俺、ツインテールになります。2 's ~二人で結ぶツインテール~   作:中川カイザー

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第138話 堕落

 去年までと違い、我が涼原家の食卓は随分と賑やかに変化した。

 アナザーテイルレッドの騒動後、共に住むようにティアナ。スペルビアギルディとやらの騒動後、婆ちゃんと仲良くなったのか夕食を一緒にする機会の増えたトゥアールさん。一年前は俺と婆ちゃんの二人きりがデフォルトだったのにえらい違いだ。

 今日も、俺とティアナと婆ちゃんはトゥアールさんが遅れてきたのを確認した後に四人そろっての一家団欒の夕食を開始し終える。強敵のエレメリアンを撃破した日ってのもあり、今日はいつも以上にくたくただぜ。

 

「やっぱり……何かおかしい」

 

 夕食を終え、今日もひと段落ついたとばかりにソファでくつろぎだした時、隣で突然、ティアナが呟くようにそう言った。

 本当に突然だった事もあり、俺としてはわけがわからない。

 

「急にどうしたよ。もしかしてまだ食い足らねぇとか何かか?」

 

「違うわよ。今日戦ったエレメリアンの事よ」

 

「お、おい……!!」

 

 テイルバイオレット関連のワードをブッこんできたティアナを見て俺はビクッと慌てながら振り向いた。

 幸い、婆ちゃんはトゥアールさんと共に食器を片付けるべくキッチンの奥に引っ込んだ直後。

 これなら聞こえてはないだろう。

 ホッと一安心しつつティアナとの会話を再開する。

 

「で、エレメリアンがどうしたんだよ。シャイ何とかって奴だっけか?」

 

「シャイターンよ和輝」

 

「そうそうそれ」

 

 気を抜いていたせいか今日の事なのに度忘れしちまっていたぜ。

 尤も、真面目なトーンでティアナに素早くそうツッコまれても俺としてはまだ気が抜けたままではある。

 

「ま、もう倒しちまった以上はちょっと度忘れしても問題ないだろ。シャイターンだが何だか知らねぇが案外大した事なかったな」

 

「そこよ、そこ!! そこが変なの!!」

 

 大した事ないと言うワードに食いつくティアナ。

 

「ねぇ和輝? おかしいとは思わない!? 仮にも七つの性癖だってのにこんなにあっさりとやられちゃうなんて、何かおかしいわ」

 

 ティアナの言い分もまぁわかる。

 シャイターンギルディの奴、粗暴な言動に反して煙を操るという搦め手を使ってきたり、仲間に引き込んだ女子生徒に操られているような演技させては俺や華先生の心を折るかのような罠まで仕掛けてきやがった。

 華先生を庇ったからとは言え、俺も一度は奴に捕らえられ、危うくそのままお持ち帰りされるところだったぜ。

 ティアナとエクストリームエモーショナルの力がなかったら危なかった。

 

「まぁでも、やっつけたのは事実だろ? 七つの性癖とか何とか言っているが、所詮はただの強いエレメリアンであって、俺たちがもっと強くなったってだけだろ」

 

「和輝、それは甘すぎるわ」

 

「へ?」

 

 瞬間、ティアナの声のトーンが下がる。

 素っ頓狂な声を上げるしかない俺に対してティアナはマジのマジだ。

 

「ねぇ和輝? シャイターンギルディの行った事を忘れたの?」

 

「あ、あれだろ? 煙草を隣クラスの奴に――」

 

「そう!! それよ!! シャイターンギルディってば未成年に煙草を吸わせようとしたのよ!! いくら喫煙属性(スモーカー)のエレメリアンと言っても、普通なら相手が高校生とわかった以上は手出ししないのが普通でしょ!? それにアイツ……あんなキツイ臭いの煙で私たちを拘束しようとしたし……ほんっと今まで一番最低のエレメリアンよ!!」

 

「お、おう」

 

 確かに七つの性癖以前の変態紳士なタイプなエレメリアンからすればシャイターンギルディの行いはある意味憤慨モノだろう。きっと、そんなエレメリアンであったのなら未成年及びテイルバイオレットと相対したとしても、もどかしいが煙草は大人になってからとか何とか言って諦めるんだろうなとは思う。

