俺、ツインテールになります。2 's ~二人で結ぶツインテール~   作:中川カイザー

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愛香さん誕生日おめでとうございます。(一日遅れ)


第57話 波乱呼ぶプレゼント

 ボティスギルティを撃破し、和輝とティアナ二人の身体が元の身体に戻った日の午後11時と、夜も更けた頃、店前で和輝と別れたティアナは約一週間となる我が家に帰ってきた。

 鍵を開けて真っ暗の店内に入り、家へと続く階段を昇ると家の主であるおやっさんこと橘正樹が出迎えてくれた。

 正樹に久しぶりのただいまを告げたティアナは、悠香の家で使っていた服が入った紙袋の一部を洗濯の為に渡して自室へと急いで駆け込む。

 女子らしい家具がほとんど置いてない空き部屋だった頃雰囲気を残す自室内でティアナは大きな姿見の前に立った。その両手には正樹に渡さなかった唯一の紙袋が大事そうに抱え込まれている。

 明らかに様子がおかしい。

 誰が見てもそう感じる程にティアナは静かに興奮していた。その紙袋の中にある何かに期待するように見える。

 

「大丈夫、大丈夫よ私。和輝を信じるの」

 

 紙袋を床に置いたティアナは深呼吸。

 絞り出すように声を出したティアナは自分自身を落ち着かせようと試みる。

 数秒後、意を決したティアナは目を閉じながらではあるが紙袋に入っているある物を取り出した。

 

「……!!」

 

 ゆっくりと目を開けると、ピンクと紫の丁度中間に当たる色をしたビキニ状の水着がその手に握られていた。

 色もやや薄めで派手さは余りないシンプルな水着。

 ティアナは嬉しさを合わせたような表情ではにかんだ。

 この水着は昨日、悠香に連れられる形で服を買いに行った時に水着売り場で和輝が選んで買ってきたものである。

 入れ替わっている状態の頃は見たくても見てはいけないと我慢していたのだ。

 

「これが私の水着……」

 

 和輝たちが通う双神高等学校はプールが存在しない為に水泳の授業が存在しないが故にティアナはこの世界で初めての自分の水着がこれなのである。

 しかもそれは結果的にとはいえ、想い人である和輝が選んできた物。

 喜ばない訳がない。

 貧乳故に水着なんて滅びればいいと思っていたティアナの姿は何処にもなく、頬を赤く染めた状態で水着を胸元に持ってきては、姿見を確認して似合うかどうかを確かめはにかむ年頃の女の子になっていた。

 

「ん? これって……」

 

 水着を手にもって確かめている最中とある事に気が付いた。

 この水着、胸に当てる部分の丁度裏側にポケットがついているのである。

 もしかしてと思い再び紙袋を漁ってみるとしっかりと出てきてしまった。

 貧乳を隠す為に胸元に仕込む詰め物。そう、パッドである。

 

「もう和輝……!! 明日になったら覚えておきなさい……!! 今回ばかりは許さないんだから……!!」

 

 一瞬、顔が真っ青になった後ティアナは不敵に笑う。

 さて、どのようにして罰を与えようか?

 貧乳を気にしてるとわかっていながらそれを弄るとはそれ相応の覚悟があると認識されるのは当然なのだ。

 

「ウィッグを使ってもいいから一日中ツインテールで過ごさせるとかどうだろ? それともやっぱりテイルバイオレットのままで過ごす方がいいかな?」

 

 と言っても、ティアナは別に暴力的な罰ではなく、一種の罰ゲームを決めるような感覚であり、思い浮かぶ罰もツインテール関連の微笑ましい物ばかり。

 それほどまでにティアナは水着を選んでくれた事が嬉しかったのだ。たとえそれがパッド付きであっても。

 

「そうだ。夏休みなんだし前みたいに遊園地に連れて行くにしよっかな~。いや

ここはこの水着を使う事も兼ねて海って線もありね」

 

