愚か、その中に立ち入ることすら禁止されてるのだ。
だが今回、私の今までの苦労が称えられたのかはたまた私なら問題ないと判断されたのか、私は今日、その図書室の掃除を父から任命された。
「ふふん、やっぱり私の日々の努力が身を結んだんだね!」
「ああ、本当に凄いぞ。さすがは私の妹だ。よく頑張ったな……!」
姉さんに頭を撫でてもらう。この頭を撫でられる感触が、私は好きでたまらない。どこまでも続く平穏な日常。結局私は姉に、30分にわたって頭を撫でられ続けられるのだった。
図書室は本が多い、本が多いということは即ち埃も多い。
「~~♪」
書棚の一つ。そこに積もった埃を鼻歌混じりに払いながらやはり私は、あの女性のことが気になっていた。
「ホント、誰なんだろ…?」
思考に気を取られ過ぎたのだろうか、私は知らず知らずのうちに、上段にあった本を落としてしまう。
「やっべ……!!」
慌ててその本を手に取る、もし仮にどこかが衝撃で壊れでもしていたら大問題だ。だが私のそんな不安に反して、外側のカバーなどにへこみ等はついていない。安堵するもつかの間、一応念のためにとその中身を確認する。
「あ、これ。私の写真」
それは私がここで生まれ、ここで生きた軌跡を写真と共に記録していたアルバムだった、それは幼き頃に姉さんと撮ったツーショット写真から始まり、やがて遠足や旅行、小学校入学等の数々のエピソードが納められ、今もまだ記録され続けてある。あの堅物の父がこんなものを用意していたのは少し意外であった。
懐かしいなと、思い出に浸りページを見ていく。私の分があるということは、姉の分のアルバムもどこかにあるのだろうかと、そんな考えが浮かんだ直後だった。アルバムから古ぼけた一つの紙がこぼれ落ちたのは。
「ん?」
疑問を覚えそれを拾い、広げる。乱雑に畳まれた紙には汚い文字の文章。
『私では、もうこの子を育てることができません。
どうかこれを読んでくれた人にお願いです。
みがってかも知れませんが、この子を頼みます』
不思議に感じた、なぜこんな手紙が私のアルバムに挟まれてあったのだろうか? これから子どもを捨てるようにとも錯覚できるその手紙。私のアルバムに挟まれたのが不思議でならない。
文章は長くその多くは、彼女がこれまでどれだけの苦しい思いをしてきたかをつらつらと述べていた、私からすると、それは子供を捨てるという行為をする自身を必死に釈明しているようにも感じた。
『こんな思いをこの子にさせるなら、いっそのこと産まなければ良かったのかも知れないと、このところそんな狂ったような思考に支配されてしまいます。
ご迷惑をおかけします。彼女には競争ウマ娘としての才能があります。しかし母親が私のままでは、この子はきっと自身の競争ウマ娘としての才能に気づかず、その生涯を終えてしまうのかもしれないと思うのです。私にはそれが耐えられ難い
この子の名前は"エースアードルフ"と言います
どうか、よろしくお願いします』
その一文を見終えたあと、自分はいつの間にかその手紙を落としていたことに気づいた。拾おうとするが、手にうまく力が入らない。
「アードルフ……それって」
私の名前じゃないか。
思えば変だった、アルバムには確かにワタシの今までの生涯が記録されてある筈である。それならばなぜ、一番最初の写真が私と姉さんのツーショットなのだろうか。普通は、産まれたばかりで泣いている自分の写真ではないのか? アルバムには私の幼い頃の写真が数多くある。だが私が赤子の頃の写真は何一つない。それは、撮らなかったのではなく、無かったからでは?