 ……にしても何かえらくご立腹だし興奮してやがるなおい。

 帰還すると時も変身を解除した時もしきりに髪に臭いが付いていないか確かめていたし、今日を経て煙草ってのが滅茶苦茶嫌になったんだな…… 

 

「属性玉も無かったし、ツインテールもなんかソワソワするし……。あんな最低な奴な以上、絶対に何かあるわ。そうに違いない筈よ!!」

 

「だからってよ、ちょっとは落ち着けよ。いくら何でも興奮し過ぎだぜ」

 

「ちょっと和輝!! 私のツインテールが煙草臭くなってもいいの!?」

 

 まるでそれが命にかかわる事かのような勢いで詰め寄るティアナ

 勢いのままに顔を近づけてきやがったのでちょっと恥ずかしい……

 

「わかった! わかったよ!! てかおめぇ近い!! おあッ!?」

 

「ちょ、ちょっと!? あぁっ!?」

 

 興奮し顔を近づけてくるティアナから少し離そうと仰け反った結果、ソファからずり落ちてはバランスを崩して床に倒れ込み、ティアナも倒れる俺の足に引っかかっては同じようにバランスを崩す。

 寸での所でティアナが手をついた事で衝突は免れたものの、これじゃティアナが俺を押し倒したようにしか見えない。

 

「ご……ごめん……!!」

 

「だ、だから……ちけぇって……」 

 

 ティアナの奴もここに来て我に返ったのか顔を赤くして気まずそうな感じだ。

 無論、俺もそうだし、何ならさっきよりも顔が近く感じるぜ。

 

「大きな音しましたけど、どうしまし――」

 

 直後、キッチンの奥からトゥアールさんが音を聞きつけ戻って来る。

 赤い顔で背け続けるティアナとは違い、トゥアールさんの接近に気が付いた俺はキッチン方面へと首を向ける。

 目が合う俺とトゥアールさん。

 コンマ一秒程度の一瞬の硬直の後、トゥアールさんの目と口がにんまりと笑う。

 

「おやおや、総愛も和輝君も食後の運動中でしたか。トゥアールママはお邪魔のようですね~」

 

「ちょっと待てーーーッ!! 誤解だーーーッ!!」

 

「初孫は男の子でも女の子でも大歓迎ですよ~」

 

「だから違ぇーーッ!!!」

 

 

 

 

「それで……、どっちが攻めでどっちが受けだったんです?」

 

「和輝君……と言いたい所ですけど、押し倒してたのは総愛でしたね~」

 

「おおっ、それってつまりティアちゃんが和くんにきじょ――」

 

「それ以上はやめんかぁーーーッ!!!」

 

 翌日の昼休み、いつもの部室で俺の怒鳴り声が木霊する。

 昨日の珍事をトゥアールさんが悠香さんに漏らし、恋バナではしゃぐ女子かとツッコミたくなる様子を見せやがった以上は流石に我慢ならなかったって奴だ。

 ティアナがトイレで席を外した途端これだ。

 全く、勘弁してくれ……

 

「ティアちゃん、意外と積極的……」

 

「そりゃあなんせ、あの淫乱蛮族の愛香さんの娘ですからね~。あ、でも、愛香さんって意外とヘタレで総二様の方がああ見えてリードする側でしたので、どちらかと言うと総二様の影響が出たと思います」

 

 トゥアールさんめ、ティアナが席を外しているせいかいつも以上に生き生きしてやがるな。

 青葉さんに聞かれてもないのに総二さんや愛香さんの精事情をべらべら喋ってやがる。

 俺は一体どんな顔してこの会話を聞けばいいんだよ……

 

「ヘタレ……ねぇ?」

 

「ヘタレ……っすか」

 

「ヘタレ……」

 

 おい、てめぇら……俺を見るな。

 いやま、確かに俺は付き合い始めて今日まで一度もティアナとあんな事やそんな事はできちゃいねぇがよ……。

 だからってヘタレってワードに反応してんじゃねぇよボケ。

 特に匠、彼女すらいないお前にだけは言われたくない。

 

「何々? 何の話?」

 

