俺、ツインテールになります。2 's ~二人で結ぶツインテール~   作:中川カイザー

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第91話 兄と妹と人形屋敷

 夕焼けに照らされた住宅街。

 ここ最近にリフォームブームがあった結果、小奇麗な一軒家やマンションが軒を連ねるそんな街の中、やや異彩を放つのは築60年となりながらもこれといったリフォームがまだ殆どされていない二階建てのオンボロアパート。

 ボロボロになったモルタルの壁、錆びつき今にも崩れそうな階段とそれを覆うトタンの屋根、そんなアパートに匠は帰って来た。

 ぎぃぎぃと不安になりそうな音をあげる階段を何食わぬ顔で上り二階へ。

 二階の端、201号室の前に立った匠は懐から取り出した鍵を使い扉を開ける。

 建付けが悪い為、いつもは直ぐに開けれずに苦戦するのだが、今日ばかりはすんなりと開けることが出来た。

 そんな匠の帰還に反応した子供が二人、声をかける。

 

「「にいちゃん、おかえり~」」

 

「おう、ただいま~」

 

 声をかけたのは匠の弟、陸斗(りくと)海斗(かいと)

 匠とは9歳も歳が離れた一卵性の双子である。

 普段は悪戯好きなやんちゃ坊主な二人であるが、今日は二人とも仲良く肩を寄せ合いながらちゃぶ台に向かい宿題の真っ最中のようだ。

 匠はそんな二人を眺めながら鞄を部屋の隅に放り投げる。

 そしてリモコンを手に取るとテレビを付け、チャンネルを回す。

 

『こんばんは!! 今日はみんなのアイドル、夢宮ヒカリがお届けします!!』

 

「ヒカリちゃ~ん!! いよっ待ってました~!!」

 

 テレビに映るは匠が愛してやまないアイドルの夢宮ヒカリ。

 彼女は以前、和輝らテイルバイオレットに助けられて以降、テイルバイオレットの応援大使として日々頑張っており、今日はそんなテイルバイオレットについての特集が組まれる番組でのリポーターを務めているようだ。

 

『ここ最近はテイルバイオレットさんの活躍がないですが、わたしはテイルバイオレットさんの応援大使として、今日は皆さんにテイルバイオレットさんの魅力が伝わるように精一杯頑張っていきたいと思います』

 

「俺はテイルバイオレットなんかよりも君の方が大好きだぜ~!!」

 

 当の本人が聞いたらあまりの気持ち悪さに思わず苦笑いになるであろう台詞を大声で口にする匠。

 その姿はまるでアイドルにお熱な独身中年オヤジかのようだ。

 ヒカリが出る度にテンションが上がり、騒ぎ散らす様はとてもじゃないが教育にいいとは言えないだろう。

 

「「にいちゃん、うるさ~い」」

 

「じゃかしい!! おどれらガキ共は黙って宿題しとけい!!」

 

 あまりの騒がしさについ文句を言ってのける陸斗海斗の二人だが、今の匠にはどこ吹く風。

 いつもの事と言えばいつもの事なのだが、この兄の姿には小学生の弟たちも呆れざるを得ない。

 

『という事で今日はテイルバイオレットさんをイメージした新曲がありますので、後でスタジオに戻って披露したいと思います』

 

「ヒカリちゃ~ん、俺は待てないよ~!! 早く君の歌が聞きたいよ~!!」

 

 いつの間にかライブに赴く用の勝負服に着替えていた匠がくねくねと奇妙な踊りをみせながらテレビに食らいつき甘えるような声を出す。

 人はこの姿を限界オタクと呼ぶ。

 

「「にいちゃん、うるさ~い」」

 

「だからうっせーいっつってんだろうがい!!」

 

 ヒカリが口を開く瞬間だけテレビの音量をマックスにするという離れ業を披露する匠に再び陸斗海斗は文句を口にするが、やはりというか限界オタクと化した匠には通じる筈もない。

 このまま匠の天下が続き、陸斗海斗は耳を押さえ続けるはめになるのかと思われたその瞬間――

 

「何ですかこの騒ぎは!!」

 

 深夜アニメに出てくる萌えキャラかのような舌足らずで幼い声が玄関から響き渡った。

 嫌な予感を思い浮かべた匠は冷や汗をかきながらゆっくりと首だけ玄関の方向へと向ける。

 するとそこには小学生低学年と見間違える程の容姿をした匠の妹、美希が末っ子である2歳の優希(ゆき)を背中に背負い、買い物袋を両手に立っていたのだ。

 