 二人きりの海。

 暑い日差しの下、冷たい海水で体を濡らしながら和輝と二人きりで戯れる。定番のスイカ割りやビーチボールも勿論二人。そして最後は夜の砂浜で線香花火なんかもいいかもしれない。

 ティアナは母親の影響もあってか海があまり好きではなかったのだが、水着を得た嬉しさの余り普段はしないような妄想を爆発させる。

 ベットで寝転び、水着を抱きしめながら妄想にふけるティアナの耳にそれを中断させるようにスマホから着信音が鳴り始めた。

 

「こんな時間にだれよ……って水嶋さんじゃないの」

 

 親友と言える程親しくはないものの、別世界からやって来たティアナからすれば大切な友人の一人である。

 こんな時間に電話してくるなんて何か大切な事でもあるのかもしれない。

 そう思ったティアナは寝転がっていた体を起こす。左手には水着を握りしめたままではあるが、通話を開始した。

 

『もしもし? 今大丈夫?』

 

「別に大丈夫だけど、どうしたの? こんな時間にかけてくるなんて」

 

『いや別に急ぎのようとかじゃないんだけどね……』

 

 そう聞いて首を傾げる。

 じゃあ何だろう?

 妙に改まった態度が気になった。まるで悪いことをしたので謝罪をしたいといった態度だ。

 

『どんな深い事情があって涼原君と一緒にいるのはわからないだけど、あの後以降その……気まずくなったりしてないかなって……』

 

「あの後? 一体何の事? 全くわからないんだけど』

 

『ほら、最近言ったじゃん橘さん、涼原君の事が別に好きだから一緒にいるわけじゃないって……』

 

 そう言われてもティアナには何一つピンと来ない。

 確かにティアナは周囲に和輝の事が好きかどうかを聞かれてそんな事ないと言った覚えはあるが、それは恋心を自覚する前の話であり、今聞かれれば首を縦に振るのは確実だ。

 なのに何故最近そう言ったと言っているのだ。

 そんな覚えはないと首を傾げるティアナの目に和輝が選んだ水着が丁度映り込み、ハッとある事に気が付いた。

 

(ちょっと待って……今日まで私は和輝と入れ替わっていて水嶋さんはその事を知らない。それってつまり、水嶋さんの言っている私って和輝の事よね!?)

 

 和輝が私と一緒にいるのはエレメリアンと戦う為に仕方なんじゃ。

 和輝の性格上そんな事ある筈ないのに、そう思い始めるとキリが無くなり始め、螺旋階段を転がり落ちるかの如く、ティアナは和輝が私の事を女としては何とも思っていない所か本当は嫌いとでも思っているんじゃないかと思い込み負のスパイラルに陥り始めてしまう。

 

『最初は照れ隠しかなと思ったけど、涼原君じゃないし橘さんの性格的にそれは有り得ないかなって思ったんだけど……って聞いてる? もしもし? もしもーし?』

 

 知ってはいけない事を知ってしまったティアナの耳に声は届いておらず、左手に握られていた水着は力なく床に落ちるのであった。

 

 

 

 

 アルティデビル秘密基地。

 自称天才ベリアルギルディの自室では今日も今日とてパソコンを前に頭を悩ませているベリアルギルディの姿があった。

 

「やはり……データが足りなさ過ぎるな」

 

 データ。それは即ち、魔神の吐息(デモン・ブレス)の運用データに他ならない。

 ベリアルギルディはグラシャラボラスギルディ脱走の一件以来、バアルギルディが疑っているのかとあまり表舞台に姿を表せないでいた。

 ベリアルギルディは今滞在しているこの世界とは別の世界にて手に入れたある物を実践で使用できるようにする為に日夜頭を捻っているのだが、復元し改良するにはまだまだデータを必要としている。魔神の吐息(デモン・ブレス)はそのために作られたのだ。

