天の河原に龍と来たりて 作:KaNDuMe
季節の変わり目、薄い雲と雨の降りしきる頃。
珍しく晴れ渡った街の往来を、金の髪を揺らしながら一人の女性が歩いていた。
「~~♪」
鼻歌を歌いながらリズムを取って歩く度、ブレザーに包まれた豊満な胸が蠱惑的に揺れる。制服はここネオ童実野シティでも名門として知られるデュエルアカデミアのそれである。背丈は年齢に比して少々高く、スタイルも合わせて大人びて、しかし屈託のない無邪気な笑顔は彼女の純粋さを窺わせる。
道行く人達が思わず振り返ってしまう程の美貌と可憐さであるが、彼女自身はそんな事を意識することもなく、漸く傘を差さずに出歩けることを喜んでいた。
特に目的地も定めず適当に歩き回る内、彼女は街外れの小さな公園に辿り着いた。
「~♪ ……?」
ふと、足を止める。
ぐす、うぅ、ぐす。
それは誰かのすすり泣く声。
公園を見回すと、赤く塗られたベンチに腰掛けた、小さな少女の姿があった。
少女は両手に顔を埋め、俯いたままに嗚咽を漏らし続ける。
両親や友達は周りに居ないのかと彼女は更に辺りを見回すが、そこにいるのは彼女だけであった。
仕方が無い。
ふんっ、と鼻を鳴らして気合いを入れ、しかし次の瞬間には柔らかな笑顔を浮かべた彼女は、ゆっくりと少女の傍らに腰を下ろした。
どうしたの? と声をかけ、覗き込むようにして目線を合わせる。
落とし物? 俯いていた少女は僅かに顔を上げ、小さく頷いた。
それから一言二言言葉を交わし、彼女はベンチから腰を上げた。
胸の前で拳を作り、満面の笑顔で頷くと、彼女はその場を後にする。
彼女の姿を目にした通行人は、不思議そうに首を傾げた。
Episode Extra8 天の河原に龍と来たりて
「さてさて……」
金の髪を揺らしながら、難しそうな顔で道を行くのは、デュエルアカデミアの制服に身を包んだ一人の少女。道行く人が思わず振り返ってしまう程の美貌と可憐さを備えた彼女の名は
空を見上げ、続いて地面に目を落とし、何かを探すように注意深く歩く彼女が、不意にその足を止めた。シティ上層特有の整然と整備された街路。均等に並んだ街路樹の一本に、劣化しないように加工された一束の花が添えられていた。それを目印に、彼女はやってきたのである。
「多分この辺りだと思うんだけど……」
うろうろとその周囲を歩き回り、ビルの隙間や街路樹の陰等様々な場所に目を凝らす。その度に揺れる胸元やめくれかかるスカート等が嫌でも周囲の目を引き、道行く人達は思わず顔を赤くした。
「……何をしているの?」
街路樹の根元にかがみ込んで目を凝らす龍巳の上から、不意に声がかかる。
反応して顔を上げると、不思議そうにこちらを覗き込む老女と目が合った。
赤色のカチューシャで目元を大きく広げた、くすんだワインレッドのセミロングと丸い大きな瞳が特徴的な、整った顔立ち。身長は龍巳より高く、老いて尚往年の美しさを感じさせるスラリとした身体つきは一種気品を感じさせる。誰もが(歳とったらこんな老人になりたいなぁ)と思うような、美しい老人であった。
「?」
「……あ、ごめんなさい! 何でもないです!」
一瞬見惚れてしまった龍巳に首を傾げる老女に、彼女は慌てて立ち上がりながら頭を掻いた。
「いえ、こちらこそ急にごめんなさい。でも、そんな所にかがみ込んだりして、どこか具合でも悪いのかしら?」
その様子に、老女は口に軽く手を当てながら上品にクスリと笑みを零した。
「えーっと、そういうわけじゃないんです。ちょっと捜し物してまして。このカードなんですけど」
言いながら、龍巳は携帯端末を操作して捜し物の画像を表示させた。そのカード自体はごくありふれた物であるが、レアリティが高いのか特殊な加工によってキラキラと輝いている。
「残念だけど、私は見たことないわね。この辺りに落としたの?」