「み、美希!?」

 

「兄さん!! またあなたの仕業ですか!!」

 

「い、いや違う!! お、俺じゃない……!!」

 

 美希にバレぬように目に見えない速度でテレビの電源を落とし、勝負服を脱ぎさった匠。

 いくら限界オタクと化し怖いもの知らずとなった筈の匠でも妹である美希の説教だけは苦手なのだ。

 故に匠は何とかして誤魔化そうと試みている。

 

「じゃあ誰です!! 陸海!! あなたたちですか!!」

 

 怒りの矛先が陸斗海斗に向かったと思い内心しめしめとほくそ笑む匠。

 とてもじゃないが多くの妹弟を抱える兄の姿ではない。

 がしかし、そうは上手くはいかない。陸斗海斗の二人は揃って匠を指さした。

 

「「にいちゃんがヒカリちゃん見てうるさくしてた」」

 

「ギクギクッ!?」

 

 実にわかりやすい反応をつい見せてしまった匠を見逃す美希ではない。

 美希は証拠を突き付けるべくテレビの電源を入れる。

 するとそこには先程まで匠が見ていた番組が映っていた。

 

「成程です。全ての謎は解けたです」

 

「み、美希?」

 

「兄さん!! やっぱり犯人はあなただったんですね!!」

 

「ギャー!! バレたー!!」

 

「何が「バレたー」ですか!! そう簡単に騙せるわけないに決まっているんです!! というかそもそも弟たちに濡れ衣を着せてのうのうと逃げようとするそんな姿勢が兄として失格です!! 大体、兄さんはいつもいつも――」

 

 こうなってしまっては美希の独壇場である。

 川本家名物である美希の説教地獄。それは長々と正論をまくし立てられ、反論しようと思えばさらに容赦のない口撃が襲うという匠にとっての生き地獄だ。

 長い長い説教が終わるころには匠の姿は先程までの気持ち悪い物から一転して随分とグロッキーな状態へと変化していた。

 

「いいですね!! これからはキチンと兄らしい振る舞いをしてください!! わかったですか!?」

 

「へ、へい……」

 

「返事は「はい」です!!」

 

「は、はい……」

 

 

 

 

 川本家の夕食、食卓には決まって両親が不在だ。

 何故なら両親は合計5人もいる息子娘を養う為にも夜遅くまで仕事をこなしているからなのだ。

 故に食事などの家事は全て、長女である美希が担当しており、今日も今日とて少ない生活費をやりくりした美希の手によって作られた夕食が食卓に並ぶ。

 今日の献立は近所のスーパーでセールだった豚肉を使ったもやし炒めとこれまたもやしが入った味噌汁、後は白ご飯である。

 

「兄さん、話があるです」

 

 早々に食べ終え、洗い物を始めた美希が未だ食事中の匠に声をかける。

 その声色はいつもの真面目なトーンとは少し異なる穏やかな物だった。

 

「な、なんだ……?」

 

 匠は思った。

 もしかして今日の体育祭、和輝と一緒にサボってしまったのがバレたのか?

 いやいや、そんな筈はない。何故なら美希は今日は受験に向けての勉強で忙しくてそれどころじゃなかった筈だからだ。

 大丈夫だと己に言い聞かせ少しでも平静さを装おうとする匠。

 そんな匠の思惑に気が付かなかった美希は穏やかな声色で話始める。

 

「明日、確か兄さんはバイトがなかった筈ですよね?」

 

「お、おう。それがどうしたんだ?」

 

「その……実は……」

 

 両人差し指を合わせてもじもじし始める美希。

 その仕草からはとてもじゃないがいつもの りつける姿は想像も出来ない。

 

「明日、一緒に行って欲しい場所があるです……」

 

「行って欲しい場所?」

 

「はいです……実は……」

 

 そう言い終わるが否や、美希はうきうきした顔で買い物袋をゴソゴソと漁り、チラシの群れからある一枚のチラシを取り出し匠に見せようとする。

 だがしかし――

 

「すまん、悪いがパス。明日は和輝とティアナちゃんとの約束があるんだわ」

 

 美希がそのチラシを見せる間もなく匠は断ってしまった。

 流石の美希も和輝とティアナの名前を出されてしまっては何も言うことが出来ない。

 

「そ、そうですか……わかったです……」

 