 

「ああ……君がいてくれれば……君という天才がいてくれれば……」

 

 手にした写真に写るのは人魚を思わせる女性型エレメリアン。

 

「君が残してくれたこのデータ、これをコイツに組み込む……いや、君の言い方では合体とでも言っておこう。兎も角このデータをより効率よく運用するにはやはり魔神の吐息(デモン・ブレス)の使用は必須のようだな」

 

 出撃するエレメリアンに秘密裏に魔神の吐息(デモン・ブレス)を渡すことなど造作もない事だ。

 だが、それを使用している所をバアルギルディにでも知られるとなると話が変わる。今、アルティデビル内で最も強いバアルギルディを敵に回すような事だけは目的を達成するためにも避けなければならないのだ。

 

 さてどうしたものかと溜息をついたベリアルギルディは気晴らしに部屋の外に出ては長い廊下を歩き、大ホールへの道を進む。

 その道中、やけに盛り上がっている様子である同胞たちとすれ違ったが、俺が部屋に籠っている間に何かいいニュースでもあったのだろうか?

 ベリアルギルディはそう訝しみながら大ホールに辿り着いた。ここでも相当数のエレメリアンが盛り上がってはしゃいでいた。

 

「何だコイツは……」

 

 大ホールについてまず目に入ったにはスクリーンにでかでかと表示されたある一人の少女の姿。

 赤紫の髪をツインテールに纏め地面にへたり込むその少女の横には大きなテロップで「これがテイルバイオレットの正体だ」と書かれている。

 呆気にとられるベリアルギルディの背後からバアルギルディの声が聞こえて来た。

 

「遅かったなベリアルギルディ。もう今日の出撃選定は終わったがどうしたのだ?」

 

「ただの気晴らしさ。それよりもあれはなんだ? あれがテイルバイオレットの正体だっていうのか? ええ?」

 

「フッ、そうだとも。ボーイッシュな雰囲気纏うあの少女こそがテイルバイオレットの正体だ。私は彼女が変身を解除する所を直で見てきたのだ。これ以上の証拠は存在しまい。これでテイルバイオレットの正体が男なんていう戯言を抜かす奴は消えるはずさ」

 

「なるほどな。それであの盛り上がりようか……」

 

 テイルバイオレットの正体が男であるという噂は部屋に籠りがちのベリアルギルディの耳にも入るほどに有名な物であった。

 それ故に実際の正体がちゃんと女であると知った衝撃と喜びは筆舌に尽くしがたい物なのを察する事は余りにも簡単だ。

 

「それはそうとしてベリアルギルディ。少しいいか? 親友と見込んで話がある。聞いてはくれないか?」

 

「何だ急に」

 

 もしかしてグラシャラボラスギルディ脱走の一件を手引きしたのがバレたとでもいうのか。

 話し方からしてそれは有り得ないのだが、一瞬でもそう思ったベリアルギルディの額から薄っすらと汗が流れた。

 

「少し場所を変えたい。ここでは誰に聞かれるかわからないからな」

 

 バアルギルディはベリアルギルディを連れて自室へと向かった。

 

 

 

 

「ッ!? 何なんだこれは……」

 

 バアルギルディの部屋に入ったベリアルギルディの第一声はそれであった。

 無理もない。何故ならバアルギルディの部屋は壁紙一面がテイルバイオレットの写真で所狭しと埋め尽くされているからだ。

 テレビドラマで誇張表現される気持ち悪いストーカー犯罪者を再現したかのような身の毛がよだつ部屋が現実に存在しているとはベリアルギルディも流石に思ってなかった。

 因みにおびただしい量の写真の中には、本人なら絶対にしないような仕草をするテイルバイオレットの模造写真もあり、アルティデビル脅威の科学力がこんな無駄な所に使われているのかと呆れてしまう。

 

「すまない。少し散らかっていたな」

 