 直後、トイレからティアナが帰ってきた。

 その眩しすぎる笑顔とツインテールを見てしまえば誰もこれ以上は茶化す事は出来ないだろう。

 勿論、約一人を除いてだが……

 

「いや~昨日の――」

 

「させるかぁッ!!」

 

「和輝君ッ!?」

 

 トゥアールさんがそれ以上を言うよりも前に、俺は近くにあった缶ペンケースを顔面に向かって投擲して黙らせる。

 ちと荒っぽいが、いつもティアナがやっている折檻よりは遥かにマシだし、どうせ対して効いていないだろうから許して欲しい。

 

「どうしたの和輝? 昨日のって……もしかして」

 

 あ、やっぱし聞こえちまった?

 昨日の当事者と言えティアナがどう思っているかわからねぇ以上、もうここで終わりにしてぇんだが……

 

「エレメリアンの事ね!!」

 

 ズレた答えを聞いて思わずズッコケる俺とトゥアールさんら以下数名。

 やっぱり、お前はぶれねぇな。

 察しが悪いとかじゃねぇし……その、ねぇ……?

 

「何か……頑張れ」

 

「うっせぇ、余計なお世話だ」

 

 匠がボソッとそう励ましてくれたが、マジで余計なお世話だ。

 クリスマスまでどうしたもんかねぇ、本当さぁ……。

 

「で、それでママ? 結局、昨日のエレメリアンはどうなったの?」

  

 変わらずのスルー力でトゥアールさんに昨日の事を尋ねるティアナ。

 昨日は気が抜けていたせいで気にも留めていなかったが、今日になって俺も少し気になりだしてはいる。

 立ち上がり、いつもの真剣なモードに入ったトゥアールさんはディスプレイと連動するホワイトボードを操作する。

 

「昨日のエレメリアン、シャイターンギルディに関してですが、残念ながら現状ではまだ不明ですね。喫煙属性(スモーカー)はおろか他の属性力の反応すら何処からも感知されていません」

 

 そう述べるトゥアールさんが再度ホワイトボードを操作する。

 映ったのはスペルビアギルディとされる前回ティアナが倒したらしいエレメリアンだ。

 

「シャイターンギルディの属性玉を確認できなかった件に関してはこのスペルビアギルディも同様ではあるんですが、この個体はかなり特殊だったのでそれもないと思われます」

 

 俺以外の面々が一斉に頷いて見せる。

 俺は真っ先に幼児化されちまっていたから覚えていないが、スペルビアギルディとやらは愛する気持ちが長年の矛盾を経て憎しみへと変化した特殊なエレメリアンもとい感情集合体だったとの事であり、スペルビアギルディを倒しても属性玉はなかった。

 レヴィアタンギルディはちゃんと超乳属性の属性玉を残した事もあり、七つの性癖全員がそうであると言う訳でもない様子だ。

 

「敵側が先に回収しちまったって線はないんすか?」

 

「匠君、いい質問です。確かに私がかつて総二様と戦ったエレメリアンの中には倒された際の属性玉を回収してとんでもない事を引き起こした者もいましたので、その線は捨てきれません」

 

 ふーん、アルティメギルにはそんな奴もいやがったのか。

 てかそれはそれで嫌な感じだな。

 変な事はしねぇで貰いたいもんだぜ。

 

「そう言えばトゥアール先生?」

 

「悠香さん? どうしました?」

 

 何かを思い出した様子の悠香さんが手を上げ、トゥアールさんが尋ねる。

 

「昨日、シャイターンギルディから救出した2年生の雪乃さんと神橋さんの二人の事なんですけど」

 

 悠香さんが思い出した事というのは昨日助けた二人の事だった。

 尤も、助けたというのはちと語弊があるかもしれない。

 昨日の様子からして少なくともアイツらは助けを求めていなかった。寧ろ、俺たちを嵌める為に操られた振りをして襲い掛かってきやがった。

 喫煙属性(スモーカー)の魔力に魅せられ、悪魔に魂を売ったカス野郎共と言える。

 

「検査の結果、彼女たちの体内からはニコチンやタールなどの煙草由来の成分はおろか、喫煙属性(スモーカー)による属性力の影響もありませんでした。元凶が撃破された影響で消え去ったと考えると不思議ではないんですが……」