「落としたのは私じゃないんですけど、見つけてあげるって大見得切っちゃって……。話を聞いた感じこの辺らしいんですけど、見つからないんですよねー……」
ガックリと肩を落とす龍巳だが、老女はまぁ当然だろうと思った。こんなレアカードが落ちていたら、誰だって拾って自分の物にしてしまうだろう。彼女のよく知る人物には、拾ったカードでデッキを作った者もいる。
しかし、それを言ったところで目の前の少女は、簡単に諦めるには人が良すぎるように見える。ならば少しくらい力になってあげたいと、彼女は考えた。
フッと小さく笑い、老女は龍巳がかがみ込んでいた辺りに手を翳しながら目を閉じた。
「? どうかしたんですか?」
「ちょっと待っていてね。もしかしたら……」
そのまま、数分の時が経った。その間龍巳もジッと老女の様子を見ていた。
そして翳していた手を下げ、老女が目を開ける。そして、道路の先を指差した。
「この方向」
「え?」
「この方向に、移動していったかもしれない」
老女の指差す方向には、見慣れたネオ童実野シティのビル街が続いている。真っ直ぐ歩いて行けば、シティの沿岸部に突き当たるだろう。
「え? え? 何か分かっちゃったんですか!?」
「まぁ、占いみたいな物だから。あまりあてにしないでね?」
地面と老女の顔を交互に見ながら素っ頓狂な声を上げる龍巳にまた笑みを零しながら、老女は可愛らしく片目を瞑って見せた。
占いとは言うものの、その表情は確信のような物を持っていると龍巳は感じた。理由や理屈などは分からないが、彼女には何かが分かるのだろう、と。
「ありがとうございます! それじゃあ私、行ってみますね!」
だから、満面の笑みとお礼を返し、龍巳は老女の指し示した場所を目指して歩き出した。
「どういたしまして。貴女の捜し物、見つかると良いわね」
手を振って歩き去る龍巳に、彼女も軽く手を振って応える。その瞳には、昔を懐かしむような輝きがあった。
注意深く街路を歩くこと十数分。
繁華街の道端に並ぶショーウィンドウに時折目を奪われながらも、龍巳は根気強く探索を続けていた。
手がかりは相変わらず見つからないが、それでも老女の言葉を頼りに彼女は歩き続ける。
「うーん、方向が合ってるならその内見つけられると思うんだけど……」
ムムムと軽く唸りながら、足下に目を落とす。
綺麗に舗装された石畳の歩道は陽光を照り返して明るく、その上を行き交う人々の靴や隙間から生えた雑草をも鮮明に浮かび上がらせる。落とし物などあれば、見逃すことはないはずである。
「どこにあるのかなーっと……きゃっ」
視線を落としていた彼女のおでこが、何か柔らかい物にぶつかる。
「おっと。大丈夫か?」
「わ!? ごめんなさい!」
低い男の声が聞こえ、龍巳はパッと距離を離して頭を下げた。
「いや、俺の方こそ余所見をしていた。こっちこそすまない」
顔を上げると、そこには天をついて両脇から逆立つ癖毛が嫌でも目に付く一人の老人が立っていた。
一見厳しそうな瞳はしかし気遣いを滲ませ、どちらかと言えば厳格そうな雰囲気であるにもかかわらず、優しげな微笑みが不思議と似合っている。顔にはセキュリティへの反逆者の証であるマーカーが刻まれていたが、恐ろしさという物は全く感じさせない。
「いえいえ! こっちこそ、ちょっと落とし物探してて」
格好いい人だなぁ、と心の内で感心ながら、龍巳は頭を下げようとする老人を慌てて制した。
「落とし物か。もしかしたらここに来る途中で見ているかもしれない。良かったら教えてくれないか?」
改めて顔を上げた老人に微笑みかけられ、龍巳は少し胸を高鳴らせた。圧倒的なイケメン力が魂から滲み出ているのである。
「あ、えと、はい! このカードなんですけど……」
少し前に老女にしたように、携帯端末にカードを表示させる。
まぁ望み薄だろうと思っていた龍巳だが、案の定老人は申し訳なさそうに首を振った。
