やはりこのセカイはまちがっている。 作:エイトマン
好きな曲③: ryo(supercell)さんの『ODDS&ENDS』
また、kyaamiさんによるUTAUカバー
すでにお昼が過ぎているが、今日は土曜日だ。
週末ということもあって、雪以外は朝日が出ても作業をしていた。雪は予備校があるから早めに眠ると言っていたのだが、プライベートとニーゴの両立でなかなかハードな日々を送っているのではないかと思っている。
「あー、切らしてたか」
いまだ頭が目覚めきっていないので、キンキンに冷えたマッ缶を飲もうと思ったのだが。
仕方なく、部屋着の上にパーカーを羽織り、いろいろと買い出しに街へ向かうこととする。以前までは時計扱いだったのに、いつのまにか必需品となっていたスマホで、小町のおはよう連絡に返信し、鍵アカにしているTwitterのタイムラインをスクロールする。
といっても、俺がほぼ見る専ということもあって、基本的にはつぶやかないし、反応してくれるフォロワーもいない。数少ないフォローだって、アニメやゲームの攻略情報が多くを占める。
あとは、気になった絵師くらいで。
『ボトルミク』
シンプルにタグがつけられており、水彩画っぽい雰囲気の初音ミクが描かれている。
風景画や花の絵画もアップしている、この人にしては珍しいチョイスだ。絵に関してはうまく褒めることができないが、とにかく綺麗な優しい絵で、線画やスケッチの練習も繰り返していて、たぶん、美術系の大学に通っている女子大生だと思っている。
『好きな画風です』
いいねやRTはともかく、こういう絵のツイートには返信ってあまり来ないのだろうか。この人もたまに『可愛い』や『綺麗』が返信されているくらいだ。
「あ、えー、すみません」
「いえ、お気になさらず……」
歩きスマホをしていたことで、あやうく中学女子にぶつかりかけてしまう。
危うく、悲鳴を上げられて、警察に見られながら土下座を要求されるところだった。着崩したジャージ、クセのないロングストレートの女子は、気にせず歩いていってしまっているけれど。
しかし、どこかで聞いたような声だったな。
良い声だったし、どのアニメだったか。
「って、いや、まじか……」
フラフラとよろめき、壁に手をつけてから重そうに身体を支えた。もう片方の手に持ったスーパーの袋の荷物なんて、今にも指先から零れそうだ。ぶつかった感触はなかったけれど、このまま立ち去るのは後から気になって仕方がなくなる。
「その、大丈夫か?」
「……ああ、うん。だいじょうぶ、エイト」
おぼろげながらナイトコードにおける名前で呼ばれたし、儚げだが、毎晩のように聴いている声だ。この女子はKなのだと理解させられた。いやまさか、暁山に続いて、こんなにご近所さんなのだとは思っていなかった。
ていうか、大丈夫って言う女子ほど、大丈夫ではない。
ソースは小町。
「どっか行かなきゃなのか?」
お兄ちゃんとして学んだことだが、年頃の女子に休め休めと言うと、ムキになってしまうものらしい。俺としては休めと言われれば、はい喜んでなのだが。ともかく、女子がこういうとき、男子としてはさりげなくサポートするしかない。
さて、リアルバレとか、Kって気にするのだろうか。
「お見舞い、行かないと、だから……じゃ」
『じゃ』でさり気なく別れようとするとか、さてはこいつボッチだな。俺もクラスの集まりとか呼んでくれた時期は少なからずあったが、帰るタイミングとか分からないのが難点だ。大学生とか、『三次会いけるっしょうぇーい』で、朝まで誰かの部屋で宅飲みのイメージだ。
「って、もしかしてエイト、なの?」
声に出ないようなあくびを噛みころした表情のあと、ようやく俺の顔を見た。ていうか、ただの寝不足だったらしい。インドアな俺よりも真っ白だし、ジャージだし、このロングストレートもただ伸ばしてるだけと表現したほうがいいだろう。
「ああ。はじめまして、でいいか?」
身体は細いし、小町くらいの年齢の中学生だと認識してしまいそうになる。その大人びた雰囲気も、なんか背伸びしてる感じがしてきたし。
「そっか。はじめまして。……じゃあね」
さっきよりは、親しみが込められたとはいえ、もう別れの挨拶だ。
確かに俺とKがリアルで会っても、会話が続くはずはない。他のナイトコードメンバーとのオフ会を考えたとしても、雪はあからさまに優等生でリアルバレを避けるだろうし、えななんみたいなのは恐らくキャピキャピだし、たぶんセカイが合わないだろう。
「ああ。またな」
「うん。またね」