 項垂れる美希。

 その手には『人形の館』と書かれたチラシが握られていた。

 

 

 

 

 10月2日、日曜日の午後3時。

 まだまだ夏の暑さ残る炎天下の中、俺はティアナ、匠と共に人形の館を目指して町はずれまで歩いていた。

 

「そういや行方不明になった奴らの共通点とかないのか?」

 

 目的地に向かうがてら今ある情報を整理しようと思った俺がティアナにそう問いかける。

 するとティアナは昨日の帰り際に悠香さんに渡されたメモを取り出した。

 

「うーんそうね……行方不明になったのはどれも女性って事と後それから……」

 

「それから?」

 

「みんなツインテールをしていたってことかしら」

 

 ツインテールか……

 そのワードが出てくるだけで犯人がエレメリアンである可能性はぐんと高くなったようなもんじゃねぇかとは思うが実際どうなのだろう?

 何にせよ、もしかしたらティアナの身に危険があるんじゃと思うと少し心配だぜ。

 

「にしても人形の館か……」

 

 チラシを眺めながら歩く匠がそう呟く。

 

「どうした? 何か気になる事でもあるのかよ」

 

「いや、別に……まぁ強いて言うなら随分とありきたりな名前だなってさ」

 

 確かになと頷く俺とティアナ。

 人形の館なんて確かに誰でも思いつきそうなありきたりな名前の店だぜ。

 ネーミングセンス皆無とはこの事か。

 

「もしかしたら名前なんてどうでもいいと思っているのかしらね」

 

「でもよ、エレメリアンだったらその辺りも変に拘ったりしねぇか?」

 

「それもそうね……」

 

 エレメリアンと言えば自分の技にも一々名前を付けてたりするレベルだし、もし人形の館がエレメリアンが作戦の為に建てた店ならばもうちょいいいネーミングを考えたりするんじゃないのかと俺は思うんだ。

 まぁでも、ただの考えすぎの可能性だってあるわけだし結論、行って調べてみなきゃ始まらない。

 全てただの噂だったらいいんだけどな……

 そうやって考えを巡らせながら歩く事数十分。

 ようやく俺たち一行は町はずれにある「人形の館」に辿り着いた。

 

「意外とでけぇな……」

 

「まるでちょっとしたお屋敷ね」

 

「すんげ~」

 

 ティアナの言う通り、「人形の館」はまるでちょっとしたお屋敷とでも言えるレベルの外観が特徴の大きな西洋風の館だ。

 雰囲気からしてもとてもじゃないが何かを売っているような場所には到底見えないが、表にはしっかりとOPENと書かれた看板が出ており、ここが目的地なのだとしっかりわかることが出来る。

 

「にしてもこんな建物、いつの間に……」

 

 俺の記憶ではこんな建物、この町で見た事がない。

 だけどしかし、この建物の持つ年季のような物は明らかに遥か昔から存在していると錯覚できるレベルの物だ。

 これを建てた奴が相当の腕を持っているならばその説明はつくが、それ以上に、この建物自体がエレメリアンの超科学で出来た物だとする方が理解しやすいぜ。

 きな臭い雰囲気を感じ取る中、俺たちは意を決して館の入口であるドアを叩き、ゆっくりと開けて中に入る。

 

「おぉ~、中は結構綺麗じゃん」

 

 匠が思わずそう口にした通り、中は古めかしい外の雰囲気とは打って変わっておしゃれで綺麗な内装となっており、あちこちに色々な種類の人形がおしゃれに陳列されている。

 何つーか店ってよりも人形をケースに入れずに展示する博物館、いや、それよりも人形が住む為の大きな大きな家と言った方が当てはまる。

 中の雰囲気といい、この館には本当に人形が住んでいる感じがしてくるぜ。

 これには俺もすげぇと言わざる得ない。

 

「ねぇ見て和輝、人形がいっぱい……」

 

「あ、ああ……」

 

 にしても凄い数の人形だ。

 代表的なフランス人形は勿論、操り人形に着せ替え人形、他にはマトリョーシカのような民芸品の人形、果てにはこの館の雰囲気とは合わなそうな日本の市松人形、さらにさらに子供用の劇で使用するようなパペット人形にぬいぐるみまでと人形と名前に付く物ならばなんでもござれといった具合であり、その数はとてもじゃないが数えきれない。