「残念だが、見たことはないな。期待させておいて、すまない」
「そ、そんなことないですよ! 少なくとも目に付く場所にはないんだろうなって事はわかりましたし!」
「そのカードが大切な物なら、俺の知り合いにも当たってみるが……」
言いながら、老人は自分の携帯端末を取り出す。
「いやいやいや! 流石にそこまでしてもらうのは悪いですよ……。お気持ちだけ、頂いときます!」
元気印で通している彼女も、流石に恐縮しきりである。初対面の人間にここまで出来る人間など、そうそういるものではない。
「そうか……」
龍巳の言葉に暫し目を伏せた老人だが、このまま何もせずに分かれることには何となく後ろ髪を引かれた。どことなく彼女の態度から、探し物が彼女自身の物ではないのだろう事が察せられたからである。誰かのために頑張る者を放っておくことはしたくない、そういう質なのだ。
「そうだな……そのカード、落としたのはどれくらい前なんだ?」
「うーん、それは聞いてないですけど……向こうの街路樹に花が添えられるより前……かな?」
「なら少し時間が経っているな。そのカードはどのデッキにも入れられるという物ではないし、レアリティも高い。セキュリティに届けたのではないなら、拾った後カードショップに売り払ったと言う事も考えられるな」
「!」
その老人の言葉に、彼女はピンと来るものがあった。この方向にまっすぐ行けば、知っている店があるのである。
「それならもしかしたらもしかするかも!」
「少しは力になれたか?」
龍巳の反応に、老人は顰めていた顔を綻ばせた。
「はい! ありがとうございます! それじゃ私、行きますね!」
「ああ。君の探し物、見つかると良いな」
笑顔で走り去る龍巳に手を振りながら、彼もまた優しく笑いかけた。
「えーっと、確か、この辺に……あった!」
繁華街を突っ切り、息を切らせながら龍巳が辿り着いたのは、埠頭から海に張り出すように建築された建物。
平たい円錐形の本館と、それに覆い被さるように斜めに設置された三角形の板状のビルからなる極めて独創的な形状の建物である。板状の方は多数の支柱によって支えられているが、地震等で倒壊したとしても全く不思議には思われないであろう絶妙な不安を煽る構図であり、その姿は巨大スズメ取りかごにも例えられる。一応ゲームセンターなのだが、地下部分にはショップ大会も開催される規模のカードショップが併設されている。
先に出会った二人によってもたらされた指標に従えば、ここに目的の物が売られている可能性が高い。彼女はそう信じていた。
入り口前で息を整え、自動ドアを潜る。冷房の効いた室内の空気が、火照った身体に心地よい。
ゲーム筐体の間を抜け、下り階段を探す。
「どっちだっけ……?」
背伸びをしながら目の上に手を翳し周囲を見渡すと、それらしい階段が目に入った。
すると、階下から数人の男達が駆け上がってきた。
「どけどけぇ!」
「邪魔だぜ!」
彼らは出口を目指しているのか、龍巳の方に向かって狭い通路を強引に進んでくる。
「え!? ちょ、ちょっとー!?」
咄嗟に筐体の隙間に身体を滑り込ませ、通路から退く。間を置かず、ガラの悪い笑い声を発しながら、男達が先程まで龍巳が背伸びをしていた通路を通り過ぎていった。何人かの客が突き飛ばされ口々に文句を叫んでいたが、彼女はどうにか難を逃れた。
「ふぃー。危ないわねー」
つま先立ちになり気をつけの姿勢で割り込んでいた筐体の隙間から、横歩きで通路に戻る。その際筐体に擦れて制服のスカートが若干めくれており、位置的に運良くその内側を僅かながら覗き見ることの出来た少数の客は、不本意ながら迷惑な男達に感謝することになった。
そんなアクシデントに気づくこともなく、彼女は他の客にぶつからないよう気をつけながら通路を通り、カードショップへと続く階段を下る。
(おや……?)