『またナイトコードで』、そういう意味を込めて告げるだけで、お互いは背を向け合った。
「あんま無理はすんなよ!」
珍しく大きな声を、その背中に伝えた。
少女は振り向いて、ぺこりとお辞儀を返して、スタスタと歩いていく。
俺たちの関係はネット上のものであり、偶然ご近所さんだったに過ぎない。Kもリアルバレを気にしていないようで、ナイトコードでの活動において特にギクシャクするわけでもないだろう。また顔を合わせることもあるかもしれないが、お互いインドアである。そういや自己紹介もしていない。
目についた自動販売機のマッ缶を買っただけで、家までの道を引き返した。
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さて、どうしたものか。
ようやく思考が冴えてきた。
知らない音楽ファイルを開いてみたら、モニタが光り、俺はいつのまにか灰色のセカイに来ていた。特に外見や服装が変わっているわけでもない。勇者として召喚されたというわけでもなく、ゲームにフルダイブしたというわけでもなく。
見渡しても、建物も、動植物もない。
地面は真っ白のひんやりとしたコンクリート。
「~~~♪」
歌声が聴こえるほうへ、歩く。
『いつもどおり君は嫌われ者だ
なんにもせずとも遠ざけられて
努力をしてみるけど
その理由なんて「なんとなく?」で
君は途方にくれて悲しんでた』
この声は、『重音テト』で、ODDS&ENDSという曲で、それに、この調声は憧れたあの人のものだ。クセのある声は決して無機質ではなく、はきはきとした力強さを感じる。
「『あたしの声を使えばいいよ』、か。
ボク、あまり自分の声は好きじゃないんだけどな」
真っ黒なドレスに身を包み、赤い髪の女性がこちらへ話しかけてくる。自嘲するような困った笑みを向けながら、首を傾けたことで、高さの違うドリルみたいなツインテールが揺れる。
そんな彼女は、キリッとした表情へ変わる。
「問おう、君がボクのマスターかい?」
「……ここはどこだ? なぜおまえが実在する?」
テトは、『やれやれだぜ』と告げる。
さては、いろいろと漫画を読んでるな、こいつ。
「意外とノリが悪いね。それと、質問は1つずつにしてくれたまえ」
どうでもいいからさっさと話を促す視線に、肩を竦めた。
「ここはセカイさ、比企谷八幡。
あの子の想いでできた、誰もいないセカイだよ。今のところ住人は2人といったところかな。もう1人はミクだよ」
「つまり、誰かの『固有結界』に巻き込まれたってことか?」
この心象風景からして、なかなか過酷な人生を送っていそうだ。見ようによっては、荒廃した都会ともとれるが、それ以上に『物』がないセカイだ。おそらく、破滅願望が表れている。
「例えも適切だし、理解が早くて助かるよ。まっ、いろいろ考えすぎて、鈍いところもあるみたいだけどね」
テトは嬉しそうに、パチパチと少し拍手した。
てか、一言多いんだよ。
「ミクもノリがわるいけど、いい娘なのは確かだよ。あっ、でも、ボクより声は綺麗だし、時々妬いちゃうよね」
設定上ならずっと年上だろうが、俺より年下に見えるし、子どもっぽいところが多い。皮肉も多いが、なんだかんだそういうところは親しめる。
「お前は口がわるいな」
「君のほうこそ」
気にせず、不敵な笑みを溢した。
「ともかく、ボクはこのセカイが、暇で仕方がない。だから、君を呼んだのさ、暇つぶしに」
「帰る……ぐぁ!?」
なんだこの怪力は。
襟首を掴まれて、地面に伏せられた。
設定があやふやなキャラクターらしい。たしか、第二形態とかあるんじゃなかったか、こいつ。
「理解は早いけど、物分かりは捻くれてる。
こりゃあ、あの子たちも大変だろうね」
「どの子たちだよ」
クラスの女子とか、たまに怯えさせる。
『急に現れるのやめて』、とか言われるし。
「残念ながら、そろそろ時間みたいだ」
「おい、もっと分かりやすくだな」
突然、視界が眩しくなる。
この感覚はセカイにやってきた時のものと同じだ。
「あの子って君のことが嫌いみたいでさ。だからボクが生まれた。これが2つ目の質問の答えだよ」
「そう。あの子は、八幡に憧れてる」
もう1人の少女の、たぶんミクの声が聞こえて、それで……
「あの子も、みんなも、救ってあげて」
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さっきのは、夢だったのだろうか。
いつのまにか昼寝したようで、もう夕方だった。
歌詞使用, JASRAC楽曲より『ODDS&ENDS』