 その中でも特に多いのは球体関節人形だ。

 どれもこれもが精巧に作られたその球体関節人形たちは、価値を碌に知りやしない俺ですらも魅了する程の素晴らしい出来となっており、ここの店主が相当な人形通である事がわかる。

 

「見てよこれ、ツインテールの人形!!」

 

「みてぇだな、こっちにもあるぜ」

 

 ツインテールだらけの人形に囲まれキャッキャキャッキャとはしゃぐティアナ。

 よく店内を見ると置いてある人形の大半がツインテールをしているな。

 ティアナが興奮するのもわかるが、流石に多すぎるだろと俺は少しうんざりしていたりする。

 

「おーい、お二人さーん。こっちこいよ!!」

 

 一人勝手に奥に行っていた匠が俺たちを呼んでいる。

 ったくしょうがねぇなぁ。

 そう思いながらも俺はティアナと共に匠の声が聞こえた方向に向かう。

 するとそこには大きなショーケースが展示されていた。

 

「みろよこの球体関節人形、まるで生きてるみたいだぜ」

 

 匠が指さしたショーケースの中に置いてある球体関節人形。

 匠の言う通り、それはまるで生きているかのような雰囲気漂う凄すぎる出来となっている。

 これは今にも動き出しそうだぜ。

 そう感心する俺と匠。

 そんな中、ティアナがふとあることに気が付いた。

 

「ねぇ、どうしてこれだけケースに飾られているのかしら? 他は全部そのまま陳列されているのに……」

 

 確かに……

 ティアナの言う通り、この店内に置いてある人形はこのケース内に入った物を除けば全てが気軽に手で取れるようになっているのに、これだけは違う。

 まぁ、それだけこの人形の価値が高いからなのかもしれないが、何となく引っかかりを覚えるのはわからなくもねぇ。

 それにこのケース内の人形には値札がない。

 もしかしたら売り物じゃないのか?

 

「てかこれはツインテールじゃないんだな……」

 

 呑気かもしれねぇが、もしこの人形がツインテールだったらそれはさぞ素晴らしい人形だったのだなとふと思う。

 それだったら買ってもいいくらいだぜ。

 そう思ったそんな時だった。

 

「おやおや、お気に召しましたかな?」

 

「「「ッ!?」」」

 

 突然背後から聞こえて来た声に思わず身構える俺とティアナとその背後に隠れる匠。

 振り向いたそこには柔和な笑みを浮かべたタキシード姿の男が立っていた。

 

「おおっとすいません。驚かせるつもりはなかったのですが、どうやら驚かせてしまったみたいですね」

 

「てめぇ、何もんだ?」

 

 平謝りする男を睨みつけながら俺は問う。

 警戒心MAXな俺の態度に男は少し驚いたようであり、男は少し慌てながら手を振った。

 

「何者だなんてこれは失礼、私はここの店主でございます」

 

「店主?」

 

「はいそうですとも。先ずは我が人形の館へいらっしゃっていただきありがとうございます」

 

 うやうやしくお辞儀してみせる男。

 どうやらこの男が店主である事には間違いない様子。

 風貌だけ見ればどことなく優しそうな男だが、どこか胡散臭い。

 何となくではあるが、つい最近戦ったメフィストギルディと似た雰囲気を感じる。

 

「なぁ、この店にある人形は全部あんたが集めたのか?」

 

「いえ違います。集めたのではありません。私自らのお手製です」

 

 嘘だろ!? ここにある全部か!?

 そう声に出すと男ははいと笑みを返す。

 なんてこったコイツはすげぇ。

 そう思わずにはいられない。

 

「じゃあ、これもか?」

 

 匠がケース内に入った人形を指さし問う。

 すると男は満面の笑みを浮かべつつそれに答えた。

 なんでもここに入っている人形は男が今まで作ってきた中でも特に良質な物ならしく、特別に見てもらう専門で展示しているらしい。

 やはりというか売り物じゃないみてぇだな。

 

「ですのですいません。こちらの作品は売れないのでございます」

 

「そうか……じゃあもう一ついいか?」

 

「はい、何なりと」

 

「どうしてここの人形はツインテールにしてないんだ」

 

 他の人形は殆どがツインテールだっていうのにどうしてこれはツインテールじゃないんだ? 何かできなかった訳でもあるのかよ。

 ふと思った疑問だが、それに対する何か納得できる答えが来ると思っていた俺たち。

 がしかし、男はそれについては何も答えずただ口を閉ざしたままだ。

 

「おいおい、どうした? もしもーし?」

 

 完全にフリーズしてしまった男におどけながら反応を確かめる匠。

 だが男は何も答えず黙ったまま。

 何かあるのか?