「いや、そういう訳じゃないんだが……」

 

 そう言われてもバアルギルディはきょとんとした態度を取っており、ベリアルギルディが何にツッコんでいるのかがわかっていない。

 まさに俺何かやっちゃいましたか?って奴である。

 ベリアルギルディは早くこの空間から抜け出すべく本題を切り出す。

 

「ま、まぁそれは置いておくとしてだ。で、話とは何だ? 早く言えよ」

 

「ああ、そうだな……」

 

 本題に入ろうとすると急にもじもじし始めるバアルギルディ。

 まるで恋する純情な乙女じゃあないかとベリアルギルディは思う。

 

「そう言えば君にはまだ言ってなかったな。実は……」

 

「実は……?」

 

「……恋をしてしまったのだ」

 

 絞り出すように声を出す様子からして嘘を言っているようには思えない。

 問題は相手が誰なのかなのだが、そんな時にベリアルギルディの脳裏に今は亡き愛しきエレメリアンと過ごした日々を思い出してしまう。

 研究の傍らにオススメされるBL本にドン引きしながらも必死に相槌をうった毎日。

 ベリアルギルディの顔は酷く青ざめた。

 

「ま、待て!! オレにはだな……!! 亡くなってしまったとはいえ愛しきマイエンジェルが心の中にいてだな……!!」

 

 そのマイエンジェルとやらの思い出がもしかしてバアルギルディは告白しに連れて来たのではと錯覚させてしまった。

 慌てだすベリアルギルディを見てバアルギルディは首を傾げる。

 

「何を言っているのだ? 私が愛しているのはテイルバイオレットただ一人だ」

 

「そ、そうか。それは良かった……。忘れてくれ今の事は」

 

 ホッと一息つくベリアルギルディ。

 なんだそんな事かよ驚かせやがってと心の中で唾を飛ばす。

 黒衣の裏ポケット入れている写真に写る愛しのマイエンジェルの顔がニタリと笑っていたような気がするが勘違いだと思いたい。

 

「私はテイルバイオレットを愛していると同時に宿命のライバル関係にある。どれだけ愛していてもいずれは戦い、そして勝つと決めていたくらいだ。だが彼女の正体を知って以降、この愛する気持ちが止まらなくなってしまったんだ」

 

「お、おう」

 

「そこで君に相談なんだが、私はテイルバイオレットと戦う前にこな気持ちを伝えるべく告白してみようと思うのだが、その……プレゼントのような物もついでに渡しておきたいのだが何かいい案はないだろうか?」

 

 大事な話というのが、告白前に渡すプレゼントが何がいいかだなんて思っていなかったベリアルギルディは派手にズッコケてしまう。

 というか冷静に考えて敵であるテイルバイオレットに本気で告白すること自体がおかしい。

 

「ま、まぁ話はわかった。だが何故オレなんだ。こんな事はオレ以外の方が適任だろう? それこそアガレスのジジイにでも言えばいいじゃあないか」

 

「アガレスギルディの提案は少し古臭くてな。それよりも恋愛経験がある君の方が適任だと感じたまでだよ」

 

 アガレスギルディは老眼鏡をプレゼントしてみてはと余りにも的外れな案を出しているのだが、ベリアルギルディは知る由もない。

 ベリアルギルディの性格上、誰かに頼まれるという事は嫌いではないので真剣に考え始める。

 

「そうだな。では花束はどうだ? 少し古臭いがやはり何事も迷った時は王道で攻めるのが定石といったものだろう」

 

「花束か……それは私も思いついたが、如何せんテイルバイオレットがそれを貰っても喜ぶように思えないと私の勘が言っているのだよ。それに私らしくない」

 

「まぁ……確かにな……」

 

 私らしくないと言われてしまえばそうとしか言いようがないので困り果てるベリアルギルディ。

 ベリアルギルディは自身の記憶を漁り、一つの答えを見出す。

 