つまり、それは私が、シンボリ家の子供では───
「……ダメだな、変な邪推は止そう」
そんなこと、父さんに聞けば一発じゃないか。私はシンボリアードルフだ、エースアードルフという名前などでは決してない。ただの名前似だ、そうに違いない。今は、そう気持ちを落ち着けることしかできなかった。
「そうだ、アードルフ。お前はシンボリ家の前に捨てられてた赤子だ。シンボリ家と血の繋がりは一切ない」
なんで
「あの寒い冬の日、赤子の泣き声が私の耳に入りこんだ。こんな夜遅く、しかもこんな冷え込む日にと訝しんだ私は表玄関の方に出た。そこに置いてあった小さなバスケット、ポツンとその手紙と共に、お前がいたのだ」
嘘だろ? 父さん。
「わ、たしは、シンボリ家、ではない?」
違うと言ってくれよ。
「そうだ」
「父さんは。と、義父さんなんですか?」
冗談だと笑い飛ばしてくれよ。
「そうだ」
「母さんは、義母さんなんですか?」
嘘だと話してくれよ。
「そうだ」
「じゃあ、ね、姉、さんも」
なんで、笑ってくれないんだよ。軽いジョークだと早く笑い飛ばしてくれよ。こっちはその言葉をずっと待ってるんだぞ。ドッキリはもう済んだだろうが、充分に驚いただろうが。
「そうだ。お前の両親は本当の両親ではなく、お前の姉は本当の姉ではない。それを今まで話さなかったのは、私が怖かったからだ。お前がその真実にいつ気づいてしまうのか、私はそれが怖かったんだ。どうか、臆病で気の小さい私を許してくれ」
そんな、頭下げられても、困るんだよ。どうすりゃ、いいんだよ。
「……私の、母は、ホントの、母はど、どちらへ?」
質問に
「あの日、監視カメラに写っていた。この女性がおそらくお前の本当の母だろう。どこかで見覚えはないか?」
そして、理解した。
ああ、なんで、なんで。
「……いいえ」
そうか、アンタだったのか。だから何度も夢に出てきたのか、道理でどこかで知っているわけだ。
「まったく、知らない人です」
夢の中にいつも出てくる女性。それはこの写真に写る女性と、驚くほどに酷似していて───。
「夢にも、出てきたことはありません」
夢の中に出てくる女性が、母だと、私には認めるしかなかった。
『強くなりなさい』
「黙れ」
またこの夢。不愉快な夢だ。
『アードルフ、強くなりなさい』
「うるさい」
目の前で自分の名前を言いながら泣く女性。今さら何でないてるんだ、アンタは私を捨てた癖に。どうしてそんなアンタのために強くならないといけないんだ。
『誰にも負けないウマ娘になりなさい』
「やかましい」
負けないウマ娘になれだと? 自分は逃げたというのに? なぜ押し付ける?
『そうすれば、きっと───』
そうだ、終わってくれ。夢はここで終わるんだ。アンタの顔を見なくて清々する。二度と出てこないでくれ。
『──あなたは、きっと、母さんに会える筈だから』
「な、んで」
なんで、こんな時に続きを話すんだよ。私はアンタの顔を二度と見たくないんだ。二度と思い出したくないんだ。二度と話したくないんだ。
『だから、強くなりなさい』
「強く……」
強いという指標は、誰が決めるんだよ。誰が、強いんだよ、距離が、コンディションが、怪我の具合が、そんな様々な原因に強さを狂わされるレースに、強くなれと説く方がおかしいんだ。
誰が、どう見たってコイツに勝てば強いと思わせられるウマ娘なんて、この世にいるわけが───
「いや、いる」
一人だけ、いる。
『アードルフ、強くなりなさい』
誰が見てもソイツに勝てば、100人中100人に強いと言わせられるウマ娘を、私は知っている。
『どうか強くなって、そしたらきっと』
後に7冠を達成する。強さの象徴。皇帝とも呼ばれるそのウマ娘の名を私は知っている。
『私に、会える筈だから』
「……成ります、母さん」
その子供として、例えそれがどんな人でも、母に会いたいという気持ちがあるのは当然のことで──。
「私は、強くなります」
私は、例え捨てた張本人だとしても、本当の母に会いたい。私を捨てた母を私の前に呼び出して、ぶん殴ってやる。
「知っております。強さの象徴を、そのウマ娘に勝つことは即ち、時代に勝つことと同様の意味を持つウマ娘の名を」
例え立ちはだかる壁が、天まで高く、太平洋のように広がっているとしても。超えなければいけないそれが、例え皇帝であろうと。私はシンボリルドルフを超えなければいけない。なぜなら彼女こそ、強さのシンボルなのだから。