 

 言葉を濁すトゥアールさん。

 検査の結果を見てそうなら、確かにシャイターンギルディは倒されたと考えるのが正解だろう。レヴィアタンギルディの胸を大きくさせる毒も撃破と同時に綺麗さっぱりなくなったし、スペルビアギルディの呪縛も撃破と同時に俺が元に戻った訳だしな。

 でも、トゥアールさんも何か引っかかっている。

 今では俺も同じだ。何か嫌な予感がして来やがった。

 

「一応、二人には簡易的な記憶処理を施した上で家に帰しましたが、果たしてどうなのか……」

 

 トゥアールさんがサラッと記憶処理云々を言ってのけているが、この状況では誰もツッコまない。

 まぁ、トゥアールさんの技術力考えたら今更ではあるけれどよ。

 

「ねぇ? それよりも華先生はどうしたの?」

 

 ティアナがふと、華先生がいない事に気が付いた。

 

「そういや、今日見てねぇな」

 

「隣クラスの奴らも見てねーって言ってたぜ」

 

「確かにまだ見てないわね……」

 

 匠は兎も角、校内一の情報通である悠香さんすらもわかっていない。

 まさか、昨日のトゥアールさんの特訓とシャイターンギルディとの一戦のどれかで何かあったんじゃ……

 

「無断欠勤……」

 

「となると、折角の秘密兵器も出番はお預けですか」

 

 トゥアールさんが勿体無さそうに取り出した昨日見た一升瓶。

 中にどんな薬が入っているのは昨日のごたごたもあり、俺たちも知らないし頑なに教えてくれない。

 にしても、華先生が無断欠勤するなんて何かあったとしか考えられない。

 気になるし、放課後みんなで様子を見に行くとしよう。

 

 

 

 ――俺たちはまだ気づいていなかった。

 この時、華先生の身に大変なことが起きていただなんて……

 

 

 

 

 山村華は、これまで遅刻はおろか寝坊するといった言葉から無縁の生き方を行ってきた。小学校、中学校、高校、大学。そのいずれも彼女は無遅刻無欠席を貫き、卒業式でそれらを表彰された事もあるくらいである。

 社会に出て、教師となった現在もそれは健在であった。

 今の今まで一度もそんな事はなかったし、これからも絶対に有り得ないと豪語していたのはつい数週間前の彼女である。

 さて、そんな華であるが、本日は少し違っていた。

 正午を過ぎ、昇り切った陽が段々と傾き始める現時刻。

 普段の起床時間から7時間以上も遅れてようやく目が覚める。

 

「うぅ……今……何時……」

 

 寝ぼけまなこを擦りながらベットから体を起こす。

 普段であれば目覚めると同時に身体をシャキッと起こして少しストレッチするのが日課であるのだが、今日に至っては身体が言うことを聞かない。

 よく見たら、服装もいつもの就寝用のパジャマではなく、学校で着ていく黒スーツのままだ。

 しかし、華はそんな事にすらも気づかずに眼を擦りながらスマホもとい専用の緑のトゥアルフォンを探す。

 今まで遅刻も寝坊もしたことがない故にこの家には目覚まし時計などの手頃な時計が携帯及び腕時計程度しかないのだ。

 

「う、嘘!?」

 

 画面に映る時刻と幾つもの不在着信の跡を見て固まる華。

 壊れているのかと錯覚しそうになるが、トゥアールお手製のトゥアルフォンは故障などあり得ない。

 それならばと、まだ夢でも見ているのではと思うが、窓の外、ベランダに差し込み光は朝のソレではない。

 着ている服が昨日帰って来た時そのままだと言う事にもようやく気が付いた華は何をしてしまったかを理解する。

 

「ああ……、どうしよう……!! どうしよう……!!」

 

 華にとって、昨晩の記憶は実におぼろげな物である。

 辛い事の連続を経て心が限界を迎えていたのだから無理はない。

 だが、ストイックな華にとってそんなのはただの言い訳に過ぎない。

 

「兎に角、行かなきゃ……!!」

 