「そうか、なら本とかはどうだ? 我が愛しのマイエンジェルに本をプレゼントした時はそれはもういい反応だったぞ」

 

「本か……。確かに老眼鏡や花束何かよりはよっぽどいいし、私が持つツンデレ属性への想いを籠った本ならばツンデレに対する理解も深めてもらえるかもしれん……。何よりもエレメリアンらしいプレゼントだ」

 

 プレゼントという物は渡された相手が喜ぶような物であるはずなのだが、悲しきかな今のバアルギルディにとっては相手が喜ぶ物ではなく自らが喜ぶ物しか考えられなかった。

 これもある意味エレメリアンとしての本能という物なのであろう。

 

「少し変わり種ではあるが名案だろ? 褒めてくれてもいいんだぜ」

 

 ベリアルギルディがかつてプレゼントした本の内容には敢えて言わないのが優しさという物である。

 いくら勘がいいバアルギルディといえど色々と濃厚なBL本とは思うまい。

 

「ありがとう。流石は天才ベリアルギルディ。プレゼント選びについても天才のようだな」

 

 そう言い終えたバアルギルディは善は急げとばかりに部屋を飛び出していく。

 これが恋する者の情熱かと呆れ半分で見つめたベリアルギルディはふと呟く。

 

「アイツ……本気なのか? エレメリアンが人に恋だと?」

 

 

 

 

 7月も残すところ後3日間を切った。

 と言っても夏休みはまだまだ始まったばかり、まだ30日以上も残っている。

 蝉は相変わらずミンミン、ミンミンとうるさくてかなわないし気温は30℃を超えている。

 まぁ、そんなでも先週までは俺とティアナの身体が入れ替わってしまうハプニングがあったばかりに部室などの例外を除けば悠香さんの家で拘束されていたような物だったので、今見えるこの景色がようやく本格的な夏休みの始まりを感じさせる。

 って言うのに……

 

「久々に顔出したと思ったらなんだ和輝。ぐったりしちまって。夏バテか?」

 

「おやっさん、見てわかんねーのかよ暇なんだよ」

 

 見ての通り、今の俺はアラームクロックのカウンター席に座りながらアイスコーヒー片手に外見てボーっとしているだけだ。

 夏の高校生らしい青春の欠片もないその過ごし方に思わず涙したくなっちまうぜ全く。

 

「暇なら宿題でもしたらどうだ? どうせ今年も最後に泣くはめになるぞ」

 

「ほっとけ。てかガキじゃあるめぇし、んなこと言わなくていいんだよ」

 

「はーん。忠告したからな~」

 

 ニタニタと笑いながら厨房奥に引っ込むおやっさんを見て悪趣味なおっさんだなとつい悪態突きたくなっちまうが我慢する。

 いくら店内も暇だとはいえアイスコーヒー一杯で長居し過ぎだしな。

 

「たっく。おいティアナ、何か異常はないのか……って、んな遠く座って、どうしたんだよ」

 

 特にやる事もないのでアルティデビルの野郎共が何か騒ぎでも起こしてないかとティアナに聞こうとしたら、いつもなら暇な時間俺の隣の席に座る筈のティアナが俺の席の真反対となる奥の席に座っていた。

 どうしたと聞いてもううん別にいいのとしか言ってくれない。

 そもそもティアナ奴、今朝から何か様子がおかしかった。何かどことなくよそよそしいって言うか遠慮してるって言うか入れ替わり騒動から戻った直後はそんな事なかったのに何かがおかしい。

 

「おい和輝!! ちょっとこっちこい」

 

「んだよ。おやっさん」

 

 ティアナに何かあったのかと思案する俺の耳におやっさんが呼ぶ声が聞こえてくる。

 てか丁度いいな。一緒に住んでるおやっさんなら何か知っているのかも知れねぇ。いや、もしかしたら昨日の夜か今日の朝におやっさんが何かやらかしちまった結果のティアナの態度なのかもな。