「私は、強くなります。シンボリルドルフを抜きます。シンボリルドルフを超えてみせます」
シンボリルドルフを抜く私の走りを見せたらきっと
母さんは、私の前に現れてくれるのかなぁ
アードルフの決意から三年。中学一年にもなろうとある日のこと。
その日、シンボリ家は騒がしかった。
最初に異変を感じたのは姉の、私だった。
「……んん、あれ?」
日曜日の朝、目が覚めた。不思議だった。日曜日はいつも、アードルフが私より先に起きる日。意気揚々と、私に飛びかかり、私はその衝撃で起きる筈。その日々の恒例行事とかした行い。それが今日は、なかった。
時計を確認する。
「8時……半だと?」
そんなに遅くまで寝ていたのか、私は。ならば余計、アードルフの奴は何をしていたのだろうかが気になった。二段ベッドの梯子を昇り、その布団を見る。
「おーい、アードルフ……?」
いない。綺麗に畳まれた布団、なぜか置かれている紙。何かが不自然だった。だが、アードルフも私も もはや中学生、そろそろ節操というのが身についてきたのだろうかと、そんな軽い気持ちだったんだ。
仕方なく着替えたあと、食堂へ向かう。食事を食べていた父と母。私もそこに合流し──気づく。
「あれ……? アードルフは?」
「ん? お前のところでまだ寝てるのでないのか?」
「いえ、綺麗に畳まれてましたけど……」
アードルフが、食堂にいない。ならば寝室? そこにもいない。
アードルフが屋敷のどこにもいないことが発覚するのは、それから少しも経たない頃だった。
衣服、パスポート、スマホ、貴重品類が持ち出されていた。ベッドの上の書き置きには、一言。
『強くなります』
至急、大捜索が行われたのは、いうまでもない。警察まで出向し、全国的な捜査が行われた。しかし結果は見つからずじまい。
その晩。家族会議が行われた。
「どこに行ったと思う? 心当たりでいいんだ」
「……わかりません」
父に聞かれるが、私の知る由ではない。
父は母と、私に内緒で何かを話していたようだった。二人の議論は加熱を極めていた。その声の大きさは、扉越しの私にさえ聞こえるほどで───。
だから私は、知ってしまった。私の妹の、真実を。
「アードルフが……本当の私の妹ではない…?」
初めて知らされる衝撃的な事実。アードルフの正体。アードルフの真相。アードルフの家出の理由。そのいずれもの原因が、私たちにあることを。
──私が、もっと早く気づいていれば!!
今思えば、仮に私が先に知っていても、なにも解決はしなかっただろう。だがその時の私はそう思うほどには錯乱していた。
だが、過ぎ去ってしまった過去を、もはやどうすることはできないのだ。残された書き置きの意味、真意わからずとも大方を察知する。
アードルフは、いつか必ず、私を倒しにくると。彼女は強くなり、再び会う時は、見違えるほど逞しいウマになっているのだろうと。
ならば姉として、いつか挑戦してくる私の妹に負けないような、そう易々と超えることができないようなウマ娘になろうと。私はその時、誓ったのだ。
思慮の中、父が私に問う。
「ルドルフ、アードルフの居場所、なにか心当たりはないか?」
「……正確にはわかりませんが、どこへ向かったのか推測はつきます」
無くなった貴重品類の中にあるパスポート。国内にいるならば必要のない存在。
「おそらく……」
いつまでも、線を走っていた。決められた
だが今は違う。私は脱線してみせた。もう私は定められたレールを沿うのではない。
そして私は今や、かつていたその
「……まァ、競馬と言やあ本命は
フランスの凱旋門賞。イギリスの英ダービー。中でも凱旋門賞は日本馬が一着を取ったことがないくらいに高い壁。
「目指すは、ヨーロッパだ」
そうだ、この水平線の彼方に、私の目指す壁がある。
母さん。どこかにいる母さん。
私は、強くなるから。
「待っていてくれよ。母さん」
私の物語は、ここから始まる──
「……懐かしい夢だ」
長い夢だった。いつもは夢なんて見ない筈なのに、皐月賞の負けはそこまで引き摺られていたのだろうか。
「どうして今になって見てしまうんだか」
あれから、どのくらいたったか。
「強くならないとな……」
結局、シンボリルドルフを轢くことは叶わず、皐月賞敗退。
「オークス、勝たねぇとな」
私は未だ、強くなれてない。
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