 社会人たるもの無断欠勤する訳にはいかない。ましてや生徒の見本となるべき教師である華にとっては特に大事な事である。

 焦る華は、昨日帰って来た時と全く変わらぬいつもの鞄を手にすべくテーブルの上へと目を向け手を伸ばす。

 そこに広がっている幾つかの本やDVDディスクが動きを止めた。

 

「これ……」

 

 それは先日、トゥアールがイメチェンの為の参考にするようにとくれた物、即ち、エロ本及びアダルトビデオである。

 真面目すぎる自分を変えるべくトゥアールに痴女へのなり方を師事した華が二日前の夜に猛勉強を行ったのは記憶に新しい。

 だが、結果は昨日の悲劇が物語っている。

 確かに華のイメチェンは一見すると成功しているようにも見えた。今までのお堅く真面目な性格をぶっ壊すようなエロティックな服装に仕草や演技は一晩足らずで仕上げたとは言え彼女の猛勉強の賜物ではあった。

 だがしかし、それは全てが勉強の末に真似した物であり、結局の所コレジャナイ雰囲気で溢れた想像以上の地獄絵図を化してしまった。

 

「そっか……、やっぱり私……何もわかってなかったんだ……」

 

 何故上手くいかなかったのかが、華はここにきて理解する。

 真面目な自分自身を変えるべく努力する事、それがそもそも真面目過ぎるのだ。こうやって参考となる本や映像を見て勉強をする事がそもそもの間違いなのである。

 

「私……やっぱり駄目なんだ……」

 

 昨日の出来事が頭の中で蘇る。

 守るべき生徒に拒絶され、倒すべきエレメリアンにすらも真面目過ぎると嘲笑われ、久しぶりに再会した親友にも真面目だよねと悪意なく言われてしまう。

 そもそもの発想がおかしいのはこの際置いておくにしても、この一連の流れは華の心へと強い負荷をかけ続け、そうした事で今日の不幸へと繋がっている。

 

「どうすればいいの……? 誰でもいいから……誰か……助けてよ……!!」

 

 このまま寝坊し遅刻した事を謝り学校に行けば、真面目過ぎる自分と何も変わらないのでは? でもだからってこのまま無断欠勤などしていいものなのか?

 真面目というワードその物が拒絶反応を起こしてしまっている華には最早、常識的にしなくてはいけない事としてはいけない事の区別すらも出来ない有様だ。

 そのまま昨晩同様にパニック状態に陥ったその時、悪魔の囁きが聞こえてくる。

 

「だから言ってんじゃん。真面目過ぎるってさぁ」

 

「――ッ!?」

 

 何処からともなく聞こえて来た声は何処か聞き覚えのあるガラの悪い女声。

 声の主は一体何処に? とばかりに周囲を見回す華。

 

「ここさ、ここ……ここ……」

 

 声のしたのは部屋の隅。窓から最も離れた陽が一番当たらぬ場所。

 そこへ華が目を向けた時、そこには灰色の煙が少しずつ集まり出していた。

 

「あなたは……!! まさか!!」

 

「ハハッ!! そう通りだよ、クソ真面目なセンコーさん。いや? テイルブルームが正しいのかい?」

 

 人の形を形成し現れたのは、昨日倒した筈のエレメリアン、喫煙属性(スモーカー)のシャイターンギルディであった。

 意識を切り替える華は即座に首元にかかるテイルペンダントへと手を伸ばす。

 が、シャイターンギルディはそうはさせまいと煙状の身体を華の背後へと回り、その腕を拘束してみせた。

 

「くッ……!!」

 

「まぁまぁ、ちょっと落ち着きなさいな。ウチは別に戦うつもりはないんだよ」

 

「ならば何を企んでいるの!! あなたたちの狙いは橘さんではなかったの!?」

 

 勇ましく声を荒げる華。

 だが、その声や身体はいつもとは違い、少しばかりの震えがみえる。

 それを知ってか、シャイターンギルディはニヤリと笑う。

 

「確かにウチらの狙いはテイルバイオレットの片割れさ。あんたのツインテール属性なんかにこれっぽっちも興味ないし、ベリアルギルディとの契約はあの少女を捕まえる事だけだからね」

 

「じゃあどうして私を!!」

 