 

 急いで暖簾をくぐり厨房へ。

 今日のランチは油を使う物なのもあってか、エアコンが全く効いていない程に熱気に包まれた厨房内に入った事で思わずたじろいでしまう。

 今はまだ忙しくないからいいが、もし忙しい場合は熱いなんて騒ぎじゃない。

 改めておやっさんが凄いと感心する。

 

「で、何だよ。もしかしてティアナの事か?」

 

「おお、正解だ正解。よくわかったな」

 

 漫画やアニメじゃあるめぇし、あんな露骨な態度取られて正常だと何も感じない鈍感な野郎が何処にいるんだよと逆に聞きたい。

 いや寧ろあれに気づかないようじゃ鈍感以前に人としてどうなんだ。鈍いにも程がある。

 ってちょっと待て。あの色々と鈍感で有名な華先生なら有り得るかも……

 

 

 

 

 

「へっくっしょん!!」

 

「どしたの先生。もしかして夏風邪? 移さないでくださいよ」

 

「多分違うと思うんだけど……風邪なのかしら?」

 

「……先生の事、誰か噂してるのかもね……」

 

 

 

 

 

「ってそんな事は置いておいて。で、なんでああなっちまったんだよ。おやっさん何か知ってんだろ?」

 

「何言ってんだ。俺が聞きたい気分だよ。昨日帰ってきた時はるんるん気分だっていうのに。ってお前まさか何か変な物でに渡したのか?」

 

「変な物?」

 

 そう言われてもピンと来ない。

 そもそも何かを渡した記憶すらない。確か昨日は悠香さん家で使った服をそれぞれ持って帰って……

 

「ああ……!! そうだ。俺、パッドいれっぱだった……!!」

 

 思い出した。

 確かティアナが持って帰った俺が使っていた衣服の中に悠香さんに強制的に選ばされた水着があったはず。水着を選んだ時、俺はつい貧乳(このまま)じゃ見栄え悪いなと感じてパッド使用可の水着を選んだんだった。

 もしかしてそれをティアナが見つけちまったが故に怒っているんじゃないかと思い始める。

 貧乳コンプレックスのアイツの事だからないとは言い切れない。

 

「うーん多分違うと思うけどなぁ。第一パッド付の水着渡されたならもっと激しくキレるだろ。ああみたいに落ち込むようなもんじゃない」

 

「じゃあ何なんだよ。おやっさんだろ、俺が渡した物が原因だって言ったの」

 

「いや、もっと卑猥なティアナちゃんが嫌がるものかと……」

 

「んなもん渡すか!!」

 

 何言ってんだ馬鹿馬鹿しい。

 俺がそんなアホなもん渡す訳ないだろ。寧ろ勇気があるならラブレターの一つでも出したいもんだぜ。

 冗談だよ冗談などとハハハと笑うおやっさんに怒りが沸く。

 てかおやっさんは何も知らねぇようだったし、これはもしかして俺が直接聞くべきなのか?

 カウンター席に座るティアナをチラリと見るが、やはり何とも言えないオーラを壁のように張っていて喋り辛い空気を形成していた。

 さて、どうしたもんかと頭を捻らせる。

 

「ああー!! しまったー!!」

 

「うっせぇな。今度は何なんだよ!!」

 

 結局、何もわからずじまいだったなと踵を返て厨房から立ち去ろうとした時、今度は何事かと言いたくなるおやっさんの声が聞こえてきた。

 どうやらおやっさんは時計を見た事で今日何かがあるって気が付いたようだ。

 

「おい和輝、頼むからお使いに言って来てくれ。頼むこの通り」

 

「お使いだぁ? ガキでもあるめぇし嫌なこった。てか何のお使いだよ。仕込みは全部済んだんじゃねぇのかよ」

 

「これだよこれ」

 

