スプリングステークス。サクラバクシンオーはのびのびとした様子でゲートにおさまる。トレーナーは右手を包帯でぐるぐるに巻いてそんな彼女の様子を見つめる。突き刺さったガラスはほとんど摘出できたとはいえ、傷口はまだふさがってはいない。
「いけよ、バクシンオー」
祈るように、願うようにトレーナーはささやく。同時にゲートが開いた。
走り出したと同時に聞こえた、ギシッ、という聞きなれない音にバクシンオーの隣にいたミホノブルボンはたまらず彼女を見る。音の正体はサクラバクシンオーの筋肉が収縮する音だ。
あり得るはずはないとミホノブルボンは思う。「サイボーグ」と呼ばれる冷静な彼女は大きく目を見開いて冷や汗を一筋流していた。彼女も全力で目の前の相手を追いかける。でも差が詰められない。
「ウマ娘の筋肉を虐めまくったんだ。そうもなるさ」
観客の困惑と興奮とが入り混じった声を聴き、トレーナーは誇らしそうにつぶやく。一番手にサクラバクシンオー。それから二バ身ほど離れてミホノブルボンが走る。
まるで疾風のようにバクシンオーとミホノブルボンが芝の上を駆ける。三番手なんてとても追いつかない。大差だ。
「バケモノ……」
「ありえない」
観客の興奮の声にまじってそんなどよめきが増える。サクラバクシンオーはスタートから最終コーナーまで
フルスロットルで駆け抜けたのだ。
「まだまだぁぁぁ!!」
バクシンオーが吠える。ズッ、という聞きなれない音とともにサクラバクシンオーが踏んだ芝生がめくれ上がり、足跡の形に地面が覗く。最初から全力で走って最後に加速するなんて、これはもう普通じゃない。
ぐい、と姿勢を低くしてサクラバクシンオーは倒れこむような前傾姿勢でスパートをかける。もうミホノブルボンにはどうしたって届かない位置にいた。これほどまでに驀進、という言葉がぴったりなウマ娘がこれまでも、これからも存在するのだろうか? 存在していいのだろうか?
サクラバクシンオーはミホノブルボンに大差をつけて、ゴールを突き抜けた。そしてそのまま、観客に手を振りながらそのままのスピードで走っている。
観客席からは大歓声が沸く。トレーナーはサクラバクシンオーに向けて満面の笑みで微笑むと、大きく手を振った。
「芝生……」
観客が気づいたように指をさす。新緑のターフに足跡の形をした土色が混ざる。
「キングヘイローに負けたからもう終わりかと思ったけど、やっぱりバクシンオーが短距離では最強かな?」
「そうだな。こんな勝負見せられたらもう決まりだろ」
その声にトレーナーはわずかに顔をゆがめた。
「(違う。短距離だけじゃねえ。見てろよ)」