「そんなの決まってるじゃないか。あんたを救いにきたんだよ」

 

「なッ……!?」

 

 救いに来た。

 エレメリアンの口から出てくるとは思っていなかった一言に動揺する華。

 唐突すぎるのもそうだが、言葉の意図が読めないのも理由である。

 動揺する華に対して、悪魔(シャイターンギルディ)は甘美に囁く。

 

「あんた、自分を変えようとしてんだろ?」

 

「ッ!? どうしてそれを!?」

 

 一瞬ではあるが、華の視線がテーブルの上に向けられた。

 真面目な自分を変えようと勉強した真面目過ぎる痕跡。

 それを見たシャイターンギルディは華の腕を拘束したまま首だけを煙状へ変化し、華の顔の前へと持ってくる。

 

「やっぱしあんたさぁ、真面目だよねぇ」

 

「くッ……!!」

 

 表面上では必死に強がっているものの、華の心は今にも泣き出しそうな有様であった。

 真面目で何が悪いと開き直るような図太さは華にはない。

 

「こんなにも努力しちゃって……そんなだから何も変わらないし変われない。言ったろ、そんなクソ真面目な熱血センコーなんか今時ウケないって」

 

 何もかもが図星であった。

 だけど、ここでエレメリアン相手に「はい、そうですね」と答える華ではない。

 辛うじて保てている戦士としてのプライドが泣きだしたくなる心を何とか支え強がってみせている。

 

「あなたに何がわかるって言うの!! 私はただ……ただ……!!」

 

 強がるにも限界がある。

 反論しようにも出来ない状態であればなおの事だ。

 言葉がそれ以上続かない。

 シャイターンギルディはフッと嘲笑い再び耳元へ小さく囁く。

 

「だからさ、ウチが教えてやるって言ってんのさ。自分自身を変える方法をね」

 

 古来より、悪魔の囁きは実に優しく心地が良い。

 それは悪魔の名を冠するこのエレメリアンも同様だ。

 誘惑に負けないストイックさを持つ華であるが、今の状態ではそうはいかない。

 

「やるよ、ほら」

 

 拘束を解除したシャイターンギルディは周囲を漂う煙を凝縮し固形化させて一つの小さな箱を作り出し、華の目の前へと落としてみせた。

 ラベルも何もない箱を開ける蓋状の切れ目のみが入ったそれは華も見覚えがある。

 コンビニを中心に全国各地で広く流通する嗜向品、煙草である。

 

「何ですか……!! こんな物出して……!!」

 

「なんもかんもありゃしねぇさ。あ? もしかしてあれかい? 吸い方すらも知らないのかい?」

 

 そんな事を言っているのではないと言おうとする華だが、シャイターンギルディはお構いなく胸の谷間からライターを取り出すと同じように落としてみせた。

 

「こんな物いりません!!」

 

 華は即座に煙草とライターを払いのける。

 シャイターンギルディはやれやれとばかりに払いのけられたそれらを拾い上げる。

 

「勿体ないねぇ、折角のプレゼントなのに」

 

「そんな身体に悪い物、私は絶対――」

 

「そこが真面目だって言ってんのさ」

 

 華の言葉を遮るシャイターンギルディのその発言。

 強い言い方だったのもあるが、それ以上に真面目というワードが華の動きを止めた。

 

「周り見てみなよ。身体に悪いとか何とか言っても、みんな美味そうに吸ってるじゃないか? 口ではみんな悪い悪いって言いながらも、一向に販売停止する訳でもない。そうだろ?」

 

「そ、そんな事……!! 無くならないのは理由があって……!!」

 

「理由? そんなのね、みんなわかってんのさ、コイツの素晴らしさが」

 

 立て続けにそうまくし立てられる華の覇気が消えていく。

 禁じられていてもそれをやめられない人間の性を嫌という程見せつけられる。

 シャイターンギルディは拾い上げられた煙草の蓋を開いては一本取り出し口に咥えると指先から火を出し点ける。

 

「ウチはね、ずっと思ってんのさ。そもそも、こんなにも美味くて気持ち良くなるモンが身体に悪いってのも変な話じゃないか。それに何より、ヤニ吸ってる姿って大人っぽくてカッコいいし、魅力的だろう?」