 そう言うとおやっさんは一冊の本をレシピ本で溢れる本棚から出してきた。

 見たとこ特に当たり障りのない普通のライトノベル。表紙に描かれた女の子のイラストが実におやっさん好みだったのである程度察しが付く。

 

「今日この後、これの新作のサイン会が行われるんだよ。俺は店が急がしていけねぇし。頼むぜ和輝。暇なんだろ?」

 

「いやまぁ確かに暇だけどよぉ……」

 

「昼飯無料(タダ)にしてやるからさ~頼むぜ和輝」

 

「……たっくしょうがねぇなぁ。わーったよ」

 

 タダ飯と言われちゃ俺も首を縦にふるしかない。

 面倒ではあるが気分転換には丁度いい。バイクでも飛ばしてちょっくら行くとするか。

 場所は都市部にある数多くの書店の中でも漫画やライトノベル、果てには同人誌といったサブカルチャー関連の本を取り扱いでは右に出る店はない大型書店だったな。

 

「おいティ――」

 

 ついいつもの癖でティアナを呼ぼうとしたが、ついさっきまでの事を思い出しそっと遠慮する。何だか今は誘ってはダメな気がしてしまった。

 俺は一抹の寂しさを覚えながらアラームクロックの外にでるとバイクに跨った。

 

 

 

 

「やっと終わったぜ……」

 

 目当ての書店に辿り着き、新刊購入からのサイン会の流れを無事に終えることが出来た俺は、サイン会場での余りにも長い行列でくたびれてしまった。

 そもそも俺自身はファンでも何でもないが一応の愛想笑いを浮かべなきゃ何かと面倒だし気分を害させてしまう。そう思い実行したのが余計に疲れを溜めさせる結果となった。

 てかそもそも昼時だって言うのに人来すぎだ。

 たかが作者のサイン一つであんなにも興奮するなんざ、俺からすれば訳がわからねぇっつーの。

 並ぶのだけで30分も使わされるとは思ってもみなかったぜ。

 

 思い返せば思い返すほど、このお使いに対する愚痴が湯水のように湧き上がってはキリがない。

 安請け合いするんじゃなかったと激しく後悔してももう終わった事なので、ここはもう諦めて気分転換と行こうとしよう。

 俺は余った金は好きな本でも買えばいいと言われていたのを思い出したので、小銭握りしめて漫画及びライトノベルが置いてある地下一階へと足を運ぶ。

 

「てか広すぎんだろ。これじゃどこに何あるかわからねぇじゃねぇか」

 

 辺り一面、本、本、本。

 まぁ、本屋なので当たり前っちゃ当たり前ではあるんだが、それにしても凄ぇ量。おやっさんお求めの新刊は入口付近にポップ付きで置いてあったので、今日初めて足を踏み入れる事になる漫画及びライトノベルが置いてあるこのフロアの大きさにはただただ驚かされる。

 流石は都内屈指のサブカル本の聖地だな。

 でもこれじゃ何を探そうにも不便極まりない。一応、パソコンで場所検索をかける事は可能のようだが、俺のように特に買いたい本が具体的に決まっていないんじゃ意味がない。

 

 広い店内を歩き回って数十分。

 同人誌のコーナーに差し掛かった俺は、本棚にかけられた残り一冊となっているある本について眼が止まった。

 

「へぇ~テイルバイオレットの同人誌か……」

 

 今までテイルバイオレットを研究、考察する本は多くの会社が沢山作っていたので見飽きていたが、テイルバイオレットの同人誌を見るのは初めてだった。

 表紙も写真ではなくちゃんとしたイラストだし、18禁ではないのが評価高い。

 これなら数週間後開催の夏コミケも期待できそうだ。

 おもむろにその同人誌に手を伸ばすそんな時だった。

 

「「あ……」」

 

 どこかで見たような面をした銀髪サングラスの男と手が重なった。




勘違いは誤解となって連鎖する。
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