 そう思った矢先、館の入口のドアが開いた。

 

「あのー? ここで人形の修復をしていると聞いたのですが……」

 

 入口から聞こえてくる幼い少女の声。

 何処かで聞き覚えのある声に俺たちは引っかかりを覚え、その声がした方向をみる。

 するとそこには――

 

「ああーー!? 兄さん!?」

 

「美希!?」

 

 小さな身長にツインテールが特徴の匠の妹、美希ちゃんがいたのだった。

 

 

 

 

「美希!! お前、どうしてここに!?」

 

「兄さん!! それはこっちの台詞です!!」

 

 騒がしくなりそうなので一旦店を出て外に来た俺たち。

 二人の口論は店のドアをバタンと閉めた直後から始まった。

 

「ここに来るのならどうして言ってくれなかったんですか!! 言ってくれれば私も同行したのに!!」

 

「んなの言う訳ねーだろ!!」

 

「何でですか!! 何かやましい事でもあるんですか!!」

 

「そ、それは……」

 

 美希ちゃんの怒涛の問い詰めに口ごもる匠。

 この店に変な噂が出ているから調べに来ただなんて、さっきの男が聞いているかもしれないので口が裂けても言えないのがもどかしい。

 それにもしも言ったとしても美希ちゃんの性格上、人様を疑って且つ探偵の真似事して迷惑をかけるだなんて言語道断ですとか何とか言って怒りそうではあるしな。

 こればかりは匠に同情するぜ。

 

「ていうか大体、お前はどうして来たんだよ!!」

 

「そ、それは……」

 

 匠が咄嗟に放ったカウンターパンチの一言。

 すると美希ちゃんはポシェットから何かを取り出すと顔を赤くしもじもじし始めやがった。

 何となく既視感のあるその様子を見て俺とティアナは顔を見合わせる。

 

「兎に角だ。お前みたいなガキはさっさと家にでも帰って陸や海、優希の面倒でも見ておけ。な?」

 

 じれったくなったのか美希ちゃん相手にさっさと帰れと促す匠だが、言い方に少々どころかかなり棘がある。

 当たり前だが、あの美希ちゃんがそんな匠の発言を聞いて黙っている訳がない。

 

「何でそんな事いうんですか!! それに私はもうガキと呼ばれる歳じゃありません!!」

 

 パッと見て美希ちゃんは小学生低学年と錯覚するレベルではあるけど、その精神年齢は家庭の事情もあってか実年齢以上であり、下手すれば匠よりも上かもしれない。

 いつも通りの反論を喰らいたじろぐ匠に更なる追撃が入る。

 

「大体、兄さんが陸、海、優希の面倒を見ろだなんてどの口が言っているんですか!! いつもいつも私たち妹や弟の面倒も碌に見てくれないあなたみたいな兄さんが口にしていい事じゃないです!!」

 

「そ、それはそうだけどよ……これとそれとは話が別だ。兎に角さっさと帰れ!!」

 

「別じゃないです!! 強引に話を切らないでくださいです!!」

 

「あのなー!! どうして兄貴の言う事が聞けないんだよ!!」

 

 心なしか匠の奴、いつもよりも苛立っているように見える。

 俺が見てきた限り、美希ちゃん相手に説教を喰らう匠と言えばもっとこう落ち込んでいるというか覇気と言う物が無くしているという感じがしたのに今はどうだ。

 たじろぎこそしているがいつもの情けない兄の姿とは違ってみえる。

 何というか余程、美希ちゃんを巻き込みたくないのだろうな。

 

「言う事聞いて早く帰れ!!」

 

「絶対に嫌です!! それに言う事聞いて欲しかったらもっと兄らしい立ち振る舞いをしてください!! 大体兄さんはいつもいつも――」

 

 始まった。

 美希ちゃんの口癖とも言えるその文句からくるいつもの流れ。

 それが始まれば美希ちゃんの独壇場となり匠は何の反論も出来なくなる。

 そのはずだった。

 

「あーもう!! うるさいんだよ!!」

 

 その瞬間、パシンと何かを叩く音が聞こえたと思えば顔を腫らした美希ちゃんと平手で叩いた様子の匠が向かい合っていた。

 あまりにも突然過ぎる出来事だった故に一瞬、何が起きたのかわからなかったが、状況からして匠が美希ちゃんの頬を叩いたのだとわかるのに時間はいらなかった。

 