階段を下っていくと、その出口付近に人集りが出来ていた。
その後ろについて背伸びをすると、荒らされた店内が目に入る。ストレージの置かれた机は蹴飛ばされたようにずれており、枠につるされたまとめ売りのカードも床に散乱している。中でもショーケースは一つがガラスを叩き割られており、中身のカードが大分減っていた。その前に立つ店員は茫然自失と言った様子である。
「これ、どうしたんですか?」
手近な位置にいた客に話しかけてみる。
「あー、なんか不良みたいな連中が集団で万引き……いや、あそこまで行くと強盗か。そういう事やらかしたらしくてね。ショーケース冷やかしに来てみたってのに台無しだよ」
「はぇー。大変ですねー」
呆れた様子の客に相槌を打つと、彼はそのまま店を後にした。
人集りが徐々に減ってきたので、入れ替わりに龍巳は店内に足を踏み入れる。目的のこともあるが、見て見ぬ振りが出来るほど彼女は割り切りが上手な人間ではないのだ。
「片付け、私も手伝います!」
言いながら床にしゃがみ込み、散らばった品物やケースを元の場所に戻し始める。
「あ、ありがとう。でもそこまでしなくて良いよ。君には関係ないことだし」
「そんなこと言わないで、困ったときはお互い様ですよ! それに、片付かないと私も用事を済ませられないですし」
断ろうとする店員を強引に押し切り、龍巳は片付けを続ける。店員もこれはこの場を動きそうにないと悟ったのか、溜息を一つ吐いて片付けを始めた。彼女の様子を見た他の客も手伝いに加わり、店内は程なくして破損した備品を除いて元の様子を取り戻してきた。
「皆さん、本当にありがとうございます」
ある程度片付いたところで店員がまだ続けようとする皆を制し、頭を下げる。
「いやいや、ちょっとお手伝いをねぇ! したくってねぇ!」
「次来たときは、格安でお願いね! ってのは冗談だけど」
手伝った皆はそれぞれに言葉を残し、店を後にしていった。
「君も、ありがとう。本当に助かったよ……」
「いやぁ、その、なんかほっとけなくて……助けになったならよかったです!」
頭を下げる店員に、照れたように頬を掻きながら龍巳は笑いかけた。
「そういえば何か用事があるって言ってたけど、何だったんだい?」
ふと思い出したように、店員は顔を上げた。
「あ、そうそう。ちょっとカードを探してるんですけど……これ、最近この店に売られたりしませんでした?」
言いながら、龍巳は前回前々回も見せたカードの画像を携帯端末に表示させた。
それを見た店員は一瞬表情を明るくしたが、すぐに項垂れた様子でショーケースに目を移した。
「そのカード、確かに最近買い取ったんだけど、実は……」
「え? まさか、盗られちゃったんですか!?」
「見つからなかったし、多分ね……」
つまり、この割られたショーケースの中に飾られていた一枚だったのである。
「そ、そんなー……いやいや、そうじゃない!」
流石に肩を落とした龍巳だが、しかし次の瞬間にはすぐさま立ち直って気合いを入れ直した。遂に所在の確信が得られたのである。
「盗んでいった人って、さっき走ってきた人達ですよね?」
「そ、そうだけど……何するつもり? 危ないことは……」
質問から不穏な気配を察した店員が制止しようとするが、その時には龍巳は歩き出していた。
「私、ちょっと行ってきますね!」
無茶はやめろと言う店員の声を後ろに聞きながら、龍巳はなるべく早足で階段を上り、ゲームセンターを後にした。表にはセキュリティのDホイールが数台駐まっており、ゲームセンター側の職員とセキュリティの職員が会話を交わし、店内に入っていった。カードショップの件なのだろう。
それを横目にしながら適当に当りをつけ、龍巳は再び街路を駆けていった。