京王杯ジュニアステークス当日。控室ではサクラバクシンオーとトレーナーが出走の時を待ちかねていた。トレーナーは少し緊張しているようで、それを紛らわすために他愛もない雑談を交わしている。
サクラバクシンオーはといえば「短距離をぶっちぎるこの神速をもう見せられなくなるのが残念」なんて言っていたが、まだ長距離を走らせるわけにはいかない。まだスタミナも、パワーも足りていないのだから。
「バクシンオー、もうしばらくは短距離とマイルで辛抱してくれ。必ずお前の夢を叶えてやるから!」
トレーナーは疑いもなく言う。サクラバクシンオーは少しだけ不安そうな表情を浮かべたがそれを振り払うように笑みを浮かべた。
「はい! 私はトレーナーさんを信じています!!」
サクラバクシンオーは力強くうなづく。トレーナーは大きく息を吸い込んで、立ち上がった。
「そろそろ行こうか! 思いっきり走ってこい!!」
「はい!!」
床が踏み砕けるんじゃないかというほどの勢いでサクラバクシンオーは立ち上がり、ターフへと歩き出した。
東京の1400メートルのゲートに収まった17のウマ娘。大外からのスタートとなったサクラバクシンオーは少しだけ笑みを浮かべるとその口を真一文字に引き結んだ。その横で気持ちを集中していたキングヘイローはあまりの迫力に息をのんだ。
ゲートが開く。全員が良いスタートを切った。迫力に飲まれかけたキングヘイローだったが遅れは取らない。
サクラバクシンオーはみるみる速度を上げて一気に抜け出す決して逃げているつもりはないのに誰よりも先に駆け抜ける。
200メートル走った時にはもう完全に先頭に立っていた。
「焦るなよバクシンオー!!」
聞こえないとわかっていてもトレーナーは叫ぶ。大丈夫だ、信じてやればよいと自らに言葉をかけ、先頭を駆け抜けるサクラバクシンオーを見つめる。
さて、大ケヤキを超えて第4コーナーを抜ける。直線はサクラバクシンオーの檜舞台だ。
「(いける! このまま走り抜ければ!!)」
サクラバクシンオーは勝利を確信した。
直後、口を開けた猛獣が背後から襲い掛かるような戦慄にたまらず総毛立つ。振り返ればキングヘイローが必死にサクラバクシンオーの背中を追っていた。余裕はない。
400メートル……。
サクラバクシンオーの前に緑色の勝負服が躍り出た。それは彼女にとっても、トレーナーにとっても絶望的な状況だ。
キングヘイローが全身で息をしながら必死に前に立つ。
「バカな!!」
200メートル。片岡がたまらず叫ぶ。
サクラバクシンオーはありったけの気力を振り絞ってキングヘイローの背を追う。追われるのには慣れていても追うのは初めてだ。その差は1バ身。
100メートル。アタマ一つ分だけ届かない。
そしてゴール板を踏みぬいたのは、キングヘイローだった。
その差、ハナ。
サクラバクシンオーは負けた。