 

 昔の邦画や洋画を思い出す。

 今とは違い、場所など構わずにすぱすぱ煙草を吸う大人の登場人物。

 シャイターンギルディは正にそんな大人の魅力溢れる属性を愛するエレメリアンだ。

 シャイターンギルディの吐く煙草の煙が薄っすらと部屋の中に充満していく。

 

(あれ……? 何だか……ちょっとイイ感じ……)

 

 昨日はあんなにも嫌悪していた臭いなのだが、今の華には不思議と嫌悪感は沸いてこなかった。

 寧ろ、身体の奥がポカポカし、頭の中がスッキリするような気持ちよさすら感じてくる。

 

「どうだい? 気持ちよくなってきたろう?」

 

「――ッ!? そ、そんな事は!?」

 

 華は何とか持ちこたえる。

 だが、もうそれは強がりとも言えぬ物であり、あと少しで陥落してしまうのをシャイターンギルディは見抜いていた。

 シャイターンギルディは昨日同様に煙草の煙を勢いよく華の顔面へと吹きかける。

 余りの快感に脳がショート寸前になる華へとシャイターンギルディはトドメを刺すべく囁いた。

 

「自分を変えたいんだろ? だったらいい機会じゃないか。それに、大人のあんたが吸っちゃいけないルールはないだろう?」

 

 大人である自分が煙草を吸うのは悪い事ではない。

 確かにそれは真理であり、間違ってなどいない。

 故に、その言葉が華の抵抗していた最後の支えを崩しきる。

 そう、何も悪い事じゃない。

 

「そう……よね。悪い事じゃないし……一本くらいなら……」

 

「そうさ、合わないならやめればいいのさ」

 

 優しくそう答えたシャイターンギルディが煙草を一本渡し、華は受け取ってしまう。

 そして、恐る恐るではあるが、華は煙草に火を点け口に咥える。

 口内から全身に広がるのはシャイターンギルディの魔力からなる快感の嵐だ。

 

「イイ……!! すっごく……気持ちイイ!!」

 

 一瞬の内に虜になった華。

 何の皮肉か、その表情は先程までの悩みで曇るソレではない。

 シャイターンギルディがニヤリとほくそ笑み、そして――

 

「じゃ、頂くよその身体」

 

 煙状に変化したシャイターンギルディは、華の吸っている煙草の中に溶けあうように入り込む。

 夢中になって吸っている華はその事にまるで気が付かない。

 そしてそのまま、中に入ったシャイターンギルディごと煙草を全て吸い切った華の身に異変が起きる。

 

「フフフ……!! ハッハッハ!! 凄い、なんてツインテール属性の持ち主だ!! 力が溢れてくるみたいだよ!!」

 

 立ち上がり高笑いを上げる華。

 その瞳や表情、ツインテールはいつもとは打って変わって妖艶で禍々しい。

 荒々しく自身に満ち溢れたその姿はシャイターンギルディのようだ。

 

 

 

 

「フッ、他者の身体に入り込み我が物とする貴様の能力、末恐ろしい物だ」

 

 窓の外、ベランダの向こう側よりその様子を見ていたベリアルギルディがそう呟く。

 華は憑依してきたシャイターンギルディに支配されてしまったのであった……




原作のエレメリアンなら絶対にやらない事も、これはあくまで二次創作だと思って許してください。
アルティメギルの連中なら喫煙属性であってもテイルレッドに煙草は勧めなさそうですけど、シャイターンはお構いなしです。



キャラクター紹介26

 シャイターンギルディ
 身長:201cm
 体重:測定不能
 属性力:喫煙属性(スモーカー)


 七つの性癖(セブンス・シン)の憤怒の性癖を担う女型エレメリアン。
 煙草を愛するが故に数多くの平行世界で規制されつつある現状に怒りを募らせている。
 一見すると粗暴で近寄りがたいタイプではあるが、意外にも自身を慕う仲間には優しく、とても姉御肌なエレメリアンである。
 煙を操り、自身の身体を煙状に変化する事も可能。
 最大の能力は他者の身体に煙状となって憑依し乗っ取る事である。
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