「な、何です……」

 

 いつもとは違う兄の行動に戸惑う美希ちゃん。

 逆に匠は鬼気迫る程の表情だ。

 

「帰れ……!! さっさと帰れ!!!!」

 

 今日一番の声量で放たれるその一言が辺り一面に木霊する。

 痛みが今になってやってきたのかそれとも普段おちゃらけている兄の姿からは想像できない怒りの恐怖を感じ取ったのかは知らないが、美希ちゃんの目には薄っすらと涙が溢れ始めている。

 

「ぐすっ……兄さんの……兄さんのバカぁ!!」

 

 遂に限界が来たのか、ダムが決壊するかのような大粒の涙を大量に流す美希ちゃん。

 そしてそのまま美希ちゃんは涙を振りまきながら走り去ってしまった。

 

「おい匠、いいのか?」

 

「いいんだよ……」

 

 俯き答える匠の表情は何処か悲しそうだった。

 俺やティアナはそれ以上、何も声をかけてあげることが出来ない。

 そんな時、俺はふと美希ちゃんが何かを落としていた事に気が付いた。

 手を取り確かめたそれは年季のせいかボロボロになった女の子の人形であった。

 

 

 

 

 涙を振りまきながら走る美希が辿り着いたのは先程までいた人形の館からあまり遠くない場所にあった公園であった。

 町はずれということもあってか、まだ日も落ちてないというのに子供の気配は全くもってない。

 美希は寂しく風で揺れるブランコに腰掛ける。

 

「兄さん……」

 

 いつもちゃらんぽらんで不真面目な態度が目立つ兄の本気の怒り。

 何故、怒っていたのという真意こそわからないが、その迫力からくる熱量は理解できる。

 故にただ怖かった。

 叩かれた事もそうだが、それ以上に初めて兄に怒られるということ自体がいつもとは違う兄のギャップを感じて怖かったのだ。

 

「ぐすっ……」

 

 涙を流しながら美希はふと思う。

 どうしてそこまで私の事を避けようとしていたのか?

 もしかして兄は私の事なんか嫌いなのだろうか?

 普段こそ兄に対してあーだこーだ言って邪険に扱う事が多い美希ではあるが、その実、兄の事は一人の大切な家族としてとても大事に且つとても良く想っている。

 だからこそそう思えば思う程涙が止まらない。

 後で謝って済むのかどうかすらわからない不安が美希の小さい体を押しつぶさんとしてくる。

 怖い。

 今度の恐怖は兄の怒りが原因ではない。

 大好きな兄とこのまま一生不仲になってしまうのではないかという恐怖だ。

 

「ミキ……」

 

 ポツリとそう呟いた美希は持ってきたポシェットをゴソゴソと漁る。

 探しているのは、まだ他に弟や妹がいなかった時代、初めて兄にプレゼントされたお気に入りの人形ミキちゃん。自身の名前を付ける程に美希にとっての宝物であり、辛いときは気を紛らわせる為によく話しかけるある種の友達のような物だ。

 

「あれ? ない……!?」

 

 探しても探しても一向に出てこない。

 もしかして家に忘れた?

 いやいや、そんな事はない。

 そもそも今日、人形の館を訪れたのは年季の為にボロボロになったミキちゃんを綺麗に修復してもらう為なのだから。

 

「もしかして、お店に置いてきちゃったのです……」

 

 本当は匠との口論の時に一度取り出し、それをここに来る時に落としてきてしまったのだが、怒られた時の衝撃が強すぎたが故にその事が思い出せない美希はお店に置いてきたものだと勘違いをしてしまった。

 

「行くしかないですよね……」

 

 あの人形が無ければそれはもう美希にとっての一大事である。喧嘩したとはいえ大切な兄との思い出だけは絶対に無くせないのだ。

 時刻はもう5時過ぎ。

 今ならもう匠たち兄の一行はもう帰っている可能性が高い。 

 ならば追い返される事はないとそう踏んだ美希はゆっくりと人形の館目指して歩き出した。




美希ちゃんは準レギュラーですけど書いてて好きなキャラの一つです。
普段はちゃらんぽらんだけどやる時はやるタイプの男とそれにツッコミを入れるしっかり者の女って組み合わせ好きなんですよね。
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